予兆、終わりの始まりへ
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終章またはact.0 雪嶺の楔、act.1 予兆
夢、そう解かっている。
それでも白銀あざやかな蒼穹まばゆい、雪山の朝だ。
―この稜線はあの山だ、もう標高3,000は超えてる、
夢、けれど吐く息あわく凍えて白い、めぐらす銀嶺ほどけて融けてゆく。
頬なぶる風は髪も凍えさす、呼吸あがる鼓動が熱い、この感覚リアルに温まる。
いま眠っているのだと自覚していて、それでも白と青の世界が嬉しくてたまらない。
登っているんだ、三千峰に。
『…あきら?』
呼んでくれる声、でもリアルにこの場所では呼ばれない。
けれど今こうして呼ばれるなら逢いたくて、また聴きたかった声が言う。
『暁、北岳草を見せて?』
約束、憶えてくれるんだ?
そう訊きたくて振向いて、けれどいない。
見あげた先にもどこにもいない、こんなに逢いたいのに?
『約束したよね暁、必ず見せて…なにがあっても、』
なにがあっても、って「何」がある?
訊きたい、けれど声も出ない。
ただ視界だけ見まわして、そして姿ひとつ現れない。
ただ白銀まばゆい稜線、青い空、それから舞いあがる風花の光。
「…のぞむ、」
名前こぼれて視界ゆっくり披きだす。
ほの暗い天井は夜明が遠い、そうして現実の朝は明けた。
・・・・・・
かたん、
椅子ひいて座った食堂、昼の香が腹を空かせてしまう。
こんな日でも人間は食べられる、そんな自覚おかしくて暁は独り笑った。
「…俺もタフだな、」
つぶやいて、でも周り誰も聴いてはいない。
まだ早めの時刻に席は空いている、けれどすぐ埋まるのだろう。
その日常にジャージ姿で箸とった向かい、かたり椅子ひかれて笑顔が座った。
「鷹居さん、トレーニングルームにいたんですか?」
あ、この声いま一番聴きたくなかったかも?
なんてつい想って笑ってしまう。
こんなにもナーバスになっている、けれど切り替え笑いかけた。
「おつかれさまです、浦部さんはランニングマシンでしたね、」
「見てたんだ?声かけてくれたらよかったのに、」
笑顔さわやかに返してくれる、でも今はなんだか小憎らしい。
そう想ってしまう本音はきっと夢の所為だ。
―なんで希が三千峰で呼ぶんだ、登れない標高なのに、
いるはずのない場所、けれど声だけは呼んでいた。
どうしてこんな夢を見たのだろう?その心当たりに記憶はメールひとつ読みあげる。
From :希
Subject:Re:哲人
本 文 :写真すごくきれいでした、ありがとう。
都心も冷えこんでいます、鍋料理がおいしかったです。
沈黙は守るほうが無難だけれど、でも解らなくなることも多いって僕は想うよ?
この最後の一文ずっと考えこんでいる。
これは何を伝えたい?訊きたくて、けれど聴けないまま時過ぎてゆく。
こんなふう逡巡するなんてらしくない、もどかしさごと飯ひとくち呑みこんで呼ばれた。
「鷹居さん?」
「はい?」
応え笑いかけた先、白皙の笑顔が瞬きひとつする。
端正な瞳すこし困ったよう見つめて、そのまま穏やかに訊いてくれた。
「なんだか鷹居さんボンヤリしてますね、いつも緻密なのに。何かあったんですか?」
あった、でもおまえには話したくない。
そう肚底また毒づいてしまう、こんなのは八つ当たりだ。
そんな自覚また可笑しくてつい笑って応えた。
「俺もボンヤリくらいしますよ?お話、聴いてなくてすみません、」
「いや、たいした話はしてないから、」
爽やかなトーン言ってくれる、その言葉に他意はない。
こんなふう良いヤツだとは解かっている、それでも腑に落ちない確信を言われた。
「湯原くんのこと話していたんです、高田がメールやりとりしたこと、」
ほら、そういうこと言うから癪なんだ。
―俺より希の行動知ってるみたいでムカつくんだよな、メールは解からないし、
電話や会話ならいくらか把握している、それは小さな機械のお蔭だ。
それは安全確保のために使っていて、けれど本人が知ったら怒るだろう?
―無断で盗聴なんて周太きっと怒るよな、でも心配だし、
君が心配でたまらない、だって「普通」の状況にいない。
もし「何事もない」生活してくれるならこんなことはしない、でも今は違う。
こんな現実は本音やっぱり重たくて、だから見たかもしれない夢に訊きたくて尋ねた。
「高田さんには仲良くしてもらってるみたいですね、森林学講座の話ですか?」
「うん、本を教えてもらったらしいよ、」
なにげない笑顔さわやかに教えてくれる。
ごく当たり前の応答は警戒の必要ないだろう、けれど水飲みかけて言われた。
「高田と湯原くんが仲良くなったキッカケって、盗聴器のことだって聴いてる?」
え?
「っ…ぐはっ」
噎せこんで水ぐわり逆流する。
掌に口もと抑えこんでなんとか呑みこんで、けれど咳が始まった。
「ごほっ、こんごほっ」
ああカッコ悪い、こんな不意打ちくらうなんて?
いま盗聴のことを考えていた、だから後ろめたさが噎せさせる。
こんな事態あまりに不甲斐なくて、その投石した手がティッシュさしだしてくれた。
「大丈夫?こんな噎せるなんて風邪気味かな、今朝も水浴びたんだろ?」
おまえの所為だってば?
「ごほっ…だいじょっ、ぶですっごほ」
「うん、でも風邪の前兆かもしれないよ?ここのとこ忙しかったし、今朝も冷えこんだから、」
応えながら食卓まわり拭いてくれる。
色の白い手、けれど大きく頼もしいのが今は癪で、それでも微笑んだ。
「風邪ではありません、ちょっと水に噎せただけです、」
「念のため今日はゆっくりしたほうがいいよ、せっかくの非番だし、」
大丈夫?そう微笑んでくれる言葉は優しい。
その優しさも癪で、こんな自分勝手おかしくて見た窓に声が出た。
「あ、雪?」
ふわり、白くガラスふれて消えてしまう。
その珍しさに先輩も頷いた。
「三月の雪だね、東京だと珍しいけど、」
三月の雪、
そんな言葉に去年が懐かしい。
あれから時間ずいぶん隔たった、その実感に向かいが微笑んだ。
「今日は大学の合格発表なんだね、ニュースが賑やかだ、」
「はい?」
言われてふり向いたテレビ画面、見憶えあるキャンパスが映っている。
悲喜いりみだれた光景は例年通りで、そして本音すこし妬けてしまう。
―俺も受験したかったな、内部推薦なんかじゃなくて、
自分の大学受験は母が壊してしまった。
けれど本当に壊した人間は別にいる、その事実ゆるやかに肚焦がす。
―観碕がいなかったら俺も違ってたな、それ以上にもっと…希も、
観碕征治、
あの男ひとりいなければ自分たちの今は違う。
それは幸せだったろうか、けれど出逢えなかったかもしれない。
幸福か不幸か、そのジャッジ決めかねるまま気になることを確かめた。
「浦部さん、盗聴器って国村さんの件でしょうか?七機に赴任したころ、」
そう表向きは始末されている。
そのままに先輩はうなずいてくれた。
「そうだよ、やっぱり聴いてるんだね?」
「はい、無線とラジオで探知したんですよね、」
「高田はあれが巧いんだ、工学部出身だけあるよ。湯原くんも工学部なんだってね、」
話してくれる笑顔は穏やかに清々しい。
この貌なら「湯原くん」も親しくなるのは当然だろう?納得に妬ける傍らニュースが言った。
「1月に…で起きた強盗殺人の容疑者が起訴されました、本人は否認するも…また余罪の可能性が」
この事件、前にも聴いた。
その記憶と箸うごかし会話するむこう、ふっと足音に意識とられた。
―黒木さん?でもなんか違う、
足音で誰なのか解かる、けれどいつもと違う。
かすかな違和感に顔上げてすぐ硬い声が呼んだ。
「鷹居、浦部、すぐに来い、」
ほら?「何」かが起きた。
“沈黙は守るほうが無難だけれど、でも解らなくなることも多い”
そう告げたのは君だ。
そのままに今も電話きっと繋がらない、そんな現実が迫る。
「三月だからね、県警の山岳警備隊は遭難対応でアテに出来ないからウチが動く、っていうのは建前で極秘処理するためだよ?」
指示するテノールはいつも通り明るい、けれど硬質な緊張わだかまる。
その理由は「極秘」のせいだ、そんな現実を上司は隊員一同へ告げた。
「犯人は山岳ガイドの男で山小屋に立て籠もり中、人質は小屋主ほか3名。内1名は総務省官房審議官、犯人の要求は強盗殺人犯の無罪判決だよ、」
総務省官房審議官、
その肩書に肚底ぐわりこみ上げる。
そこにある「極秘処理」そして明方の夢まっすぐ暁を引っ叩いた。
『約束したよね暁、必ず見せて…なにがあっても、』
君が言っていた「何」はこれのこと?
―籠城事件ならSATが出る、官僚の救助なら尚更だけど総務省だって?
なぜ「総務省」なのだろう?
考えだして記憶いくつも重なりだす、これは「何」かある。
もう蟠りだす予兆とさっきの記憶に先輩が挙手した。
「小隊長、1月に起きた強盗殺人の容疑者が起訴されたとニュースで聴きましたが、犯人が要求するのはこの件ですか?」
「アタリだよ、ソレの件で立て籠もられちゃったね、」
応えてくれるテノールは落着いて明るい。
それでも静かな緊迫感に上司は口開いた。
「もう解かってるだろうけどSATが出るからね、で、現場が雪山だからウチがサポートしろってワケ。県警も一部の人間しか今は知らないから口外禁止です、」
説明する雪白の顔の向こう、窓ふる雪は積もりだす。
あわく白く滲みゆくガラスに気温が解かる、まだ正午前の時計に上司は言った。
「全員に拳銃携行を命じます、15分に救助車で集合。黒木は装備点検お願いします、浦部と鷹居は手伝いあるから残ってね、」
指示されて速やかに動きだす。
そして三人だけになった部屋、秀麗な雪白の顔は溜息と訊いた。
「あのさ…浦部も鷹居も射撃は上級だね?」
ほら「何」か告げられる。
この答もう解かるまま、暁はきれいに笑った。
「俺にやらせて下さい、山での発砲は俺のほうが経験あるはずです、」
きっとそういう事だろう?
その予測に上司兼ザイルパートナーがタメ息吐いた。
「まあねえ、鎌男のとき確かにオマエは発砲したけどね?」
「はい、狙いは的確でしたよね?」
事実のまま笑いかけて、ザイルパートナーの眼が眇める。
今は上司で3年先輩、けれど同年のザイルパートナーは呆れたよう言った。
「タシカに的確だったね、ホント鷹居は危険人物だよ?ねえ浦部?」
「そうですね、鷹居さん普段は好青年ですけどね?」
にっこり笑いかけてくる、その笑顔こそ「好青年」だろう?
そんな感想つい毒づいた現場、好青年先輩が姿勢あらためた。
「話を戻しますが、小隊長?サポートって狙撃もあるんですか?SATが出るのに、」
「可能性はある、」
すぐ応えてくれる声は落着きながら硬い。
きっと苛立ち隠している、そんなトーンが続けた。
「射撃上級者で雪山に強いヤツを1名選んどけって指示がきてる、ウチでは浦部と鷹居と、あとは俺だね、」
該当者は3名、そこにある意図は何か?
それくらい予測はつく、だからこそ暁は踏みこんだ。
「その3人なら俺が適任だと思います、国村小隊長は指揮官ですし、浦部さんは今回ガイド役になりますよね?」
名前に肩書つけて呼びかけて、その相手が真直ぐこちら見る。
いま立場を利用させてほしい、そんな意図くらい解かる男はため息吐いた。
「鷹居の言う通りだよ、浦部は長野に詳しいからって県警からもガイドに推薦されたね。浦部には遭対協にも伝手があるよってさ?」
推薦されて当然だろう、だって地元だ。
そこに知人も多い先輩は尋ねた。
「国村さん、そんな提案が県警からあったということは、県警の山岳警備隊は誰も出ないということですか?」
「それが上からの命令だね、」
即答して真直ぐに見つめてくる。
この「上から」は大元どこなのか?もう解かるまま暁は微笑んだ。
「では、俺が就くことで決まりですね、」
他の誰でもない、自分だ。
そんな予兆は目覚める前に始まっている。
だから夢を超えて約束は告げられた、そんな確信が可能性を見てしまう。
―のぞむ、希。警察を辞めたんじゃなかったのか?
警察学校を辞めた同期、そして自分の今の原点。
ずっと本当は会いたかった、今日、君に再会できるのかもしれない?
けれどこんな再会は望んでいなかった、けれど、ずっと予測していた。
―もし今日、希が選ばれているのなら…あの男はそういうつもりだ、
今日もし君が選ばれるのなら?
その可能性ずっと知っていた、だから今、そのために自分はここにいる。
この行く先は安全など遠い遠い場所、それでも自分は後悔など欠片もできそうにない。
―俺は希を守るだけだ、あの男の意志が何でも関係ない、
君を護る、それだけのために自分はいる。
こんな本音に全てが符号あわさってゆく、それでも「あの男」が望む結末を覆したい。
―総務省官房審議官が人質なんて見え透いてるな、でも本人は何も知らなくて、
人質、いま被害者にされている男は何も知らないだろう。
きっと「あの男」が巧妙に仕向けたことだ、そう解かるからこそ逃げる選択肢もいらない。
ただ自分の今できること全部すればいいだけだ?もうずっと決めている願いに言われた。
「鷹居、話したい人がいるなら伝言を託してください。きっと無事にすむって俺は信じるけどね?」
覚悟しろ、でも信じている。
そう告げてくれる眼差しは緊張して、それでも透けるよう明るく温かい。
そこにあるリスクの可能性は解かっている、それでも信頼と願いへ笑ってうなずいた。
「はい、必ず無事に任務は果たします、」
約束を笑って、そうして願いごとひとつ見つめてしまう。
この願いはリスクと背中合わせ、それでも渇くよう願っている。
―のぞむ、希。どこにいても俺は約束を果たすよ?
きっと今日の涯は死線。
けれど君の行方に寄添えるなら、それでいい。
(校正中)
→act.2
→小説サイト「カクヨム」投稿版
連載「side story」のオリジナル版になります。
カクヨム投稿した版をこっちにも載せてみました、
あっちは加筆校正NGって縛りがあるらしく・理由わからなくもないけどソレナンダカなあ思う→納得いくまで加筆校正したいからコッチにて、笑
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暁24歳、春3月
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終章またはact.0 雪嶺の楔、act.1 予兆
夢、そう解かっている。
それでも白銀あざやかな蒼穹まばゆい、雪山の朝だ。
―この稜線はあの山だ、もう標高3,000は超えてる、
夢、けれど吐く息あわく凍えて白い、めぐらす銀嶺ほどけて融けてゆく。
頬なぶる風は髪も凍えさす、呼吸あがる鼓動が熱い、この感覚リアルに温まる。
いま眠っているのだと自覚していて、それでも白と青の世界が嬉しくてたまらない。
登っているんだ、三千峰に。
『…あきら?』
呼んでくれる声、でもリアルにこの場所では呼ばれない。
けれど今こうして呼ばれるなら逢いたくて、また聴きたかった声が言う。
『暁、北岳草を見せて?』
約束、憶えてくれるんだ?
そう訊きたくて振向いて、けれどいない。
見あげた先にもどこにもいない、こんなに逢いたいのに?
『約束したよね暁、必ず見せて…なにがあっても、』
なにがあっても、って「何」がある?
訊きたい、けれど声も出ない。
ただ視界だけ見まわして、そして姿ひとつ現れない。
ただ白銀まばゆい稜線、青い空、それから舞いあがる風花の光。
「…のぞむ、」
名前こぼれて視界ゆっくり披きだす。
ほの暗い天井は夜明が遠い、そうして現実の朝は明けた。
・・・・・・
かたん、
椅子ひいて座った食堂、昼の香が腹を空かせてしまう。
こんな日でも人間は食べられる、そんな自覚おかしくて暁は独り笑った。
「…俺もタフだな、」
つぶやいて、でも周り誰も聴いてはいない。
まだ早めの時刻に席は空いている、けれどすぐ埋まるのだろう。
その日常にジャージ姿で箸とった向かい、かたり椅子ひかれて笑顔が座った。
「鷹居さん、トレーニングルームにいたんですか?」
あ、この声いま一番聴きたくなかったかも?
なんてつい想って笑ってしまう。
こんなにもナーバスになっている、けれど切り替え笑いかけた。
「おつかれさまです、浦部さんはランニングマシンでしたね、」
「見てたんだ?声かけてくれたらよかったのに、」
笑顔さわやかに返してくれる、でも今はなんだか小憎らしい。
そう想ってしまう本音はきっと夢の所為だ。
―なんで希が三千峰で呼ぶんだ、登れない標高なのに、
いるはずのない場所、けれど声だけは呼んでいた。
どうしてこんな夢を見たのだろう?その心当たりに記憶はメールひとつ読みあげる。
From :希
Subject:Re:哲人
本 文 :写真すごくきれいでした、ありがとう。
都心も冷えこんでいます、鍋料理がおいしかったです。
沈黙は守るほうが無難だけれど、でも解らなくなることも多いって僕は想うよ?
この最後の一文ずっと考えこんでいる。
これは何を伝えたい?訊きたくて、けれど聴けないまま時過ぎてゆく。
こんなふう逡巡するなんてらしくない、もどかしさごと飯ひとくち呑みこんで呼ばれた。
「鷹居さん?」
「はい?」
応え笑いかけた先、白皙の笑顔が瞬きひとつする。
端正な瞳すこし困ったよう見つめて、そのまま穏やかに訊いてくれた。
「なんだか鷹居さんボンヤリしてますね、いつも緻密なのに。何かあったんですか?」
あった、でもおまえには話したくない。
そう肚底また毒づいてしまう、こんなのは八つ当たりだ。
そんな自覚また可笑しくてつい笑って応えた。
「俺もボンヤリくらいしますよ?お話、聴いてなくてすみません、」
「いや、たいした話はしてないから、」
爽やかなトーン言ってくれる、その言葉に他意はない。
こんなふう良いヤツだとは解かっている、それでも腑に落ちない確信を言われた。
「湯原くんのこと話していたんです、高田がメールやりとりしたこと、」
ほら、そういうこと言うから癪なんだ。
―俺より希の行動知ってるみたいでムカつくんだよな、メールは解からないし、
電話や会話ならいくらか把握している、それは小さな機械のお蔭だ。
それは安全確保のために使っていて、けれど本人が知ったら怒るだろう?
―無断で盗聴なんて周太きっと怒るよな、でも心配だし、
君が心配でたまらない、だって「普通」の状況にいない。
もし「何事もない」生活してくれるならこんなことはしない、でも今は違う。
こんな現実は本音やっぱり重たくて、だから見たかもしれない夢に訊きたくて尋ねた。
「高田さんには仲良くしてもらってるみたいですね、森林学講座の話ですか?」
「うん、本を教えてもらったらしいよ、」
なにげない笑顔さわやかに教えてくれる。
ごく当たり前の応答は警戒の必要ないだろう、けれど水飲みかけて言われた。
「高田と湯原くんが仲良くなったキッカケって、盗聴器のことだって聴いてる?」
え?
「っ…ぐはっ」
噎せこんで水ぐわり逆流する。
掌に口もと抑えこんでなんとか呑みこんで、けれど咳が始まった。
「ごほっ、こんごほっ」
ああカッコ悪い、こんな不意打ちくらうなんて?
いま盗聴のことを考えていた、だから後ろめたさが噎せさせる。
こんな事態あまりに不甲斐なくて、その投石した手がティッシュさしだしてくれた。
「大丈夫?こんな噎せるなんて風邪気味かな、今朝も水浴びたんだろ?」
おまえの所為だってば?
「ごほっ…だいじょっ、ぶですっごほ」
「うん、でも風邪の前兆かもしれないよ?ここのとこ忙しかったし、今朝も冷えこんだから、」
応えながら食卓まわり拭いてくれる。
色の白い手、けれど大きく頼もしいのが今は癪で、それでも微笑んだ。
「風邪ではありません、ちょっと水に噎せただけです、」
「念のため今日はゆっくりしたほうがいいよ、せっかくの非番だし、」
大丈夫?そう微笑んでくれる言葉は優しい。
その優しさも癪で、こんな自分勝手おかしくて見た窓に声が出た。
「あ、雪?」
ふわり、白くガラスふれて消えてしまう。
その珍しさに先輩も頷いた。
「三月の雪だね、東京だと珍しいけど、」
三月の雪、
そんな言葉に去年が懐かしい。
あれから時間ずいぶん隔たった、その実感に向かいが微笑んだ。
「今日は大学の合格発表なんだね、ニュースが賑やかだ、」
「はい?」
言われてふり向いたテレビ画面、見憶えあるキャンパスが映っている。
悲喜いりみだれた光景は例年通りで、そして本音すこし妬けてしまう。
―俺も受験したかったな、内部推薦なんかじゃなくて、
自分の大学受験は母が壊してしまった。
けれど本当に壊した人間は別にいる、その事実ゆるやかに肚焦がす。
―観碕がいなかったら俺も違ってたな、それ以上にもっと…希も、
観碕征治、
あの男ひとりいなければ自分たちの今は違う。
それは幸せだったろうか、けれど出逢えなかったかもしれない。
幸福か不幸か、そのジャッジ決めかねるまま気になることを確かめた。
「浦部さん、盗聴器って国村さんの件でしょうか?七機に赴任したころ、」
そう表向きは始末されている。
そのままに先輩はうなずいてくれた。
「そうだよ、やっぱり聴いてるんだね?」
「はい、無線とラジオで探知したんですよね、」
「高田はあれが巧いんだ、工学部出身だけあるよ。湯原くんも工学部なんだってね、」
話してくれる笑顔は穏やかに清々しい。
この貌なら「湯原くん」も親しくなるのは当然だろう?納得に妬ける傍らニュースが言った。
「1月に…で起きた強盗殺人の容疑者が起訴されました、本人は否認するも…また余罪の可能性が」
この事件、前にも聴いた。
その記憶と箸うごかし会話するむこう、ふっと足音に意識とられた。
―黒木さん?でもなんか違う、
足音で誰なのか解かる、けれどいつもと違う。
かすかな違和感に顔上げてすぐ硬い声が呼んだ。
「鷹居、浦部、すぐに来い、」
ほら?「何」かが起きた。
“沈黙は守るほうが無難だけれど、でも解らなくなることも多い”
そう告げたのは君だ。
そのままに今も電話きっと繋がらない、そんな現実が迫る。
「三月だからね、県警の山岳警備隊は遭難対応でアテに出来ないからウチが動く、っていうのは建前で極秘処理するためだよ?」
指示するテノールはいつも通り明るい、けれど硬質な緊張わだかまる。
その理由は「極秘」のせいだ、そんな現実を上司は隊員一同へ告げた。
「犯人は山岳ガイドの男で山小屋に立て籠もり中、人質は小屋主ほか3名。内1名は総務省官房審議官、犯人の要求は強盗殺人犯の無罪判決だよ、」
総務省官房審議官、
その肩書に肚底ぐわりこみ上げる。
そこにある「極秘処理」そして明方の夢まっすぐ暁を引っ叩いた。
『約束したよね暁、必ず見せて…なにがあっても、』
君が言っていた「何」はこれのこと?
―籠城事件ならSATが出る、官僚の救助なら尚更だけど総務省だって?
なぜ「総務省」なのだろう?
考えだして記憶いくつも重なりだす、これは「何」かある。
もう蟠りだす予兆とさっきの記憶に先輩が挙手した。
「小隊長、1月に起きた強盗殺人の容疑者が起訴されたとニュースで聴きましたが、犯人が要求するのはこの件ですか?」
「アタリだよ、ソレの件で立て籠もられちゃったね、」
応えてくれるテノールは落着いて明るい。
それでも静かな緊迫感に上司は口開いた。
「もう解かってるだろうけどSATが出るからね、で、現場が雪山だからウチがサポートしろってワケ。県警も一部の人間しか今は知らないから口外禁止です、」
説明する雪白の顔の向こう、窓ふる雪は積もりだす。
あわく白く滲みゆくガラスに気温が解かる、まだ正午前の時計に上司は言った。
「全員に拳銃携行を命じます、15分に救助車で集合。黒木は装備点検お願いします、浦部と鷹居は手伝いあるから残ってね、」
指示されて速やかに動きだす。
そして三人だけになった部屋、秀麗な雪白の顔は溜息と訊いた。
「あのさ…浦部も鷹居も射撃は上級だね?」
ほら「何」か告げられる。
この答もう解かるまま、暁はきれいに笑った。
「俺にやらせて下さい、山での発砲は俺のほうが経験あるはずです、」
きっとそういう事だろう?
その予測に上司兼ザイルパートナーがタメ息吐いた。
「まあねえ、鎌男のとき確かにオマエは発砲したけどね?」
「はい、狙いは的確でしたよね?」
事実のまま笑いかけて、ザイルパートナーの眼が眇める。
今は上司で3年先輩、けれど同年のザイルパートナーは呆れたよう言った。
「タシカに的確だったね、ホント鷹居は危険人物だよ?ねえ浦部?」
「そうですね、鷹居さん普段は好青年ですけどね?」
にっこり笑いかけてくる、その笑顔こそ「好青年」だろう?
そんな感想つい毒づいた現場、好青年先輩が姿勢あらためた。
「話を戻しますが、小隊長?サポートって狙撃もあるんですか?SATが出るのに、」
「可能性はある、」
すぐ応えてくれる声は落着きながら硬い。
きっと苛立ち隠している、そんなトーンが続けた。
「射撃上級者で雪山に強いヤツを1名選んどけって指示がきてる、ウチでは浦部と鷹居と、あとは俺だね、」
該当者は3名、そこにある意図は何か?
それくらい予測はつく、だからこそ暁は踏みこんだ。
「その3人なら俺が適任だと思います、国村小隊長は指揮官ですし、浦部さんは今回ガイド役になりますよね?」
名前に肩書つけて呼びかけて、その相手が真直ぐこちら見る。
いま立場を利用させてほしい、そんな意図くらい解かる男はため息吐いた。
「鷹居の言う通りだよ、浦部は長野に詳しいからって県警からもガイドに推薦されたね。浦部には遭対協にも伝手があるよってさ?」
推薦されて当然だろう、だって地元だ。
そこに知人も多い先輩は尋ねた。
「国村さん、そんな提案が県警からあったということは、県警の山岳警備隊は誰も出ないということですか?」
「それが上からの命令だね、」
即答して真直ぐに見つめてくる。
この「上から」は大元どこなのか?もう解かるまま暁は微笑んだ。
「では、俺が就くことで決まりですね、」
他の誰でもない、自分だ。
そんな予兆は目覚める前に始まっている。
だから夢を超えて約束は告げられた、そんな確信が可能性を見てしまう。
―のぞむ、希。警察を辞めたんじゃなかったのか?
警察学校を辞めた同期、そして自分の今の原点。
ずっと本当は会いたかった、今日、君に再会できるのかもしれない?
けれどこんな再会は望んでいなかった、けれど、ずっと予測していた。
―もし今日、希が選ばれているのなら…あの男はそういうつもりだ、
今日もし君が選ばれるのなら?
その可能性ずっと知っていた、だから今、そのために自分はここにいる。
この行く先は安全など遠い遠い場所、それでも自分は後悔など欠片もできそうにない。
―俺は希を守るだけだ、あの男の意志が何でも関係ない、
君を護る、それだけのために自分はいる。
こんな本音に全てが符号あわさってゆく、それでも「あの男」が望む結末を覆したい。
―総務省官房審議官が人質なんて見え透いてるな、でも本人は何も知らなくて、
人質、いま被害者にされている男は何も知らないだろう。
きっと「あの男」が巧妙に仕向けたことだ、そう解かるからこそ逃げる選択肢もいらない。
ただ自分の今できること全部すればいいだけだ?もうずっと決めている願いに言われた。
「鷹居、話したい人がいるなら伝言を託してください。きっと無事にすむって俺は信じるけどね?」
覚悟しろ、でも信じている。
そう告げてくれる眼差しは緊張して、それでも透けるよう明るく温かい。
そこにあるリスクの可能性は解かっている、それでも信頼と願いへ笑ってうなずいた。
「はい、必ず無事に任務は果たします、」
約束を笑って、そうして願いごとひとつ見つめてしまう。
この願いはリスクと背中合わせ、それでも渇くよう願っている。
―のぞむ、希。どこにいても俺は約束を果たすよ?
きっと今日の涯は死線。
けれど君の行方に寄添えるなら、それでいい。
(校正中)
→act.2
→小説サイト「カクヨム」投稿版
連載「side story」のオリジナル版になります。
カクヨム投稿した版をこっちにも載せてみました、
あっちは加筆校正NGって縛りがあるらしく・理由わからなくもないけどソレナンダカなあ思う→納得いくまで加筆校正したいからコッチにて、笑
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