慕わしい夏に、
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文月三十日、蔓薔薇―Innocent space
花より高く、樹上ひるがえす君の色。
「おーいっ、はーやーくーっ」
澄んだ声きらきら僕を呼ぶ。
朗らかに透って響く梢、木洩陽に笑った。
「すーぐいーくよっ」
追いかける掌ごつり、樹皮かたく肌ふれる。
裸足ふれる枝つよく頼もしい、踏みしめ辿って淡い朱きらめく。
「きをつけてねーっ」
風はじける声、瞬く葉擦れに朱色あざやぐ。
枝つかんで視界ひとつ高くなる、進む緑の飛沫に朱色まぶしい。
「よっ、」
声ひとつ最後の枝、体もちあげ幹を跨ぐ。
息ふっと香かすめて、あまい渋い緑陰に朱色やわらかなシャツ咲いた。
「おかえりっ、早かったね、」
おかえり、だなんて木の上で?
なんだか可笑しくて、けれど馴染む空気に笑った。
「ただいま、電車ひとつ早いの乗れたんだ、」
「じゃあ、駅から歩いてきた?」
瞳ひとつ瞬いて訊いてくれる。
その睫ふれる翳きれいで、見つめながら肯いた。
「歩いたよ、バス無かったからさ、」
「暑いなか大変だったでしょ?おつかれさま、」
ねぎらい微笑んでくれる瞳、樹影きらめいて映る。
変わらない眼ざし和やかで、ただ嬉しくて笑った。
「ありがと、ここは涼しいよな。眺めもいいしさ、」
「特等席だからね、」
澄んだ声かろやかに風が梳く、ひるがえる涼さらりシャツ透る。
風光る樹上の夏、昔なじみの木洩陽に瞳が笑った。
「ここに一緒に座ると夏休みってなるよ、まず山の畑に行く?」
木蔭ゆらめく瞳、光あざやかに澄んで燈る。
この眼ざし逢いたくて夏、また座る風の席。
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7月30日誕生花ツルバラ蔓薔薇
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文月三十日、蔓薔薇―Innocent space
花より高く、樹上ひるがえす君の色。
「おーいっ、はーやーくーっ」
澄んだ声きらきら僕を呼ぶ。
朗らかに透って響く梢、木洩陽に笑った。
「すーぐいーくよっ」
追いかける掌ごつり、樹皮かたく肌ふれる。
裸足ふれる枝つよく頼もしい、踏みしめ辿って淡い朱きらめく。
「きをつけてねーっ」
風はじける声、瞬く葉擦れに朱色あざやぐ。
枝つかんで視界ひとつ高くなる、進む緑の飛沫に朱色まぶしい。
「よっ、」
声ひとつ最後の枝、体もちあげ幹を跨ぐ。
息ふっと香かすめて、あまい渋い緑陰に朱色やわらかなシャツ咲いた。
「おかえりっ、早かったね、」
おかえり、だなんて木の上で?
なんだか可笑しくて、けれど馴染む空気に笑った。
「ただいま、電車ひとつ早いの乗れたんだ、」
「じゃあ、駅から歩いてきた?」
瞳ひとつ瞬いて訊いてくれる。
その睫ふれる翳きれいで、見つめながら肯いた。
「歩いたよ、バス無かったからさ、」
「暑いなか大変だったでしょ?おつかれさま、」
ねぎらい微笑んでくれる瞳、樹影きらめいて映る。
変わらない眼ざし和やかで、ただ嬉しくて笑った。
「ありがと、ここは涼しいよな。眺めもいいしさ、」
「特等席だからね、」
澄んだ声かろやかに風が梳く、ひるがえる涼さらりシャツ透る。
風光る樹上の夏、昔なじみの木洩陽に瞳が笑った。
「ここに一緒に座ると夏休みってなるよ、まず山の畑に行く?」
木蔭ゆらめく瞳、光あざやかに澄んで燈る。
この眼ざし逢いたくて夏、また座る風の席。
蔓薔薇:ツルバラ、花言葉「爽やか、無邪気、いつも美しい、愛」
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君の声、隣で
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第86話 花残 act.21 side story「陽はまた昇る」
桜が匂う、風昏くなるくせ甘い。
それから君の声。
「…英二、」
薄暮やわらかな声が呼ぶ、君の声。
すこし固いけれど穏やかで、ただ懐かしく英二は見た。
「なに?周太、」
応えて振りむいた真中、黒目がちの瞳が澄む。
まっすぐ見つめて逸らさない、この眼差しに自分は救われた。
ただ「自分」を見てくれるから。
「どうした、周太?」
呼びかけて唇が熱い、君の名前だ。
あの雪嶺あの現場、雪崩の瞬間ごと君を抱きしめた。
あの時もう一つの手もと掴んだハーケン、そこに古木の命を見た。
―ブナの芽だったな、あの大木は、
立て籠もり犯を狙撃する、その現場は雪崩の巣窟だった。
だから雪崩に流されない楔が欲しくて、古びた切株にハーケン撃ちこんだ。
そうして発射の衝撃に崩壊する雪面、呑まれる瞬間に見た手元の芽。
“ああ生きているんだ”
渾身に掴んだハーケンの手もと、小さな萌黄色は生きていた。
あの切株はまだ生きて根を張って、だから自分も周太も今ここにいる。
「英二、」
ほら君が呼ぶ、生きた声が。
今このとき呼んでくれる、その瞳が英二に告げた。
「英二…けんか、しよう?」
君がそんなこと言うんだ?
「ケンカって、言った?周太?」
つい訊き返してしまう、意外で。
けれど懐かしい言葉ひとつ、君が微笑んだ。
「ん…けんかしよう、英二?」
微笑んでくれる言葉が記憶にふれる。
こんなこと、君は憶えているのだろうか?
あの夜、怒鳴りあってしまった警察学校の夜。
『俺は絶対に警察官にならなきゃいけない理由があるんだ』
君が叫んだ、あれは慟哭だったと今なら解る。
あの夜ぶつかりあった聲、それから生まれた二人の時間、それから。
「ケンカするって周太、本音で話をしようって意味で言ってる?」
笑いかけて懐かしい、喧嘩に生まれた時間たち。
そして本音で話すことを知って、君の隣が心地良いと知って、それから。
「そう、本音で…僕ずっと英二に言いたかったんだ、ちゃんと、けんかしよう?」
見あげてくれる穏やかな静かな声、その黒髪やわらかに花が降る。
あわい紅色そっと音もない、薄墨ひそやかな樹影に微笑んだ。
「ケンカしたいんだ、周太?」
「ん、ちゃんと話して聴きたい、」
肯いて見あげてくれる瞳、黒目がち澄んで自分を映す。
あの夜も見つめてくれた、あの言葉まだ忘れられない。
『望まなくても、俺とお前はパートナ―なんだから』
警察学校の課題のパートナー、それだけの意味。
それでも鼓動そっと敲かれたのは自分。
「聴きたいって、俺のことを?」
ほら?訊き返して鼓動ふるえる、忘れられない。
ケンカして、謝って、勉強の夜を共に過ごしてくれた君。
「ん、英二のこと聴かせて?」
あの夜のまま瞳まっすぐ見つめてくれる。
あの翌朝、ノート広げたまま目覚めたベッドでも見つめた瞳。
この眼差しずっと見たいと願って、隣が心地いいと知って、それから、
「俺も聴きたいよ、周太…これからのこと、」
それから、この初恋。
※校正中
(to be continued)
第86話 花残act.20← →第86話 花残act.22
斗貴子の手紙←
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英二24歳4月
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第86話 花残 act.21 side story「陽はまた昇る」
桜が匂う、風昏くなるくせ甘い。
それから君の声。
「…英二、」
薄暮やわらかな声が呼ぶ、君の声。
すこし固いけれど穏やかで、ただ懐かしく英二は見た。
「なに?周太、」
応えて振りむいた真中、黒目がちの瞳が澄む。
まっすぐ見つめて逸らさない、この眼差しに自分は救われた。
ただ「自分」を見てくれるから。
「どうした、周太?」
呼びかけて唇が熱い、君の名前だ。
あの雪嶺あの現場、雪崩の瞬間ごと君を抱きしめた。
あの時もう一つの手もと掴んだハーケン、そこに古木の命を見た。
―ブナの芽だったな、あの大木は、
立て籠もり犯を狙撃する、その現場は雪崩の巣窟だった。
だから雪崩に流されない楔が欲しくて、古びた切株にハーケン撃ちこんだ。
そうして発射の衝撃に崩壊する雪面、呑まれる瞬間に見た手元の芽。
“ああ生きているんだ”
渾身に掴んだハーケンの手もと、小さな萌黄色は生きていた。
あの切株はまだ生きて根を張って、だから自分も周太も今ここにいる。
「英二、」
ほら君が呼ぶ、生きた声が。
今このとき呼んでくれる、その瞳が英二に告げた。
「英二…けんか、しよう?」
君がそんなこと言うんだ?
「ケンカって、言った?周太?」
つい訊き返してしまう、意外で。
けれど懐かしい言葉ひとつ、君が微笑んだ。
「ん…けんかしよう、英二?」
微笑んでくれる言葉が記憶にふれる。
こんなこと、君は憶えているのだろうか?
あの夜、怒鳴りあってしまった警察学校の夜。
『俺は絶対に警察官にならなきゃいけない理由があるんだ』
君が叫んだ、あれは慟哭だったと今なら解る。
あの夜ぶつかりあった聲、それから生まれた二人の時間、それから。
「ケンカするって周太、本音で話をしようって意味で言ってる?」
笑いかけて懐かしい、喧嘩に生まれた時間たち。
そして本音で話すことを知って、君の隣が心地良いと知って、それから。
「そう、本音で…僕ずっと英二に言いたかったんだ、ちゃんと、けんかしよう?」
見あげてくれる穏やかな静かな声、その黒髪やわらかに花が降る。
あわい紅色そっと音もない、薄墨ひそやかな樹影に微笑んだ。
「ケンカしたいんだ、周太?」
「ん、ちゃんと話して聴きたい、」
肯いて見あげてくれる瞳、黒目がち澄んで自分を映す。
あの夜も見つめてくれた、あの言葉まだ忘れられない。
『望まなくても、俺とお前はパートナ―なんだから』
警察学校の課題のパートナー、それだけの意味。
それでも鼓動そっと敲かれたのは自分。
「聴きたいって、俺のことを?」
ほら?訊き返して鼓動ふるえる、忘れられない。
ケンカして、謝って、勉強の夜を共に過ごしてくれた君。
「ん、英二のこと聴かせて?」
あの夜のまま瞳まっすぐ見つめてくれる。
あの翌朝、ノート広げたまま目覚めたベッドでも見つめた瞳。
この眼差しずっと見たいと願って、隣が心地いいと知って、それから、
「俺も聴きたいよ、周太…これからのこと、」
それから、この初恋。
※校正中
(to be continued)
七機=警視庁第七機動隊・山岳救助レンジャー部隊の所属部隊
第86話 花残act.20← →第86話 花残act.22
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