萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

山岳点景:茜雲の夕

2015-07-31 21:30:00 | 写真:山岳点景
陽の紅光



山岳点景:茜雲の夕

ある日の相模川にて。

私のお気に入り写真ブログトーナメント

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第83話 雪嶺 act.17-side story「陽はまた昇る」

2015-07-29 23:05:10 | 陽はまた昇るside story
Beholds the light, and whence it flows, 燈火の花
英二24歳3月



第83話 雪嶺 act.17-side story「陽はまた昇る」

素足の床が凍える。

雪ふる窓の廊下は鎮まらす、もう夕刻の病院は人気も少ない。
それともこのフロアだけ特別だろうか、そんな状況に英二は微笑んだ。

「…極秘だもんな、」

今ここに収容された人は「極秘」隠したい事実だろう?
けれど自分が晒してしまった、それでも静かな病棟の片隅ポケットから携帯電話だした。

From  :中森
subject:無題
本 文 :無事の確認いたしました。

ただ一行、それでも明確に伝わらす。
この発信人なら滞りないだろう、ほっと息ついてTシャツの胸元ふれた。

「馨さん…これでよかったですか?」

指先なぞる輪郭はありふれた鍵の形。
どこにでもある家の合鍵、けれど自分には今この手にある全てだ。

『あなたにしか出来ない、あなただけにしかあの子の隣はいられない…私はあなたを信じるしか出来ない、』

おだやかな優しい声が泣く、そして合鍵ひとつ与えられる。
あの涙の願い探し続けて今ここに立つ、あの声は自分にとって眩しかった。
送りだす息子と亡くした夫、唯ふたりの家族にむける涙は無条件で無償の願いだ。

―でも母さんは美幸さんみたいには泣かない、これからもずっと、

美幸は夫を亡くし息子ひとり育てあげた。
そんな女性の泣顔は自分に眩しい、それは手に入らない所為だ。
そんな現実は今この廊下にも解る、ひとり裸足で歩きながら15秒前が映りこむ。

『湯原も無事だ、熱は下がりきってないが咳は落着きだしてる、ご家族が付添ってるから安心しろ、』

家族が付添っている。
そう言われた瞬間、遠くなった。

―周太には美幸さんが来てくれる、でも俺には誰も来ない、

誰もいない、自分には。
思い知らされて、けれどあまり哀しくもない。
こんな現実だと元から解っている、なにより報せるなと言ったのは自分だ。

“ご無事の確認いたしました。”

家宰からのメールは「確認」の報せ。
それは自分が望んだこと、そのため今こんな怪我も負っている。
こうなると最初から解かっていて、だから指示した涯に鼓動すこし痛い。

―でもテレビ観たならって思ってる、俺…未練がましいな、

口もと自嘲に微笑んで廊下の爪先から冷えてゆく。
音もなく歩く窓は雪がふる、きっと朝には新雪が深い。
そうして雪崩の爪痕すら白く蔽って、すべては呑まれて沈む。

「…あのままなら幸せだったかな、俺、」

そっと声にして確かめる、だって幻のようだ。
眺める窓に山は夜しずむ、けれど雪嶺で聴いた声が響く。

『ごめんねえい、じ…っごほっ』

ほら君の声だ。

ずっと聴きたかった君の声、けれど謝ってほしかったわけじゃない。
どうして君が謝るのだろう、なぜ君は謝ったのだろう?なにが君を謝らせる?
そんな疑問ごと声もう一度だけ聴きたい、唯ひとつの願いに扉を開けた。

かたん、

音かすかに開いて、病室には誰もいない。
マットレス外されたベッドの並ぶ部屋、その窓へ歩みより鍵を開けた。

「は…、」

冷気しのびこんで頬ふれる、吐いた息も凍えて白い。
雪明かり蒼く梢をえがく、もう夜になるベランダへ踏みだした。

さくり、

素足に雪ふれる、このまま積もるのだろう。
あわい雪踏んで見おろした先、中庭も銀色あわく照らしだす。
これなら見つかることはないだろう、微笑んでベランダの境しきる柵を右手つかんだ。

「よっ、」

呼吸ひとつ、右腕一本に支え飛び越える。
むこう側ふわり降りたって、静かに歩き柵また右手に掴む。

…さくっ、

かすかな雪音が素足ふれる。
冷気じわり肌沁みてゆく、たぶん紅くなっているだろう。
そんな繰りかえし3つほど超えて角の部屋、覗いた窓に微笑んだ。

「…周太、」

白いベッドの上ふとんの中、眠れる貌はランプの灯り温かい。
黒髪やわらかに時おり揺れて艶めく、まだ咳が出るのだろう。
その傍ら、まとめ髪きれいな横顔がふり向いた。

「…、」

唇ひらいて何か言った、けれどガラス遮られ聞えない。
それでも何を言いたいのか解ってしまう、ただ微笑んだむこう窓が開いた。

「英二くん、こんな…どうして?」

呼んでくれる声は驚いて、けれど柔らかなアルトは変わらず優しい。
ただ嬉しくて再会に笑いかけた。

「脱け出して来たんです、入っていいですか?」
「もちろんよ、早く入って?」

すぐ招き入れて窓そっと閉めてくれる。
いま事態を解かっているのだろう、この聡明な女性に笑いかけた。

「こんばんは美幸さん、仕事のまま来たんですか?」

山麓の総合病院の個室、深い栗色のスーツ姿が見あげてくれる。
きっと職場で報せを受けたのだろう、その黒目がちの瞳が頷いた。

「ええ、出勤してすぐ電話を戴いたの…すぐ家に帰って支度して、」

アルト穏やかに話しながらボストンバッグ開いてくれる。
タオルひとつ出して、こちら見つめて彼女は言った。

「新幹線で号外を見たわ、周太を背負った英二くんの写真…息が止まったわ、」

ああ、ちゃんと「無事」だったな?
家宰のメールどおりに聴いた前、華奢な手はタオル差しだしてくれた。

「雪で濡れたでしょう、風邪ひかないように拭いて、」
「ありがとうございます、」

素直に受けとって肩すこし拭う。
紺色のTシャツ雪いくつか染みる、すぐ乾くだろう。
そんな前で黒目がちの瞳は頭から爪先ながめ、すこし笑ってくれた。

「英二くん裸足じゃないの…それで雪のベランダを歩いてきたの?」
「足音を隠したかったんです、」

応え笑いかけて、その真中で黒目がちの瞳が見つめてくれる。
まとめ髪こぼれる後れ毛にランプ揺れて、そして頬を光伝った。

「英二くん、その怪我は周を助けたせいね?」

やわらかなアルトの声ゆれる。
黒目がちの瞳を涙あふれて揺れて、優しい唇が微笑んだ。

「ありがとう英二くん、ごめんなさい…ごめんなさい英二くん、」

ありがとう、ごめんなさい。
言葉ふたつ微笑んで涙こぼれて落ちる。
スーツの胸もと栗色の濃くなる、ランプの灯りの下やさしい声は言った。

「私との約束を守ってくれたのでしょう?それでこんな怪我…山に登る人なのに肩と腕、利き手まで…ごめんなさい、」

山に登る人なのに。

そんな言葉に彼女の想い伝わらす。
その涙ごと受けとめたくて包帯の左腕と笑った。

「そんなに心配しないで下さい、包帯ぐるぐる巻きだけど折れてはいないんですよ?打撲と軽い脱臼だけです、すぐ現場復帰します、」

本当にそれだけだ、左腕は。
ただ事実と笑いかけた先、優しい瞳ほっと和んだ。

「よかった…英二くんの体ほんとうに強いのね、お母様に感謝だわ、」

今ここで母が出てくるんだ?
こんな発言すこし途惑わされる、けれど素直に微笑んだ。

「そうですね、頑丈だけが取り柄だけど、」
「あら…見た目も大したもんよ?こんなイケメン、」

また少し笑ってくれる、その瞳さっきより明るい。
すこしでも心ほぐれてくれたろうか、そんな間合いに笑いかけた。

「朝から美幸さん、ずっと周太に付き添ってたんでしょう?すこし休憩してきてください、俺が看てますから、」

母ひとり子ひとり、それだけの家族。
いま付添いの代りも頼めない、この現実に彼女は微笑んだ。

「ありがとう、でも英二くんこそ脱け出してきたのでしょう?…大丈夫なの?」
「俺はなんとでもなります、いってらっしゃい、」

笑いかけてベッドサイドの椅子へ腰下ろす。
そんな態度にスーツ姿の母親は笑ってくれた。

「じゃあ10分だけ…廊下にお目付いるから気をつけてね?」

やっぱり見張りがいる。
そう情報くれた人は微笑んで、扉細く開けると外へ出た。

「飲み物を買ってきます、すぐ戻りますのでお願いします、」
「はい、どうぞ?」

会話する声ふたつ聞えて足音ひとつ遠ざかる。
こつこつパンプスのヒール響いて、そして静謐にひとり微笑んだ。

―今の声、たぶんそうだ?

いま美幸と会話した声、あの声は記憶にある。
きっと自分が考えた通りだろう、その賭けに笑ってベッド覗きこんだ。

「…周太、」

そっと呼びかける真中、白い枕に寝顔は安らぐ。
記憶より細くなった頬、白くなった肌、けれど瞑った睫は変わらず長い。
この瞳に見つめられたくて追いかけた、そんな涯の夜に願いごと笑いかけた。

「…周太、俺のこと好きなら目を覚ましてよ?」

お願い、今すこし瞳を開けて?


(to be continued)

【引用詩文:William Wordsworth「Intimations of Immortality from Recollections of Early Childhood」】

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第83話 雪嶺 act.16-side story「陽はまた昇る」

2015-07-25 22:26:47 | 陽はまた昇るside story
Can utterly abolish or destroy 終わりの始まり
英二24歳3月



第83話 雪嶺 act.16-side story「陽はまた昇る」

あと一歩、

ただ願い踏みだして森をぬける。
もう涯は近い、その願いどおりフラッシュ閃いた。

「いま警察の救助隊が戻りましたっ、背負っているのは人質でしょうか?」

ほらマイクの声が聞える、そのまま放送されてしまえばいい。

「通してくださいっ、道を開けて!」

先導する井川の声が響く、いつもより随分と大きい。
日常は寡黙に穏やかな笑顔と声、けれど今は緊迫みなぎらす。

「どいてくださいっ、ストレッチャー通ります!」

井川の声に知らない声が重なる、きっと消防の救急隊だ。
その声も落着きながら慎重に急ぐ、そんな渦中でザイルパートナーが呼んだ。

「ストレッチャー来たよ宮田、起臥姿勢にしてやんなっ、」

指示する声が喧騒のなか鋭く徹る。
それだけ事態は軽くない、そのままに背中の咳があえぐ。

「ごほっ、こんっごほっ…ま、って」

待って、そう言いたいんだろう?
けれど待つなど出来ない、だって今はチャンスだ。

「喘息の方を載せてください、薬は飲みましたね?」

ストレッチャー運ばれ救急隊員が呼びかける。
背中から降ろし横たえて、晒された顔にフラッシュ瞬いた。

「若い男性1名、救急搬送されます!何かの発作を起こしているようです、」

マイクの声また叫んでフラッシュたち喧しい。
人群れ掻き分けてストレッチャー護る、その隣テノール低く笑った。

「ふん…おまえ仕組んだね?」

やっぱりお見通しだ?
そんなパートナーに目だけで笑って、すぐ先輩に呼ばれた。

「宮田さん!このまま救急車に乗って下さい、許可もらいました、」

また井川の声が呼ぶ、何度もう呼ばれたろう?
カウントしながら何か遠くて、がしり隣から抱き抱えられた。

「ありがとね井川、谷口こっち支えて、」
「はい、」

低い声が応えて体の右が軽くなる。
至近距離の横顔は寡黙で、けれど肩は頼もしい。

「宮田やっぱ熱出ちまったよ、救急車に乗せてやって?こっち俺と井川で対応する、」

テノール鋭く言ってマイクの群れへ向かってゆく。
青い隊服の背中が遠ざかる、そして救急車へ乗せられ意識が墜ちた。




披いた視界、窓の雪が蒼い。

硝子のむこう墨色あわい蒼白の空、まだ雪は降る。
ひらひら白い花びら舞いおちる、ぼんやりと英二は微笑んだ。

「…いま17時5分、だ、」

きっとその時間、きっと当たりだ?
確かめたくて時計見ようと左手あげて、ずきり痛覚が刺した。

「っ、ぐっ」

左手があがり難い、なぜだ?

その疑問に痛覚つんざいて記憶めくられる。
数時間前に何が起きたか、ここは今どこなのか、その答に笑った。

「は…俺、病院送りだった、」

今朝、自分は雪崩に直撃した。

銃声、その衝撃波に雪壁は崩れて斜面は鳴動した。
朝陽の気温上昇とセラック崩壊、そして誘発された雪崩が呑みこんだ。
それでも傷この程度で済んだのは幸運だろう、ほっと息吐いた病室の扉が開いた。

「起きたのか宮田、気分どうだ?」

低い沈着な声で誰か解かる。
首だけ動かした視界、精悍な心配顔に笑いかけた。

「無事です、黒木さんこそ顔色悪いですよ?」

なんで顔色悪いのか、その理由ふたつあるだろう?
推量と仰いだ隊服姿はベッドサイドの椅子がっくり座った。

「呆れたぞ、宮田、」

かちり、

ライト点けてくれる声にため息混じる。
この反応は当然だろう立場の男は言った。

「こんな任務よくも引受けたな、ってかなんでこんな、どうなってるんだ?」

困惑、混乱、この事態どうしよう?
そんなトーンいつにない顔は声を低めた。

「宮田、国村さんはSATの指揮官に逆らったらしいな?逆らって当り前の任務だと俺も思う、だけど宮田が引受けたらしいな、理由は狙撃手の正体か?」

もう「正体」は広まってしまったらしい。
そう解かる台詞に笑いかけた。

「黒木さん、犯人と人質はどうなりましたか?小隊長も、」
「無事だ、犯人は両手首を砕かれたがな。国村さんは幹部の打ちあわせ中だ、」

ため息まじり答えてくれる、その言葉に記憶ひっかかれた。

―両手首、でも周太は二発の暇なんか無かった、

あのとき撃たれたのは一発だった。
ただ一発で雪壁は崩れだし身を伏せている、あの一発で「両手首」など可能だろうか?
それでも「両手首」が事実なら?その可能性と記憶のカウントに尋ねた。

「弾丸は二発あったということですか?」
「一発は突入した狙撃員だ、どちらも凄まじい腕だな、」

低い声が蛍光灯の光に教えてくれる。
この言葉だけで解けるようで、ほっと息つき微笑んだ。

「事情聴取はどうなりましたか?人質と犯人と、」

今回は「普通」の事情聴取じゃない、だから自分も「放送」を謀った。
その効果を低めた声が告げた。

「それも話す、その前に宮田の事情聴取させてもらう、」

やっぱりそうなるんだ?
予想どおりな展開に笑った傍、精悍な困り顔は言った。

「狙撃手のマスクを剥いだままにしたらしいな、狙撃手の正体はトップシークレットだろうが?それをテレビカメラに晒して、なんの目的があるんだ?」

きっと訊かれると想っていた。
そのままに沈着な眼差しはストレートに訊いた。

「湯原を辞めさせたかったのか、宮田は?」

核心まっすぐ突いてくれるな?

―次期隊長に推されるだけはあるな、黒木さん?

心裡に感心しながら可笑しい。
つい笑った肩ずきり痛んで、眉ひそめ言われた。

「呑気に笑ってくれるな?だが笑い事じゃないぞ、狙撃手のリスクは高いんだ、」
「解かっています、」

肯いて肚へ収めこむ。
そして真面目な貌ひとつ穏やかに答えた。

「湯原は喘息の発作を起こしました、咳による絶息のリスクにマスクは邪魔だという判断です、レスキューなら当然の処置だと思いました、」

自分は山岳レスキュー、その職務を全うしただけ。
そこに生命が掛かっている、だからこそのプライドに先輩はすこし笑った。

「それはレスキューとして正論だ、俺でも同じ判断をしたよ、」

肯定してくれる、そこにある連帯感は篤い。
けれど相手はそうもいかないだろう、心配に訊いてみた。

「国村さんは幹部の打ち合わせ中ですよね、浦部さんはどうしていますか?」
「浦部は皆に状況説明してる、無事だ、」

答えながら立ちあがり、窓のカーテンひいてくれる。
雪ふる空はもう暗い、暮れていく硝子に自分が映り消えた。

―傷だらけだな、俺、

左額にガーゼ、左肩から腕は固定包帯。
右手も包帯巻かれている、それでも下肢の無事に微笑んだ。

「黒木さん、湯原の容態はどうですか?」

いちばん聴きたかった、君のこと。

なぜ同じ部屋じゃないのか、その理由は「トップシークレット」の所為だ。
そう解るからこそ尋ねた真中、長身ふりかえり告げた。

「湯原も無事だ、熱は下がりきってないが咳は落着きだしてる、ご家族が付添ってるから安心しろ、」

低い声の言葉にヒントが見える。
確かめたくて、吐息ひとつ穏やかに笑いかけた。

「スポーツドリンク飲みたいです、俺の財布ってどこですか?」
「そこの抽斗だが、買ってきてやる、」

精悍な貌すこし笑って踵返してくれる、その背中へ笑いかけた。

「黒木さん、緑色のキャップのヤツお願いします、」
「なんだ、オゴリなのに銘柄指定か?」

ふりむき笑ってくれる顔は呆れ半分、けれど優しい。
きっと言うこと聴いてくれるだろう?信頼きれいに笑いかけた。

「あれのミネラルバランスが俺には合うんです、探すの大変なら自分で行きます、」

こう言えばきっと買ってきてくれる。
そんな面倒見いい先輩はシャープな瞳ほころばせた。

「宮田は朝まで安静だ、早く治せ、」

精悍な顔は笑って病室の扉を開ける。
かたん、すぐ閉じられた扉のむこう遠ざかる足音に微笑んだ。

「ごめんな、黒木さん?」

登山靴の音もう遠い、その距離にベッドから降りた。



(to be continued)

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第83話 雪嶺 act.15-side story「陽はまた昇る」

2015-07-23 23:25:04 | 陽はまた昇るside story
And not in utter nakedness 発露一秒の前
英二24歳3月



第83話 雪嶺 act.15-side story「陽はまた昇る」

ざぐり、ざくっ、

アイゼン踏む雪が硬くなる。
もう雪崩の流域は超えた、森林限界も近くなる。
あと少し、息白く見つめる背中で咳まだ止まない。

「こんっ…こほっ、」
「周太、もう少しだぞ、」

背中へ声かけピッケルを前へ撃つ、フラットに踏みだしアイゼンの底を探る。
サングラスの視界まばゆく雪嶺ひろい、その涯から澄んだ声が徹った。

「みやたっ、こっちだ!」

呼ばれて見つめた先、スカイブルーのウェア姿が駈けてくる。
冬枯れた黒い森、白銀まばゆい急斜面、その境を仲間3人が迎えてくれる。
青い姿たちはサングラス越しにも眩しい、その先頭をきたザイルパートナーに英二は笑った。

「国村さん、出迎えありがとうございます、」
「礼はあとでキッチリ聞くよ、それより周太こっちに寄越しな、」

森へ引っ張りこまれ座らされる、その言動が意外で尋ねた。

「このまま俺が背負って降ります、」
「上官の言うことは聴きな、谷口、井川、SATサンの搬送よろしく、」

否応なくザックのハーネス外される。
肩もストラップ脱がされて瞬間、ずきり激痛はしった。

「ぅぐっ、」

声こぼれて激痛が左肩きしむ。
なにが起きたのだろう?現実の痛み驚きに言われた。

「雪崩に直撃したんだ、怪我ナンも無いわけないだろが?空身で下山してもらうよ、」

澄んだテノール言いながらサムスプリント出す。
慣れた仕草すぐ左の腕から肩に巻かれて、固定包帯で止めてくれた。

「おまえも下界でキッチリ診てもらうからね、さっさと降りるよっ、」

きれいな唇の端あげてサングラスの目が笑う。
底抜けに明るい眼差しは変わらない、ただ信頼と微笑んだ。

「ザックは預けます、でも周太を背負わせてください、」

あと少し、どうか自分が負って降りたい。
けれど上官はからり笑った。

「そりゃ無理だね、肩にヒビ入ってるやつに背負わすとか安全じゃない、」
「いま応急処置してくれたから大丈夫だ、」

大丈夫、そう言いながらも激痛じくり響く。
自分の体に何が起きたのか、もう解かるまま言われた。

「大丈夫じゃない、雪に埋まって冷えて痛み抑えられてるダケだ、肋骨もヤられてるね、全身打撲まみれだこの馬鹿たれっ、」

叱りつけてくれながらサムスプリントまた巻いてくれる。
あざやかな手つきに感謝しながら英二は微笑んだ。

「ありがとな光一、でも警察学校で周太をレスキューしたって話したろ?あのとき最後まで背負いきれなくて後悔してるんだ、もう後悔したくない、頼む、」

きっと肩甲骨いくらか割れている、肋骨も疼きだした。
それでも繰り返したくない後悔へきれいに笑った。

「お願いだ光一、これが最後のレスキューかもしれないから背負わせてくれ、頼むよ?」

この骨折が致命傷になるかもしれない。
そうなれば山岳救助隊はもちろんクライミング自体やめざるをえない。
だからこそ今この時を背負って後悔も未練も断ちたい、その願いに上官はため息吐いた。

「まったく馬鹿男だねえ、英二は、」
「俺は大馬鹿だよ、よく知ってるだろ?」

笑って立ちあがり、ずきり激痛が脊髄つんざく。
あのとき氷のブロックに乱打された、その痛み隠し微笑んだ。

「バカげた意地だって解かってる、でも周太は無事に下山させるから信じてくれ、」

笑いかけザイル掴み歩きだす。
ざくり、ざくっ、雪踏むごと痛覚ひき裂かれて熱い。

―鋸尾根のときも痛かったな、足首を脱臼して自分で嵌めて、

ちょうど去年の今ごろだった。
巡回中に遭った雪崩に流され谷底へ滑落した、あの痛みまだ生々しい。
いま同じ感覚が全身をくるんでくる、それでも一年前は耐えたプライドにザイルパートナーが言った。

「宮田のガイドロープは俺がやる、谷口は宮田のザックと最短距離よろしくね、井川は消防に連絡、喘息発作1名に全身打撲1名、」

指示に先輩ふたり頷いてくれる。
どちらも寡黙、けれど穏やかな強靭たちに頭下げた。

「谷口さん、井川さん、よろしくお願いします、」
「こちらこそ、」

肯いてくれる井川の笑顔はやわらかい。
この先輩とは未だ話しこんだことないな?そんな感想に意図を気づく。

―そうか、周太と面識がない人選だ、

谷口と井川の異動は12月、周太が七機から消えた後だった。
きっと「万が一」を配慮したのだろう、その周到に納得と笑いたくなる。

―俺が周太のマスクを外すことも計算済みか、さすが光一だな、

上司かつザイルパートナーに信頼また篤くなる。
ほんとうに自分をよく解ってくれてるな?感謝に微笑んで、ふっと視界ゆれた。

「…っ、」

ぐらり、

そんな感覚が背骨から襲う。
瞬きひとつ戻して、けれど背から額まで熱のぼせだす。

―傷の発熱だ、でも保つだろな?

ここまでくれば幕営ポイントは遠くない。
そこへ着けば勝利ひとつ決まる、痛み隠して雪に片膝ついた。

「周太、あと少しだ、一緒に帰ろう?」

笑いかけ背中むけ、ザイル絡め背負いこむ。
その腕が肩が熱うずいて軋む、それでも立ちあがった。

「…っ、」

神経が裂かれる、痛い。
けれど今ここで逃げるなんて嫌だ、絶対に一生ずっと後悔する。

―もう二度と投げ出さないって決めたんだ、何を引き換えにしても俺は、

この人を護るのは自分、そう決めている。
そのために手放したくない全ても自分は賭けた、今ごろは書類とっくに受理されている。

―朝一の郵便で届いたろうな、今ごろ中森さんに見せられて、

昨日、封緘一通を速達で出した。

だからもう届いているだろう、読んで、そして祖父は笑ったろうか?
もし笑ってくれたなら少しは孝行になるだろう、想い歩きだして息が白い。

―こんな所は知らないんだろうな、祖父は…父さんも、

あの祖父は山に登ったことがあるのだろうか?
そんな疑問ひとつに父も見てしまう、あの父は登山のこと少し言っていた。

『私には想像つかない世界だ、でも全く知らないわけでもないよ、』

全く知らないわけでもない、それは当然だろう?

―きっと馨さんから話を聴いてる、子供だった馨さんから、

周太の父親、馨と自分の父は母親同士が従姉妹だから再従兄弟、はとこの関係になる。
その幼い日ふたりは遊び仲間だった、そんな時間に父は山を聴いたろう。

―でも俺が周太を背負って歩いてるなんて、考えつかないだろうな?

ざぐりっざくっ、
アイゼンに雪を踏み降りてゆく、その音ごと現実は近づく。
この道を降りてしまったら自分たちはどうなるのか、そこにある未来が傷に疼く。

だって自分で決めてしまった、君の近くには長くいられない。

「周太、咳すこし楽になったか?我慢はしないで良いぞ、」

肩ごし笑いかけて、ほら黒目がちの瞳が近い。
長い睫すこし潤んで見える、発作で熱が出たのだろう、そんな眼差しが微笑んだ。

「ありがと…こほっ、さっき薬飲ませてもらったから、だいじょっ…こんっ、」
「無理に返事しなくてもいいよ、聴いててくれたら、」

笑いかけまた前を向き歩きだす。
うなじ時おり咳ふれる、その温もりすら今は愛しい。
愛しくて大切で、唯このひと時が永遠ならと願ってしまうのは慾深いだろうか?

「周太、また奥多摩の雪を見せたいよ?桜もいいな、」

背中ごし話しかけて、ほら、もう懐かしい。

―秀介は元気かな?藤岡と原さん柔道の稽古中だろな、岩崎さんは巡回で後藤さんも、

雪の森を歩く時間、あの懐かしい山嶺が映りだす。
あの小学生は勉強きっと頑張っている、同僚たちは汗を流す、それから山を駆ける。
そんな日常風景あざやかに銀色の木洩陽へ映る、あの場所にもういちど帰りたい、どうしても。

「帰ろうな周太、体治して奥多摩に行こう?」

願い言葉に微笑んで、そっと痛み軋んでしまう。
これは傷の痛みだろうか?前を向いたままの背に体温ひとつ、言葉こぼれた。

「あったかい、英二のせなか…」

ほら、君はそうやって引留める。

言葉が温かい、背中ふれる体温が温かい、だから離れられなくてこんな所まで追ってしまった。
それでも下りたら麓の現実がある、もう少しで手放さなくてはならなくなる。
その決心ずっと昨夜も見つめて、それなのに瞳から一滴こぼれた。

―離せない、どうしても俺は、

どうしても君を離せない、だって自分こそ温められている。
それでも離れないといけない、だって君を無傷で幸せにしたい。
君の幸せを完成させたい、護りたい、その願いごと呼吸ひとつ笑った。

「背中もぜんぶ、周太のものだよ?」

この自分は君のもの。

そう決めたのは自分、だから君のため何でも出来る。
そう信じて言い聞かせて今日まで自分はやってきた、だから今ここで君を救える。

それでもまだ完全に終わったわけじゃない、真実の救済はこの森の先に。



(to be continued)

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第83話 雪嶺 act.14-side story「陽はまた昇る」

2015-07-21 23:00:14 | 陽はまた昇るside story
Thoughts that do often lie too deep for tears 涙より
英二24歳3月



第83話 雪嶺 act.14-side story「陽はまた昇る」

生きろ、君は生きないといけない。

「周太っ、口を開けっ、」

呼びかけテルモス寄せた口もと、咳きこむ唇青ざめている。
もう真赤な顔に英二は呼んだ。

「紅茶だ周太、すこしで良いから飲んでくれ、」

紅茶は気管支拡張効果の成分を含むため主原料とした治療薬もある。
もちろん製薬ほどの即効性は望めない、けれど補助的にはなる。

「少しでも飲んでくれ周太、ちょっとでも楽になるぞ?」
「こほっ…ん、」

咳きこみながら唇すこし開けてくれる。
いま僅かでも頼りたい、その願いに口つけてくれた。

「っ…ごほっ、」

また咳きこんで、それでも吐き戻さない。
すこしだけ安堵しながら尋ねた。

「医者にはかかってるんだろ、薬は持ってるか?」
「ごほっ、こんこんっ…ぅな、ぃっ」

咳きこみながら首かすかに振る、その意味が切ない。
きっと「万が一」を考えていたのだろう?

―ここで死んだ時のために持ってこなかったんだ、薬でばれるのが怖くて、

喘息の罹患を隠してSATにいた。
そう暴かれることは周太にとって辛い、男としてのプライドもある。
そして護りたい人間もいるだろう、それが誰なのかもう解かる気がする。

「周太、もう少し飲んでみろ?ゆっくり焦らなくて良い、」

起臥姿勢へ抱き抱えて、その重みに息そっと呑む。
手を添えて飲ませながら鼓動きしんだ。

―やっぱり痩せた、ずっと無理して、

体調を隠して勤め続けた、その半年間が体重に解かる。
咳に紅潮する頬も痩せた、ずっと無理していたと解かってしまう。

―休みだって大学の勉強してたんだ、周太は…毎日いつも無理して、

警察官としての勤務、SAT隊員として訓練、どちらもハードだろう。
それでも周太は勉強を続けていた、ここまで無理するほど追いかけたい願いがある。
そんな日々を今日までこられたのは援けもあったはずだ。

―きっと一緒にいた男だ、打合せでも意見した賢そうな男、

誰が周太を援けたのか?

きっとその男にもう会っている。
そんな推測へ感謝しながらも妬ましい、妬ましい分だけ安堵もしている。
本当は自分がずっと寄添いたかった、支えたかった、そんな想いへ呼ばれた。

「こほっ…え、いじ、」

名前、呼んでくれた?

「周太、どうした?」

いま自分を呼んでくれた、その声に見つめてしまう。
だって呼ばれたのは3ヶ月ぶりだ、ずっと聴きたかった声は言った。

「ごめんねえい、じ…っごほっ」

こんな時も君は謝るの?

「なんで周太が謝るんだ、それより寒くないか?」
「へ、いきっ…ごほんっこほっ」

応えて、けれどまた咳きこんでしまう。
途絶えてしまう声、それでも言いたげな唇に笑いかけた。

「周太、今は下山することだけ考えよう?ベッドでまたゆっくり聴かせてよ、」

今こんな状況下で無理させたくない。
すこしでも負担減らしたくて、ショートロープのザイル解いた。

「背負って降りるぞ、スピード勝負だから我慢してくれ、」

こう言えば断る理由もない。
もし断られたところで止めない、素早くザック降ろしレインウェアを出した。

「太陽が出たから気温が上がると想う、次の雪崩が来る前に降りきるぞ、」

話しかけながらレインウェアの袖口をザックのストラップ細い部分に一重結び縛りつける。
サイドポケットからゴルフボール出し、切株の根もと小柄な体を抱き起した。

「ちょっと苦しいかもしれないけど我慢してくれな、銃は背負ってくれるか?」

指示してザックとレインウェアでアサルトスーツの体はさみこむ。
レインウェア左右の裾にゴルフボールくるみ細引きの紐でインクノットに固定。
そしてザックのストラップへ自分の肩を通し、背負い立ちあがって息呑んだ。

―確保なしで降りるのか、ここを、

朝陽まばゆい銀斜面、その角度は谷へ切れ落ちる。
登りでは暁闇に意識しなかった、けれど今この眺めは雄渾に厳しい。

―周太の体重を考えて重心移動しないと滑落するな、これは、

急斜面など難路を搬送する場合、もう一人にガイドロープで確保され重心を保つ。
その経験は去年の冬富士からいくども積んだ、けれど単独の今は援けなど望めない。
しかもルートは雪崩で姿すっかり変わってしまった、この悪路を自分は行けるだろうか?

―それに踏み跡が全て流されてる、竹竿も、

ルートの目印に立てた赤布の竹竿、その全てが消えてしまった。
それでも遠く森林限界に赤一点ひるがえる、あれを目印に降りるしかないだろう。

―まっすぐ目指せばいいわけじゃない、雪庇を踏抜く可能性もある、谷風も、

どこを辿れば無事につく?
ルートファインディングに眺める視界、白銀まばゆく朝陽を映す。
雪盲を防ぐサングラスかけて肩ごし笑いかけた。

「周太はなるべく目をつぶっててくれ、雪の反射でやられると困るから、」
「はい…ごほっ、」

素直にうなずいて瞳を閉じてくれる。
その長い睫ちいさく一滴、光ゆれて零れた。

「どうした周太、眼が痛い?どこか苦しいのか、」

だって泣いている?
とまどい尋ねた肩ごし、瞑った瞳が微笑んだ。

「ううん、ごほっ…へいき、こんっ」

咳まだ止まらない、それでも少し楽になったろうか?
そんな様子にただ笑いかけて、ピッケルを前に撃ちこみシャフト持った。

―俺ならこの角度も降りられる、重さも大丈夫だ、

背中の荷重は積雪期縦走と変わらない。
いつもの訓練どおり進むだけ、腰落としアイゼンをフラットに歩きだした。

―絶対に救けてみせる、馨さん、どうか周太を護ってください、

慎重に素早く降りながら胸もと、ウェアの底で合鍵ゆれる。
この鍵が自分の元へ来たのは今この時のためだ、そう信じる視界に白銀が広い。

―こんなに遠かったかな、

サングラスのむこう赤い布ひとつ遠い。
あの場所から銃座ポイントまで往路は速かった、けれど今は妙に遠い。

―なんでこんな遠く感じる、こんなこと初めてだ、

いつも登りより下山のほうが早く感じる。
それは去りがたい想いのせいだ、でも今は速く早くと焦っている。
こんなふう焦るのは危ない、大きく深く呼吸して鼓動から落ちつけた。

「こんっ、ごほっ…」

ほら背中で咳が痛む、けれど吐息に首すじ温かい。
ウェアの衿元へ顔埋めてくれる、その温もりに幸せが優しい。

「よくがんばったな周太、すぐ降りて病院に行くぞ、」

話しかけながら視線も足先も集中させる。
今は一歩のリスクが高い、それでも声かけ銀色の急斜面をくだる。

「さっきの切株、小さい芽が出てたんだぞ?きっとブナだと想う、」

好きだろう話題を選びながら背中に耳澄ます。
呼吸音は大丈夫だろうか、急変していないだろうか?
心配も不安も隠して歩く足元、アイゼンの底は緊張する。

―雪が固いところと緩いところがある、岩場が怖いな、雪崩で転がった岩も、

ざくりざくっ、

アイゼンの感覚たしかめながら不安を呑む。
こうして独り歩くのは二度目、それでも一度目はいつもの巡回路だった。

―鋸尾根の時とは勝手が違う、あそこなら地形ぜんぶ頭に入ってた、

ここは管轄外の山、経験ある山域としても勝手が違う。
雪崩の痕をゆく経験もほんとうは少ない、こんな今にパートナーの存在が沁みる。

―いつも光一が前にいたんだ、自分だけでルートファインディングする必要もなくて、

山の申し子、山っ子、トップクライマーになる逸材。
そう言われる男がいつも前にいた、だから自分も短期間で成長できた。
けれど今頼れるのは自分だけ、そんな雪嶺の反対斜面は人々が行きかう。

―犯人確保されたんだ、人質は?

視界の端で捜査員たちが小屋を走る。
その人群れに状況かいま見ながら、無線かちり受信した。

「宮田?聞えるかっ、」

聴きなれたテノール、けれど緊迫する。
なにか起きた、そんなトーンへ応えた。

「聞えます、国村さん?」
「宮田どこにる、いま雪の上か?」

訊きかえされる言葉に視界の端、遠くスカイブルーが動く。
あの色は当たり前に見憶えている、同じ色のウェア左手首を見て告げた。

「雪の上だ、小屋から八時方向の斜面を元来た道へくだっています、目印つけたポイントです、」

起点にした反対斜面の現場はざわつかす。
サングラスの視界端、白銀の彼方スカイブルー近づき無線が言った。

「ポイントの手前5メートルに雪庇がある、迂回できるか?」

こちらからは見えない変化、それでも注視にいくらか見える。
教えてもらえて助かった、感謝と歩き微笑んだ。

「いけそうだ、ありがとうございます、」
「赤布が見えたよ、あと5分で着くけど焦らず来い、」

テノールが告げるよう林間にスカイブルーが近い。
その人数も見えるようになってきた、それでも緊張と歩き呼びかけた。

「周太、マスクは外しておけよ?喘息が辛くなる、」

マスクすれば冷たい空気を防げるだろう。
けれど発作中なら酸素すこしでも多くほしい、それに意図がある。

あと少し、そうしたら自由を君に。



(to be continued)

【引用詩文:William Wordsworth「Intimations of Immortality from Recollections of Early Childhood」】

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山岳点景:翡翠に花

2015-07-20 08:34:03 | 写真:山岳点景
紅一点



山岳点景:翡翠に花

白岩の滝へ向かう道、咲いていた合歓の花です。
翡翠色の葉に薄紅やさしい、透ける葉にあいます。

朝から暑いので涼しい写真を載せてみました、
これから所用で外出です、笑

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山岳点景:夏山の花

2015-07-19 08:22:25 | 写真:山岳点景
水際の花



山岳点景:夏山の花

玉紫陽花、山でよく見る花です。



一枚目のよう蕾が玉の形をしているためタマアジサイの名がつきました。
咲くと薄紫あわい花と白い装飾花は沢沿いの道に涼しげです。



朝から陽射しが強いので涼しい写真を載せてみました、
これから所用で外出です、笑

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山岳点景:雨後の滝

2015-07-18 23:50:11 | 写真:山岳点景
奔流×黒白



山岳点景:雨後の滝

白岩の滝@東京都日の出町にて。



ここは複数の滝を沢沿いに登ります、
まず入口すぐは雨乞いの滝、小さめですが水流は激しいです。



滝ひとつ見てすぐまた滝、
カウントの仕方よく解らないんですけど↑コレは入口から2つめです。



小雨ときおりの曇天、けれど薄日に沢水はきらめきます。



入口から徒歩5分程で白岩の滝・下段に着きます。



下段だけで2段になっています、
この右岸ぞい登っていく道は隘路×苔の岩つづき、登山靴必須です。



登りきってコンナ↑橋があります。
見ての通りカナリ危ないカンジです、もちろん「一人ずつ」の注意看板アリ。
上は渡った後に撮ったんですけど確かに一人ずつじゃないとムリなタワミ具合、シャレにならないカンジで、笑

慎重に橋桁の上を選んですばやく渡って、白岩の滝・上段が見えます。



曇天うす暗い山懐、白水は黒岩と深緑に映えます。



この白岩の滝エリアも途中からダート道、狭い道かつミラーも無いので要慎重です。
駐車スペースから少し入ると木造の公衆トイレがありますが手洗い場は無し、ウェットティッシュあると便利です。
入渓ルートは岩場+湧水の浸食も多いので登山靴が無難、特に白岩の滝・上段まで登るなら転滑落の危険ポイントがあります。



滝下段から登る道、この↑階段に至る手前、
苔むした岩を踏んでカーブを上がるんですけど、苔で滑りやすい+道幅が狭く片側は崖、
ちょっと滑って踏み外したら転落→落葉の斜面を滑り落ちた先は岩場です。

またドングリなどクマが好む植生も見られました、
たった5分間の散策でもツキノワグマ生息地と言われる場所は遭遇の可能性があります、
熊鈴や人の会話する声など「ここ通ってるよー」とクマに注意を促し歩いてリスク回避してください、笑

白岩の滝・上段までは迷わない道ですがその先、日の出山へ向かう道は藪漕ぎになるそうです。
人気もない熊が棲む道、登山図×ルートファインディングが出来ない方は入りこまないほうが無難だと思います。

ここは山岳救助隊がいる駐在所や消防署も遠く、携帯電話の電波もイマイチです。
簡単に救助を呼ぶことは出来ません、でも装備きちんと慎重に歩けば5分で見事な滝に出逢えます。

夏の休日計画ちょっと↓ご参考になったら、
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第83話 雪嶺 act.13-side story「陽はまた昇る」

2015-07-17 22:35:05 | 陽はまた昇るside story
Though inland far we be 懐の底はるか
英二24歳3月



第83話 雪嶺 act.13-side story「陽はまた昇る」

雪が止まった。

背中ずしり重たく冷たい、右腕も動かない。
首も顔も圧され凍える、冷厳の底なにも動けない、けれど左腕で抱きこんだ懐が温かい。

―生きてる、

左腕ふれる肩が息づく、ツェルト透かす体温が鼓動する。
胸元かすかな呼吸も温かい、その体温に英二は微笑んだ。

「…なだれ止まったようです、息できてますか?」

唇かすめるナイロンの感触、その隙間に息つける。
ゆっくり瞳ひらいて薄暗い、あわく波うつ布地ごし声が聞えた。

「…はい、」

よかった、返事してくれた。
やっぱり声は似ているようで、それに香が同じだ。

―周太の匂いする、俺の幻覚かな?

さわやかな穏やかな香、この香は唯ひとりしか知らない。
いくど焦がれた香だろう、抱きしめられる今が幸せになる。

―こんな雪崩の底で俺、おめでたいよな?

もう3ヶ月逢っていない。
12月の半ばビジネスホテルの一室、あの場所が最後だ。
あの夜も抱きしめて、けれど本当に「抱きしめた」だけだった。

『えいじ…僕が何を泣いてるとおもうの?』

あの日そう君は言った、あの「何」が今この雪底に繋がっている。
そう想えるのは抱きしめる肩が3ヶ月前より細いせいだ。

―あれからも無理したんだ周太、病院には行ってるのか?薬は?今も本当は、

ツェルト一枚に心配になる、もし周太ならこんな場所は辛いだろう?
今すぐ脱出させたい、けれど動けない。

―雪崩に埋まったら動けないと聴いてたけど、本当に動けない、

視界ひろがる布地は仄暗い、そして息が意外とつける。
この明度と呼吸に雪の厚み計れる、たぶん深くは埋まっていない。

―切株が盾になってくれたんだ、雪崩のルートが迂回して、

おそらく巻かれたのはディープスラブ、気象が大きく変化する時に起こりやすい。
いま春三月はディープスラブの活動が活発な時季になる、そのとき小さい刺激でも誘発しやすい。
だからこそ今回も上官や先輩がこの任務に反対してくれた、そして危惧のとおり自分たちは雪崩に埋められている。

それでも切株が救ってくれている、それは右掌の感触に温かい。

―ハーケンは抜けていない、流されてもいないはずだ、

右掌グローブ越し、金属の硬質と巻かれたザイルが頼もしい。
右腕は動かなくて、けれど握りしめるハーケンは揺るがず撃ちこまれてある。

―35秒と12秒だ、雪崩が通ったのは、

まず雪の礫だった、次に30cm大の雪のブロックが降った。
そして8秒後に雪崩の本流が襲いこんだ、その一瞬で視界は闇になった。
こうまで真向から呑まれたのは初めてだ、この初体験に冷厳ひたひた沁みてくる。

―寒い、氷漬けだから当たり前か、

重たく冷たく圧迫される、もう雪が締りだした。
刻々と氷の粒子は結合してゆく、肩ゆすっても動かない。

「…っ、」

背中の重み跳ね除けたい、ここから早く抜け出したい。
けれど無駄な動きは体力消耗させる、焦りと知識のはざま懐うごめいた。

「…、」

かすかな呼吸音、なにか耐えている?
その気配にツェルト越し呼びかけた。

「どうしました?」
「…ぃぇ、」

かすかに応えてくれる、けれど押し殺したような声。
何かおかしい?確かめたくて、けれど動けないまま呼吸音が裂けた。

「っひゅっ…ぅっ」

喉が裂ける、そんな音ひっぱたいて咳が鳴った。

「ごほっこんこんっ…ぁ、ぅごほっ」

咳ふるえだす、それでも止めかかって、けれど咳きこむ。
ツェルトごし震えと咳が止まらない、これは発作だ?

―この音、喘息発作じゃないか?

喘息発作は花粉や埃などに対するアレルギー反応で気道が狭窄し、突然の発作を惹き起す。
時間的には真夜中から朝方に重症化の傾向があり、呼吸困難で臥位になれない、意識不明、唇や爪が紫色になるチアノーゼを起こす。
こうした重症に及べば生命の危険がある、速やかな処置と同時に救急搬送しなくてはいけない。

そして周太は喘息を罹患している、この状況に全身の筋肉ゆすりあげた。

「っ、」

ぎしり、氷雪の荷重が筋肉を圧す。
それでも今すぐ処置しなければ助からない、願い奥歯くいしばった。

「っ、うおおっ」

くいしばる唇から声もれる、この呼吸すら今は惜しい。
雪のなか酸素どれだけあるのだろう?ただ空気と自由が欲しい。

「ぅこんっ、こんごほごほっ…ひゅっこんっ、」

咳が苦しげになってゆく、それでも止めて我慢して、また咳きこんでしまう。
なぜ止めようとしてくれるのかもう解かる、解かるまま名前を呼んだ。

「しゅうたっ、我慢しなくていいっ…いっぱい呼吸しろっ、」

呼びかけて筋肉すべて押しあげる。
閉じこめられた氷雪は動かない、それでもハーケンつかんだ右手すこし動いた。

「がんばれっ、すぐ出してやるっがんばれっ、」

叫んで脚ぐっと踏みしめ背筋ずしり力張る。
ずっ、かすかな軋み背を滑って、思いきり食いしばった。

「ぅぐ、ぉおおっ」

曲げられた右肘ぐんと伸ばす、腹筋みなぎらせ背筋はりめぐる。
ぎしり骨が軋みあげてゆく、息詰まる、耳の底ぐわり血が鳴って、そして渾身すべて起きた。

ざざっざぁっ、

右肩ざらり重み崩れる、背中の圧迫ばらり砕ける。
首ひとつ振り雪どさり落ちて、軽くなったヘルメットに顔あげた。

「っ、はあ…」

大きく息吐いて汗ひとつ頬伝う。
仰いだ空を雲はゆく、墨色に白に流れる雪嶺を朝陽まばゆい。
きらきら氷のかけら散らばる、崩壊したセラックたちの破片だろう。
幾つかあった雪壁たち消えて、ただ白銀ひろやかな世界は雪崩のトレースだけ残る。

「…まもられた、」

雪崩のトレースは切株で割れ、このポイントだけ逸れている。
だから自力でも起きあがれた、もし直撃に呑まれたら深く沈められたろう。

―危なかった、もし切株がなかったら俺たちは、

茫然と見つめる真中、雪埋もれた樹肌に緑が芽ぶく。
最後に見た小さな芽、その傍ら撃ちこんだハーケンの右手が開かない。

「っ、」

短い時間、けれど全身かけた握力に固まっている。
肘をふり筋肉ほどきながら抱えこんだツェルトに叫んだ。

「もう地上に出たぞっ、」

抱き上げようとして、けれど持ちあがらない。
まだツェルトは半分埋もれている、すぐ両手で雪を掘りだした。

「すぐ掘りだすからな!」
「ごほんっぅ、は、こんっ、」

呼びかけても咳でしか応えない。
雪掻きだすごと現れるツェルト震える、それでも全身すべて掘りだした。

「ごほんこんっ、ぅこんこんっごほっ」

咳が止まない、やっぱり発作のスイッチ入ってしまった。

―花粉のアレルギー反応だ、この時季はスギ花粉が雪に混ざって、それとも寒さか湿度か、

知識くりながら雪面におろし、切株を背に座らせる。
ツェルトめくり顔だけ出させて、そのマスク覆われた眼元が赤い。

―顔のうっ血だ、

喘息発作の呼吸困難、それを緩めたい。
すぐ処置にマスクを外そうとして、一瞬、手が止まった。

―SATは顔を見られたらダメだ、俺に権利あるのか?

この男はSATの狙撃手、その任務が「射殺」であるため身元を隠す。
そうして狙撃相手と遺族による報復の可能性を防ぐ、だから警察内部でも秘匿される。
そんな立場をこの男は自分で選んだ、その決断は周太でも他人でも同じ、願った努力と責任と意志がある。

彼の意志を剥ぎとる権利は自分にあるのか?だけど自分は山岳救助隊だ、救助のためここにいる。

―俺にも山岳レンジャーの義務と責任がある、それにチャンスだ、

自分は山岳救助隊、この男をサポートする任務でここにきた。
この男が誰であろうと関係ない、それにもし周太だとしたら与えられた好機だ。

これは僥倖、ようやく訪れた幸運ごとマスクに手をかけた。

「処置のためマスクを外します、」

これはただの確認、拒否されても止めない。
黒いマスク引き剥がして、そして現れた顔に呼んだ。

「生きろ周太っ、」



(to be continued)

【引用詩文:William Wordsworth「Intimations of Immortality from Recollections of Early Childhood」】

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山岳点景:山ふる水

2015-07-15 23:00:00 | 写真:山岳点景
深緑×白水



山岳点景:山ふる水

大滝@奥多摩にて。

同名の滝は奥多摩に複数あります、ここは大岳山の大滝です。
大岳鍾乳洞より山懐へ入った先、山道を5分程たどると見えてきます。



落差25mの水爆に風と飛沫は起こります。
滝壺かなり近くまで降りられるんですけど、ここも熊鈴必携なマイナールートです。
山道に添うのは大岳沢、清流と苔が涼やかに静まります。

レジャーなら、だいたいOKブログトーナメント




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