萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第85話 暮春 act.9-side story「陽はまた昇る」

2016-08-31 22:30:21 | 陽はまた昇るside story
And all my pleasures are like yesterday; 昨日の有終
英二24歳3月下旬



第85話 暮春 act.9-side story「陽はまた昇る」

日没、雪が降りだした。

白銀ひらひら夜がふる、暮れゆく薄墨を白が舞う。
仰いだ空ただ白く積もらせて、ひとひら掌に英二は微笑んだ。

「きれいだ、」

雪ひとつ笑って、もう溶けてゆく。
白い結晶ふわり水になる、掌中の肌そっと冷たく消えてゆく。
街燈の光あわく煙らせて雪は降る、この場所ずっと帰りたかった、今も。

「うん…青梅署に戻りたいな?」

ひとりごと零れて唇が笑う。
こんなこと想うなんて2年前なら信じない、でも今は肚底から願っている。
春の雪ふる三月の町、その片すみ懐かしい店先で穏やかな声が呼んだ。

「おや…宮田くんかな?」

深い穏やかな声が呼ぶ、このトーン懐かしい。
ずっと会いたかった声に笑ってふり向いた。

「はい、お久しぶりです吉村先生、」

笑いかけた軒端の雪、傘かざすコート姿やってくる。
スーツに登山靴の足さくさく雪を踏んで、穏やかな瞳が笑ってくれた。

「やっぱり宮田くんか、雪に濡れたらいけないよ?肩を冷やしたら困るだろう、」

深い声が傘さしかけてくれる。
穏やかな笑顔は記憶と変わらない、ただ懐かしくて英二は笑った。

「ありがとうございます、でも大丈夫ですよ?」
「油断は禁物だよ、まだ怪我も完全に治っていないのだろう?店に入りませんか、」

店先に傘さしたまま訊いてくれる。
あいかわらず優しい空気ほっと笑ってしまった。

「吉村先生あいかわらずですね、なんか気が抜けました俺、」

ほんとうに気が抜けた、今。
それくらい張りつめていた本音に医師も笑ってくれた。

「私も気が抜けたよ、あんな報道の後だからね?」

この医師は「あんな報道」に何を想ったろう?
聴いてみたくて微笑んだ。

「先生もご覧になったんですか?」
「はい、ちょうど青梅署にいましたから、」

深い声やわらかに答えてくれる。
その切長い目そっと暖簾を見て、それから笑った。

「送別会も大事ですけど少し歩きましょうか、国村くんなら許してくれるだろう?」

話をしよう?
そう誘ってくれる眼へ素直に笑った。

「はい、俺も先生と話したかったんです、」

この人と話したかった。
まず何から話そうか?思案の前に訊かれた。

「私もだよ、その登山パンツは隊服のかな?」
「はい、合同訓練の後そのままなので上だけ着替えました、」

上下とも着替える暇など無かった。
その理由に警察医は静かに微笑んだ。

「今日は訓練中におつかれさまでした、宮田くんと後藤さんが発見したと伺いましたが、」

穏やかな声そっと低く悼む。
このトーンも懐かしく頭下げた。

「はい、吉村先生こそ遅くまで検案ありがとうございました、」

だから警察医は送別会も遅れて来た。
そんな店先の道端、切長い瞳やわらかに微笑んだ。

「こちらこそありがとう、でも宮田くん?もしかして私を待って外にいてくれたのかな、」

気づいてくれる。
変わらない聡明な眼ざしに肯いた。

「さっきも言いましたよね?俺、先生と話したかったんです、」

笑って雪の道を歩きだす。
新雪さらさら登山靴こする、その隣そっと傘かざしてくれた。

「狭いだろうが入りなさい、傷を冷やしたらいけない、」

心配してくれる、今もまだ。
変わらない誠実に溜息ひとつ笑いかけた。

「ありがとうございます、でも吉村先生?俺に優しくする価値なんてあるんですか?」

この自分がどんな人間か、もう解かっているはずだ。
それでも変わらない眼ざしは訊いてくれた。

「そんなふうに訊く原因は国村くんが辞めることですか、それとも湯原くんのことかな?」
「どちらもです、先生ならもう解かっていますよね?」

ゆっくり歩く傘の影、ならんだ顔は髪に銀色あわい。
白髪すこし増えたろうか?そんな雪ふる道端に穏やかな声が言った。

「光一から医学部に行くと相談をもらったとき、私は嬉しかったよ?」

国村くん、ではなく光一。
公人ではなく私人として話しだす、その間柄に尋ねた。

「先生と光一は親戚でしたよね?」
「光一の祖父と私の母がいとこ同士です、家族と変わらないつきあいだよ?」

深い低い声やわらかく雪に響く。
優しいトーン籠もらす想いに口が開いた。

「それなら先生は俺を許せないのが当り前じゃありませんか?俺が光一にしたのはそんな事ばかりです、」

これまで自分が何をしてきたのか?

今なら解る、昨日より解かっている、でもまだ少しだけだ。
きっと歳月ごと罪悪感は深まりゆく、弁明などできるはずもない、けれど警察医は微笑んだ。

「光一はね、ほんとうは小さいころから医者になりたかったんだ、」

静かな声に雪がふる、その言葉に訊き返した。

「小さいころから、ずっとですか?」
「そうだよ、雅樹の影響もあるんだろうが医学や薬学に関心ある子でね?私の書斎でも本を開いてた、」

答えてくれる横顔の瞳そっと細める。
懐かしい、そんな微笑は続けてくれた。

「でも雅樹が死んだとき、あの子は全て放りだしてしまったんだ。雅樹と同じ大学に行きたいとも言っていたのに、大学進学すら辞めてしまってね…それくらい光一の雅樹は大きくて、その分だけ傷は大きくて逃げるしかなかったんだろうね。それでも今日の凍死体は光一が見分したのだろう?君の前で、」

ひそやかな静かな声に雪がふる。
街燈きらめく銀いろの道、静かな声は微笑んだ。

「光一が医学をまた選べたのはね、光一が君と雅樹を重ねたとき、君が逃げなかったから雅樹ごと医者の道に向きあえたからだと私は想うよ?」

深い、ふかい優しい声が沁みてしまう。
こんなふう言われたくて待っていた、そんな本音に口開いた。

「でも俺は自分勝手なだけです、欲しくて無理やり」
「うん…そうかもしれないね、」

相槌そっと遮ってくれる。
やわらかな声に見つめた真中、穏やかな瞳が笑ってくれた。

「たしかに君が光一にしたことは許されないかもしれない、でも、それがあったから光一は自分の道に戻れたのは確かだろう?」

それがあったから、なんて全肯定だ。

「先生、そんな言い方で俺を甘やかさないでください、」

こんなふう許されていいことじゃない。
このまま誤魔化せない、駆られる渇きに英二は首を振った。

「俺は結局、周太が欲しくて光一を利用したんです、先生も解かっていますよね?」
「それでも君は今、光一のために罪悪感いっぱいだろう?」

切りかえし穏やかな瞳が見つめる。
真直ぐな眼ざし逸らさない、そのまま医師は言った。

「罪悪感の分だけ君は光一が大事なんだよ?それだけの時間を共有したんだ、命までザイルに繋いで向きあった時間は本物だろう?」

時間は本物、って、なんて言葉だろう?

「先生、俺は…、」

本物、そう言われたかったのかもしれない。
ただ響いて言葉ならない隣、深い声は続けてくれた。

「君との時間に笑って、傷ついて、その全てがあるから光一は医者の道に戻れたんだよ?これからが光一の本当に生きる場所だと私は想う、」

本当に生きる場所、そこに戻ること。
それは自分だって他人事じゃない、だから尚更また響く。

―俺も元の場所に戻ろうとしてる、でも、

自分の元の場所、そこに今朝までいた。
けれど今いる場所こそ願いたい、そんな雪ふる町に言われた。

「君がいるから光一は戻れたんだ、いいね?」

自分がいるから戻れる、それなら自分は?
想い廻りだして、それでもただ嬉しくて微笑んだ。

「ありがとうございます、そういうの俺も同じかもしれません、」

同じだ、きっと自分も戻るのだろう。
そうして場所どちらを選ぶ?その分岐点に優しい瞳が訊いてくれた。

「もうひとり同じかもしれないね、湯原くんはどうしていますか?」

この問いかけ、なんて答えたらいい?
ためらって一瞬、それでも正直な口が開いた。

「たぶん俺の祖母の家にいます、あとは解かりません、」

解からない、なんて本当は悔しい。

―メールも電話もつながらないんだ、周太?

なぜ何も繋がらない、どうしてか解からない。
解からないけれど今の現実だ、咬まれる想いに静かな声が言った。

「添うべき道なら必ず添える、誠実に願えば…そう想うよ?」

言葉そっと雪がふる。
銀色やわらかな山里の道、頬なでる風は冷たい。
前髪かすめる冷厳しずかに凍えて、けれど歩く道なにか優しい。


(to be continued)

【引用詩文:John Donne「HOLY SONNETS:DIVINE MEDITATIONS」】

英二推しの方↓押してもらえたら(無料ブログランキング参加中)
にほんブログ村 小説ブログ 純文学小説へにほんブログ村

blogramランキング参加中! 人気ブログランキングへ 

PVアクセスランキング にほんブログ村
著作権法より無断利用転載ほか禁じます
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

山岳点景:Favorite Scene@今夏の山

2016-08-29 01:18:18 | 写真:山岳点景
好きな瞬間に、



山岳点景:Favorite Scene@今夏の山

今年の夏山で好きな青空@八島湿原、
それから松虫草の群落@秘密の草原、



水豊かな夏の山、深緑に清流はあざやかです。



駒草コマクサを初めて見ました、場所は秘密にしておきます、笑



霧こめる雲上の花園は大蔵高丸、アプローチの林道がドライブテクニック難易度高だけど。



夏山は午後よく集中豪雨になります、今夏は特に雨が多く霧が濃かったかなと。
そんな雲の山景が好きです、…とはいえ山霧は危険が多いのでお勧めしません、笑



森が迎える夏、銀竜草ギンリョウソウの幽玄が好きです。



低山の夏花といえば蓮華升麻レンゲショウマ、蓮台のような花姿も玉みたいな蕾も惹かれます。


第142回 過去記事で参加ブログトーナメント
撮影地:長野県、山梨県、神奈川県、東京都

にほんブログ村 写真ブログ 山・森林写真へにほんブログ村 

blogramランキング参加中! 人気ブログランキングへ 

PVアクセスランキング にほんブログ村
著作権法より無断利用転載ほか禁じます
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

山岳点景:雲ゆく花園

2016-08-28 08:54:00 | 写真:山岳点景
雨露と花々



山岳点景:雲ゆく花園

標高1,700メートルは今日、雲ゆく雨の花。



薄紫やさしい松虫草の群落地、夏と秋の花々が雫に濡れます。



もう季節うつろう山の花園、秋の七草といえば最初に萩。
尾花オバナも出穂する草原を撫子ナデシコも雫ゆれます、これ↓は河原撫子カワラナデシコ。



七草の黄色といえば女郎花オミナエシ、古くから和歌に詠まれた秋花です。
繊細な茎×小花は美しくて、でも花古びてくると匂いがちょっと、笑



釣鐘草ツリガネソウ光る雨、あわい紫色の気品×華奢=かわいい花です。



立風露タチフウロは七月から九月の花、たたえた水滴に光ります。



こまやかな花弁に雫まとうのは野薊ノアザミ、



梅鉢草ウメバチソウの純白が霧の薄闇に灯ります。



緑やわらかな霧の草原、小鬼百合コオニユリの朱色すら優しい雨。


撮影地:花@山梨県某所

雨や霧の山歩きは危険が伴います、経験が浅い人は真似しないでください。

○悪天候下の山は道迷い・低体温症の危険が高くなります。
○雨や霧の山行にはそれなりの装備が必要です。
 ・ゴアテックス素材のウェア+ゲイターなど撥水+放湿の機能が高い服装、着がえ+雨具も携行。
 ・気温低下に備え→防寒着+携帯コンロ・クッカーなど湯を沸かせる道具。
 ・視界不良に備え→ヘッドライト+方位磁石+地図
 ・ビバーク(緊急露営)に備え→ツェルトなど雨露・低温を避けられる装備+技術。
○長時間の悪天候下は体力消耗が激しく+不慣れルートは視界不良から道迷い→遭難に陥ります。

今回も短時間+見通しがよく歩き慣れたルートです、が、悪天候時の山は安全な場所で待機が原則になります。
雨の森や山野は美しいですが安全第一で楽しんでくださいね?笑

夏山の花に↓(ブログ無料ランキング参加中)
季節の彩り 44ブログトーナメント

にほんブログ村 写真ブログ 山・森林写真へにほんブログ村 

blogramランキング参加中! 人気ブログランキングへ FC2 Blog Ranking

PVアクセスランキング にほんブログ村
著作権法より無断利用転載ほか禁じます
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

山岳点景:雲上紫花

2016-08-27 23:55:29 | 写真:山岳点景
驟雨に咲く


山岳点景:雲上紫花

雨と霧の山、松虫草が咲いていました。


標高1,700メートル、雲から雨うまれる花園は薄紫いろ。


花期は夏8月から秋10月、この花が咲くと秋が来るなって思います。


霧ふかく雨ふる山、薄紫ゆれる雫の花。


自生に群落する花はどこか強くて、透けるような清雅。


第160回 1年以上前に書いたブログブログトーナメント
撮影地:花@山梨県某所

夏山写真ブログトーナメント - 写真ブログ村夏山写真ブログトーナメント

にほんブログ村 写真ブログ 山・森林写真へにほんブログ村 

blogramランキング参加中! 人気ブログランキングへ FC2 Blog Ranking

PVアクセスランキング にほんブログ村
著作権法より無断利用転載ほか禁じます
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

花木点景:夏休みの花、紫紺色

2016-08-26 21:31:00 | 写真:花木点景
コントラスト紫彩々×萌黄色



花木点景:夏休みの花、紫紺色

薄紫あわい花に紫紺色の茎、葉脈まで紫色。
その実もアタリマエのように紫紺色なのは茄子ナス、食べて美味×見た目も美しい植物だなあと。


撮影地:茄子@神奈川県某所

ナス畑は夏休みの田舎を想いだします、笑

懐かしいor初見の花に↓(ブログ無料ランキング参加中)
畑のお花とお野菜さん65ブログトーナメント - 花・園芸ブログ村
畑のお花とお野菜さん65ブログトーナメント

にほんブログ村 写真ブログ 山・森林写真へにほんブログ村 

blogramランキング参加中! 人気ブログランキングへ FC2 Blog Ranking

PVアクセスランキング にほんブログ村
著作権法より無断利用転載ほか禁じます
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

花木点景:晩夏の朝顔

2016-08-25 22:15:40 | 写真:花木点景
夏ゆく軒端、


花木点景:晩夏の朝顔

陽に透ける 花色の朝 うつろう夏


撮影地:庭@神奈川県

第144回 過去記事で参加ブログトーナメント - その他ペットブログ村
第144回 過去記事で参加ブログトーナメント

にほんブログ村 写真ブログ 山・森林写真へにほんブログ村 

blogramランキング参加中! 人気ブログランキングへ FC2 Blog Ranking

PVアクセスランキング にほんブログ村
著作権法より無断利用転載ほか禁じます
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

花木点景:晩夏の秋花

2016-08-24 23:17:17 | 写真:花木点景
山風したたる花の秋



花木点景:晩夏の秋花

休日の山懐、湖のほとり萩が咲いていました。
まだ残暑の八月終わり、もう秋の七草は花ひらきます。


第151回 昔書いたブログも読んで欲しいブログトーナメント
撮影地:宮ヶ瀬湖@神奈川県

にほんブログ村 写真ブログ 山・森林写真へにほんブログ村 

blogramランキング参加中! 人気ブログランキングへ FC2 Blog Ranking

PVアクセスランキング にほんブログ村
著作権法より無断利用転載ほか禁じます
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

第85話 暮春 act.8-side story「陽はまた昇る」

2016-08-24 22:54:04 | 陽はまた昇るside story
Thy Grace may wing me to prevent his art 片翼の峻
英二24歳3月下旬



第85話 暮春 act.8-side story「陽はまた昇る」

春暮れる雪嶺、その男は大きく見えた。

「五日市署の佐伯です、先ほど宮田さんとは無線で、」

名乗り呼びかける声は落ちついて凪ぐ。
青いヘルメットの影から視線が来る、張りのある瞳が凛と鋭い。
その声その眼ざし穏やかなくせ強くて、惹きこまれる雪焼けの顔に英二は微笑んだ。

「七機第2小隊の宮田です、先ほどはありがとうございました、」

笑いかけ会釈した先、雪焼けの顔も頭かたむける。
青いヘルメット木洩陽ゆれて、その眼ざしが少し笑った。

「ポスターと同じ笑い方だな?」

そんなこと言うんだ、初対面いきなり。

―なんか刺さる指摘だな、

静かな瞳、低く穏やかな声、けれど言葉は鋭い。
こんな発言する男だと思わなかった、だって評判と違う。

『どこでも評判上々な男だ、マジメだけどコミュ力も悪くないし体力も技術も文句ナシってさ?』

あんなふう言われる男は品行方正、そう想っていた。
それなのに発言こんな初対面は意外で、つい可笑しくて笑ってしまった。

「たしかに営業用スマイルです、初対面じゃ勘弁してください、」

まず本音さらしてみよう?
笑った白銀の尾根、静かな眼は言った。

「僕に営業しても無意味だ、そんなやつザイルの信頼できないだろ?」

低い声、穏やかなトーン、でも鋭い。
この雰囲気は知っている、まるでそうだ?

―最初のころの周太と似てる、

静かな穏やかな空気、まっすぐな瞳、逸らさない誤魔化させない眼。
生真面目な言い返しも似ている、けれどまったく違う体格が踵返した。

「始めよう、遭難者が斃れていた場所を教えてくれ、」

ざくり、

アイゼン踏みしめる音が違う、重いくせに軽い。
慣れた足どり澱まずラッセル進む、その背中ひろやかに大きい。

「14時方向にツェルトがあります、そこから尾根に登り返した地点です、」

答えながら歩きだす、その前ゆく肩は逞しい。
青い冬隊服ひきしまった長身、迷わない強靭まっすぐな空気は篤い。

「北斜面にツェルトでビバークか、靴は履いていたか?」
「両足とも脱いでいました、ザックもなく空身で、」
「自業自得の遭難か、奥多摩は多いな、」

ラッセルと会話する声も乱れない。
眦きれる瞳は視界たしかめる、呼吸も視線も揺るがない。

―似てるけど違うな、佐伯はこれが素だ?

生真面目で毒舌、けれど余裕がある。
この余裕が記憶の貌と違う、だからこそ懐かしくて安堵する。

―そこまで気が多くはなさそうだな、俺も?

唯ひとり、そう決めていたクセに余所見した。
そんな自分の隙はたぶん「似ている」で、ちいさな共通点に大切なパートナーを傷つけた。
だから本当はすこし不安だった、けれど今度のザイルパートナーはたぶん隙などない男だ。

―光一と周太は本質的なところで似ているんだ、でも佐伯は違う、

ふたりにある共通点がこの男は無い。
そして二人に無い空気がある、初めて見る貌に公務を告げた。

「ツェルトは後藤さんと国村さんが視ます、佐伯さんは俺と踏み跡を辿ってください、」
「どこまで残っているか、昨夜の雪が深い、」

歩きながら視線めぐらす、瞳すっと細めて深い。
シャープなくせ穏やかな眼は静かで、重厚な声ふかく透る。

「また雪が降るな、」


(to be continued)

【引用詩文:John Donne「HOLY SONNETS:DIVINE MEDITATIONS」】

英二を押せます↓
にほんブログ村 小説ブログ 純文学小説へにほんブログ村

blogramランキング参加中! 人気ブログランキングへ 

PVアクセスランキング にほんブログ村
著作権法より無断利用転載ほか禁じます
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

雨夜雑談:袋入りの幸

2016-08-22 22:13:13 | 雑談
昨日、所用の後で実家にちょっと寄ったら野菜をもらって、
自宅に帰ってきて、野菜を冷蔵庫にしまったまま放置していた紙袋に、

あれ?なんか入ってる?


まっ白ふわふわ小耳ちら見せ、笑
つい笑ったら本人がこちら見あげてくれました、



そんな夜の翌朝=今日は台風で、
朝もシャッター半分しか開けられなかったリビングの隅、

自主避難かな?メズラシクちょっと不安貌の悪戯坊主。


このあと第85話の加筆&Aesculapiusの続き予定です。

猫は袋好き↓に萌えたり、笑
ネコ大好き!ブログトーナメント - 猫ブログ村ネコ大好き!ブログトーナメント

にほんブログ村 小説ブログ 純文学小説へにほんブログ村

blogramランキング参加中! 人気ブログランキングへ 

PVアクセスランキング にほんブログ村
著作権法より無断利用転載ほか禁じます
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

花木点景:夏嵐、朝の花

2016-08-21 23:39:16 | 写真:花木点景
露の朝顔



花木点景:夏嵐、朝の花

雨夜のち朝、露光る極彩×墨彩。


撮影地:庭@神奈川県

雨の朝顔も好きです、笑↓(ブログ無料ランキング参加中)
第15回 ☆花って綺麗ですよね♪☆ブログトーナメント

にほんブログ村 写真ブログ 山・森林写真へにほんブログ村 

blogramランキング参加中! 人気ブログランキングへ FC2 Blog Ranking

PVアクセスランキング にほんブログ村
著作権法より無断利用転載ほか禁じます
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする