萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

secret talk88 安穏act.25 ―dead of night

2018-06-26 23:14:30 | dead of night 陽はまた昇る
君に醸す、
英二23歳side story追伸@第6話 木洩日


secret talk88 安穏act.25 ―dead of night

窓あかり、月が照る。

開いた扉くるむ闇、かすかなオレンジ温かい。
壁映るランプあわい部屋、切りとられた銀色やわらかい。

―月明かり、ってやつだな?

閉じないカーテン縁どる夜の光、やわらかな輝度に惹きこまれる。
あの窓はるかに月は照るのだろう、そんな優しい窓際に笑いかけた。

「湯原?なに読んでんの、」

ランプやわらかな光、黒髪やわらかな艶かすかに動く。
その首すじ薄紅きれいで、ページ繰る手もと覗きこんだ。

―あ、匂いが違う?

デスクライト開かれたページ、石鹸の香が甘い。
寮の風呂あがりと違う甘い匂い優しくて、つい傾けた頬に椅子が鳴った。

かたん、

ひかれたデスクチェアふわり、風そっと頬ふれてページが消える。
甘い優しい香なびいて白シャツ翻す、洗い髪ふわり艶のこして立ち上がる。
閉じられた本すこし小さな手に抱いて数歩、月の窓そっと小柄な輪郭うかんだ。

―きれいだ、

銀色あわい横顔、月光やわらかに黒髪を梳く。
波うつ洗い髪いろどる耳、その紅色が鼓動ふれる。

―照れてるのかな湯原?

薄紅色が君を描く、そんな横顔に鼓動が打つ。
鼓動ひとつごと期待が育つ、君の母親が言ったこと本当みたいで。

『宮田くんのこと待っているわ、あの子…たぶん顔、赤いと思うけど?』

君の顔が赤い、それは待っていてくれたから?
そうだとしたら嬉しい、それになんだか可笑しい。

―初対面の時じゃ考えられないよな、あの湯原が照れてるとか?

春三月、警察学校の門。
あのとき自分が何を想っていたかなんて君は知らない。
もし君が知ったら怒るのだろうか、呆れるのだろうか、もう二度と会えなくなる?

―湯原がどう考えるかとかわかんないけど今、かわいいな?

かわいい、赤くなる君が。
かわいくて、ちょっと可笑しくて微笑んでしまう。
そんな想い月ふる窓辺、横顔かすかに唇うごいた。

「…ありがとう」

ぼそり、君の声かすかに横顔ふりむく。
月光なめらかに輪郭えがいて、おだやかな声そっと言った。

「…母、今日はたくさん笑ってたから…楽しかったとおもう、」

おだやかに消えそうな声、でも君の唇が告げてくれる。
そうしてまた黙りこんだ唇に微笑んだ。

「俺こそ楽しかったよ、ありがとうな?」

笑いかけて踏みだして、月あかり床を踏む。
同じ部屋おなじ空間、けれど遠い横顔に一歩が震えた。

―緊張してる俺?

ただ君の隣に立ちたい、それだけ。
それだけなのに爪先ふるえる、月光の輪郭に鼓動さざめく。
これが「緊張」だとしたら今、自分は初めての感覚を刻まれている。

―誰の隣でも緊張なんかしなかったのに、俺…そっか?

そっか?

そんな言葉ことん、肚に落ちる。
落ちて沁みて墜ちてゆく素足の肌、木の床ひそやかに隣ならんだ。

「お…月、」

声こぼれた唇、月光やわらかい。
仰いだ夜はるか銀色かかる、もたれこんだ窓枠の腕に木肌やわらかい。
素肌ふれる木目なめらかに温かで、磨きこまれた住人の端正に微笑んだ。

「湯原の家って居心地いいな、」

この自分の家と違って。

そう言いかけた唇を閉じて、けれど比較めぐりだす。
なぜこんなにも違うのだろう?同じ「母親」という名前なのに。

―うちの母親も掃除はするけど?

息子の部屋を掃除する、それは同じ。
同じなのになぜこんなに違うのだろう?想い、隣が呟いた。

「…そうかな」
「そうだよ、」

あいづち自分の唇が笑う。
こんなふう確信してしまって、そんな自虐と憧憬に微笑んだ。

「湯原の親父さんとお母さん、俺、好きだな、」

君の両親みたいな、自分の両親だったなら?

そんな願いごと溜まりだしている、君の隣から。
こんな願い叶えようもない、そんなこと知っている自虐に声が言った。

「…父と母も宮田のこと…好きだとおもう、」

くぐもりそうな小さな声、けれど穏やかに響く。
こんな優しい言葉どうして言ってくれるのだろう、君は?

「お、嬉しいこと言ってくれんじゃん?」

かろやかに返して笑って、でも鼓動ふかく疼いて熾きる。
燈されてしまう温もり静かで、それなのに消えてくれない。

『好きだと』

君の声が言ってくれた、その一言が熱ともす。
ふかく深く温度ゆるやかに沁みてゆく、明るんで響いて、そして悶える。

―父と母も、って、湯原はどうなんだよ?

君はどう想ってくれる自分のこと?

そう訊いてみたい、けれど訊けないまま月が光る。
残暑の夜やわらかな風の粒子、それから君の部屋きらめく香。

※加筆校正中
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secret talk87 安穏act.24 ―dead of night

2018-06-09 07:06:00 | dead of night 陽はまた昇る
家影の燈火 
英二23歳side story追伸@第6話 木洩日


secret talk87 安穏act.24 ―dead of night

火照る額、おだやかな香そっとふれる。

ほろ甘い深い香ひそやかな空気、やわらかな静謐くるみこむ。
ダークブラウンなめらかな廊下しんと涼む、おだやかな夜に英二は息ついた。

「…いい家だよな、」

ひとりごと一滴、洗い髪かきあげて指から涼む。
頬ふれる冷たさ優しい空間、どこか時が止まって想える。

―亡くなった時から止まってるのかもな、

時が止まる哀しみ、そんなものがあるのかもしれない。
自分は知らないけれど。

―それだけ愛情がある、ってことなんだよな…この家は、

愛し愛された、そんな主の死因は殉職。
そんな現実どれだけ重いか自分は知らない、それだけの愛情を知らないから。
知らないから知りたくなるのだろうか?想い見つめる夜の回廊、やわらかな声が呼んだ。

「宮田くん、お風呂でたならどうぞ?」

扉かすかな軋み、光一条あわく射す。
開かれたリビングに素足スリッパ運んで、からりグラスの氷が鳴った。

「麦茶よ、好きかな?」
「はい、いただきます、」

受けとった掌ひんやり、涼やか滴る。
ガラスまとう雫に琥珀色きれいで、口つけた涼感に黒目がちの瞳が笑った。

「宮田くん、手持ち無沙汰でしょう?こんなのどうかな、」

テーブルの上、分厚く大きな一冊さしだされる。
促されるまま開いたページ、白い華奢な指そっと示した。

「これがね、周太」

ことん、心臓ふかく挿す。

―これが湯原?

黒目がちの瞳くるり、写真から見あげてくれる。
黒髪くせっ毛やわらかに風ゆれる、半袖シャツ華奢な腕やさしい。

―透明感っていうか繊細っていうか…女の子みたいだ、

あいかわらず睫が長い、けれど眉は今より優しくて印象やわらぐ。
今よりずっと幼い貌あどけない、屈託のない明るい可憐に言われた。

「結構、かわいいでしょ?」
「いや、かなり可愛いです」

唇こぼれて、自分で可笑しい。
こんなこと自分が想うなんて?

「そうでしょう?ほんと自慢の息子なの、」

黒目がちの瞳が軽やかに微笑む。
屈託ない誇らかな愛情、その瞳が眩しい。

―こんなふうに息子のこと言えるんだ、この人は、

大切な一人息子を見守る、そんな視線が綺麗だ。
こんなふう自分も見つめられたなら、この写真たちのよう笑えたろうか?

―きれいだな湯原…明るくて、素直で、

ページ捲るたび快活な笑顔きらめく。
すこし羞んで、けれど明るい素直あふれて心臓ふかく刺す。

―こんな顔も出来るんだ、ほんとは湯原?

かわいい、唯それだけ美しい優しい写真たち。
こんな貌で笑っていた、それなのに笑顔は消えた。

「…ぁ」

言葉そっと呑みこんだページ、硬い瞳だけが見つめてくる。
遠足、入学式、射撃大会の授賞式、嬉しく楽しいはずのシーンも笑顔は無い。
微笑んだ写真はある、けれど屈託ない笑顔は一頁その後から無かった。

「主人がね、亡くなった後なの、」

おだやかなメゾソプラノ静かに微笑む。
その黒目がちの瞳おだやかで、けれど寂しい。

“拳銃で人が死ぬ事なんて、無いと思っている”

寂しい瞳が思い出させる、息子そっくりで。
彼女の息子が吐きだした現実、それが写真に映りこむ。

―拳銃で死ぬんだ人は…心も、

君の笑顔は死んだ、一発の銃弾で。

父親を殺害した銃弾、その一発に屈託ない笑顔も壊れた。
そうして母子が背負わされた喪失感は苦しい、どんなに辛い?

―もう一度こんなふうに笑わせたい…湯原、

願い繰るページの写真たち、ただ時を静かに語る。
もう失った存在と笑顔、そんな全て取り戻せない。
それでも、新しく得るものが心満たせるだろうか?

―なにが出来るだろう俺…って俺なに考えてるんだろ?

なにかしたい、君のために。

こんなこと考えるなんて初めてだ、こんな自分だろうか?
思案ぼんやり眺めるページ、やわらかな声が言った。

「でもね?最近は周ね、けっこう笑うようになったと思うわ、」

告げる黒目がちの瞳が見あげてくれる。
どうしても似ている眼に言われて、聴いてみたくて笑いかけた。

「どんな時に湯原、笑うんですか?」

その「時」を真似たら、君はもっと笑うだろうか?
願い問いかけた真中、そっくりな瞳くるり笑った。

「宮田くんの事ね、話す時によく笑っているわ、」
「え、俺ですか?」

すぐ訊き返して、似ている瞳くるり笑う。
その言葉が事実なら嬉しい、でも本当だろうか?

―どんな顔で俺のこと話してくれるんだろ、湯原?

笑って話してくれる、その貌を見てみたい。
ぼんやり想うページ、ぱたん、アルバムは閉じられた。

「おかあさんなに見せてるんだよ…もう、」

はたり、雫一滴テーブル敲く。
濡れ髪ゆるやかなクセっ毛が光る、波うつ黒髪に頬が赤い。

―あ、湯上りの湯原だ、

風呂をすませたばかり、そんな横顔なめらかに薄紅そめる。
頬やわらかな薔薇色きれいで、見惚れるままメゾソプラノ笑った。

「可愛いから見せたかったのよ、ね?」

朗らかな声きらきら微笑む、その華奢な手またアルバム開く。
開かれたページに彼女は微笑んで、そんな母親に君が唇そっと噛んだ。

「…、」

洗い髪ゆるやかに透かす瞳、困ったような視線そっと歩きだす。
スリッパことこと絨毯わたり木目を踏んで、廊下まっすぐ出た首筋に見惚れた。

―赤くなってる湯原?

照れている、そんな首すじ薄紅色。
あの色は何を想うのだろう?扉ぼんやり見つめるテーブル、メゾソプラノ微笑んだ。

「周のあんな顔、久しぶりに見たわ、」

黒目がちの瞳ふわっと笑う、この眼ざしは知っている。
いつも寮室で見る貌に英二は笑いかけた。

「学校でも、あんな感じです、」
「そう、」

白い頬ほがらかに微笑んで薄紅いろ明るむ。
その色また似ていて、そんな黒目がちの瞳おだやかに微笑んだ。

「周のところへ行ってあげて?宮田くんのこと待っているわ、あの子…たぶん顔、赤いと思うけど?」

※校正中
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secret talk86 安穏act.23 ―dead of night

2018-06-05 09:00:40 | dead of night 陽はまた昇る
月に浮かぶ、
英二23歳side story追伸@第6話 木洩日


secret talk86 安穏act.23 ―dead of night

浴場ひとり、月に浸かる。

「天窓あるんだ?」

水滴しずかなタイル、温かな湯の波に月ゆれる。
さざなみ金色かすかな影に仰いだ頭上、天井きりとる夜に黄金うかぶ。

「きれいだ、」

満月まだ欠ける、だからこそ惹かれる。
まだ満たない、そんな自分の想いに英二は哂った。

「…なにやってんだろ、俺?」

満たされない恋、この自分にそれが起きている?
こんなこと信じられない、だから、

―片想い、って…初めてだよな?

見つめれば手に入る、それが日常だった。
けれど今は違う日常がある、その原因が育まれた風呂に浸かる。

―広いよな、みんな昔ってこんなもんか?

想い仰ぐ天井、湯適ふっと降りてくる。
高い壁なめらかなタイルのカーブ、やわらかな白に経年が安らぐ。
戦前より前から建つのだろう、その年月だけ清らかな湯気はるか窓が高い。

―こんな風呂に湯原、ずっと浸かって育ったんだな…そっか、

天井に仰ぐ窓、月ふわり湯気に光る。
真昼なら青空きっと美しい、星ふる夜もあるだろう。
ひとりじめ空も湯も清々しい、こんな風呂に慣れた瞳には寮の浴場どう見えるだろう?

―男だらけ詰めこむ感じだもんな、警察学校どこもさ?

警察学校の教場は女性もいる、でも少ない。
それだけ体力から厳しい現実がある職業、だから自分をそこへ放り込んだ。
だからこそ不思議になる、なぜ君が警察官にならなくてはいけないのだろう?

「なんか…似合わないんだよな、」

想い声こぼれて感深まる、疑問あらためて穿ちだす。
この家に、この家族に、とりかこむ庭も何もかも君らしくて、だからこそ、

―なんで湯原の父さんが警察官になったんだ?

書斎の写真おだやかな微笑、あれは警察官の貌だろうか?

『父は殉職したんだ』

あの言葉が似合わない、それが理由の君はもっと似合わない。
だからこそ疑問ふかく抉られる、なぜ「理由」は生まれた?

―警察官より学者だよな、あの貌も書斎も、

分厚い美しい本ならぶ部屋、ダークブラウン穏やかな書斎机。
本も机も丁寧に使いこまれた艶が光っていた、そんな場所と「警察官」が反発する。

―湯原の父さん、どんな経歴の人なんだろ?

調べれば解るかもしれない、この家に痕跡なにかある?
そんなこと考えかけた掌ひとすくい、澄んだ湯ばしゃり顔かぶった。

「あっつ…」

温かな湯が肌から覚ます、脳髄ゆるく和ませる。
ため息そっと湯気ふかく香って、濡れた髪ひとつ振った。

―なに考えてるんだよ俺、他人の家に興味持ちすぎだろ?

同期の家に泊めてもらう、それだけでも自分にはイレギュラーだ。
そこから「家族」にまで踏みこもうとする、そんな自分に笑った。

「変だな、俺?」

変だ、こんな自分は。

こんな自分に何が変えてゆくのだろう?
こんな答え本当は解っている、唯ひとり君だ。

―なんで俺、こんなに湯原にこだわるんだろ…男で同期なのに?

こだわっている、だから否定の理由つけたい。
そんなこと自体いつもと違う、理由を探したがるほど執着したくて。

※校正中
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secret talk85 安穏act.22 ―dead of night

2018-05-28 23:20:06 | dead of night 陽はまた昇る
夢より優しく、
英二23歳side story追伸@第6話 木洩日


secret talk85 安穏act.22 ―dead of night

温かい幸福、そんな味は?

「どうぞ、宮田、」

茶碗ひとつ、君が差しだしてくれる。
そんなことに鼓動ひっぱたかれて、英二は瞬いた。

―あれ、なんか俺…感動してる?

すこし小さな手に茶碗ひとつ。
湯気くゆらす香おだやかで、そんな「普通」の風景にエプロン姿が首かしげた。

「なに…どうした宮田?」
「あ、ごめん湯原、」

笑いかけて手を伸ばして、茶碗ひとつ受けとめる。
その指先かすかに体温ふれて、受けとめた掌に熱が沁みた。

―湯原が炊いた飯、なんだよな、

掌じわり陶器が熱い、透かす温度くゆらす香あまい。
やわらかな湯気やさしいテーブル、古風なダイニングに穏やかなメゾソプラノ笑った。

「驚いてるのかな宮田くん、いまどきらしからぬ古い台所でしょう?」

ああ今、自分は驚いた顔しているんだ?

―そんなに顔に出てるんだ俺、らしくないな?

感情なんて素直に出ない、そんな自分。
けれど今はいくらか違うらしい?それも楽しくて笑った。

「俺は素敵だと思いますよ?クラシックな空気が落ち着きます、」
「あら、私と同意見ね?」

よかったわ、そう言ってメゾソプラノ朗らかに笑う。
その瞳は黒目がちそっくりで、芳香やわらかな食卓に鼓動つかまれた。

―湯原もこんなふう笑うのかな、ほんとうは、

君が笑ったら?

そんなこともう考えている、君の母親に。
この女性と同じ目をしているなんて気がついて、こんなふう君を探そうとする。
こんなに君を知りたがる自分がいる、その願い座りこんだテーブルに小柄な背がエプロン外した。

「…おまたせ、」
「おつかれさま周、ありがとうね、」

微笑みあう母子ふたり、テーブル向こう温かい。

―俺には無いよな、こういうの?

視線をあわせて、微笑んで。
それが母親だというのなら、自分は知らない。

「さ、いただきましょう?宮田くんの好みにあうといいけど、」

黒目がちの瞳やわらかに笑いかけてくれる。
なにげない優しい視線、けれど軋むような痛みに微笑んだ。

「いただきます、ありがとな湯原?」

笑いかけた先、黒目がちの瞳かすかに頷く。
母親と似た瞳のくせ不愛想で、いつもの空気に笑って箸とった。

「…うまい、」

味覚から唇こぼれる。
口ひろがる香が温かい、箸ゆく皿に母親が笑った。

「おいしいでしょう?周はお料理すごく上手なの、」

メゾソプラノ温かに誇らしい。
その言葉に眼ざしにほら、また軋む。

―こんなふうに褒めるんだな…母親、か?

自分は知らない、だから解らなくなる。
こんな眼で声で、それがたぶん「愛されている」ことなのだろう、それなら?

「家族以外で周のお料理を食べたの、宮田くんが初めてよ?最初のお客が喜んでくれて嬉しいわ、」

彼女が笑う、しみる透る優しい眼で。
だから痛んで軋んで、それでも笑って箸はこんで君の味が愛しい。

「はい、おいしいです。すごく、」

自分の唇すなおに笑いかける、箸から温もり香って喉ふれる。
醤油あまからい芳香、茶碗くゆらす馥郁、味噌やわらかな甘み「幸せ」が噎せる。

「でしょう?料理上手な息子って、私の自慢なのよ、」
「…お母さんそういうのはずかしいから、」

幸せの真中、君の唇かすかに呟く。
うつむいた黒髪くせっ毛に顔は隠れて、そんな息子に優しい瞳きらきら笑った。

「そうね、親ばか恥ずかしいわね私?」
「そういうのも…はずかしいからおかあさん、」

むせる幸せに君がつぶやく、その首すじ薄赤い。
きっと恥ずかしがっている、そんな息子に彼女は微笑んだ。

「でも周のお料理せっかく美味しいんだもの、私しか知らないの寂しいと想ってたから、ね?嬉しくて、」

やさしい朗らかな声、でも穿たれる。
ここは温かい甘い「幸せ」な食卓、だからこそ現実ひっぱたかれた。

―この家は二人きりなんだ、十年以上ずっと、

殉職した、そう君は叫んだ。

君の父親は殉職した、君が幼い時に。
そうして二人きり母親と生きた時間がある、その空間に自分はふさわしい?

『私しか知らないの寂しいと想ってたから、』

愛している息子を彼女は想う、だから自分の来訪ただ喜ぶ。
そんな幸福感がテーブル温めて香らせて、そこに自分はなに想う?

「ね、宮田くん?学校での周もこんなに恥ずかしがりかしら、どう?」

やわらかなメゾソプラノが笑いかける、息子のことを知りたがって。
それは「無関心」と真逆な願いだと知っている、知るから痛む鼓動と笑いかけた。

「いつもの湯原くんは毅然としていますよ?座学も実技もトップで、」

いつもの、そんな言葉から君を語りだす。
それだけ自分も「知っている」と言いたくて、そんな本音に優しい瞳が笑った。

「がんばってるのね?でも親ばか言っちゃうけど、がんばりすぎないか心配なくらい周は優秀でしょう?でも宮田くんが息ぬきさせてくれるのかしら、」

優しい誇らしい眼ざしが温かい。
こんな母親が君にはいる、それは自分にとって異世界のことだ?

「息ぬきと言うか、邪魔していなければいいなって俺自身は心配ですけど?」
「あら、邪魔なんてないわよ?周も楽しんでるもの、」

やわらかな湯気に彼女が微笑む、その隣で小柄な手もくもく箸を運ぶ。
黒髪くせっ毛のうなじ薄紅また昇る、そんな息子に黒目がちの瞳くるり笑った。

「だから宮田くん、もっと話して聞かせて?こんなに恥ずかしがるほど楽しんでる周太の毎日のこと、」

黒目がちの瞳ほがらかに楽しい、その隣よく似た瞳は長い睫に伏せられる。
箸もくもく小柄な手は食事して聞こえないふり、そんな仕草が眩しくなる。

「はい、湯原くんに後で怒られそうですけど、」

笑って応えて話しだす、その箸先に食卓やわらかな空気が沁みる。
左手の茶碗しみる熱さ、湯気くゆる甘み、温度も香も鼓動ふかく刺して、ただ優しい。

※校正中
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secret talk84 安穏act.21 ―dead of night

2018-05-18 10:23:07 | dead of night 陽はまた昇る
君の場所で、
英二23歳side story追伸@第6話 木洩日


secret talk84 安穏act.21 ―dead of night

緑きらめく遅い午後、木洩陽ただ慕わしい。
そんな想い座りこんだ樹影の庭、穏やかな声が呼んだ。

「宮田…なにしてる?」

なにしてる、って、何しているのだろう?
自分でも解らない感情に英二は笑った。

「湯原には俺、何してるように見える?」

君に自分はどう映る?
知りたくて訊いた先、藍色のエプロンなびいた。

「…、」

唇かすかに動いて、けれど声が届かない。
何を言ってくれたのだろう?ただ見あげる夏の庭、シャツ小柄な半袖ひるがえった。

「夕飯もうじきだから、」

そっけない口調ひるがえす木洩陽、半袖あざやかに光る。
シャツきらめく水色に素肌はためいて、ただ手を伸ばした。

「すこし座れよ湯原、」

笑って、けれど攫んだ素肌に掌が熱い。

―湯原の体温だ、

掌ふれる熱に肌とける。
もっと触れたくて引き寄せた。

「み、やたっ?」

攫みこんだ熱ひきこんで水色ひるがえる。
シャツゆれる木洩陽きらめいて青色ゆれて、藍色のエプロン腕ふれた。

とさり、

音かすかに熱の重たみ肌ふれる。
水色なめらかに腕もたれてコットン掠れて、黒髪くせっけ頬ふれた。

「ぁ、」

オレンジ香る、頬ふれる黒髪から匂い波うつ。
おだやかで爽やかな甘み鼓動しめつける、痛んで、その痛み頬ひっぱたいた。

「いてっ、」

ぱちんっ、自分の頬はじけて熱にじむ。
熱じわり痛覚ほどけて、黒目がちの瞳に自分が映った。

「っな、にすんだばかみやたっ!」

呼んでくれる君の声、怒鳴っているけれど。
けれどオレンジの香やわらかで、いつもの空気に笑った。

「ごめん湯原、でも見あげてみろよ?」

笑って見あげて隣、睨む瞳も見あげてくれる。
見あげる睫こぼれる翳が長くて、黒目がちの瞳ふわり木洩陽ともった。

「…、」

すこし厚い唇かすかに呟く、でも聞こえない。
何を言ったのだろう、知ること出来たらいいのに?

―訊いても教えてくれるかな、怒ってるわけじゃなさそうだけど?

ならんで見あげる樹影、視界の端に惹きこまれる。
夕なずむ光やわらかな輪郭あわい、黒髪くせっけ緑きらめいて波うつ。
また見つめてしまう想ってしまう、まだ知らない感情に染められて、ほら?

―きれいだ湯原、

ほら、まただ。
また想ってしまう「きれいだ」そう見つめている。
見つめてオレンジが香る、ほろ甘い苦い爽やかな穏やかな、君がいる香。

「…こういうの好きなのか、宮田?」

問いかけてくれる君の声、穏やかで静かで好きだ。
ほら「好きだ」と想ってしまっている、こんな本音ごと笑いかけた。

「こういうのって湯原、どれのこと?」

今、自分が思っている「こういうの」はたぶん違うだろうな?
当たり前の予想たたずんだ樹下、黒目がちの瞳が見あげた。

「木を見ることだけど…」

他に何がある?

そんな視線が長い睫ごし見つめてくれる。
やっぱり「たぶん違う」だったな?予想どおりの落胆と笑った。

「こういうの好きだよ、俺、」
「…ふうん、」

黒目がちの瞳かすかに頷いて、長い睫また頭上を仰ぐ。
緑ふる横顔あわい輪郭きれいで、見とれて、オレンジ甘く苦く穏やかに君がいる。

いつも寮室せまい空気やわらげてくれる、君の香。

※校正中
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secret talk83 安穏act.20 ―dead of night

2018-05-12 10:34:10 | dead of night 陽はまた昇る
記憶を慕って、
英二23歳side story追伸@第6話 木洩日


secret talk83 安穏act.20 ―dead of night

木洩陽きらめく夏の庭、午後の太陽ゆられて光る。
緑あわく深まる時間の風ゆれて、他人の庭に隠れこむ。
今日はじめて訪れた家、それなのに隠れたいほど安らいで、そして揺れる。

『どうして周太のはいいの?』

ほら?言葉ひとつ鼓動ゆらす。
たった今さっき言われた言葉、言われて隠れてしまった自分。
だって解らない何を答えられるのだろう?息ひとつ吐いた樹影、英二は座りこんだ。

「どうしてって…俺が訊きたいよな?」

ひとりごと唇ほろ甘い、木洩陽の風やわらかに香る。
庭木立しずかな空間おだやかな光、見あげた梢が緑あふれる。

“湯原くんのエプロン姿はいいなって想います”

そんなこと言ったのは自分、それは自分の本音。
そんな本音の真ん中にいる横顔は、この木陰にいくど座ったろう?

―湯原が育った場所、なんだよな…あの母親のもとで、

君の母親と話した、そして問われた言葉が木洩陽ゆれる。
どうして「いいな」と想ってしまうのだろう?

―俺も湯原も男なのに、どうしてだろ俺?

どうして君なのだろう、自分は?
それとも何かの勘違いだろうか?

でも今も耳が足音つかまえたがる、君の音を。

「…宮田?」

ほら呼んでくれた、鼓動が敲く。

「湯原、」

呼び返して振り向いて、エプロンの藍色に木洩陽ゆれる。

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secret talk82 安穏act.19 ―dead of night

2018-05-07 21:37:00 | dead of night 陽はまた昇る
記憶を慕って、
英二23歳side story追伸@第6話 木洩日


secret talk82 安穏act.19 ―dead of night

刻まれた時間まどろむ。

「…いい家なんだよな、」

ひとりごと見つめる暖炉の縁、ダークブラウン艶やかな木目に静謐やわらかい。
木彫ふかい光陰が照る、カーテン波うつ天鵞絨おだやかな木洩陽は古いガラスの光。
かすかに甘い深い涼やかな香くゆる、温もり静かな穏やかな、そういう家が君の育った場所。

―似合わないよな、警察官なんて…湯原は、

想いたたずむ空間、窓ふりこむ黄昏やわらかい。
光たどるガラス惹かれてもたれる窓辺、まだ残暑まぶしい夕暮れ夏花ゆらす。
純白きらめく花びら静謐やさしい、あの花にいくど君は水を遣ってきたのだろう。
光る花のむこうベンチが見える、この窓辺に君は育って、それなのになぜ?

―だからあのベンチも好きなんだ湯原、こういう家で育ったから、

静かな穏やかな優しい家、それが君の素顔。
それを自分はもう知っている、だから「似合わない」と想ってしまう。
それでも選んでしまった道で自分と出会って、それは君にとって何だろう?

「宮田くん、」
「はい?」

呼ばれてふりむいた先、やわらかな瞳が笑ってくれる。
黒目がち優しい眼ざしは似ていて、けれど違う声が笑いかけた。

「あのね、宮田くんは料理する男の子ってどう思う?」

やわらかなメゾソプラノが自分を見あげてくれる。
その言葉ゆるやかに甘辛く香って、英二は微笑んだ。

「さっき初めて見ましたけど、湯原くんのエプロン姿はいいなって想いますよ?」

幸せ、ってあんな姿を言うのだろうか?

―なんて想ったこと言えないよな、ちょっと?

正直な告白、もし君の母親にしたらどうなるだろう?
隠しこんだ本音の前、黒目がちの瞳ほがらかに笑った。

「そう?ね、どうして周太のはいいの?」

※校正中
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secret talk81 安穏act.18 ―dead of night

2018-04-16 23:03:10 | dead of night 陽はまた昇る
安らかな背徳を、
英二23歳side story追伸@第6話 木洩日


secret talk81 安穏act.18 ―dead of night

ネクタイかすかな絹擦れ、衿元くつろぐ。

「は…、」

吐息ひそやかな窓、自分しか映らない。
でも君は階下にいる、この近い孤独にワイシャツ脱いだ。

『宮田こそなぜ、着替えないんだ?』

ワイシャツの衣擦れ、さっきの問いかけ響く。
あんなこと訊くなんて残酷だ。

―俺のこと意識してないってことだよな…湯原は、

意識するから逃げ出した、着替える君の部屋から。
素肌を見たいと願ってしまったから。

―でも湯原は違う、俺とは、

脱いだワイシャツ見つめて思い知らされる。
君の感情は自分と違う、報われなどしない。

「どうするんだ…俺、」

違う感情、君は自分を想ってくれない。
それでも傍にいたい?

―ふりむかれない、なんて我慢できるかな?

視線めぐらす部屋、午後遅い陽あわく沈む。
唇ふれる香おだやかに安らいで、くゆらす面影にTシャツ脱げない。

「二人きりだもんな、今…」

布一枚、それが自分の理性。
そうして脱げない腕にサマーニット通した。

「保つかな、俺?」

ひとりごと扉を開いて、廊下が照る。
ダークブラウン艶めく床きれいで、磨く手の清さ映る。

―湯原のお母さんが掃除しているんだよな、いつも、

とん、とん、階段おだやかな響き心地いい。
どこも清潔で穏やかな静謐、こんな家に自分がいて良いのだろうか?

―湯原のこと大切だから掃除してるんだ、気持ちよく過ごせるようにって…いいお母さんなんだ、

君の母親は、君を大切に想っている。
だから家どこも美しい、そんな場所に自分は赦される?

―湯原のお母さんが俺の本音を知ったら、どうなるんだろ?

男が息子を求めている、そんな事実どう想う?

ほら、書斎でも廻らせた想い波よせる。

こうして鼓動ブレーキ重ねて耐えたらいい。
そんな二人きりの家そっと吐いた息、香かすかに甘辛い。

―夕飯の支度してるんだ、湯原?

あまいような辛いような香、醤油だろうか?
こういう香を懐かしいと言うのだろう、でも自分はたぶん「普通」と違う。

―おふくろの味って言うんだろうな、普通は?

あまからい湯気、ごく家庭的な食事の記憶。
それが母親の味ではない自分はたぶん「普通」じゃない。
そんなことも幼い自分は知らなかった、それくらい遠かった香を君がつくる。

―いい家なんだ、

こういう家で自分は今、何を考えているのだろう?

―うしろめたいって、こんな気分かな?

自問しながら階段の途中、ステンドグラスの陽が青い。
静かな陰影ゆれる底、スーツくるむ脚に笑った。

―この俺が着替えもできない?

君の部屋で服を脱ぐ、それが怖い。
こんな不安定も「二人きり」が原因だろうか?

―もう一人いたら薄れるかな、湯原のお母さん帰ってきたら?

罪悪感やわらかに軋む、なぜだろう?
知らなかった痛みすくむ階段、金属音が鳴った。

かちん、

澄んだ音ホールに響く、手摺から玄関ながめる。
真鍮おだやかな把手ゆれて、古い木音きしんだ。

かたん、

リビングの扉しずかに開く、ホール穏やかな光さす。
もうじき玄関も開くだろう、光に君の声ふわり透った。

「おかえりなさい、お母さん、」

玄関扉ひらいて芳香くゆる。
おだやかな甘い香やわらかに女声ひとり、微笑んだ。

「ただいま周、それから、おかえりなさい?」
「ん…ただいまお母さん、」

君の声が応える、いつもと違う。

「お友だちいらしてるのよね、ごあいさつさせて?」

おだやかな声ほがらかに透る。
優しいメゾソプラノに階段を下りた。

「宮田と申します、おじゃましてすみません、」

ことん、

最後の段から降りて貌が見える。
小柄なスーツ姿ふりむいて、黒目がちの瞳が微笑んだ。

「ようこそ宮田くん、周太の母です、」

メゾソプラノ穏やかに笑いかけてくる。
その瞳そっくりで、鼓動ひとつ隠し笑った。

「いつも周太君にはお世話になっています、今日は図々しくおじゃましてすみません、」

笑いかける真中、黒目がちの瞳が見あげる。
穏やかな眼ざし長い睫ゆっくり瞬いて、やわらかに微笑んだ。

「こちらこそ、いつも周太がお世話になって。今日はいらしてくれて嬉しいわ、ゆっくりしてね?」

穏やかな微笑きれいな瞳が澄む。
こんなふうに君も笑うだろうか、その瞳が自分に向けられるなら?

※校正中
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secret talk80 安穏act.17 ―dead of night

2018-04-11 21:48:12 | dead of night 陽はまた昇る
知らない安閑に、
英二23歳side story追伸@第6話 木洩日


secret talk80 安穏act.17 ―dead of night

ワイシャツの袖まくった腕、自分の臆病がおかしい。

「宮田…どうぞ、」

ことん、

コーヒーカップひとつ、ほろ苦く甘く香る。
くゆらす芳香おだやかなダイニング、素直に笑った。

「ありがとう湯原、いい香だな?」
「…そう、」

短い言葉そっけない。
けれど無視じゃない香に口つけた。

「…うまい、」

こぼれた声ゆるやかに香る。
あまい深い苦み澄んで、やわらかな唇ほころんだ。

「湯原のコーヒーすごく美味いな、淹れ方のコツあるんだろ?」

いちばん美味しいかもしれない?
記憶たどる芳香のテーブルむこう、マグカップひとつ座った。

「いつも淹れてるだけ…だから」

かたん、

ダークブラウン艶やかな椅子に半袖シャツ座ってくれる。
クセっ毛やわらかな黒髪に窓の陽あかるい、そんな差し向かいに声が出た。

「エプロン似合うな、」

水色ストライプ明るいエプロン、半袖シャツ涼やかな腕。
警察学校とは違いすぎる姿で黒目がちの瞳がにらんだ。

「悪い?」
「なんで?」

訊き返しながら楽しくなる。
だって無視じゃない、そんな視線に笑いかけた。

「エプロン似合うから悪いってないだろ、なんでそんなこと言うんだよ?」

つっかかる君、その貌もうすこし見てみたい。
芳香ゆるやかなテーブル、すこし厚い唇ひらいた。

「宮田こそなぜ?」
「質問に質問返しかよ、」

笑いかけて唇、コーヒーが香る。
ほろ苦い甘い香すすりこんで、黒目がちの瞳に笑いかけた。

「エプロン似合うのってさ、やさしい空気でいいなって想ったから、」

もし、自分もそんな空気に生まれていたら?
そんなこと想うほど未知の時間、エプロンの首すじ朱い。

―かわいいな、

すなおな感想が鼓動たたく、ほら?もう手遅れかもしれない。
こんな本音も知られたら?あわい不安に訊かれた。

「あの…宮田こそなぜ、着替えないんだ?」

その質問ちょっと困るな?

※校正中
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secret talk79 安穏act.16 ―dead of night

2018-04-07 23:34:12 | dead of night 陽はまた昇る
安穏の窓で、
英二23歳side story追伸@第6話 木洩日


secret talk79 安穏act.16 ―dead of night

家、それだけで違う。
どうして?

「…」

いつもの無口がクロゼット開く。
小柄なワイシャツが背を向ける、すこし小さな指が衿もとボタン外す。
あわい衣擦れベルト抜かれる、スラックスのウエスト露わに細い。

きっと次、すこし小さな指がファスナーにふれる。

「湯原、トイレ借りるな?」

笑いかけて眼を逸らして、扉を開いて廊下きらめく。
ダークブラウン濃やかな床ふんで、かたん、背に扉を閉じて息つける。

「…っ」

喉が唾を呑む、こんな自分は浅ましい?
そんな自責ごと呑みくだした願い歩いて階段、座りこんだ。

「…あぶなかった、俺、」

ひとりごと零れて3秒前、見てしまった本音うずく。
君の着替えを見てしまったから?

―警察学校でいつも見てるだろ俺、なんで今こんな?

警察学校の寮生活、風呂場で更衣室でいつも見ている。
でも二人きり着替えするなんてことは無かった。

「…無防備すぎるだろ、」

つぶやいて鼓動そっと息をつく、ため息ふかく痛い。
だってこんなの滑稽だ?

―男同士だから湯原も脱ぐんだ、普通に…男同士だから気にしない、

ただ「普通」に、それだけ。
それだけが自分はもうできない、もう「普通じゃない」のは自分だ?

「バカだな…俺、」

声ひそやかに階段あわく響く。
誰も聞いてなんかいない、けれど声の唇そっと薫る。
ほろ苦い深い、おだやかで密やかな香くすぶって甘い。

―書斎の匂いだ…古い紙と本と、花の匂い、

さっき立入った香くすぶる、ほろ苦くて深い甘い。
この匂い好きだ、でも今はファスナーの自責ずきり疼かせる。

“憧れたくなる雰囲気だな”

そう感じた写真の香が疼かせる、浅ましい本音を絞め殺す。
あの写真の微笑なにを自分に想うだろう?
君の肌を見つめたがる、そんな自分を。

※校正中
secret talk78 安穏act.15← →secret talk80
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