萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第71話 杜翳act.1―another,side story「陽はまた昇る」

2013-10-31 07:55:20 | 陽はまた昇るanother,side story
And on the melancholy beacon 祝福の道標



第71話 杜翳act.1―another,side story「陽はまた昇る」

梢わたる風が鳴る、その木洩陽きらめいて翳ゆれる。
広げたページにも葉翳の紋様あざやいで、頬ふわり樹木の香が撫でてゆく。
いま2日ぶりの庭は空気から清しくて、座ったベンチふる光が白い浴衣の袖を透す。
もう9月も終わり。暑くなく寒くも無い季へと庭の森は彩深くなる、そんな風に周太は微笑んだ。

「ん…きもちいい…」

ゆるやかな光に葉擦れが香をこぼす。
一昨日までは緑の瑞々しさが際立っていた、けれど今は甘く乾いた匂いが優しい。
もうじき秋が来る、その移ろいに休暇明けから始まる時間がすこし鼓動に軋んで、けれど吐息ひとつ笑った。

―今をのんびりしよう、先のことよりも…その方が体にも良いよね、

微笑んで肩掛けたカーディガンを少し引き寄せ、周太は膝のページを繰った。
見つめるアルファベットの印字は英国詩のひとつ語る、その言葉たちは父が書いた。
まだ自分が生まれていない時間に綴られた知識、思考、そして夢は歳月すら超えて届く。

When,in a blessed season
With those two dear ones-to my heart so dear-
When in the blessd time of early love,
Long afterward I roamed about In daily presence of this very scene,
Upon the naked pool and dreary crags,
And on the melancholy beacon, fell
The spirit of pleasure and youth‘s golden gleam-
And think ye not with radiance more divine
From these remembrances, and from the power
They left behind?

祝福された季節に、
親愛なる人とふたり連れ立った、僕の心深く愛しんで。
初まりの愛しき時は祝福にあった時間、
僕が彷徨を廻らした遥かな後 この最愛の風光に日々があるなら、
枯れた池と荒涼たる岩山と、
そして切なき山頂の道標に、降り注げ
歓びの精神と若き黄金の煌きよ。
そして貴方は神秘まばゆい光に想うだろう
この刻まれた想い達から、この記憶が残す力から、
心遺したまま去れるのか?

「Spots of Time」

そう名付けられた詩の一節と父の翻訳は、父の生涯を想わせる。
その結末は哀しくて、それでも全てが輝いた時間は確かにあったのだとページから温かい。
そしてこの論文は大学3年の前期課題として書かれた事実に、祝福の時を共有する「ye」が誰なのか解かる。

―田嶋先生とザイルパートナーになって一年経つ頃だね、お父さん…季節ひとめぐり一緒に登って、

春の雪と芽吹きの山、夏の青嵐に駆ける山。
錦秋彩る豊穣の山、そして白銀の冷厳と壮麗きらめく冬の高峰。
四季の廻らす山嶺を共に駈けて笑いながら文学を語り、夢を笑って詩を謳った。
そんな二人の風光あざやかに翻訳から息づいて、祝福まばゆい父の笑顔は若く温かい。

「…お父さん、この翻訳は田嶋先生のことなんでしょ?本当に田嶋先生のこと大好きなんだね…よかった、」

よかった、幸せな時間と大好きな人が父にはある。
そう想えることが嬉しくて愛しくて、嬉しい分だけ田嶋の想いも伝わらす。
この遺作集に掲載される論文は田嶋が全てを集めて纏めてくれた、だから想ってしまう。
この論文を田嶋が探しだし読んだとき何を見つめたのか、何を決意ごと抱きしめたろうか?

―…君のお父さんは学問に愛される人なんだ、
 だから必ず学者の道に立つべき人だって信じている、どんなに遠回りでも帰るはずだってな?
 それが何年懸っても構わないから待とうって俺は決めてな、馨さんの寄贈書と湯原先生の研究室を守るためにもこの大学で教員になったんだ
 新聞のニュースで名前を見つけた時は嘘だって思った…その週末は穂高に登って泣いたんだ、オッサンがみっともないけどな、今も、

話してくれた祖父の研究室の窓辺、泣いてくれた笑顔、声、眼差し。
全てが真直ぐな敬愛と友情と哀惜に輝いていた、それが今この遺作集から想われる。
この翻訳文に父が誰との日々を想い綴ったのか?その相手は気づかないほど鈍感じゃない。

Long afterward I roamed about In daily presence of this very scene,
僕が彷徨を廻らした遥かな後 この最愛の風光に日々があるなら、
And on the melancholy beacon, fell
そして切なき山頂の道標に、降り注げ
The spirit of pleasure and youth‘s golden gleam-
歓びの精神と若き黄金の煌きよ。
And think ye not with radiance more divine
そして貴方は神秘まばゆい光に想うだろう
From these remembrances, and from the power
この刻まれた想い達から、この記憶が残す力から、
They left behind?
心遺したまま去れるのか?

「…田嶋先生、だから僕を研究生にしてくれたんですね、」

時超える想いへ声こぼれて頬ひとつ温もり伝ってゆく。
初めて祖父の研究室に立った日、初めて田嶋教授の手伝いで翻訳をした。
ロンサールの詩を邦訳と英訳して、それを読んだ田嶋は恩師と友人に託された小説を贈ってくれた。
祖父が息子である父に贈った自著の小説だった、そのとき田嶋は素性を知らないまま自分に父を見つけた。
そんなふうに何故、田嶋が自分の中に見つけることが出来たのか?それが今この詩と翻訳から伝わってくる。

And on the melancholy beacon, fell The spirit of pleasure and youth‘s golden gleam 

Gleam 、微かでも闇ですら煌めく光の輝き。
この言葉に遺した想いは異郷の詩人も父も同じだと母国の訳文に伝わらす。
そして読んだ父のパートナーの心も同じだから迷わず父の「Gleam」を自分に見つけてくれた。
そんな田嶋教授だから父が逝った今もアンザイレンパートナーで学友で親友のままでいる、その想い瞳深く燈す。

「and from the power They left behind?…お父さんは田嶋先生のいちばんの力だね、」

独り想い声にして、右の瞳から温もり零れゆく。
そっと、唯一すじの熱は頬を辿らせてページの手へ滴らす。
はたり、甲に落ちた涙へ木洩陽ゆれて煌めく、その光に微笑んで古材の軋みが鳴った。

「ん…おばあさま帰ってきた、」

微笑んで周太は頬を拭い、庭木を透かし木造門を見た。
きっと買物に出てくれた顕子が帰ってきたのだろう、それなら荷物を持ってあげたい。
そんな想いごと本を閉じて立ち上がった向こうから庭石の靴音が立って、けれど音の違いに首傾げた。

―こんな時間に誰?

繁れる木立に門の人影ゆれる、その背が顕子よりも高い。
庭石を踏む靴音は迷わず慣れたように来る、それが馴染んだ響きに鼓動を敲く。
けれどあるはず無い期待に軽く首をつい振って、熱くらり視界ごと体が揺らぎ傾いだ。

倒れる、

過った判断、けれど熱に邪魔されて反射運動が鈍る。
ベンチの背もたれに手を伸ばし支えようとして、けれど腕が早く動けない。
出遅れた動きに間に合わないまま姿勢は崩れて、それなのに体ふわり浮いて笑顔が咲いた。

「ただいま、周太。熱あるなら気を付けないと、」

どうしてこの人が今ここにいるの?

居る筈のない人、けれど切長い瞳に自分が映る。
木洩陽きらめくダークブラウンの髪に白皙ほころばす笑顔は美しい。
濃やかな睫から穏やかに笑って、その眼差し深くから熱甘く見つめてくれる。

―ほんとに英二がいるの?

信じられなくて瞳ゆっくり瞬いて見つめて、けれどやっぱり英二がいる。
熱から見ている夢だろうか、それとも今もう倒れこんで頭を打ったのだろうか?
ただ途惑い見つめる真中で白皙の貌は綺麗に笑って、抱きあげてくれるままベンチに座り幸せいっぱい微笑んだ。

「ね、周太?帰ってすぐ抱っこ出来るなんて俺、今ほんと幸せだよ?」
「あ…あの、」

途惑うまま声が出て、けれど詰まってしまう。
もう2週間以上を離れていた、そして最後の呼び方が喉を締める。
あのとき二度と逢えない覚悟だった、それなのに今こうして膝に抱えられ腕に包まれる。

―どうしたら良いの、なんて呼んでいいのかも解らない…

宮田、

そう最後に呼んでしまったのは離れる立場の覚悟だった。
もう自分は機密に隠されたSAT隊員になる、そして除隊まで全ての制限が強い。
それは任務としての秘匿に嘘と秘密が増える、それが哀しいから壁を作りたかった。
だから名字で呼んで心の溝を穿ちたかった、それなのに今もう超えて英二は帰って来た。

「周太、ほら」

呼びかけて長い指に前髪かきあげられる、そして額に額ふれる。
ふれあう額に鼓動が響きだして浴衣の衿元を熱が逆上せだす、ほら頬がもう熱い。
こんな不意打ちで現れて、間髪もなく傍に来て抱きしめて、もう至近距離で見つめて微笑む。

「熱あるな、気管支の炎症と疲労が溜ってる所為だろ。周太、ベッドで休もう?」

綺麗な低い声は明解に告げながら綺麗な瞳が笑ってくれる。
その笑顔に応えたくて、けれど呼名すら解からなくて声が出ない。
そんな途惑いの真中で端整な貌は少し首傾げて、けれどすぐ幸せに笑った。

「やっぱ周太の浴衣姿って可愛いな、清々しくて綺麗で艶っぽくて、俺ちょっと我慢ムリ、」

我慢ムリってどういう意味?
そんな疑問に瞳ひとつ瞬いた衿元に長い指が掛かる。
肌ふれる指先すこし冷たくて、その端整な唇が近寄って囁いた。

「周太、沈黙は了解でいいよね…青姦なんて俺も初めてだよ、」

アオカンってなんですか?

そう訊こうとした衿元ふわり寛げられて肌に風ふれる。
そのまま鎖骨に接吻けられた途端、掌動いて恋人を引っ叩いた。

「えいじのばかちかんっ!」

派手な音が梢に鳴って、叫んだ名前が葉擦れに響く。
その音ふたつに瞠った真中で切長い瞳は嬉しそうに笑ってくれた。

「やっと英二って呼んでくれたね、周太?」
「あ…、」

言われた想いに声こぼれて、見つめた笑顔に鼓動そっと掴まれる。
あのとき自分が選んだ離別の壁は間違いだった?
そう気づかされる笑顔に一昨日が響く。

『家族には優しい嘘なんて要らないの、家族で秘密は残酷です、それを周太くんは知っているでしょう?』

病床のベッドで微笑んでくれた切長い瞳が、今見つめあう瞳に重ならす。
あの言葉を贈ってくれた笑顔の孫息子も同じ想いでいてくれる?
それが素直に信じられるまま周太は唇そっと開いた。

「ごめんなさい英二、あのとき名字で呼んだりして…ああしないと泣きそうで、ね…ごめんなさい」

ごめなさい、そう告げて素直に名前を呼べる。
そんな自分の声に安堵が微笑んだ真中で、大好きな笑顔が咲いた。

「泣きたいくらい俺と離れたくないって嬉しいよ、周太、俺のこと好きなら英二って呼んで?これからも今も、」

好きならなんて言われたら、答なんて一つしか無い。
その自分の本音が気恥ずかしくて俯いて、けれど頬そっと優しい掌ふれてくれる。
ふれた肌すこし冷たくて緊張かすかに震えている、そんな相手の想いに上げた瞳へ笑顔が告げた。

「周太、約束したろ?来年の夏は北岳草を見せに連れてく約束、俺は絶対に守るよ。だから英二って呼んで、俺を好きでいてよ、どこにいても」

幸せな約束が笑ってくれる、この笑顔ごと信じていたい。
それでも気になることに周太は問いかけた。

「あの…どうして英二、今日は帰って来てくれたの?」
「光一から聴いたんだよ、今日は週休だし見舞に帰れって言われてさ、」

笑顔で応えてくれる言葉に一昨日の電話を思い出す。
熱で寝ているベッドで美代と電話した、あのとき提案してくれた。

『お茶点てるなら宮田くんと光ちゃんも誘って良いかな?』

あのとき提案してくれたなら美代はすぐ光一に電話しただろう。
そのとき自分の体調についても話して不思議ない、それを光一は英二に話すだろう。
こんなことも気付かず口止めもしなかった、その迂闊に困りながらも周太は素直に微笑んだ。

「そう…帰って来てくれてありがとう、英二?」

ありがとう、そう本音が笑って見つめてしまう。
そんな想いの真中から綺麗な笑顔が問いかけた。

「周太、俺が帰って来たこと嬉しい?」
「ん、すごく…嬉しいです、」

羞みながら答えるまま嬉しい分だけ申し訳ない。
こんなに喜ぶ癖に別れ際を突っぱねた、そんな矛盾は英二を困らせるだろう。
けれど、課せられた守秘義務があっても一緒にいることなど出来るのだろうか?

―しかも英二は同じ警察官なんだ、それなのに好きになった俺がいけない、ね…

見つめあったまま現実が哀しく蝕みだす。
この守秘義務も全く違う職場の相手なら守りやすいだろう。
けれど同じ組織で同期で、それも幹部候補の相手には黙秘する方が難しい。
そう解かっているのに逢いたかった、声を聴きたかった、そんな2週間ごと見つめた人は笑ってくれた。

「どこに周太がいても俺は周太のとこに帰るよ?電話が繋がらなくても周太を見失ったりしない、絶対に救けに行くから信じて、お願いだから、」

お願いだから、

そう言った切長い瞳に木洩陽きらめいて光る。
まるで星みたい、そんなふう見つめた瞳は真直ぐ願ってくれた。

「俺を信じて?俺のこと少しでも好きなら俺を一番に呼んで、優しい嘘なんか吐かないでよ、俺を周太の家族にしてくれるなら、」

優しい嘘なんて要らない、その言葉は本当は自分こそあなたに言いたい。
けれど今はまだ言えなくて、それでも今を見つめて周太は綺麗に笑った。

「ありがとう、英二…ね、今日は何時までいられるの、家族ならごはん、一緒にしたいな?」







(to be gcontinued)

【引用詩文:William Wordsworth「The Prelude Books XI[Spots of Time] 」】

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secret talk18 竹酔月―dead of night

2013-10-30 22:50:34 | dead of night 陽はまた昇る
酔月閑話
第70話「竪杜act.6」の後です



secret talk18 竹酔月―dead of night

缶ビール500mlの最後ひとくち飲みこんで、ほっと吐いた息にアルコール香る。
その横でも座るベンチに缶を置いて、こつり非常階段に音鳴って英二は笑った。

「黒木さん、やっぱり呑兵衛ですね?」
「やっぱりってどういう意味だ、宮田、」

低く響く声が夜空に笑って、また缶ひとつ渡してくれる。
並んでプルリング引いて弾ける音が立つ、そして軽く缶をぶつけ合うと口つけた。
ふっと喉からアルコールが香って幾らか呑んだと自覚する、そんな足許で並んだ缶に微笑んだ。

「後藤さんも国村さんも酒が強いですよね?だから俺の中で山ヤは酒が強いってイメージなんです、呑んでも救助要請は受けますし、」
「確かに酒の強いヤツ多いな、山の上で飲むなら度を越すと危ないが、」

答えてくれる言葉は生真面目で、けれど陽気の気配が笑う。
いつもの謹厳と違って話しやすい空気に英二は訊きたかったことへ口開いた。

「黒木さんて、ゲイなんですか?」

訊いた途端、端正な貌は思いきり噴き出した。

「…っぅごほっ、ごほぐほっ、」
「大丈夫ですか?」

笑いかけた先でシャープな瞳がこちらを睨む。
けれど困ったよう笑って黒木は質問した。

「ごほっ…俺がゲイだって噂でもあるのか?」
「噂ってほどではありません、」

さらり答えて缶ビールに口つける。
すこし温くなった発泡が喉を濡らす、その感覚を楽しむ横で低い声が笑った。

「なら宮田の推測か、根拠は何だ?」
「黒木さんが独身だってことですね、」

思ったまま答えた向う困りながらも笑っている。
普段は鋭利な瞳も今は可笑しそうに促す、そんな先輩に遠慮なく英二は笑った。

「3週間の印象だけど、黒木さんは整った貌で背も高くて骨っぽい感じがカッコいいです、なのに三十歳で独身で女っ気も無いから、」

言いながら、ちょっと近未来の自分を考えてしまう。
この自分こそ三十歳になっても「女っ気」は無いだろうな?
そんな予測ごと笑った昏いライトの下、困ったよう先輩は教えてくれた。

「そうなんだよな、俺も三十歳だから退寮しろって肩叩きが来るだろうな?」

単身寮も長すぎれば新人に譲れと促される。
そう聞いたことはあっても「肩叩き」の本人を見ることは初めてで、つい訊いてみた。

「普通は結婚して単身寮を出ることが多いですよね、なぜ黒木さんは結婚しなんですか?」

問いかけの途中すぐ黒木は缶を口から離した。
そして呆れ半分の鋭利な目が困りながら瞬いて率直に笑った。

「出逢いが無いってヤツだろが、そんな質問すんな、イケメンな分だけ嫌味ったらしい、」



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小春日和の夜

2013-10-30 19:56:38 | お知らせ他


こんばんわ、天気が良かった今日は小春日和でした。
すこし寒くて太陽が温かい、そんな今頃をインディアン・サマーとも言います。
日本では「春」でも欧米では「summer」だって所が、季節の気候と雰囲気が違うんだなってことです、笑

第5回 1年以上前に書いたブログブログトーナメント

Savant「峻嶮の恭 act.3」加筆校正まで終わっています。
Aesculapius「Manaslu6」加筆校正ほぼ終わりました、読み直しと校正ちょっとしますが。
ソレ終わったらside storyの第71話を掲載する予定です、が、その前に短編一本いれるかもしれません。
第70話と第71話の中間閑話ってカンジの短編です、気楽に読める感じの、笑

取り急ぎ、



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第70話 樹守act.9―another,side story「陽はまた昇る」

2013-10-28 23:59:04 | 陽はまた昇るanother,side story
Rough winds do shake the darling buds of May,



第70話 樹守act.9―another,side story「陽はまた昇る」

やわらかな振動音に呼ばれて浮上する、そして瞳が開く。

「…ん、」

まだ潤んだような視界は熱が高い、そんな自覚にゆっくり頭を動かす。
窓のカーテンまだ開いた部屋は黄昏ゆるやかな光きらめいて携帯電話が鳴る。
もう夕暮の時刻らしい、そんな光ふるベッドで周太はサイドテーブルに手を伸ばし電話を開いた。

「あ、…美代さん、」

親しい名前は熱の意識にも嬉しくなる。
嬉しい着信人名と時刻から終業時間だと納得しながら通話を繋げた。

「こんばんわ美代さん…仕事、終わったばかりだよね…どうしたの?」
「湯原くん?今、どこか具合悪いの?」

繋がったばかりの電話向う、可愛い声は心配に尋ねてくれる。
もう用件などより体調を確認したい、そんな優しさに周太は素直と微笑んだ。

「ん…ちょっと熱が出ちゃってるの、でも実家にちょうど帰って来てる時だから良かったんだ…大丈夫、」

本当に、実家に帰っている時で良かった。
実家にいる安堵から心身が緩んだ所為もあるだろう、けれど今の状態ではいずれ熱は出している。
それなら安心して寝ていられる家族の場所で幸運だった、そんなふう微笑んだ電話ごしに友達は言ってくれた。

「お家にいるなら良かった、治るまで寮になんか戻っちゃダメよ?ね、いつまでお家にいるの?」
「ん…日曜の朝までお休みなんだ、…あ、電話の用事は?」

答えながら思い出して訊いてみる。
仕事終わり直ぐ電話をくれるなんて急ぎの用かもしれない?
そんな推測しながらブランケット引寄せた向こう、美代は少し安堵したよう笑ってくれた。

「あのね、秩父演習林のレポートと資料を渡したいなって電話したんだけど、土曜日に川崎のお家まで行ったらご迷惑かな?」

美代が家まで来てくれる?

こんな提案は楽しくなってしまう、そして3月の雪が懐かしい。
あのとき初めて森林学の聴講にふたりで行って、初めて青木准教授の研究室に遊びに行った。
三人でお茶を呑んで美代は青木の本へサインしてもらった、そんな楽しい時間の後も楽しかった。

―あのとき家に泊ってくれたね、雪で中央線が止まって…楽しかったな、

積雪で帰れなくなった美代は、この家に泊ってくれた。
そして母も一緒に三人で囲んだ夕食は楽しくて、書斎や屋根裏部屋の本を話せて嬉しかった。
それから初めて美代は大学の受験勉強をこの部屋でした、あの楽しい訪問の記憶から周太は微笑んだ。

「ん、来てくれたら嬉しいよ?…土曜日ならもう熱も下がってると思う、遊びに来て?」

遊びに来て?そう誘える友達が自分に居てくれる。
こんなことは普通の日常だろう、けれど自分にはそうじゃない。
ずっと孤独だった時間が今の日常を得難いと気づかせてくれる、この嬉しい先で可愛い声が弾んだ。

「うん、遊びに行かせて?手塚くんも一緒に行きたいと思うけど、誘ってみる?」
「ん、賢弥も声かけて?…前にお茶点てるの見たいって言ってたから、」

すこし前の記憶から答えて、眼鏡かけた明朗な瞳が懐かしい。
あの友達が大学院進学の夢をくれて、祖父の研究室にまで橋を掛け父の親友と出逢わせた。
そのお蔭で祖父が遺した学術基金を申請してもらえて森林学専攻とフランス文学の研究生になれている。
どれもが自分にとって大切な宝物、そんな出会いに微笑んだ電話ごしから美代は楽しげに提案してくれた。

「ね、お茶点てるなら宮田くんと光ちゃんも誘って良いかな?二人とも忙しそうだから息抜きになるし、久しぶりに私も会いたいの、」

宮田、

その名前に鼓動ひとつ打って、ゆるやかに締められる。
その名前で最期に呼び掛けてしまった瞬間の貌、あの哀しい瞳が傷む。
あのとき呼びかけ一つで傷つけてしまった、その自責は傷んで、それでも周太は微笑んだ。

「ん、美代さんに任せても良い?」
「じゃあ連絡しとくね。あ、山火事のこと湯原くん知ってるでしょう?地域ニュースにもなって、」

頷いてくれながら続いた話題が、とくん、鼓動ひとつまた敲く。
一週間前に見たニュースの画面は今もあざやかで、焦げた青いウィンドブレーカー姿が心に立つ。
ただ1分も見つめていない、それでも誇らしい眼差しに一週間を経ても惹きつけられるまま友達が教えてくれた。

「あれから宮田くん、すっかり奥多摩ヒーローになっちゃってるのよ?前だって人気すごかったけど、」

奥多摩ヒーローなんて特撮戦隊ものみたい?

そんな感想と一緒に想像図まで浮んで可笑しくなってしまう。
可笑しくて、つい笑いだした胸から噎せあげて笑いながら咳こんだ。
けれど思ったより痛くないことに安堵する、これなら喘息の発作じゃないだろう。

―いつもの疲れた時の癖だね…よかった、まだ酷くなったわけじゃないよね、

まだ悪化したわけじゃない、まだ持ち直せるだろう。
そんな安堵も嬉しくて笑いながら噎せる電話ごし、心配な声が尋ねてくれた。

「湯原くん?咳、苦しいのね?電話切った方が良いかな、」
「こほっ…だいじょうぶ、笑って噎せただけ…っこほ、すぐ治まるから待ってね」

笑いながら小さく深呼吸して咳を治めこむ。
こんなことも幼い頃からの習慣として当り前で、それが体質の現実を改めて教えてくる。
こんなふう咳が出やすいこと自体を深く考えていなかった、そんな自分の呑気に困ってしまう。

―そういえば俺、のんきさんって呼ばれてたね?…のんびりや呑気さん、って、

ふっと浮かんだ記憶から父の笑顔が振向いてくれる。
綺麗な切長い瞳は可笑しそうに笑って見つめて、深い声が陽気な綽名を呼ぶ。
そんな明るさが父にはあった、その温もり見つめながら咳は治まって周太は微笑んだ。

「ん…びっくりさせてごめんね?なんか奥多摩ヒーローって戦隊ものみたいで可笑しくて、笑っちゃったんだ、」
「あ、ほんと可笑しいね?あははっ、」

電話向うも一緒に笑ってくれる、その声の明るさに懐かしい。
2週間と少し前には隣で笑ってくれていた笑顔、講義室に並んで座り勉強していた。
けれど、その後に始まった2週間は秩父の森とコンクリートの箱に居場所は離れて遠い。
森林に廻らす生命を学んだ友人と銃火器の殺傷力を見つめた自分、そんな時間はあまりに遠すぎる。

―美代さん、俺にはまた秘密が出来ちゃったんだ…なんでも話せる友達なのに言えないの、ごめんね、

この2週間を見つめるまま瞳の奥が揺れてゆく。
こんなにも声聞くだけで明るくなれる大切な友達、けれど何ひとつ話せない現実が哀しい。
こんな隔たりを知りながら父の軌跡を選んで、隔てられる哀しみが怖くて孤独に13年間を生きた。
それでも今こんなに哀しくて、それでも声を聴いて笑いあえる今は幸せで嬉しくて、この今がある感謝は温かい。

「美代さん、電話ありがとう…なんか元気になったよ?」

本当にありがとう、そう想い本音から声になる。
何げない会話たち、それでも宝物になる時間をくれた人は笑ってくれた。

「私こそ元気になったよ?ほんとはね、今日ちょっと試作が巧くいかなくって悄気てたの、それで仕事終わってすぐ電話したのよ、」

悄気てたの、そんなふう素直に笑って話してくれる。
その声が明るいことが嬉しくて周太は微笑んで尋ねた。

「ん…前に言ってた柚子のパウンドケーキ?」
「そう、それも相談したくて電話したの、柚子の香と苦みが上手に出なくって。家では成功するのにJAの試作室だとダメなの、」

本当に困ったようなトーン、けれど朗らかに笑ってくれる。
こんな明るさが美代は楽しい、そんな友達を手助けしたくて周太は訊いてみた。

「あのね、熱伝導が違うんじゃないかな?…違うケーキ型だと熱の入り方が変るの、同じ材質でも厚みの違いとか…オーブンも違うし、」
「あっ、そういうのもあるわよね?気づかなかった、ケーキ系の試作って初めてだから解らなくて、」

電話ごし嬉しそうに声は明るんで弾む。
すこしでも手助け出来たら嬉しくて周太は言ってみた。

「ケーキ型の厚みとかオーブンの癖をデータ化すると上手くいきやすくなるんじゃないかな?…受験勉強も忙しいから大変だろうけど、
数学や物理の応用問題を解くのに役立つと思うよ、Excelにすれば簡単にできるし引継ぎもあるでしょ?…春には退職して進学するんだから、」

大学合格すれば美代は勤めているJAから退職することになる。
その未来を考えながら提案した先、驚いたよう笑いだした。

「私ったら、引継ぎのことも考えておかなくちゃダメよね?受験は自覚あるのに、入学と退職は現実感が無かったみたい、」

大学を受験する、それは美代が秘密に温めていた夢でいる。
それが現実になる可能性が近づいてくる今こそ夢心地なのだろう?
そんな友達の瑞々しい笑い声が嬉しくて楽しくて、周太も笑いかけた。

「美代さん、試作のケーキ土曜日に持ってきてくれる?…お茶菓子に遣いたいんだ、」
「ん、上手に作って持ってくね?土曜日うんと楽しみにしてるから、湯原くんも早く治して元気になってね、」

美代もさっきより元気になって笑ってくれる。
こんなふう互いに思い遣れることは温かい、その温もり笑いあって電話を切った。
そのまま携帯の画面を見つめる向う黄昏が窓そめて、あわいオレンジ色の静謐そっと微笑んだ。

「ん…早く治さなくちゃ、やりたいこと沢山ある…ね、」

微笑んでボタン押して携帯の画面が切り替わる。
小さな四角いっぱい青空あざやかに現われて、凛と銀嶺の聳え立つ。
蒼穹の点は高潔が佇んで、その尾根に咲く純白の花へ周太は笑いかけた。

「ね、英二…北岳草のこと憶えてる?」

北岳草、世界の唯一ヶ所にしか咲かない花。

標高3,193mの北岳はこの国で第2峰として佇む。
哲人とも呼ばれる高潔な山は氷河を今に抱きながら、白い小さな花を咲かせる。
この花を英二はメールで贈ってくれた、そして共にいつか登り見せてくれると約束してくれた。
いま約束を見つめる小さな四角の青空で北岳草は咲く、その純白の遥かな時間へ歌ひとつ口遊む。

「…君すまば甲斐の白嶺のおくなりと、雪ふみわけてゆかざらめやは…」

周、この山は歌があるんだよ?西行法師って人が詠んで、

遠い近い記憶から父が微笑んで古い歌を教えてくれる。
父と歩いた秋の森、その遥かな高み聳えるまま青空に輝いていた。
光景が歌ひとつに蘇えり懐かしい場所なのだと知らされる、そんな想いに扉が開いた。

「…周、起きてたのね?」

やわらかなアルトの声に見上げて、黄昏のなかスーツ姿の母が来てくれる。
ベッドの傍ら座りこんで白い手そっと額にふれて、そして母は少し笑った。

「よかった、熱はだいぶ下がったみたいね?おばあさまのお蔭だわ、」

おばあさま、そう母は顕子を呼んだ。
こんな呼び方は血縁を知ったのだろうか?それとも一般的な呼称だろうか?
まだ解らないまま見上げた笑顔は少し頬のライン細いようで、そっと周太は微笑んだ。

「お母さん、心配かけてごめんね?…お昼ごはん、ちゃんと食べたの?」
「まあ、こんな時まで周ったら、」

困ったよう、けれど楽しそうに黒目がちの瞳は幸せほころぶ。
その笑顔に安堵の明るさを見つめて周太は綺麗に笑いかけた。

「お母さん、俺ね、お父さんと北岳に登ったことあるよね?…てっぺんは行かなかったけど、草すべりって所まで、」
「小学校1年生の時ね、ちょうど今頃だったわ、」

微笑んで教えてくれる季節に、想いだしたばかりの古歌が映りこむ。
ちょうど今頃だから記憶は息吹き返したのかもしれない、そんな想いの真中で母が微笑んだ。

「周、宮田のおばあさまは親戚だったのね、」

告げてくれた言葉と声が、黄昏の静謐に響く。
その黒目がちの瞳は微笑んで、穏やかなアルトは教えてくれた。

「今、帰ってきてすぐ伺ったの、お父さんのお母さんと従姉妹だって。周にも正直に答えたって教えてくれたわ、家族に嘘は吐きたくないって、」

私も家族よ?家族には優しい嘘なんて要らないの。

そう言ってくれた通りに顕子は母にも話してくれた。
言うが通りに行ってくれる、この率直な真心に周太は微笑んだ。

「お母さん、おばあさまが家族で良かったね?…お父さんのこと教えっこ出来るね、」
「ええ、お夕飯しながら沢山お話するわ、今夜は泊って下さるから…周?」

名前を呼びながら微笑んでくれる。
その眼差し真直ぐ見上げて、穏やかな声が言ってくれた。

「私たちに優しい嘘は要らないわ、周、喘息が再発したのでしょう?」

とくん、

いま言われた言葉に鼓動が止まる。
言われた事実に見つめるまま母は微笑んだ。

「周が黙っていてもね、お母さんには解るのよ?周が小児喘息って解かった時から勉強してるもの、お父さんも一緒に調べたわ、
おばあさまは疲労からの熱よって教えて下さったけど、周が黙っていてってお願いしたんでしょう?お母さんに心配かけたくないって、」

なんでもお見通し、そんな瞳が悪戯っ子に笑ってくれる。
聡明な瞳は朗らかに明るく優しい、その眼差しに周太は微笑んだ。

「ん、すこし再発しかけてるの…だから一年後には警察を辞めるね、それまで心配かけるけど…ごめんね、お母さん、」

一年後には警察を辞めると、顕子とも約束をしている。
だから約束ごと今も正直に告げた真中で、黒目がちの瞳は嬉しく笑ってくれた。

「無理しないって約束してね、私よりも先に死なないって約束ちゃんと守って?ちゃんと樹医になって学者さんになるの、約束よ?」

樹医になる、この約束は父が遺してくれた夢で祈り。
そして学者になることは父の夢であり祖父の願いでもある。
なによりも自分がいちばん叶えたい、その素直な想いへ綺麗に笑った。

「ん、樹医になるね?だから俺ね、警察を辞めたら大学院に行こうと思うの…文学も勉強したいんだ、お父さんとお祖父さんの世界だから、」








【引用詩歌:西行法師『山家集』】

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藍夜×紅葉

2013-10-28 22:41:43 | お知らせ他


こんばんわ、冷えこんできたなって感じの夜です。

写真は昨日の紅葉ライトアップ@山中湖、
もう暗かった空もライトアップの光で青藍あざやかに映りました。



今も秋夜らしく寒めですが上2↑とかコレ↓撮った昨夕はもっと寒かったです、笑
山中湖は冬に凍結するんですけどね、広やかな白銀が綺麗で毎冬ちょっと見たくなります。
それくらい寒いトコなんで10月下旬の今も夜は10度を下回って、息も白かった昨夕です。



いまAesculapius「Manaslu5」加筆校正が終わりました。
これから周太サイド第70話をUPします、眠いから冒頭だけかもしれませんが、
楽しみにしている方いらしたら暫しのお待たせ分だけまた楽しんで下さいね?笑

取り急ぎ、





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山岳点景:紅葉、富士×黄昏

2013-10-27 21:19:06 | 写真:山岳点景


山岳点景:紅葉、富士×黄昏

富士山麓の山中湖で夕暮れを撮ってみました。
気温は10度を下回って吐息が刻々と白くなる、そんな秋更ける湖畔です。
高峰から湖を渡る風は冷たくて、だから楓も紅くなるのは湖面に近い分だけ鮮やかでした。

見あげる富士の高峰は雲の様相が刻々変わります。
上の写真は山頂が晴れていますが、それは雲が留まれないほど風が強い状態かもってことです。
夏富士では天候の急転があっても雷雨ぐらい、それでも低体温症や雷撃の危険は大きいけど秋冬は100倍ハイリスク。
今10月下旬、雲を瞬時で押し流す豪風と2,000m以上を下っても凍える大気が富士山頂に充ちて氷雪の支配が始まります。
街と山は天候から全ての常識が違うんだなって現実は、こんなふう対岸からも伺えて三千峰の峻厳が眩しかったです。



で、思いつきで行ったら紅葉まつり?だったかを開催中でした。
山中湖南東あたりの楓が多いとこがメイン会場なんですけど、夜間ライトアップをしています。
たぶん21時までだと思うんですけど、とにかく気温が下がるので見に行くなら冬の恰好がおススメです。

自分が行ったのは17時半ごろ、ちょうど日没の残照が湖面映える時間でした。
良い時間にあたれば紫色の濃淡が空と湖面を彩って↓コンナ感じで撮れるんですけど、
これは湖畔の渚から撮影していますが、昏いので湖に落ちないよう気を付けて下さいね?



これからAesculapius第1章「Manaslu 精霊の山4」の加筆校正をします。
第70話「竪杜6」もちょっと校正する予定です、
そのあと第70話の周太サイドを掲載します。

お待たせしますが取り急ぎ、





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第70話 竪杜act.6-side story「陽はまた昇る」

2013-10-25 23:59:33 | 陽はまた昇るside story
And often is his gold complexion dimm'd



第70話 竪杜act.6-side story「陽はまた昇る」

がたん、

鉄の扉が開いたそこは非常階段の頂だった。
けれどベンチ1つ据えられて、常連の男は座りながら微かに笑った。

「ここは七機でも知ってるヤツは俺くらいだ、あとは箭野が知ってる、」

教えてくれる声は低く響いて、すこしほろ苦い。
きっと友人の異動を寂しく想っている、けれど瞳は月の翳りに見えない。
それでも想いは解かってしまう、そんな冷静すぎるほど落着いた横顔に英二は微笑んだ。

「黒木さん、どうぞ?」

どうぞ?と笑いかけて買ったばかりの缶ビールを示す。
大きな手は受けとろうとして、けれど英二は相手の首すじに缶を付けた。

「うわっ、」

Tシャツの首竦めた貌が驚いてくれる。
いつも鋭利な瞳はすこし見開いて、それでも落着いた声がすこし笑った。

「なんだ?宮田でもそんなことするんだな、」
「しますよ、俺でもね、」

笑いながら今度こそ缶ビールを手渡し、英二もプルリングを開いた。
軽やかな金属音が立って微かなアルコールが昇る、その香ごと黒木の缶へぶつけた。

かつん、

小気味いい音に口付けて啜りこむ。
喉ふれる涼やかな感覚に香り広がらす、ほっと吐いた息に落着いた声が少し笑った。

「さっきよりマシな貌になったな、30分で何かあったか?」

30分前、夕食の席で黒木は気遣ってくれた。
心配事ふたつ抱え込んだまま食事する、そんな自分を何げなく見ていてくれた。

『ずっと考えごとしてる癖に、ちゃんと浦部たちと会話して飯も食ってたぞ?まったく呆れるほど器用だな、優秀過ぎて嫉妬も起きん、』

そんなふう言ってさらり笑ってくれた貌が、嬉しいと想えた。
まだ3週間の同僚で先輩、けれど3週間前より親しい眼差しに英二は微笑んだ。

「黒木さん、話したら黙秘でお願い出来ますか?」
「黙秘?」

短く訊き返しながら缶へ口付ける、そんな仕草にも貫禄が篤い。
若々しいけれど落着いた横顔は年長者なのだと納得させる、その重厚な空気が笑ってくれた。

「秘密の共有か、それも必要かもしれんな、」

低く響く声すこし笑いながらシャープな瞳がこちら見てくれる。
どこまでも冷静、けれど揺るがない篤実を見つめて英二は綺麗に笑った。

「30分で国村さんに喧嘩を売ってきました、だから今はすっきりだよ、」

喧嘩を売った、

そんな言葉に鋭利な瞳ひとつ瞬き、自分を映してくれる。
その整った貌すこし傾けて考えるよう見つめて、6歳年長の先輩は笑った。

「ははっ、宮田も喧嘩なんかするのか?」
「今回ほどは初めてです、」

正直に答えて缶ビールひとくち啜りこむ。
口から喉へ冷たく苦み降りてゆく、ふわり涼やかになった心地に先輩は訊いてくれた。

「どんな喧嘩したんだ、話したかったら話せ?」

話したかったら、そんな訊き方は優しさから涼しい。
押しつけがましさの無い、けれど突き放してもいない距離感に英二は口を開いた。

「明後日は家に帰れって言われたんです。でも帰らないって俺は意地張りました、そしたら家族が何か解ってないって言われてキレました、」

キレた、そんな表現があのシーンは相応しい。
そんな自分の言動がなんだか楽しくて、肚から笑った。

「本当に俺は家族が何かって解らないんです、図星をざっくり刺されて俺、気がついたら光一に掴みかかって怒鳴っていました。
俺にとって両親は媚びなきゃいけない義務の対象で、親の愛なんか俺は信じきれないし解らない、そういう自覚があるからキレたんです、」

図星だから肚が立った、我を忘れて掴みかかって怒鳴った。
こんな自分の本音を隠さないことが心地良い、だから笑った薄闇で低い声が微笑んだ。

「意外だな、おまえの経歴からすると、」
「ご存知なんですね、」

笑ってビール口つけた隣、先輩も缶を傾けてくれる。
互いにアルコール呑んだ間合い、落着いた声が続けてくれた。

「身上書を後藤さんが見せてくれた、宮田の異動が決まった時にな、」

後藤が身上書を黒木に見せた?

そんな事実にすこし驚かされて、けれど納得も出来る。
それは後藤らしい差配かもしれない、そんな推測の向こう黒木は教えてくれた。

「国村さんが小隊長になることは誰もが納得だ、でも宮田は違う。山の経験が一年も無い癖に国村さんのパートナーな事は反対も多い。
七月の遠征訓練も反対意見の方が多かった、あの国村さんを初心者同然の男がビレイして北壁にアタックさせたら事故って当然だからな?
だから第2小隊は不参加を決めた、原が辞退した事が発端だが第2は異動先として連帯責任を迷惑がったわけだ、それで後藤さんが来た、」

異動先としての連帯責任。

そんな憂慮も仕方ないかもしれない、それ位に自分は経験年数が浅すぎる。
それなのに当ってきた山はハードルが高い、こんな過程は非難の対象になって当然だろう。
そう納得しながら後藤の意図を思案するまま、落着き払いながら可笑しそうに先輩が笑った。

「後藤さんな、なぜ宮田を国村さんのザイルパートナーに選んだのかを俺に話してくれた、国村さんの性格と登山歴から始めてな?
国村さんは有名人だけど実像は意外な事も多くて、面食らったけど面白いって想う。でも宮田の経歴は、恵まれたヤツが何故だろうと思った、」

恵まれている、そんな印象を受けたのなら黒木は知ったのだろう。
おそらく祖父の経歴から後藤は話してくれた、それなら「何故」と疑問に思われて当然だ。
こんな瞬間は幾らか複雑になる、それすら慣れに微笑んだ想いに落着いた声が言ってくれた。

「経歴を聴いただけじゃ解らない事が沢山あるな、この3週間に見た貌も喧嘩のことも、意外だけど悪くない、」

意外だけど悪くない、そう言ってくれる眼差しは冷静だけど温かい。
この瞳から見た自分の姿はどんなだろう?そんな思案に先輩は口を開いた。

「新隊員の訓練中から毎日ずっと夜間訓練に出て、それでも飯を4杯は食べられる体力は北壁の記録もマグレじゃないと納得させられた。
だけど宮田はよくボケッとする癖が危うくて、誰にでも愛想の良い器用さが浮薄にも見えていたからな、今日の喧嘩は尚のこと意外だった。
それ以上に意外だったのは先週の山火事だ、あんな鎮火の遣り方は宮田の経歴と普段を見ていたら意外で、でも今までの全部に納得出来た、」

愛想の良い器用が浮薄だと思うのは自分にもよく解かる。
誰よりも自分自身が空っぽの媚売るようで嫌いだった、けれど今の自分は上っ面だけじゃない。
そんな自信は今なら少し温かくて微笑める、そうして抱ける余裕と佇んだ夜空の下、黒木が笑った。

「宮田はさ、媚を売れるくらい自分の容姿は佳いって自覚があるんだろ?それなのに腕一本を犠牲にしても山火事を止めようとした。
こんなの無茶だって俺も想うがな、それ以上に自分の体を懸けても山を護ろうとしたプライドは山ヤらしい、だから宮田を信頼できる、」

信頼できる、

そう告げてくれる声は薄闇にも肚へ響く。
こんなふうにプライドを真直ぐ認めてくれる事が嬉しい、そして誇らしい。
そんな相手が山に厳しいと言われる男なら尚のこと信頼は厚いと解かる、その篤実に英二は笑いかけた。

「俺も黒木さんは信頼してます、キツイこと言ってくれる人は俺、信じるんです、」

厳しいことを躊躇わずに言える、そんな人を自分は知っている。
そして言ってくれる分だけ信じてくれるのだと教えてもらった、その人に今も逢いたい。

―周太、俺に厳しいことを何でも言ってくれたのは周太が初めてだよ?

最初からずっと周太は真直ぐな言葉だけをくれる。
言えない想い呑むことはあっても嘘も誤魔化しも諂いも周太には無い。
どこまでも凛とした言葉と眼差しは綺麗で、だから自分は恋して愛して、今も逢いたい。
そんな恋愛を見つめてきた時間があるから黒木の篤実も信頼も受けとめられる、そんな想いに響く声が少し笑った。

「やっぱり俺の言葉は相当キツイって思ってるんだな?」
「はい、この3週間ずっと思っています、」

正直に笑って応えた向こう、シャープな瞳が可笑しそうに笑いだす。
まだ見たことの無い表情を見せてくれる、それが嬉しくて笑った真中で先輩は言ってくれた。

「自分でもキツ過ぎる自覚はあるんだがな、よく箭野にも笑われる、」
「箭野さんの言葉は聴きやすいですよね、厳しいこと言っても、」

思ったまま応えて英二は缶ビールに口付けた。
涼やかに降りてゆく喉元に風も心地いい、そんなベンチで黒木は笑ってくれた。

「箭野はカリスマだから言葉も力がある。宮田も、まだ3週間だが悪くない、」

この3週間、毎日を1度は黒木と食事するようにしてきた。
それは光一を補佐する立場としての意図がある、けれど単純に話してもみたかった。
そんなふうに想った理由が今こうして缶ビール啜る時間に解かる気がして、英二は微笑んだ。

「黒木さん、また一緒に缶ビール飲んでくれますか?ここで、」








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雨降りの午前

2013-10-25 10:01:02 | お知らせ他


おはようございます、雨降りの神奈川です。

昨夜掲載のAesculapius「第1章 Manaslu 精霊の山act.2」加筆校正ほぼ終わっています。
第70話「竪杜act.5」はこれから加筆校正ほかしていきます、順序ちょっと逆にですが。
夜は第70話の周太サイドを予定しています、

合間に取り急ぎ、





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第70話 竪杜act.5-side story「陽はまた昇る」

2013-10-24 23:00:34 | 陽はまた昇るside story
Sometime too hot the eye of heaven shines,



第70話 竪杜act.5-side story「陽はまた昇る」

お話あるんで待ってたよ?

そんなふう陽気なテノールで笑って底抜けに明るい瞳が見上げてくれる。
この表情は悪い知らせではないだろう、そんな期待に英二はベッドサイドに腰掛け笑った。

「お待たせごめんな、光一?でも、七機でまで勝手に部屋の鍵開けちゃって大丈夫かよ、」
「ソコントコ俺なら巧くやってるって、オマエなら解かるよね?」

愉しげに答えて光一はスウェットの長い脚を組んだ。
そのデスクに広げられた救急法ファイルのページ繰り、澄んだテノールは教えてくれた。

「まず一件目、後藤のオジサン手術が決ったよ?たぶんオマエの携帯にも着歴あると思うんだけどね、後藤のオジサンと吉村先生と、」
「え、」

言われた事に驚いてポケットから出して画面を開く。
その履歴と着信名に困りながら正直に微笑んだ。

「ほんとだ、飯食ってただけなのに気づかなかった、ごめん、」
「飯食ってただけ、ねえ?」

からかうようなトーンが尋ねて悪戯っ子な眼差しがこちら見てくれる。
どこか愉快そうな瞳に見透かされながら英二は口を開いた。

「訂正するよ、飯食いながら考えごとしてた。後藤さんのことも…周太のことも、」

周太、

ただ名前を口にして、けれど鼓動の深く絞められる。
この名前を今この目の前に見つめて呼びたい、ただ1時間でも良いから傍に帰りたい。
そんな願いに今までの後悔こみあげて瞳の底から迫り上げる、それでも瞬きひとつに治め微笑んだ。

「今朝、周太が酷く咳きこんだんだ、たぶん熱も高くて、たぶん昏睡もしてる、それで美幸さんが咄嗟に電話したのは姉ちゃんだった、」

明方に聴いた盗聴器越しの状況を言葉に変える。
あのとき抱いてしまった疎外感は今も傷んで、そんな痛覚に澄んだ瞳が笑ってくれた。

「おまえ、やっぱ今週ちょっと休みとんな?明後日は週休だしね、一日だけでも日帰りしてこい、」
「いや、いい、」

短く応えて頭を振って、ついそんな仕草に自分の本音が可笑しい。
こんなふう拒絶する時は思い切りたいほど未練がある、そう知っているから可笑しくて苦しい。

―大学受験の時もそうだったな、姉ちゃんとお祖母さんが言ってくれた時、

本当は、祖父や父と同じ京都大学の法科に進学したかった。
その為の努力も積んで見合うだけの学力もある、けれど母の身勝手に潰された。
それを知った時に姉も祖母も援けてくれようとして、だけど自分のプライドが拒絶して今がある。
あの時と同じに頑なな程の覚悟とプライドから肯えない、そんな向こうでザイルパートナーは軽やかに立ちあがった。

「そ、じゃあ俺はちょっと見舞に行ってこよっかね?美代からもお誘い来ちゃったし、おまえが留守番してくれんなら安心だね、」

いつもの笑顔は明るいまま温かい。
その温もりに小さな自責が疼いて英二は立ち上がった。

「ごめん、せっかく言ってくれたのに。でも俺、今は美幸さんや周太の気遣いを壊したくないんだ、二人には二人のプライドがあるから、」

ずっと13年間を母子二人で生きてきた、その紐帯と誇りも護ってあげたい。
そんなふう願いながらも疎外感の孤独は傷んで、けれど微笑んだ額を思い切り弾かれた。

ばちっ、

「痛っ…」

小気味いい音から額じわり痛み広がる。
掌に押えた熱は疼きだす、その傷みに見つめた向こう透明な瞳が呆れた。

「ホント馬鹿だねえ?ホント家族ってモンが何だか解かってないよ、家族だからこそ気ぃ遣い過ぎて遠慮するんだろが?イイカゲン解れよ、」

家族だからこそ。

そんな言葉が鼓動に刺さってしまう。
こんな痛みすら自分勝手だと解かっている、けれど直情の熱煽られて英二は睨んだ。

「ああ、そうだよ?俺は家族が何かなんて解ってない、そんなの知るか!」

言い募るまま声は荒がり鼓動が裂かれだす。
こんなこと本当は認めたくなくて、否定したい分だけ冷静でいた。
だからこそ募った哀しみも悔しさも堰を破る、そのまま手を伸ばしパートナーに掴みかかった。

「言ったはずだ!俺の両親は体裁だけなんだよっ、子供だって自慢の道具に生んだんだ!愛なんか無いんだよ、おまえと違ってな!」

体裁だけ、自慢の道具、愛なんか無い。
そんな自分の言葉に切り裂かれ壊れてゆく、罅に砕ける。
もう止まらないまま掴んだパーカーの衿、その透明な瞳を睨み英二は怒鳴った。

「おまえは両親から愛されてるって言えるだろっ、雅樹さんに愛されてるって言えるだろ?!俺はそんな自信なんか欠片も無いんだよ!
親に愛されないのも俺が根暗でひねくれてるからって言われたらその通りだ、周太に愛されないのも俺が馬鹿で鈍感で裏切り者だからだ!
親も周太も本当には信じてくれない、そんなの俺の所為だって解かってんだよ!でもなあ、俺だって好きでこんなふうになったんじゃない!」

睨み、怒鳴り、けれど全ては相手に向けてなんかいない。
そんなこと解かっているのに崩れた自律は戻らなくて、ただ感情あふれた。

「勉強だろうが運動だろうが俺は何でも出来るよ、それだけ努力したからな!そういう全部が両親に振り向いてほしかったからだよ!
貌が良いとかも自分でよく解かってんだよっ、見てくれ良い方が愛されるからそう見せてるんだよ、愛されたいからって媚を売ってんだよ!
ずっとそうやって俺は生きてきたんだよ、家でも外でもな!そういう俺が大嫌いなんだよっ、だから俺と正反対の周太が好きで欲しいんだよ!」

握りしめたパーカーの歪んだ衿から真直ぐな眼差し見つめてくれる。
どこまでも澄んだ瞳に自分が映りこむ、その自分を睨み英二は叫んだ。

「俺だって愛されたいんだよ、愛したいんだよっ、無条件で帰れる場所が欲しいんだよ!だから全て懸けても周太を救けたいんだっ、
でも周太は救けなんか本当は要らないんだよ、必要とされてるって俺が想いたいだけなんだよっ、それが解かるから今も帰れないんだよ!」

愛されたい、愛したい、帰りたい。

唯それだけ、唯ひとつ願うから叶えたかった、救けたかった。
こんな自分でも素顔のまま受容れられる場所がある、そう信じて愛して護りたかった。
けれど、こんな縋るような愛情など誰にも望まれない、その諦めに掌を開いてパーカー離した。

「ごめん、光一は何も悪くないのに八つ当たりした…こんな俺だから駄目なのにな?」

こんな自分だから駄目、

そんな諦観ごと俯いて英二は吐息ひとつ微笑んだ。
いま吐きだしてしまった本音も素顔も悔しい、けれど自分の等身大でいる。
こんな自分でも必要とされたかった、そして行き場を失くしていく想いごと肩を掴まれた。

「ホントに駄目だって想ってんならね、明後日は家に帰りな?」

帰りな?

はっきり言ってくれる声が真直ぐ響く。
そんな声に上げた視界の真中で大らかな瞳は笑ってくれた。

「今、俺に言ったことキッチリ全部、周太とおふくろさんに吐きだしちまいな?ぶちまける我儘が許されんのも家族ってモンだからね、
全部ぶちまけて泣いて訴えて来い、信頼ごとダメ元って覚悟あるんなら言えるだろ?で、受容れてもらえたら本物の家族だって自信になる、」

ぶちまける我儘が許される。

そんなふうに考えたことなんて結局、自分には無かった。
姉にも、祖母にも、敬愛する祖父にすら全部をぶつけた事など無い。
誰よりも両親には一度も想いぶつけた事など無い、そんな過去から英二は微笑んだ。

「光一は今、俺にぶちまけられて嫌じゃないのか?」
「嫌でも無いね、俺はさ?」

さらり笑って、ぽん、軽やかに肩を敲いてくれる。
そして雪白な指で額また小突いてくれると、底抜けに明るい瞳が笑った。

「遠慮なく本音ぶちまけるのってね、好きで信頼したい相手かドウでもイイ相手のドッチかだろ?で、俺はパートナーで上官だからね、
プライベートでも仕事でも俺はオマエにとってドウでも良い相手じゃないだろ?だったら信頼してくれんのは嬉しいよね、お互いサマにさ?」

お互いさまに嬉しい、そう告げて明るい瞳は笑ってくれる。
こんな相手だからアンザイレンザイルも組みたい、この底抜けに明るい強靭と昇りたい。
それを許されている自分の幸運と信頼は温かで、あらためて山ヤの誇りと素直に笑いかけた。

「こんな俺がアンザイレンパートナーでごめんな、光一、」
「ゴメンって想ってくれんなら努力してね、媚を売るとかじゃなくってオマエ自身の為にさ?」

テノールが笑って透明な瞳が受けとめてくれる。
この笑顔に援けられてきた月日は今も温かい、その感謝に英二は微笑んだ。

「自分の為だから正直に努力するよ、だから俺、明後日は家に帰っても良いかな?」






(to be gcontinued)

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soliloquy 詠月―another,side story

2013-10-23 22:30:25 | soliloquy 陽はまた昇る
parole あなたの言葉に



soliloquy 詠月―another,side story

ほら、変えられない着信音が響いて、鼓動ごと自分を掴む。

テスト訓練の疲労から動けないベッドの上、けれど掌は携帯電話を握りしめる。
もうメールも電話も出来ないと告げたのは自分、それなのに今こうして着信音が呼ぶ。
そうして自分の本音は喜んで掴んだ携帯電話、もう画面を開いてメールの言葉が惹きこんだ。

From :周太
suject:おつかれさま
本 文:晩飯は焼魚だったけど何か解らなかった、周太に訊きたいって思ったよ。
    周太は晩飯なに食べた?ちゃんと飯食ってよく眠ってくれな、
    今、おやすみなさいを言えた一昨日の自分に嫉妬してる。

「…英二、」

ぽつん、かすかな声こぼれて名前になる。
本当は昨日も呼びたかった大好きな名前、けれど呼べなかった。
名前を呼んだら全てが崩おれそうで、それは出来なくて隔てるよう名字で呼んだ。

『宮田、見送りに来てくれたんだ?』

宮田、そう呼んだのはどれくらいぶりだろう?

最期に呼んだのは去年11月、奥多摩の山に登るときだった。
あの大きなブナの樹を仰いで見つめて初めて名前を呼んだ、あのときから名字は呼んでいない。
けれど昨日の朝には名字で呼んだ、そして一昨日の夜ごと記憶に籠めた想いは温かすぎて、忘れられない。

『周太…ずっと好きだ、逢えなくても一緒にいるって信じてる』

一昨日の夜に告げてくれた声、香、眼差し、その全てが深くから呼びかける。
あのとき見つめあえた心も体温も信じていたい、けれど今はもう知ってしまった真実に予兆が裂く。

“Je te donne la recherche” 探し物を君に贈る

そう書き遺した祖父は殺人を犯した、それは多分、事実だろう。
その事実をいつか自分は英二に告げる、そのとき英二は何を想うだろう?
もしかしたら英二は全てを知っているのかもしれない、それでも、本当に事実だと知ったら?

―それでも英二、お祖父さんを好きになれる?お父さんのことも赦せるの、あのひとのことも…赦せるの?

あのひと「彼」を英二が赦せるのか?

そのこと一つが気懸りで、だから巻きこむなんて出来ない。
それでもいつか事実は告げなくてはいけないだろう、そのとき裂かれるかもしれない。
ふたり結んだ沢山の約束は一年前からふり積もる、けれど夏七月に全て本当は壊れたかもしれない。

それなのに一昨日の夜、幾度も告げてくれた言葉に縋りたい願いは泣きたくて今、メールの言葉にゆらされる。

“今、おやすみなさいを言えた一昨日の自分に嫉妬してる”

こんなふう言ってくれるなんて、信じたくなるのに?
こんなふう言われたら言いたくなる、今すぐ電話して声で言いたい。
唯ひと言で良い、唯ごく普通の一言を告げることを叶えて、一瞬でも幸せになりたい。

「…おやすみなさい、えいじ?…」

唯ひと言を声にして名前を呼んで、けれどボタン一つ押せない。
このまま電話して声を聴いてしまったら毎晩ずっと電話は鳴るだろう、それが哀しい。
そのまま毎晩ずっと声を聴いてしまったら怖くなる、未練が絶てなくなる、だから「いつか」まで待ってほしい。

「…おやすみなさい、ごめんね?…ごめんね英二、」

小さな声で微笑んで画面を切り、そのまま携帯電話そっと握りしめた。
本当は返したい声、返したい言葉、けれど伝えられない電話に泣きたくなる。
それでも自分で決めた道に微笑んで起きあがり、吉村医師に贈られた一冊を取るとデスクに着いた。






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