萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

灯華、花ゆく道へ

2013-04-17 20:38:00 | 創作・現代 追憶は青く
この記憶の数だけ愛を、



灯華、花ゆく道へ

黄色、白、うす紫、紫紺に赤紫と青。

屈みこんだ万緑叢中は、豊かな色彩の花が咲き誇る。
小さな野花は気づかれない、けれど指ひとつに手折ると特別な一輪に見える。

―ちゃんと萼もめしべもおしべもあるんだな、

小さな花に構造の名前を見つめて楽しくなる。
5mmや1cmほどの小さくて目立たない姿、けれど花は花だ。

野すみれの紫紺、壺すみれの薄紫、からす豌豆の赤紫と翠の葉。
野ばらの白、草苺の赤い実。金鳳花、なずな、白詰草、それから青い勿忘草。

丁寧に一輪ずつ手折って束にしていく野花は、明るい晩春の光に彩り輝いてゆく。
名前も知らない花もある、けれど向きあって見ると造形も色も手ざわりも皆それぞれ美しい。
こういう姿を見せたくて草叢から花を摘む、そんな背中に足音近づいて明朗な声が笑った。

「また花摘んでんの?」
「うん、ほら、」

摘んだ花を片手に見せて笑いかける。
その先で大きな目は楽しげに笑って隣にしゃがみこんだ。

「へえ、今日もキレイだね。いつもより花多いけど、ばあちゃん来てるの?」
「あたり、おまえアレ作ってよ、」

アレは自分では巧く出来ない、だから頼みたい。
そう笑いかけた自分に幼馴染は気さくに頷いてくれた。

「イイよ、長いの作ってやるね、」

気さくで優しい笑顔ほころばせ立ち上がると、半ズボンの脚は草叢を歩き白詰草を摘んでくれる。
これで土産がひとつ増える、良かったと笑って花を探す指先は陽だまりに温かい。
もう草の根元からも地熱が微かにくゆらす、こんなふう春が来たと想う。

―なんて言っても春を見たのって、まだ6回目ってことだ?

自分の年齢を季節に数え、なんだか笑いたくなる。
そして祖母との春の数がどれだけ違うのか考えかけて、白詰草の花束へ訊いてみた。

「あのさ、70って6よりどんだけ多い?」
「64だよ、オマエんとこの祖母ちゃんって70歳なわけ?」

答えと質問で顔上げて運動靴の足が戻ってくる。
傍らに胡坐かいてくれる友達へ、いま気がついた自分の勘違いを正直に答えた。

「いや、71だ。65歳の時に生まれたって、さっき言ってたから、」
「ふうん、おまえの祖母ちゃん見た目若いな、」

笑いながら隣は白詰草を編んでゆく。
素早い指先の動きに花は長く連なりだす、その魔法を眺めながら口を開いた。

「よく若いって言われてるよ、畑仕事とかで体動かすせいかなって言ってた、」
「なるほどね、田舎のひとって元気って言うもんな、」
「あとは茶を飲むからかもな、茶って昔は薬だったらしいし、」
「へえ、茶って薬だったんだ?おまえ良く知ってるね、」

他愛ない会話をしながらも手は白詰草を摘み、隣が編んでゆく。
もう50cmほどになる花鎖は端正に花と葉が並んで、野花の純朴が美しい。
いつもながらの器用な指先に感心してしまう、そう思ったままの賞賛と笑いかけた。

「ホント巧いよな、なんかコツとかってあるわけ?」
「きっちり締めるんだよ、ココんとことか。一緒にやってみ、」

言われて素直に隣へ胡坐かき、手許の白詰草を摘んでみる。
傍らの巧みな手を眺めながら真似始めて、けれど声が跳んできた。

「花なんかで遊んでんのかよ、変なやつら、」

台詞と声で誰だか解かる、そして足音の方向で予想がつく。
その予想が面白くて声の方を見た視界、嘲笑の顔がつんのめった。

「うわっ、」

ほら、ひっかかった。

予想通りの展開に笑ってしまう。
つい唇の端をあげた向こう、草叢に突っ伏した背中が起きあがる。
その悔しそうな顔に小首傾げた隣、呆れ半分の笑い声が質問してきた。

「やっぱりオマエ、草の罠作ってたんだ?」

この問いには無言で答えよう?
ただ笑って花を片手に立ち上がると、隣も一緒に立ってくれる。
そのまま原っぱを後にして二人、アスファルトを歩きだすと提案した。

「このまま一緒にウチに行こ?デッカイたこ焼き食えるよ、」
「それ、おまえの祖母ちゃんいつも買ってきてくれるやつだろ?」
「そ、うまいって一度言ったからさ、いつも買ってきてくれんだよね、」

他愛ない会話に歩いていく道、あちこちの塀から葉桜の緑ゆれる。
かすかな甘い深い香に風がふく、そこに草の息吹らしい匂いが夏の距離を教えてくれる。

―夏休み、ばあちゃん家に行ったら土用干しの手伝いだな、

きっと今年も梅干し作るんだろうな?そんな思案に見上げた塀にはもう、青梅の実が優しい。




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坂道、晩夏の追憶

2011-09-02 19:00:35 | 創作・現代 追憶は青く
坂の向こうには、海。



坂道、晩夏の追憶

息って、こんなに熱かっただろうか。

太陽焦がす道をただペダルを踏む。
じっとりと背に張り付くシャツが熱を透して尚更熱い。
握りしめるハンドルから照り返した陽光が、ぎらり目を射った。

眩しい、

一瞬目を閉じ、顔を挙げる。
坂の中盤に広がる緑陰に自転車に跨る影が1つ、ぽつんと見えた。
その影が口を開く。

「もう少し、」

口をぐっと引き結びペダルを思い切り踏み込む。
自転車は木下闇に入り、さっと風がシャツに吹き込んだ。

「暑いな、」

笑った頬の紅潮が欅の葉影を映しながら光る。
その額に指の甲で触れて、瑞々しい水気が皮膚に伝わたす。

「汗、目に入る」

指の下、見返す瞳にも葉影が映った。

「お前も汗、すごい」

頬を手の甲で拭った滴が、きらり陽光に光る。

「走れるか」
「ああ、」

ペダルを踏みしめ木陰を抜ける。
視界は光あざやかに染まり、熱気が肌を射す。

「雲。何も、ないな」

坂の上、抜ける青が白い道に眩しい。
この坂の向こう側も雲は無いのだろうか。
息がまた熱を帯びる、ペダル踏む足の重みが鈍く響く。思わず息ひとつ大きく吐かれた。

でも、

隣行く顔を見ると瞳が黒々と輝いている。
ぐいと顔を揚げ、また踏み込んで、頂上がまたじりり近づく。
ハンドル握る腕が赤黒くなり始めていた、風呂では浸み痛むだろう。

もう少し、

思い切りの一漕ぎm車輪は坂の頂きを踏んだ。

「着いたな、」

海が広がる。
空と海の境界に入道雲が大きく蹲っていた。
遥かな水平線、その高みに雲から翳射す波の青が濃い。

「海にも、雲の影が映るんだな」

ざあっ、

海風が坂を昇りだす。
シャツに吹き込む風は汗濡れた肌を冷やして行く。
遮るもの無い頂は名残の熱が直射する、じりっと灼かれる熱が腕を足を照らす。
隣の腕にも陽光が照り輝いて、その艶めき惹かれるまま手を伸ばし、ふと触れた。

「ん、なに?」

振り返った声は怪訝を含んで、けれど瞳は笑ってくれる。
その声に眼差しに気が付いて、だけど掌そのままに笑った。

「いや、何でも無いんだけど、」

触れた腕から、じわりと熱が掌に入ってくる。

「腕、熱くなってる」

そう?と覗き込むように見上げて笑ってくれる。
その瞳に陽光のかけらが光った。

「日焼け、痛むかもな」

肌の発熱は掌を伝うまま、心に、ことり落ちた。


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