三つの空、その願いに天使は
特別編補記:冬三夜、 願い廻らす物語
クリスマス特別編「冬三夜―Christmas Carol」が今、完筆しました。
introductionを含めて全12話、英二・周太・光一が小学校1年生に見つめたクリスマス・イヴの物語です。
物語の主軸として二つのクリスマス・キャロルをモチーフに、3つの物語がリンクするよう描いてみました。
ひとつめのクリスマス・キャロルは英国の文豪チャールズ・ディケンズが書いた小説『Christmas Carol』です。
読まれた方も多いと思いますが、強欲ジジイのスクルージーが1人の亡霊と3人の精霊に出会う四夜の物語になります。
最初の夜、友人の亡霊がスクルージーに「忠告」を与えに現れる、その台詞がintroductionにある引用文です。
二夜めには「過去」のクリスマスに再会させられ、幼い幸福を思い出した老人は失った物の価値に気付きます。
三夜めには「現在」のクリスマスを幻影として見せられて、自分を見つめ直し自身の罪を知りました。
そして最終夜、老人は「未来」のクリスマスに自分がどうなっているのか?その予言に震えます。
過去・現在・未来といった3つの時間にあるクリスマスと出会う。
この時間軸を超えて出会うクリスマスというモチーフを「冬三夜」の各話でも使ってみました。
第一章「Angel's tale」 自分と似た山ヤの医学生「未来」と出会い孤独を癒され今の幸福に気づく。
第二章「Graine du bonheur」 父親と同じ願いを持った男性「現在」と援けあい共に今の幸福を笑いあう。
第三章「Bonheur de l'ange」 尊敬する医学生と共に出産を見つめ「過去」の自分と母の姿を見つめ、今ある感謝を想う。
そして全話に登場する唯一の人物は、自身の過去から未来の全てに出会いながら3人の少年たちと幸福な瞬間を笑いあいます。
ふたつめのクリスマス・キャロルは古くから欧米で歌うクリスマスソングのことです。
その中から『Les Anges dans nos Campagnes』、邦訳では『野原の天使』また『荒野の天使』をイメージに登場させました。
この歌には全話登場する医学生雅樹の生き方と願い、そして未来を予知させる意味を穏喩させています。
第一章「Angel's tale」天使の物語
小学校1年生の英二が見つめるクリスマス・イヴは、孤独から始ります。
その原因は「母」の不在、これは人間の根源的ともいえる孤独で、精神的重傷になりやすいです。
この孤独が英二の思慮深い哲学的性質を育んでいきますが、それと同時に冷酷な程の人間不信になる温床でもあります。
冒頭で英二は同級生の女の子から恋の告白を受けますが、その告白が深い心の傷を抉ることになってしまいました。
それは彼女の告白内容が、いつも実母から言われている事と全く同じ内容であり「英二」と向きあわない為です。
いつも実母から褒められるのは勉強と運動と、容姿のこと。
どれも外的評価がしやすい点ですが、そこには英二という「人間性」への受容はありません。
けれど英二が重要視するのは能力や容貌よりも、心理的要素である性格や雰囲気・思考など内面的素養です。
そこを一番に実母から認められない現実に深い孤独を抱いています、この孤独感は他による補填も難しい。
英二には祖母、姉、家庭教師で乳母でもある菫といった佳き理解者が周囲に居ます。
それでも孤独は根源的に深すぎて、完全に治癒されることはありません。
子供の心に向きあわない母親、そう英二自身も解かっています。
それでも幼い7歳の少年は当然のよう母を慕い、期待して、けれど裏切られてまた傷つきました。
いつも褒めてくれる勉強と運動を評価する「通信簿」これがあれば母も喜んで自分を構ってくれるはず。
そう期待して終業式の後、寄り道せずに真直ぐ自宅へと英二は帰りました。けれど、母はもう出掛けて不在でした。
自分が帰ってくるなら、最初に通信簿を見てくれると思った。
自分の成績を喜んでくれて、昼ご飯を一緒に食べてから母は出かけると思っていた。
けれど母はもう出掛けていない。そんな予想は今朝の雰囲気から察してはいた、けれど本当は期待していたのに?
せめて今日だけは、母の作った食事を置いてほしかったのに?
たぶん出掛けるなら料理しないだろう、そう予想はしていた。それでも「今日」は特別だと思ったのに?
だって今日はクリスマス・イヴで世界中の家庭では皆、親たちは子供を楽しませようとしている筈なのに?
終業式で通信簿がある、しかもクリスマス・イヴ。
そんな特別な日であることに母も「特別」な対応をしてくれる。
その期待に母親の愛情を確かめたくて、英二は祖母の家に行く前に自宅へと帰りました。
けれど裏切られてしまった現実に、涙も流さず「もういい」と微笑んでメモをゴミ箱へ捨ててしまいます。
この瞬間、子供らしい母への期待はまた1つ捨てられて、英二の「母」ひいては女性に対する不信感がまた育つ。
こうした繰り返しが後に、美しい青年に育った英二の女性と母性に対する冷酷な態度と、相反する痛切な希求へと繋がります。
そんな孤独感を抱いて英二は、新宿の書店へと足を向けます。
その書店はたまの休日、父親が連れて行ってくれる大好きで大切な場所です。
英二は父親を愛しています、多忙で少ない時間を父が一生懸命「子供」に懸ける事を知っているからです。
けれど、こうした父・啓輔の態度が英二たちの母親を冷たい女性に仕立ててしまった、夫婦の哀しい現実があります。
そんな母の苦しみに英二が気づくのは、周太とその母である美幸に出逢ってからのことです。
最初、英二は孤独感のなか電車に乗り新宿駅に着きます。
けれど雑踏を歩くうち「ひとりも良いな?」と愉快な気持が起きだしました。
周りを歩く人や街の様子を観察し、自由に独り好きなよう歩き回ることを楽しむ。
こんなふう孤独感も楽しむ哲学的思考は、巡回や自主訓練で山を単独行する時間を好む基盤です。
このクリスマス・イヴの単独行という冒険で着いた書店、英二は美しい山ヤの医学生「未来」と出会いました。
片手に『First Aid Emergency care 』救命救急医療の専門誌を持った「山に登ってるよ」と笑う青年。
これは後年の英二が山ヤの警察官として、応急処置を主担当し警察医の助手も務めていく姿の予言です。
予言「未来」を示す綺麗な笑顔の青年は、雪空色のコート姿で子供の英二にも対等に話し「通信欄」を認めてくれました。
この対等性と、求めていた心理面への讃美が英二の心を温め、自分自身の「今」ある幸福に気づく余裕が生まれます。
そして帰った成城の街で祖母と姉に迎えられ、聡明な家庭教師に「今日」の感謝を導かれて幸福なクリスマスイヴを過ごしました。
冒険で「未来」に出会い今の幸福に気付いた英二、そんな精神的成長への褒美に最高のクリスマスプレゼントが夜に贈られます。
このプレゼントが贈られるきっかけ「種」を蒔いてくれたのは、第二章「Graine du bonheur」の主人公である周太でした。
第二章「Graine du bonheur」幸福の種
母親と一緒にクリスマスの街を歩く、そんな幸福なシーンに物語は開きます。
周太と母の美幸、ふたりは寄り添って笑いあい、銀座の文房具店へと入りました。
そこで万年筆のインクを買い求めた後、クリスマスプレゼントを見つける宝探しを始めます。
そして周太は父への贈り物を探す「今」に、父親の馨と似ている男性に出会い声を掛けました。
涼やかな切長い目、知的で穏やかな雰囲気、同じような年格好。
そんな父との共通点を見つめた男性は、父と同じよう万年筆のインクを求めていました。
その男性は父と同じよう多忙で、子供と話す時間が無くて困っているのだと打ち明けてくれます。
この願いごとは父の馨と同じです、そう気づいた周太は応えてあげられると喜んで自分たち父子の「約束」を話しました。
お手紙をノートに書くの。そうするとね、お返事を書いて僕の机に置いてくれます、おとうさんから書いてくれる時もあるの。
そうしたら僕がお返事して、書斎の机に置くの。そうやってノートでお手紙をしたら会えなくても話せるし、後で何度も読めていいでしょ?
この湯原父子の「約束」習慣は、周太の祖父である晉が息子の馨と交わしていた約束の応用です。
9/28にUPした「P.S親愛によせて―from Oxford August.1966」7歳の馨が書いたエアメールにその習慣が記されています。
これを周太から教えられた男性は、その智恵に喜んでノートを子供達のクリスマスプレゼントに買うことに決めました。
そして周太に父親へのプレゼントは何が一番かを教えて、周太の心を温かく幸せにしてくれました。
そんな男性に尚更のこと馨の俤を見つめて、周太は父にいつも伝えたい言葉を幾つか男性に贈ります。
お父さんとお話しできるの、いちばん良いクリスマスプレゼントになるって思います
おとうさんが帰ってきてくれるなら、僕は何時でも嬉しいです。起きて会えなくても帰ってきたら、お父さんの空気はあるでしょ?
この言葉たちは多忙な父親である男性にとって、最高のプレゼントでした。
このプレゼントの返答に、馨とよく似た男性は幸せな笑顔で応えます。
君のお父さんへのプレゼントだけど、いちばんは君の笑顔だって私は思うよ?
私も同じだよ?息子たちが眠っている顔を見るだけでも嬉しいんだ、だから家に帰りたいよ?君のお父さんもきっとね
男性から贈られた「父」の願いと本音に、周太は心から喜びます。
この二人の掛け合う言葉は、クリスマスイヴの「現在」を過ごす親子たちに進行形です。
そして周太と馨にとっては、後年に訪れてしまう哀しい別離とその後「未来」を象徴する言葉でもあります。
このクリスマスイヴは小学1年生7歳のシーンです、その3年後に訪れる同じ日に馨は生きて家に帰ることが出来ません。
それでも馨の願いは変らず、周太の願いも変わらないまま大人になって繊細で強い男性へと成長します。
この周太と出逢った男性が誰なのか?きっと第一章と本篇も読まれた方はすぐ気がついたと思います。
彼は自分で万年筆のインクを買いに来ました、これは仕事の合間に来た買物で本当は妻に頼みたい所です。
それに対して馨のインクは妻の美幸が息子と買いに来てくれています、この対比が宮田家と湯原家の差です。
湯原母子が銀座に買物に来た目的は馨のインクとクリスマスプレゼント、あくまでも父親で夫である馨のためでした。
そんなふうに父かつ夫を心から愛し大切にする母子の姿に、宮田父子が後年に惹かれていく伏線ともなるシーンです。
銀座で馨の買物を済ませた母子は、新宿までケーキとクリスマスオーナメントを買いに行きます。
様々な事にお決まりの店がある湯原家です、けれど周太は通りがかった可愛い雑貨屋で気に入りのオーナメントを見つけました。
雪の結晶を象ったクリスタル製の小さなオーナメントセット、これを美幸はリビングのツリー用と息子用に2つ買い求めます。
そして馨が贈った小さなゴールドクレストに周太1人で飾り付けるよう、楽しく提案してくれました。
これは美幸が息子へ贈る深い母親の愛情から出た、自立した大人になる「未来」への祈りです。
美幸は息子の周太に、父親のクリスマスプレゼントを1人で選ばせました。
オーナメントを買う店も自分で決めさせてツリーの飾りつけも自分だけでするよう仕向けます。
いずれも「1人でも出来る」ことを息子に増やし、自立していく独立心を贈ろうと考えての提案です。
この湯原夫婦には親戚がありません、そして息子は一人っ子で頼るべき兄弟も無く、いずれ独りになる可能性があります。
そうした息子の将来へと誠実に向き合い、母として出来る限りの援けは何かを美幸は考えて息子を育てて来ました。
そんな美幸流教育が甘えん坊の息子を、家事も万能で教養も深く聡明な、穏やかで芯が強い男性へと成長させます。
こうした教育方針の一環としてプレゼントした雪を象ったオーナメントを、周太は出会った医学生に贈ります。
新宿駅で人に突き飛ばされてしまった周太は、けれど生来の運動神経に助けられて左掌の怪我だけで済みました。
この手当てをしてくれた医学生を好きだと想い、お礼をしたくて大切なクリスマスプレゼントのお裾分けをしました。
周太の怪我に雪だるま模様の絆創膏を貼ってくれた、そういう細やかな優しさを持つ医学生に報いたかった訳です。
この想いに医学生も応えてくれて、喜んで救急セットの入った鞄に付けると本当に綺麗な笑顔を見せてくれました。
その医学生を美幸と周太は「天使みたいだね?」と楽しく話しながら馨が好きなケーキを買いに行きます。
この第二章は主人公と母親の性格のままに幸せいっぱいで温かく、他2話に比べて穏やかな光景が続きます。
けれど他2話に比べて登場人物がとても少ないです、それは湯原母子には近しい間柄が少ない現実のためです。
そうした人間関係は、湯原家に絡まる「拳銃」の現実から家族を護り他人を遠ざけるために馨が選択したことでした。
そんな馨が息子から自分と似ている男性の話を聴きます、その男性が誰なのか?馨はすぐ気がつきました。
そして「僕の『今』のクリスマスの精霊に会ったのかな?」と微笑んで、相手の幸せを祈っています。
この日、馨は警備部としての任務で奥多摩に出張し、要人警護の指揮に当たっています。
第三章で光一と雅樹が気がつく様に、要人がクリスマス登山に奥多摩を訪れた警護の任務でした。
元来が山ヤであり警視庁随一の狙撃技術を持った馨には適任です、そしてこの任務のパートナーは後藤でした。
本篇にあるよう後藤は最高の山岳レスキューであり、拳銃射撃の名手であるため奥多摩をVIPが来訪するとガイド兼警護を務めます。
そのため「奥多摩交番の手伝いに来てくれた」馨を心配し、クリスマスプレゼントになる奥多摩土産を手配しました。
そうして美幸には四つ葉のクローバーの栞が贈られて、馨のクリスマスプレゼントとお揃いになります。
このとき周太に贈られた特大ドングリは「蒔いたらデッカイ木になるしさ、」と贈り主の祈りが籠められています。
そんな祈りは周太の樹医を志す夢「未来」への予言と、周太の人間性が大きく成長していく予祝です。
第三章「Bonheur de l'ange」天使の幸福
雪の通学路、光一と美代の帰宅から物語は始まります。
仲良く歩きながらクリスマスイヴの楽しい予定を話し、ほっぺにキスして別れる。
そんなシーンですが光一も美代もあっさりとして、光一の雅樹に対する感情の方が深いです。
本篇では4番目の主人公とも言える美代は、この冒頭シーンしか登場しません。
けれど第二章で美幸が受けとるクリスマスプレゼントの作り手かつ贈り主は、この美代です。
四つ葉のクローバーの押葉をプラスチック板に綴じ、赤いリボンをつけた栞は美代らしい純朴な端正があります。
これとよく似たデザインの栞を、金属製ではありますが周太は銀座の宝探しで見つけて父親の馨に贈っています。
こんなふう美代と周太は好みも似ていて、同じよう植物好きな幼少期を過ごしている情景は、後年のふたりへの伏線です。
帰宅した光一を待っていたのは、後藤の依頼と雅樹の遅刻という2つの報せでした。
がっかりしながらも雅樹の祖父母を思い遣り、後藤の依頼に応える行動を光一は選びます。
こういう責任感は旧家のひとりっこ長男らしい細やかで大きな優しさです。
そして成長した光一が備えていく強靭なリーダーシップへ繋がります。
予定より2時間ほど遅れて、雅樹は奥多摩の吉村家に帰ってきます。
ここから名前のある登場人物として「雅樹」は、等身大の青年として描写スタートです。
愛する郷里に帰りつき、可愛がっている山ヤの少年を抱きあげ、大好きな祖父に昼食をねだります。
炬燵に入って少年の通信簿に笑い、祖母の温かい食事を摂ったあと皆でクリスマスケーキを食べました。
本当は第一章にあるよう雅樹は既に英二と昼食を摂っています、それでも祖母の心づくしを無駄にしません。
また第三章の最終話で光一に訊かれて答えたよう雅樹は英二の孤食を哀しんだ為、第一章で英二に嘘を吐きました。
元々は雅樹は祖父母と光一と、昼食の約束があったわけです。けれど英二の孤独に自身の幼少期を想い、一緒に昼食を摂りました。
このとき雅樹は、光一が祖父母と昼食を共にして楽しませると信じています。だからこそ英二との食事を選ぶことが出来ました。
ケーキを食べ終えた光一と雅樹は後藤の依頼に応え、奥多摩交番へと雪道を向かいます。
その車中、光一は雅樹のショルダーバッグに付けられた、繊細にきらめく雪の結晶に気付きます。
初めて見る美しいガラス細工に見惚れながら由来を雅樹に訊き、贈り主の「ドリアード」へ嫉妬と憧憬を抱きました。
このとき雅樹が語る台詞は「周太」の不思議な一面を示し、光一の抱いた感情は後年の周太と英二との関係に繋がります。
そんな会話を交わしながら奥多摩交番に着き、そこで雅樹と光一は妊婦からの救助依頼を受けることになりました。
狭隘路を通り急斜の坂道を登った、山奥の一軒家。
そこが第三章3話めの舞台になります、こうした立地は実際に奥多摩では見られる所です。
自分も奥多摩に行った時、うっかり車で入ってしまった道が驚く急斜面や細道で難渋した経験があります。
そういう道も雅樹と光一が入って行けるのは、奥多摩の地形に慣れ、山ヤとして雪山登攀も苦にならない為です。
暗くなる時間帯、絶え間ない降雪、そんな悪条件のなか無事に2人は目的の家に辿り着きます。
待っていたのは泣きじゃくる5歳位の女の子と、既に破水してしまった若い母親でした。
いま来た道を搬送する事は不可能、そんな状況下に雅樹は速やかな判断でこのまま分娩する決心をします。
まだ医学部4回生の雅樹は医師免許の取得前です、けれど救命救急士の資格を持ち、父の伝手で現場立会いも数多くしてきました。
それに雅樹は15歳の春、雲取山頂での分娩に立会い父の助手をつとめ、誕生した光一を産湯を浸からせる経験をしています。
そうした経験と自身の碩学を信じて雅樹は、二人の子供に手伝ってもらいながら分娩を行い、無事に男の子をとりあげます。
この決意を雅樹が即断出来たのは、初めて医師を志した小学校6年生の時から山間医療の現実と向き合ってきたからです。
そんな雅樹の覚悟は常備する医療セットと白衣に現れています、それに光一は気づいて雅樹への敬愛を深め雅樹の姿を心に刻みました。
この経験が光一を後年、山岳レスキューとして警視庁に任官する意志に繋がって行きます。それだけ雅樹に対する敬慕が深い光一です。
こんなふうに雅樹は光一へと、山ヤとしてだけではなく人間として医療従事者として、深い影響と強い意志の力を与えています。
雅樹が真摯で冷静な対応を行っていく間、光一は出来る精一杯で雅樹を援けます。
自分とさして年の違わない女の子を励ましながら、シーツやタオルなどを準備して部屋も片付けました。
若い母親の娘にクリスマスを楽しませたい願いに応え、オムライスを作ってケチャップで絵も描いて出します。
このとき妊婦にも食事を作りますが、体調を気遣って彼女にだけは洋風雑炊を用意する細やかな優しさを示しました。
そんな光一の小学生ながら大人びた気遣いが出来る様子に、雅樹はより信頼と将来への嘱望を想い誇らしく嬉しく見つめています。
そして訪れた出産の瞬間、光一は気配に目を覚まし雅樹の隣に座ります。
そこで見た光景は、誕生したばかりの赤ん坊を産湯に浸からせる透明に優しい笑顔でした。
このとき光一は「過去」自分の出生と同じ時間を見つめています、不思議な感覚に心響かせていく瞬間です。
この同じ瞬間に雅樹も「過去」自分が山岳医療に希望を見出した、光一の出生に見つめた喜びを反芻していました。
こうして無事に母子3人を護りきった雅樹と光一の許へ、夜半ようやく救急隊と医師が到着します。
積雪と降雪の悪天候と、奥多摩に訪問した要人の安全確保。この2つの条件が阻んでいた救急が漸く動きました。
そして母子を無事に引き継いだ雅樹と光一は吉村家へ帰り、雅樹は風呂に光一を入れて着替えさせ、いつも通りお伽話もしてくれます。
そうして穏やかな眠りについて、雅樹と光一のクリスマスイヴは温かな布団のなか安らぎました。
迎えた朝、光一は雅樹の疲労を配慮して起こすことをしません。
大好きな雅樹には元気で笑っていてほしい、それに自分も独占めに眠っていたい。
そんな願いに優しい朝寝の時間を過ごし、ふたり幸福感を抱きあいながら笑いあいます。
そして雅樹は光一に、クリスマスイヴに出逢った「過去」の自分を語り、K2峰のカラビナに「未来」を託し贈りました。
この贈り物に喜びながらも光一は漠然とした不安を感じ、雅樹に「約束」をねだり全てと引き換えても雅樹の無事を願います。
けれどこの「約束」には、本篇を読んでいる方にだけ感じる感情があるかもしれませんね?
この「冬三夜―Christmas Carol」には唯一、雅樹だけが全編に登場します。
本篇でも雅樹は過去形で幾度も登場し、本篇主人公である英二を守護する存在です。
雅樹と英二、この二人を廻る関係を明らかにする物語としても「冬三夜」は書いてみました。
第一章で英二の祖母である顕子は「大人になった英二のよう」と雅樹を語っています。
その言葉のとおり雅樹はもう1人の英二、いわゆる英二の「another sky」です。
そんな英二を雅樹は他人事と思えません、だからこそ英二に2つの嘘を吐きました。
ひとつめの嘘は、祖父母と光一と昼食の約束があるのに「独りで食事するのは寂しいから一緒して?」と言ったこと。
これは英二が独りで食事をする状況に気付き、それを同情したと恩着せがましく思われる事を避けるために吐いた嘘です。
ふたつめの嘘は、両親と住む自宅は新宿駅から徒歩圏内にあるのに、英二の最寄駅である成城に自宅があると言ったことです。
これも小学1年生の英二が混雑する電車に独り乗ることを心配して、一緒に帰る申し出を遠慮なく受けて貰う為の嘘でした。
こういう優しい嘘を吐ける男が、雅樹が「天使」と想われる所以の1つでもあります。
雅樹の時間軸で各三章を解説すると、
1.英二と新宿で過ごし、成城の駅まで送る(第一章)
2.成城から民鉄で新宿駅に戻り、そこで周太の応急処置をする(第二章)
3.新宿でクリスマスケーキを買い、歩いて新宿の自宅に戻ると四駆で奥多摩に向かう(第二と三の幕間)
4.奥多摩に到着して祖父母の家で寛ぎ、光一と奥多摩交番に向かう(第三章)
5.奥多摩山中の一軒家で分娩処置を行い、終って祖父母の家に帰る(第三章)
6.翌朝、光一にクリスマスプレゼントを贈り話をする(第三章)
こんな感じで進んでいます。
ちなみに後日譚ですが、クリスマスイヴのバーベキューはクリスマス当夜にも行いました。
そこでは美代や美代の姉が雅樹と話すたびに嫉妬して、あれこれ邪魔する子供っぽい光一です。
本篇を読まれると、光一のみならず登場する山ヤたちの「雅樹」への想いが幾度も語られます。
誰もが素晴らしいレスキューで山ヤで、佳い男だったと語る「雅樹」とはどんな人間だったのか?
そんな疑問への答えがこの「冬三夜」で描かれる、天使のように無垢で真摯な山ヤの医学生です。
こういう雅樹だからこそ光一は生涯忘れることなく「約束」を信じ想い続け、最高の山ヤであろうと自分を信じ生きています。
雅樹の父親である吉村医師も兄の吉村雅人も、雅樹を惜しみ哀しんで、その遺志を継いで山岳医療に生きる道を選びました。
また後藤副隊長も雅樹を深く愛し惜しむ一人です、だから尚更に英二へと喪った夢と意志を見出し、助力を惜しみません。
主人公3人の小学校1年生だった「過去」から24歳の「現在」に繋がる物語。
そして今後の「未来」を予言する伏線を描いた物語でもあるのが第X話「冬三夜―Christmas Carol」です。
各話ごと3人の性格や能力、立場や生立ち等それぞれに個性を表しながら全員が「雅樹」と向きあっていく。
そして3人それぞれがクリスマスの贈り物で繋がっている、そこには美代も加わって4人がリンクします。
英二は雅樹と歌絵本『Christmas Carol』を選んで光一と美代に贈り、自身も雅樹から同じ絵本と絆創膏セットを贈られます。
周太は、英二に「ノート」父親と話す時間を贈り、雅樹には雪の結晶を贈ります。そして光一からドングリを贈られました。
光一は周太にドングリを、雅樹にオムライスを贈りました。そして雅樹から英二と選んだ絵本とK2峰のカラビナを贈られます。
美代は周太の母・美幸に四つ葉のクローバーの栞を贈り、雅樹から英二と光一とお揃いの絵本を贈られました。
英二と光一と美代は同じ絵本を雅樹から贈られています、この絵本は周太が元から持っている絵本と同じものです。
周太は英二には「父親との対話」を、雅樹に「水の結晶」と「樹霊」を贈り、光一からドングリ「巨樹の種」を贈られています。
光一は雅樹からK2峰のカラビナ「最高峰に立つ夢」を贈られました、そして英二は雅樹に「未来の自分」への憧憬を見つめています。
この贈り物たちには5人の関係性と進んでいく道が穏喩となっているのですが、何か解かるでしょうか?
この物語を読まれて、なにか少しでも温かいものや明るいもの、感じて頂けたら嬉しいです。