That after many wanderings
kenshi―周太24歳4月
第86話 建巳 act.39 another,side story「陽はまた昇る」
桜ひとひら、風くるり陽が透ける。
もう高くなる陽ざし鐘が鳴って、友だちが笑った。
「ほら周太、やっぱり小嶌さん馴染みまくってんよ、」
明朗な声からり、キャンパスの扉を指し示す。
日焼けした指先むこう笑顔たち初々しい、その一人に周太も微笑んだ。
「ん、初々しいね…どの学生さんも、」
「新入生だもんな、」
答えてくれる横顔はチタンフレームの底、快活な瞳が笑っている。
まだ22歳、それでも眼差しどこか老成した友人が言った。
「ウチの大学は浪人生もフツーに多いから新入生に見えないヤツも多いけどさ、なあ?小嶌さんフツーに現役生っぽいよな?」
闊達な声の先、スプリングコート薄紅色ひるがえす。
黒髪さらさら薔薇色の頬あかるくて、楽しそうで微笑んだ。
「ん…楽しそうだね、美代さん」
良かった、幸せそうで。
想い微笑んで、けれど隣が言った。
「あれ?なにナニあいつ?」
言われた先、スーツの背中が彼女を遮る。
茶色い髪、けれど不慣れなスーツ新入生な背のむこう、薄紅色のコートが戸惑う。
「あれ、周太アレ、あいつ小嶌さんのことナンパしてない?」
隣から肩ぽんぽん叩かれる、闊達な声どこか警戒にじむ。
叩いてくる掌に声に、ごとり、鼓動うなってローファー前に出た。
「あ?…周太?」
友だちの声どこか遠く歩きだす、ほら、ソールかつかつ響きだす。
歩いてしまうスラックスの脚さばいて、唇が開いた。
「みよさーんっ!」
呼んでしまう声、僕の声だ?
呼びかけた名前の真中で、明るい瞳まっすぐ自分を見た。
「しゅうたくん…!」
ほら、呼んでくれる瞳ほがらかに笑う。
薄紅色のコートくるり翻って、駆けだす笑顔に駆け寄った。
「美代さん、オリエンテーションおつかれさま?」
笑いかけて手を伸ばして、抱えている冊子たち引き受ける。
素直に渡してくれる笑顔はいつもどおり、きれいな明るい瞳に自分を映した。
「ありがとう、周太くんも初出勤おつかれさまです。足は大丈夫?」
澄んだ声ほがらかに訊いてくれる。
その言葉にローファーの右足首そっと回して見せた。
「ん、今日はもう痛み無いんだ。美代さんは引っ越し落ち着いた?」
「うん、田嶋先生の娘さんたちが手伝ってくれてね、すごく安心できたの、」
答えてくれる声やわらかに弾む。
きっと楽しい引っ越しだった、そんな笑顔に友だちが笑った。
「オツカレ小嶌さん、このあと予定なにか新しくできた?」
ごとり、
鼓動うなる重くなる、けれど可愛い声が微笑んだ。
「二人とごはんの約束なのに、どうしてそんなこと言うの?二人に話したいこといっぱいあるのに、」
ほら、やっぱり彼女はそうだ。
鼓動ふわり明るんで、ほっと息ひとつ笑いかけた。
「僕も話したいこといっぱいあるよ…行こう美代さん、」
どうして賢弥ってばそんなこと言うのだろう?
心裡すこし棘が立つようで、けれど薔薇色やわらかな笑顔が訊いてくれた。
「ん、お昼どこ行こうね?」
「オリエンテーションはこれで終わりだよね?学食でも外でも行けるね、」
笑いかけて歩きだす道、薄紅の花びら舞っている。
抱えたテキストの重みたち弾む、そんな背後から聞こえた。
「―彼氏いるんだ、かわいいもんなあー」
「―追いかけて受験したとかー」
知らない声たちさざめく、けれど隣の女の子いつもの笑顔だ。
いつもと変わらない明るい瞳はきれいで、つい見つめた隣から言われた。
「なあ、周太が小嶌さんの彼氏って噂してんぞ?」
ぐっ、
テキスト抱きしめて、ほら耳もう熱い。
こんなこと言葉にされたら気恥ずかしくて、口ひらいた。
「けんや…そういうのてれるから」
聞こえていた、けれど言われたら気恥ずかしい。
つい睨んでしまう想いにソプラノ朗らかに笑った。
「受験勉強の後だもの、そういうのよけいに楽しいみたいね?オリエンテーションの休み時間もそんな感じだったもの、」
明るい声いつものまま大らかに澄んで笑う。
変わらない笑顔ほっと和んで、嬉しくて周太も微笑んだ。
「オリエンテーション楽しかったみたいだね?」
「うん、楽しかった。新しい世界が開けていく感じしたの、話したい事たくさんよ?」
答えてくれるソプラノ朗らかに明るい。
ここから始まる時間たち明るんで、見つめる想い笑いかけた。
「僕も話したい事たくさんあるよ、聴講する講義のこととか…祖母の友だちの方に会えたんだ、」
祖母の友人だった学者に会えた、それを話したい。
そんな想いに実感する、ここは祖父母が出会った場所、そして父が通った学舎。
この大学で自分の家族たちは生きていた。
「おばあさまのお友だちに?この大学の先生ってこと?」
訊いてくれる瞳くるり大きくなる。
驚いた、そんな貌に友だちが言った。
「俺も驚いたけど、考えたらあることだよな?当時ここの学生だった女性はかなりのエリートだろ、」
「あ…そう、だね?」
頷いた口の中ほろ苦く甘く香る。
祖母の友人がくれたチョコレート、その物語くゆりだす。
『教授と女学生、秘密の恋は罪みたいな時代だったのよ。』
語ってくれる声は明るかった。
誇らしく微笑んだ学者の瞳、あの笑顔も変わらないままだろうか?
『君が生きる時代は女の子たちも大学に行きますか。』
ほら、祖母の手紙を思いだす。
まだ見ぬ孫へ想い綴ってくれた、僕宛ての手紙。
……
君が生きる時代は女の子たちも大学に行きますか。
私の時代は女が四年制大学に行くことは珍しくて、合格も難しいと思われていました。
それでも私は大学へ行きました、君のお祖父さんと逢いたくて日本でいちばん難しい大学を受験したの。
病気がちで大学なんて無謀だとお医者さまにも叱られました、でも短い命ならばこそ夢を見に行きたいとお願いしたの。
……
ここで学んだ女性が僕に話した、この場所への想い。
それは未来へ綴った願いで、繋げたかった彼女の夢の祈りだ。
―おばあさん、今、僕の隣を女の子が歩いているよ?
心裡そっと答えて、薄紅の花くるり舞う。
きっと祖母が笑っている、そんな想い歩くキャンパスの頭上、桜ひるがえる空は明るい。
※校正中
(to be continued)
【引用詩文:William Wordsworth「Lines Compose a Few Miles above Tintern Abbey」より抜粋】
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