華、ひるがえす時

Rose of all Roses, Rose of all the World!
The tall thought-woven sails, that flap unfurled
Above the tide of hours, trouble the air,
薔薇すべての中の薔薇、世界すべる薔薇、
高らかに思考おりなして、帆を羽ばたかせ、
時の流れはるか高く、大気ふるわせて
秋ばらがキレイな季節なので、バラの詩×写真でも
丹沢足柄でも黄葉が始まっています、日暮れカナリ早い&ツキノワグマ遭遇も増えているので登山の方はお気をつけて。
早く越境して山歩けるよーになりますよーに。
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イェーツ×ばら

華×William B Yeats
Rose of all Roses, Rose of all the World!
The tall thought-woven sails, that flap unfurled
Above the tide of hours, trouble the air,
薔薇すべての中の薔薇、世界すべる薔薇、
高らかに思考おりなして、帆を羽ばたかせ、
時の流れはるか高く、大気ふるわせて
【引用詩文: William B Yeats「The Rose of Battle」抜粋自訳】
秋ばらがキレイな季節なので、バラの詩×写真でも
丹沢足柄でも黄葉が始まっています、日暮れカナリ早い&ツキノワグマ遭遇も増えているので登山の方はお気をつけて。
【撮影地:神奈川県2020.10】
早く越境して山歩けるよーになりますよーに。

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花、この異邦に還る

文学閑話:想いの花、山茶花―Reginald Horace Blyth
山茶花に 心残して 旅立ちぬ
1964年10月28日に亡くなった学者の辞世句です。
Reginald Horace Blyth レジナルド・ホーラス・ブライス博士。
第二次世界大戦の敗戦で消されそうになった「日本」を支え守った学者の一人です。
生涯かけて日本を愛し、日本文化と日本文学の研究者として生きて、日本で亡くなりました。
ブライス博士は英国生まれ、ロンドン大学卒業。
それから京城帝国大学英文科助教授、第四高等学校英語教官を歴任するなかでイギリス出身の夫人と離婚しています。
当時、ヨーロッパから見た東洋は野蛮というだけでなく、気候も文化も違いすぎて生活するには困難だった現実がありました。
それでも日本を選んだ博士は、第二次世界大戦下も母国に帰国しなかったため敵性外国人として収監されます。
そして戦後も日本に残ることを選び、戦後処理にも奔走し、学習院大学英文科に勤めました。
戦後の日本は教科書を黒塗りにしたという話を聞いたことあるかと思いますが、日本の文化と歴史は存亡の危機にありました。
古代から世界どこでも、被征服された国は「母国の意識=アイデンティティ」を消すことをよく行っています。
アイデンティティを消せばいわゆる愛国心が消える→植民地化され属国化しても疑問を持たなくなるからです。
けれど日本の文学も歴史も言語も絶えていません、それは日本を愛してくれた異国出身の学者たちの尽力です。
よく知られている日本文学者のドナルド・キーン博士もその一人、戦中戦後と日本を支えてくださいました。
戦中は情報収集のため奪取された日本兵の手紙を、その家族に届けたいと願われて命令違反を承知で隠し保管されました。
軍令違反は命懸けです、それでも「この美しい手紙たちを、この籠められた心を粗末にはできない」と保管を決意されたのだそうです。
その手紙たちは米軍上層部に見つかり没収されて、このことをキーン先生は生涯の心残りと仰っていました。
ブライス博士は戦前から日本の教壇に立ち、戦時下は獄中にありながら戦後も日本で学者として生きました。
禅と俳句を西洋に広めた代表的学者でもあり、私生活でも日本女性と再婚されて、今は鎌倉の寺院で永眠されています。
ずっと日本に立ち続けた姿勢とその研究功績に、東京大学も文学博士号を授与しています。
その涯に見た花、山茶花の辞世句であることが響くなあと。
山茶花に 心残して 旅立ちぬ
山茶花は日本の自生種、原種の花色は白ですが園芸種の薄紅色もきれいです。
祖国より愛した国の花、その名前に永眠の地を選んだ意志と想いが燈るようだなと。
この花が咲くと秋、そしてブライス博士を思いだします。

ほんとは当日10/28の一昨日UPのつもりが夜は寝落ち→昨日なんとか書いたけど、日付を跨いでしまいました、笑
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レジナルド・ホーラス・ブライス×山茶花

文学閑話:想いの花、山茶花―Reginald Horace Blyth
山茶花に 心残して 旅立ちぬ
1964年10月28日に亡くなった学者の辞世句です。
Reginald Horace Blyth レジナルド・ホーラス・ブライス博士。
第二次世界大戦の敗戦で消されそうになった「日本」を支え守った学者の一人です。
生涯かけて日本を愛し、日本文化と日本文学の研究者として生きて、日本で亡くなりました。
ブライス博士は英国生まれ、ロンドン大学卒業。
それから京城帝国大学英文科助教授、第四高等学校英語教官を歴任するなかでイギリス出身の夫人と離婚しています。
当時、ヨーロッパから見た東洋は野蛮というだけでなく、気候も文化も違いすぎて生活するには困難だった現実がありました。
それでも日本を選んだ博士は、第二次世界大戦下も母国に帰国しなかったため敵性外国人として収監されます。
そして戦後も日本に残ることを選び、戦後処理にも奔走し、学習院大学英文科に勤めました。
戦後の日本は教科書を黒塗りにしたという話を聞いたことあるかと思いますが、日本の文化と歴史は存亡の危機にありました。
古代から世界どこでも、被征服された国は「母国の意識=アイデンティティ」を消すことをよく行っています。
アイデンティティを消せばいわゆる愛国心が消える→植民地化され属国化しても疑問を持たなくなるからです。
けれど日本の文学も歴史も言語も絶えていません、それは日本を愛してくれた異国出身の学者たちの尽力です。
よく知られている日本文学者のドナルド・キーン博士もその一人、戦中戦後と日本を支えてくださいました。
戦中は情報収集のため奪取された日本兵の手紙を、その家族に届けたいと願われて命令違反を承知で隠し保管されました。
軍令違反は命懸けです、それでも「この美しい手紙たちを、この籠められた心を粗末にはできない」と保管を決意されたのだそうです。
その手紙たちは米軍上層部に見つかり没収されて、このことをキーン先生は生涯の心残りと仰っていました。
ブライス博士は戦前から日本の教壇に立ち、戦時下は獄中にありながら戦後も日本で学者として生きました。
禅と俳句を西洋に広めた代表的学者でもあり、私生活でも日本女性と再婚されて、今は鎌倉の寺院で永眠されています。
ずっと日本に立ち続けた姿勢とその研究功績に、東京大学も文学博士号を授与しています。
その涯に見た花、山茶花の辞世句であることが響くなあと。
山茶花に 心残して 旅立ちぬ
山茶花は日本の自生種、原種の花色は白ですが園芸種の薄紅色もきれいです。
祖国より愛した国の花、その名前に永眠の地を選んだ意志と想いが燈るようだなと。
この花が咲くと秋、そしてブライス博士を思いだします。
【引用詩文:レジナルド・ホーラス・ブライスReginald Horace Blyth辞世句】

ほんとは当日10/28の一昨日UPのつもりが夜は寝落ち→昨日なんとか書いたけど、日付を跨いでしまいました、笑
【撮影地:神奈川県2016.10,2015.12】

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分岐の光、時ゆく黄金

Two roads diverged in a yellow wood,
And sorry I could not travel both
And be one traveler, long I stood
And looked down one as far as I could
To where it bent in the undergrowth;
黄葉の森で二つの道は分かれた。
残念だけど僕は両方を旅できない、
僕は一人の旅人で、長く僕は立ちどまり
できるだけ遠くまで一方を見下ろすと
そこは藪に曲がっていた。

写真はよく歩きに行った黄葉の森、コロナ禍が収束したらまた行きたいです、笑
この道は落葉松の黄葉が見事×湿原むこうに白樺林の黄葉が臨める黄金の道です。
丹沢足柄でも黄葉が始まっています、日暮れカナリ早い&ツキノワグマ遭遇も増えているので登山の方はお気をつけて。
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ロバート・フロスト『The Road Not Taken』×森

黄金の森、分岐で×Robert Frost
Two roads diverged in a yellow wood,
And sorry I could not travel both
And be one traveler, long I stood
And looked down one as far as I could
To where it bent in the undergrowth;
黄葉の森で二つの道は分かれた。
残念だけど僕は両方を旅できない、
僕は一人の旅人で、長く僕は立ちどまり
できるだけ遠くまで一方を見下ろすと
そこは藪に曲がっていた。
【引用詩文:Robert Frost『The Road Not Taken』より抜粋自訳】

写真はよく歩きに行った黄葉の森、コロナ禍が収束したらまた行きたいです、笑
この道は落葉松の黄葉が見事×湿原むこうに白樺林の黄葉が臨める黄金の道です。
丹沢足柄でも黄葉が始まっています、日暮れカナリ早い&ツキノワグマ遭遇も増えているので登山の方はお気をつけて。
【撮影地:栃木県日光市小田代ヶ原2014.10】
早く越境して山歩けるよーになりますよーに。

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染まる時間、秋色の筆

Against the blowing wind. It was in truth
An ordinary sight, but I should need
Colours and words that are unknown to man
To paint the visionary dreariness
また風が吹く。それは真実にあって
ふつうの光景で、けれど僕には必要だった
人間が知らない絵具と言葉たちが
幻のような寂寞を描くのに

写真はよく歩きに行っていた黄葉の森、コロナ禍が収束したらまた行きたい場所なんですけど、笑
この道は落葉松の黄葉が見事×湿原むこうに白樺林の黄葉が臨める黄金の道です。
丹沢足柄でも黄葉が始まっています、日暮れカナリ早い&ツキノワグマ遭遇も増えているので登山の方はお気をつけて。
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文学閑話:黄葉×ワーズワース

秋の絵具×William Wordsworth
Against the blowing wind. It was in truth
An ordinary sight, but I should need
Colours and words that are unknown to man
To paint the visionary dreariness
また風が吹く。それは真実にあって
ふつうの光景で、けれど僕には必要だった
人間が知らない絵具と言葉たちが
幻のような寂寞を描くのに
【引用詩文: William Wordsworth「The Prelude Books XI,257-388 [Spots of Time] 」抜粋自訳】

写真はよく歩きに行っていた黄葉の森、コロナ禍が収束したらまた行きたい場所なんですけど、笑
この道は落葉松の黄葉が見事×湿原むこうに白樺林の黄葉が臨める黄金の道です。
丹沢足柄でも黄葉が始まっています、日暮れカナリ早い&ツキノワグマ遭遇も増えているので登山の方はお気をつけて。
【撮影地:栃木県日光市小田代ヶ原2018.10】
早く越境して山歩けるよーになりますよーに。

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豊穣、やすらぐ歳月へ

The day is come when I again repose
Here, under this dark sycamore, and view
These plots of cottage-ground, these orchard-tufts,
Which at this season, with their unripe fruits,
Are clad in one green hue, and lose themselves
‘Mid groves and copses.
また安らぎの時おとずれた日は
ここ、この楓の木蔭におおわれて、そして視界には
草葺小屋の大地の描くもの、果樹園に実る房、
この季節にあってどれも、まだ未熟な果実たちは、
緑ひとつ色をまとい、そしてひとつ時に失せる、
木々と森の深く。

写真はよく歩きに行っていた森、コロナ禍が収束したらまた行きたい場所なんですけど、笑
この道は落葉松の黄葉が見事×湿原むこうに白樺林の黄葉が臨める黄金の道です。
丹沢足柄でも黄葉が始まっています、日暮れカナリ早い&ツキノワグマ遭遇も増えているので登山の方はお気をつけて。
早く越境して山歩けるよーになりますよーに。
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ワーズワース×秋

豊穣の朝へ×William Wordsworth
The day is come when I again repose
Here, under this dark sycamore, and view
These plots of cottage-ground, these orchard-tufts,
Which at this season, with their unripe fruits,
Are clad in one green hue, and lose themselves
‘Mid groves and copses.
また安らぎの時おとずれた日は
ここ、この楓の木蔭におおわれて、そして視界には
草葺小屋の大地の描くもの、果樹園に実る房、
この季節にあってどれも、まだ未熟な果実たちは、
緑ひとつ色をまとい、そしてひとつ時に失せる、
木々と森の深く。
【引用詩文: William Wordsworth「Lines Compose a Few Miles above Tintern Abbey,」抜粋自訳】

写真はよく歩きに行っていた森、コロナ禍が収束したらまた行きたい場所なんですけど、笑
この道は落葉松の黄葉が見事×湿原むこうに白樺林の黄葉が臨める黄金の道です。
丹沢足柄でも黄葉が始まっています、日暮れカナリ早い&ツキノワグマ遭遇も増えているので登山の方はお気をつけて。
【撮影地:栃木県日光市小田代ヶ原2018.10】
早く越境して山歩けるよーになりますよーに。

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現実の先を、

第86話 花残 act.25 side story「陽はまた昇る」
雪はすこし融けていた。
「は…っ」
息吐いて白くなる。
残る雪に凍てつく大気、青空に英二は微笑んだ。
―やっぱりいいな、奥多摩は、
仰ぐ空、冴えた風に青く光る。
雲まばゆい梢そっと零れる雪、懐かしい道を歩き出した。
ざくっ、ざくり、
踏みしめる道は雪が硬い、あれから融けて凍てついたのだろう。
まだアイスバーン光る四月の朝、馴染んだ登山靴に冷気が懐かしむ。
いつも歩いた稜線の空、かすかに甘い渋い山の風、ただ懐かしい想いに声が映った。
『英二は、次のお休みはいつ?』
訊いてくれた君の声、たった昨日のこと。
まっすぐ黒目がちの瞳が見あげてくれた、けれど吐いてしまった嘘に微笑んだ。
「ほんとは今日だよ、周太…」
ひとりごと唇かすめて、嶺風ほろ苦く甘い。
この風に君もいた時間がある、あの全て取り返せたらいい。
そう願ってしまうのに「次のお休み」嘘を吐いた、何も言えないから。
『本音で…英二のこと聴かせて?』
そう君は言ってくれた、でも言えない。
きっと知ったら君は自分を責める、そうしたら「鎖」そのままだ?
『周太を束縛しちまったらね、観碕がつくった鎖の後継者にオマエがなるってコトだ、』
そう言ってくれたザイルパートナーは今、この町にいるだろう。
今ごろ越沢バットレスかもしれない、あの怜悧な眼には相談できるだろうか?
―光一には相談したいけど、でも周太に伝わると嫌だな、
底抜けに明るい怜悧な眼、あの眼差しに相談できたら楽だろう。
けれど君に伝わってしまうかもしれない、そんな可能性に話さない方がいい。
それとも?
「もし知ったら周太…傍にいてくれる?」
ほら想い零れてしまう、だから知らせたくない。
こんな束縛ただ「鎖」だ、それすら願いたくなる自分に噛みつかれる。
『英二、正義感で僕を護ろうとしなくて、もういいんだよ?』
昨日そう言ってくれたけど、そんな立派な自分じゃないのに?
あんなふうに言われて驚いた、そして後ろめたさ突き刺ささる。
『正義感と恋愛感情、どちらの為に僕といてくれたの?』
君に問いかけられて、問われてしまった自分に噛まれる。
こんな自分だから、彼女に敵わない?
『宮田くんが私のこと嫌いでも、私は宮田くんに笑ってほしいの。周太くんにも笑ってほしいの、私はそれだけ、』
本気で言っていた、彼女は。
まっすぐ明るい澄んだ瞳、あの眼ざしが疎ましい、そして妬ましく憧れる。
―あんなふうに見つめられて周太、今日から毎日ずっと過ごすんだな、
今日から君は彼女と過ごす、大学で毎日いつも。
あの明るい澄んだ瞳もこの町で育って、この町で君と出逢ってしまった。
だからこそ言えない理由と嘘の今日、小さな診療所のインターフォン押した。
「やあ、おはよう宮田くん、」
扉すぐ開いて、穏やかな静かな瞳が笑ってくれる。
安堵ほっと息吐いて英二も笑った。
「おはようございます、吉村先生、」
「寒かっただろう?さあ入ってください、」
白衣姿が促してくれる扉、まだ「診療終了」表示が揺れる。
まだ早い時間の朝、申し訳なさと感謝に頭下げた。
「昨夜はお電話で申し訳ありません、こんな朝早くお願いして、」
「いいんだよ、頼ってもらえて嬉しいよ?」
にっこり微笑んで診察室へ招いてくれる。
朝の陽やわらかな窓、かすかな渋い空気なつかしく微笑んだ。
「薬品のにおいですね、懐かしいです、」
消毒アルコール、ヨウ素液、薬品さまざま空気に淡い。
かすかでも確かな匂いの部屋、医師が笑いかけた。
「いつも宮田くんは手伝ってくれたからね、青梅署の診察室とは少し違うだろうけど、」
「はい、でも匂いは似ています、」
似ている空気に記憶が敲かれる。
なつかしい青梅署の日常、人命救助に駈けた時間たち。
緊張と充実の記憶ゆらす匂いの部屋、いつも共にいた医師は奥の扉ひらいた。
「まずレントゲンを撮りましょう、」
かたん、
音ひとつ開かれる部屋、点されるライトが白い。
どこか無機質な光の先、呼吸ひとつ英二は肯いた。
「はい、お願いします」
微笑んで踏みだして、鼓動かすかに刻みだす。
こんな自分でも緊張しているな?想いありのまま右手ふれる。
※校正中
(to be continued)
第86話 花残act.24←第86話 花残act.26
斗貴子の手紙←
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英二24歳4月

第86話 花残 act.25 side story「陽はまた昇る」
雪はすこし融けていた。
「は…っ」
息吐いて白くなる。
残る雪に凍てつく大気、青空に英二は微笑んだ。
―やっぱりいいな、奥多摩は、
仰ぐ空、冴えた風に青く光る。
雲まばゆい梢そっと零れる雪、懐かしい道を歩き出した。
ざくっ、ざくり、
踏みしめる道は雪が硬い、あれから融けて凍てついたのだろう。
まだアイスバーン光る四月の朝、馴染んだ登山靴に冷気が懐かしむ。
いつも歩いた稜線の空、かすかに甘い渋い山の風、ただ懐かしい想いに声が映った。
『英二は、次のお休みはいつ?』
訊いてくれた君の声、たった昨日のこと。
まっすぐ黒目がちの瞳が見あげてくれた、けれど吐いてしまった嘘に微笑んだ。
「ほんとは今日だよ、周太…」
ひとりごと唇かすめて、嶺風ほろ苦く甘い。
この風に君もいた時間がある、あの全て取り返せたらいい。
そう願ってしまうのに「次のお休み」嘘を吐いた、何も言えないから。
『本音で…英二のこと聴かせて?』
そう君は言ってくれた、でも言えない。
きっと知ったら君は自分を責める、そうしたら「鎖」そのままだ?
『周太を束縛しちまったらね、観碕がつくった鎖の後継者にオマエがなるってコトだ、』
そう言ってくれたザイルパートナーは今、この町にいるだろう。
今ごろ越沢バットレスかもしれない、あの怜悧な眼には相談できるだろうか?
―光一には相談したいけど、でも周太に伝わると嫌だな、
底抜けに明るい怜悧な眼、あの眼差しに相談できたら楽だろう。
けれど君に伝わってしまうかもしれない、そんな可能性に話さない方がいい。
それとも?
「もし知ったら周太…傍にいてくれる?」
ほら想い零れてしまう、だから知らせたくない。
こんな束縛ただ「鎖」だ、それすら願いたくなる自分に噛みつかれる。
『英二、正義感で僕を護ろうとしなくて、もういいんだよ?』
昨日そう言ってくれたけど、そんな立派な自分じゃないのに?
あんなふうに言われて驚いた、そして後ろめたさ突き刺ささる。
『正義感と恋愛感情、どちらの為に僕といてくれたの?』
君に問いかけられて、問われてしまった自分に噛まれる。
こんな自分だから、彼女に敵わない?
『宮田くんが私のこと嫌いでも、私は宮田くんに笑ってほしいの。周太くんにも笑ってほしいの、私はそれだけ、』
本気で言っていた、彼女は。
まっすぐ明るい澄んだ瞳、あの眼ざしが疎ましい、そして妬ましく憧れる。
―あんなふうに見つめられて周太、今日から毎日ずっと過ごすんだな、
今日から君は彼女と過ごす、大学で毎日いつも。
あの明るい澄んだ瞳もこの町で育って、この町で君と出逢ってしまった。
だからこそ言えない理由と嘘の今日、小さな診療所のインターフォン押した。
「やあ、おはよう宮田くん、」
扉すぐ開いて、穏やかな静かな瞳が笑ってくれる。
安堵ほっと息吐いて英二も笑った。
「おはようございます、吉村先生、」
「寒かっただろう?さあ入ってください、」
白衣姿が促してくれる扉、まだ「診療終了」表示が揺れる。
まだ早い時間の朝、申し訳なさと感謝に頭下げた。
「昨夜はお電話で申し訳ありません、こんな朝早くお願いして、」
「いいんだよ、頼ってもらえて嬉しいよ?」
にっこり微笑んで診察室へ招いてくれる。
朝の陽やわらかな窓、かすかな渋い空気なつかしく微笑んだ。
「薬品のにおいですね、懐かしいです、」
消毒アルコール、ヨウ素液、薬品さまざま空気に淡い。
かすかでも確かな匂いの部屋、医師が笑いかけた。
「いつも宮田くんは手伝ってくれたからね、青梅署の診察室とは少し違うだろうけど、」
「はい、でも匂いは似ています、」
似ている空気に記憶が敲かれる。
なつかしい青梅署の日常、人命救助に駈けた時間たち。
緊張と充実の記憶ゆらす匂いの部屋、いつも共にいた医師は奥の扉ひらいた。
「まずレントゲンを撮りましょう、」
かたん、
音ひとつ開かれる部屋、点されるライトが白い。
どこか無機質な光の先、呼吸ひとつ英二は肯いた。
「はい、お願いします」
微笑んで踏みだして、鼓動かすかに刻みだす。
こんな自分でも緊張しているな?想いありのまま右手ふれる。
※校正中
(to be continued)
七機=警視庁第七機動隊・山岳救助レンジャー部隊の所属部隊
第86話 花残act.24←第86話 花残act.26
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