門へ、
harushizume―周太24歳3下旬
第85話 春鎮 act.15-another,side story「陽はまた昇る」
人がざわめく、刻限が近い。
学生服にコート、そんな姿あちこち目立つ。
もうじき約束の人もくる、速くなる足どり友達が笑った。
「なんか周太、すごい緊張してるだろ?」
人波のキャンパス、図星まっすぐ笑ってくれる。
そんな速足コンバースに深呼吸ひとつ、ほっと笑った。
「そうみたい…自分の時より緊張してる、賢弥も?」
自分事なら、もう少し気楽だ。
こんな本音に眼鏡の瞳からり笑った。
「うん、俺も緊張してきた。小嶌さんなら大丈夫だって思うんだけどさ?」
きっと大丈夫だよ?
そう笑ってくれる隣に息ひとつ微笑んだ。
「そうだよね…だいじょうぶ、」
「そうだよ、青木先生も小嶌さんについては心配なこと何も言わなかったしさ、」
明朗な声がうなずいてくれる。
その言葉に思案まためぐりだす。
『私は湯原君にここの大学院へ来てほしいと思っています、先ほどの事情も忘れたほうがいいなら忘れますよ?』
青木准教授、あなたの言葉ほんとうに?
―先生は知っても仰ったんだ、でも…本当に解っているかは、
篤実な人だと知っている、でも「解って」は難しい。
それほど普通は関わりない世界で、何よりも願ってしまうのは、
―先生には関わってほしくないんだ…純粋に学問だけ考えててほしいもの、ね、
学問の喜びを教えてくれた人、だから関わってほしくない。
だから甘えて良いのか迷っている、けれど呼ばれた。
「なあ周太っ、なんか田嶋先生カッコよかったな!」
ぽんっ、
敲かれた肩に闊達が笑う。
キャンパス人波を遡る隣、その眼ざしに微笑んだ。
「ん、…うれしかった僕、」
うなずいて温かい、鼓動ふかく響く。
今めぐらせる想い沁みて、そんな笑顔は言ってくれた。
「俺もうれしかった!もういいじゃないか、って嬉しいよな?」
明朗な瞳ほころぶ、まっすぐ見つめて笑ってくれる。
見つめながら止まらない歩みは朗々、続けてくれた。
「もういいじゃないか、無鉄砲にこい若造ってさ?なんだろあれ、シビレるってヤツかっ?」
喧騒かきわけ闊達が透る、チタンフレームの瞳が笑う。
人波にも離れない笑顔はふっと眼ざし細めた。
「もういいじゃないかって周太、想えそうか?」
訊いてくれる、全て気づいても。
この瞳ちゃんと向き合いたくて門の前、立ち止まった。
「想いたいよ、賢弥?僕は…ここにいたいんだ、」
呼びかけて見つめて、眼鏡の瞳が見つめてくれる。
明朗まっすぐ自分を映す、その想い問いかけた。
「僕、田嶋先生と青木先生に教わりたいんだ、もっと…ご迷惑かけても、迷惑の価値があったと思ってもらえるくらい、勉強したい、」
学びたい、自分は。
ただそれだけの願い、でも、現実は甘くない。
それくらい自分は危険な場所にいた、その危険いつ果てるのかも解らない。
「賢弥、僕はほんとうに迷惑をかけるかもしれない、だって…父はそれで亡くなったんだ…」
声になる、その過去がキャンパスうつろう。
この場所を父も選びたかった、そんな過去と今に微笑んだ。
「さっき研究室で言ったでしょ?父も…警察を辞めて大学に戻るって決めて、それで…今の僕と似てるんだ、」
低めた声、それでも眼鏡の瞳が見つめてくれる。
人波ながれる門の前、まっすぐな眼ざしは訊いてくれた。
「さっきのって…学者として生きて、そのために亡くなったってやつ?」
「ん…そうだよ、」
うなずいて木洩陽ゆれる。
風すこし出てきた、でも陽だまりは温かい。
「それでも賢弥…僕はほんとうに、無鉄砲になってもいい?」
陽ざし問いかける、梢の明滅うつろい揺らぐ。
こんな問いかけ酷だろう、それでも聡い瞳は笑ってくれた。
「五十年後も一緒に笑ってるよ俺、それでも選ぶ価値があったなあってさ?」
門かたわら陽だまり、浅黒い笑顔すこやかに明るい。
この笑顔と年月ずっと学べる?ただ願い口開いた。
「五十年って半世紀だね…僕たち七十過ぎてる、」
「おたがい爺さんだよな、国公立大の教授なら引退してんぞ?」
朗らかな笑顔うなずいてくれる。
屈託ない闊達の眼ざしに溜息ひとつ、ほっと笑った。
「ん…賢弥も退官してるね?」
「だなあ、二人で研究所やってるかもしんない?」
朗らかに応えてくれる、その言葉どこまでも明るい。
ほんとうに叶えばいい、想いにダッフルコートのポケット震えた。
「お?周太のスマホ鳴ってんぞ、」
振動に震える、期待が。
「…うん、」
誰からだろう、メール、電話?
待ちわびる相手だろうか、それとも別人?
―昨日の返信、かな…まだ着ていないもの、
昨日あのベンチから送った、その返信だろうか?
それとも今日の待ち人かもしれない、誰か他?
期待、不安、ためらいに振動三回、止んだ。
「…メールみたい、」
「小嶌さんかな、」
訊いてくれる視線は温もり明るい。
開いてみなよ?そんな促しに受信ボックス開いた。
「…あれ?」
差出人名に止まる、だって意外だ。
予想外の便りに訊かれた。
「あー…ごめん周太、俺、見えちゃったんだけど?」
声にふりむいて眼鏡の目と合う。
チタンフレームごし困ったような、けれど明朗にやり笑った。
「見たから訊くけど、カノジョ候補?」
なんでそうなるの?
「え…そんなんじゃないよこれ、」
否定して首をふる、本当にそんなんじゃない。
こんな誤解とまどうまま闊達な声が笑いだす。
「そんなんだろコレ?小嶌さんには内緒にしとくから、」
わかってるよ?
そんな視線が笑って肩を敲く。
こんなこと誤解だ、困るまま首を振った。
「ほんとにちがうよ賢弥、美代さんにないしょって、なんでそんな言うの?」
「だって小嶌さんが知ったら嫉妬するだろ、」
かろやかに答えてくれる、その言葉に息のんだ。
「…しっとって、なんで?」
なんで賢弥、君までそんなこと言うの?
驚いて見つめる真中、明るい眼は笑った。
「嫉妬するだろ、あんなに好きなんだからさ?周太も解ってんだろ、」
あたりまえ、
そんな眼ざし見つめてくれる。
その言葉に視線に、ほら、大叔母の声が聞こえだす。
『背中を追いかけたいけど我慢して、笑って手を振っても涙がでて気づいたそうよ?』
ほんとうにそんなふうに、美代が想ってくれるのだろうか?
「…賢弥、どうしてそう想うの?」
この友人も大叔母と同じことを言う、その見解を聴いてみたい。
立ち止まる門の前で率直な眼は答えた。
「泣いたんだぞ?あの小嶌さんが研究室で、」
深い明快な声に刺される、その言葉に。
「…どうして、」
「どうしてって、周太が来なかったからだろ?後期試験の日だよ、」
答えてくれる声は温かい。
その温かな瞳が笑ってくれた。
「周太のお祖母さんと研究室に来て、青木先生の前で泣きだしちゃったんだよ。先生とお祖母さんが話す間、俺が慰めてたんだからな?」
そんなことが、自分の眠っている間に?
どう考えたらいいのだろう、鼓動ただ大きくなる背ぽんと敲かれた。
「そんなわけだから周太、俺やっぱ遠巻きに見てるな?」
え、なに言ってるの?
「…なんで?賢弥も合格発表つきあうって約束したんでしょ?」
約束したと聞いている、それなのに何で?
わからなくて見つめた真中、額こつり突かれた。
「おーい、ニブすぎ周太、」
こつん、一発また額つつかれる。
真中ちいさな痛みに友達が笑った。
「結果どっちでも研究室に戻って来いよ、よろしくな周太、」
さわやかな笑顔ぱっと踵かえす。
ブルゾンの背すぐ人波に消えて、呼吸ひとつ呼ばれた。
「湯原くんっ、遅れてごめんなさい!」
あ、鼓動ひっくりかえる。
「っ…、」
息をのむ、だって今さっき噂していた。
それに今さっきのメールもだ、つまる鼓動に深呼吸ふりむいた。
「だいじょうぶ、僕も今来たから…行こう美代さん?」
少しだけ嘘だ、今来たなんて。
ちいさな嘘の真ん中、ベージュのコート姿は頬やわらかな紅。
(to be continued)
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