Hath made two Wills 夢へ遺言を
英二24歳3月
第84話 整音 act.24-side story「陽はまた昇る」
交換条件ふたつ、そこに自分を懸ける後悔は?
「聴かせてもらおう、」
ほら頷いてくれる、もう後悔の暇はない。
動きだす酒席のテーブルに英二は微笑んだ。
「一つめは学者の遺族にたいする安全の保障です、警察の上層部から狙われないための伝手を堀内さんなら持っていますよね?」
これは答の一つになる。
そんな盃とる相手はため息ひとつ尋ねた。
「そうか…さっきのは日本の話なんだな?英二くん何に関わっているんだ?」
ほら追いついてくる。
あいかわらずの明敏に笑いかけた。
「堀内さんご自身で調べたほうが良いですよ?もう動いているでしょうから、」
自身で調べた方がいい、そのほうが堀内のためだろう?
もう始まってしまった現実に検察官が瞳を細めた。
「それは英二くん、検察が動いているということかな?」
この「?」は知っている、それとも知らない?
―あの祖母なら水面下で動くだろうな、それなら堀内さんはたぶん?
あの祖母なら「判断」どうする?
そう考えれば堀内の現状は解かる、だから今夜いま話す。
そのほうが「本人の判断」させられる、そんな意図と綺麗に笑いかけた。
「それで堀内さん、遺族の保障はしていただけますか?」
この確約が欲しい、どうしても。
ただ願いごと笑いかけた前、実直な瞳は肯いてくれた。
「検察の威信と私のプライドにかけて護ろう、」
約束してくれた、これは確約になる。
それだけ能力ある男に笑いかけた。
「もし違えたら、きっと祖父に赦してもらえませんよ?」
「そうだろうな、宮田さんなら本気で怒るだろう、」
言ってくれる視線が花を見る。
青磁に活けられたパンジーは深紅あざやかで、その色に微笑んだ。
「詳しいことを聴いたら尚更そう想いますよ、きっと、」
事実を知れば解かるだろう、祖父も知っていれば怒っていた。
けれど隠されたまま過ぎた五十年の涯、静かな声が尋ねた。
「うん…なにか宮田さんに関わることなのかな?」
また追いついてくれる。
そのスピードある頭脳だろう、それとも「既知」だろうか?
―祖父から何か聴いたってことは…ないとも言い切れないよな、
あの祖父なら気づいていたかもしれない、祖母よりずっと。
そんな可能性と盃くちつけ微笑んだ。
「また日を改めて話させて下さい、」
ことん、盃を置いて白磁の酒器をとる。
さしむかい傾けた徳利ふわり香る、あまやかな馥郁に微笑んだ。
「加田さんはご存知かもしれませんが、」
たぶん「ご存知」はあの男だろう?
―あの祖母が水面下で動くなら、な?
人脈と感情が名前ひとつ投げかける。
だからヒントに投げた先、官僚の顔すこし眉しかめた。
「加田が?」
どういうことだろう、教えてほしい。
そう見つめてくる旧知にただ微笑んで言った。
「二つめは、今から会わせる人の言葉を信じて頂けますか?」
これは誰にも有益だろう、唯ひとり除いては。
叶えたい予想に篤実な官僚はすこし笑った。
「お?誰か呼んでいるのかい、」
「はい、俺の山ヤ仲間をひとり呼んでいます、」
頷きながら視界の端、クライマーウォッチの針を見る。
もう着いているはず、望みたい面会に祖父の弟子は笑ってくれた。
「英二くんの仲間か、楽しみだな?」
楽しみ、
そう言いながらも深い瞳は沈思する。
こんなこと立場柄きっと多い、その想い解かっているから頭下げた。
「もうしわけありません、公私混同だと怒られる覚悟はしてきました、」
内心そう思われて仕方ない。
まだその程度の自分だと解かっている、そんな今に旧知の声が訊いた。
「公私混同か、警察の職務がらみで呼んだのかい?」
「そうです、」
肯定に顔をあげる、その視界で静かな瞳かすかに頷く。
おだやかな灯の座敷、スーツ姿の微笑は言った。
「誰なのか心構えできたよ、酒は勧めないほうが良いかな?」
ことん、
盃そっと下ろしてくれる。
置かれた黒檀に白磁うつろう、静かな座敷に笑いかけた。
「ニュース、ご覧になったんですか?」
「他からも聴いているよ、英二くんは怪我なかったのかい?」
あらためて訊いてくれる視線が深い。
この眼には嘘吐かない方がいい、その信頼と微笑んだ。
「怪我しても酒は飲みますよ?」
「酒に響く怪我なんだな?ポーカーフェイスも宮田さん譲りか、」
呆れた、そんなトーンのくせ眼は笑っている。
懐かしむような深い眼ざしに盃あおぎ、さらり飲みほし笑った。
「それだけ山は厳しい世界です、呼ぶ方にも訊いてみてください、」
そうして接ぎ穂にすればいい。
そんな意図と呼びかけた先、さらり開かれた襖に微笑んだ。
「すみません女将さん、もうじき俺を訪ねて来る人がいます。こちらに通してもらえますか?」
「かしこまりました、」
正座の背きれいに礼して襖しずかに閉じる。
また戻った静謐の席、左手の時計に笑いかけた。
「あと三十歩です、」
「うん?どういうことだい?」
ロマンスグレイの笑顔かしげ尋ねてくれる。
答えず笑った黒檀ふかいテーブル、廊下から声かかった。
「失礼いたします、」
すっと襖が開かれダークスーツあらわれる。
入って、そのままスーツの膝つき手をついた。
「総務省の輪倉と申します、渡部の保釈を願いに参りました、」
告げて頭そっと畳につける。
テーブルの足もと額づいた男に検察官は言った。
「土下座ですか、そこまでしたい動機はなんですか?」
無機質ではない、けれど冷静どこまでも落ちついている。
1分前とは違う貌、そんな官僚に土下座の男は顔あげた。
「登らせたいからです、」
(to be continued)
【引用詩文:John Donne「HOLY SONNETS:DIVINE MEDITATIONS」/William Wordsworth「Intimations of Immortality from Recollections of Early Childhood」】
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