萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

風の森、翠×白

2013-04-30 19:03:51 | お知らせ他
葉隠の光、色、香



こんばんわ、風の強かった一日です。
今日は暦通り平日の方とGWだった方といらっしゃるでしょうね。
仕事・学校の方おつかれさまでした、休日の方も、いずれも楽しい事ありましたか?

短篇2つ「花の聲、森の息吹」「春風の音」と第64話「富岳4」加筆校正が終わりました。
今夜は連載短篇「暁光の斎」の続きと「富岳5」を上梓の予定です。

写真は近場の森にて、風と光ふるワンシーンです。
森は思ったよりも人がいて、休日の人も多いなという印象でした。



ハリエンジュ「針槐」の花です、ニセアカシアという名前もあります。
葉や幹には毒がありますが花は食用に出来、花序ごと天ぷらにしたら美味しいそうです。
酒に浸けると花の香の酒が出来るのだとか、ちょっとやってみたいです 笑 
あと蜂蜜で有名ですね。



この花木が近く咲いていると、水仙と似た甘く高雅な香を風ふくみます。
なので花の時期はすぐ木の在処が解かる、それくらい香が佳い花木です。
なんだか、そんなトコは気配が綺麗な人みたいでゆかしいなと。

木の下には白い花がたくさん鏤められて星みたいでした。
見あげたらちょうど風ゆれて花びらが舞いふる瞬間が来て、そりゃ綺麗です。
でもカメラにはうまく納まらず、現場にいた目の記憶にだけ映してあります。




この草、猫がよろこぶんですよね。笑
名前がなんだったか忘れました、が、なんか好きな草です。
拓けた場所で小さな叢になっていて風なびく様に幼い日の原っぱを見ました。

ちょっと広い空地が住宅街のなかにあって、いつもそこで遊んでいたのですが。
この季節になると白い穂やわらかに風ゆれて、緑の若い葉と靡く音や香が好きでした。




すこし薄暗いエリアに咲いていた法鐸草・ホウチャクソウです。
翠ふくんだ白が清々しいユリ科の花は、この季節の空気に合います。
花によって青色が濃いので一瞬、葉の色と混じって花があると気付けません。
でもよくみるとコンナ感じの花です、これの群落が森の下草に広がっていて綺麗でした。

で、下はココノトコ顔馴染の海老根蘭です。
森の妖精と幼い頃に聞いたことありますが、ほんとそんな感じがします。
この花が豊かに繁茂してレッドリストから外れてほしい、ソンナコト記憶の花にも想いながらシャッター切りました。









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深夜にて、

2013-04-30 01:59:09 | お知らせ他
闇夜、それでも花は 



こんばんわ、さっき短編「花の聲、森の息吹」の加筆をほぼ終えました。
第64話「富岳4」と合わせてあと少し推敲したら校了です。

写真はシャガ「著莪」の花です、胡蝶花とも言います。
薄暮の森で写した花は白く浮かんで、夜の燐光をまとう蝶と似て不思議です。
そして昼にみるときは薄紫と橙色の鮮やかさに、絵巻で見る極楽の蝶を想い見惚れます。






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第64話 富岳act.4―another,side story「陽はまた昇る」

2013-04-28 23:44:14 | 陽はまた昇るanother,side story
希望、自身への理解 



第64話 富岳act.4―another,side story「陽はまた昇る」

窓を透かして木洩陽ゆれる。
その陽射しはまだ高くて、けれど昨日よりすこし光やわらかい。
もう盆を過ぎた晩夏、そんな季節の変りを窓に微笑んだ周太に穏やかな声が言った。

「検査おつかれさま、で、結論から言うと君は喘息の気があるよ、心当たりは無いかな?」

言われた言葉に医師の顔を見つめてしまう。
知らなかった体質、けれど雅人の指摘通り心当たりが無いわけではない。
それでも途惑う視線を応接テーブル挟んだ微笑は受け留めてくれる、その深い瞳に周太は答えた。

「咳が出やすい方だと思います、運動した後や冷たい空気を吸った時は特に。なので、のど飴を持っている癖があります、」
「そうだろうね、気管支が少し狭くなってるから、」

落着いたトーンで応えながら雅人は書類に視線を落とした。
すこし考えるふう眺め、また上げた視線を周太に向けて微笑んだ。

「小さい頃に高所適性の検査を受けたって教えてくれたけど、その後から薬を飲んでいませんでしたか?」
「薬、…わからないです、」

つぶやくよう答えて、考え込んでしまう。
まだ完全には戻っていない記憶が靄のよう解らない、そのままを周太は答えた。

「すみません、僕、部分的に記憶喪失があるんです。父が亡くなった前後が解らなくなっていて…その頃に検査を受けたようなんです。
検査を受けた事すら忘れていました、でも宮田の話を聴いてやっと思い出せたんです、のど飴を持つようになった理由も忘れていました、」

自分のことが自分で解からない。

記憶の部分が欠落している、その自覚すら無いまま13年を過ごしてきた。
だから13年間は疑問が無かった、けれど今は戻り始めた記憶にもどかしい。

―自分の体のことまで忘れているなんて、どうして…

解らない不安がため息に零れてしまう。
こんなふうに他にも大切なことを忘れているかもしれない?
そんな可能性に怖くなって、それでも微笑んだ周太に雅人医師はさらり笑ってくれた。

「じゃあ今、検査して良かったな?これから治療も対処も出来るんだ、ラッキーだよ、」

これから出来る、そんな言葉に緊張がすこし溶けていく。
どこか寛がせるトーンは温かい、その温もり微笑んだ周太に若い院長は教えてくれた。

「気管支が細いと言っても、まだ普通の検診レベルでは解かり難い程度です。おそらく君は小児喘息を患っていたのだと思います。
その時は殆ど完治したのだろうね、でも警察官の訓練とかで結構無理をしてるでしょう?その疲労が再発を招いている可能性があります、」

―疲労が再発を、

告げられた事実に緊張が冷たく背を墜ちる。
異動したら今以上に心身とも負荷が大きくなっていく、そうしたら喘息は悪化する?
その可能性が怖い、それでも呼吸ひとつで肚に落とした意識に穏やかなトーンが続けて告げた。

「喘息は肺活量には影響しません、君のスコアも通常レベルです。ただし一秒率が低いです、これは気管支が細くなっているためです。
1秒間に吐き出した肺活量を一秒量と言って、これを肺活量で割算したものが一秒率です。気管支が細く狭くなると一秒率も下がります。
この%で気道狭窄の程度を確認します、一秒量を肺活量の70%以上を1秒間に吐き出せたら正常ですが、湯原くんは61%となっています。
あと、ここでは設備が無くて検査出来ませんが最大酸素摂取量と動脈血酸素飽和度に問題があると思います、この2つが高所適性で重要です、」

病状のこと、高所適応に欠けている体の特性。
そうした状況を簡単に告げて医師は今後の注意を贈ってくれた。

「まず煙草は厳禁です、喘息の方が喫煙すると肺気腫という病気になって肺を壊してしまいます。空気の汚い所も避けてほしいです。
風邪などで気管支の炎症を起こさないよう注意して下さい、炎症が慢性化すると完治が難しくなります。今の発作が無い状態を維持しましょう。
もし登山などする必要がある時は呼吸のリズムを一定にするよう注意して下さい、水分補給しながら自分のペースを守って焦らず登ることです。
それから出来るだけ睡眠を摂って疲れを溜めないこと。睡眠不足と疲労と、煙草など汚い空気を避ける。それが出来れば治ります、出来ますか?」

それが今から出来れば治る。
そう言ってくれる通りに自分が今後、出来るだろうか?

―きっと難しいよね、訓練だけでもたくさん埃や硝煙を吸って…異動したらもっと、

これからの状況は甘くない、そして喘息が悪化したならどうなるだろう?
もしも喘息発作が出たとして、それが「現場」だったらどうなるのか?
そんな不安を見つめながらも周太は医師への感謝と正直に答えた。

「はい、出来るだけのことはしたいです、」
「出来るだけ、としか言えないかな?」

訊きながら困ったよう笑って書類を封筒に入れてくれる。
そっとテーブルに置いて両手を軽く組み、父親そっくりの姿勢で医師は告げた。

「喘息は悪化させれば死にます、それは呼吸困難になるからってだけじゃない。喘息発作が起きると末梢血の中で好酸球が増えます。
この好酸球は喘息のコントロールが悪いと増加するという事です、好酸球が3割を超えて増え続けると肺炎や胸膜炎を惹き起します、
アレルギー性の血管炎を起こす場合もあるし、神経や脳に炎症が及ぶケースだってあるんだ。それでも君は養生する生活に変えられない?」

告げられる現実に、今、自分が立つ場所の生活は望ましくない。
それでも今ここで止めてしまったら、きっと自分は後悔する。

―あと少しでお父さんの亡くなった理由がきっと解かる、それなのに今辞めるなんて嫌、

もう14年になる願いを、生き方を、今このまま辞めるなんて出来ない。
ただ覚悟を医師の長い指に見つめながら周太は静かに微笑んだ。

「はい、申し訳ありません、」

厚意に甘えて検査して教えてもらった、それを活かすことが自分には出来ない。
この現実に向かい合った先、可笑しそうに微笑んだ雅人は真直ぐ言った。

「馬鹿野郎、謝るより質問しろよ?」

いま、なんて言ったの?

馬鹿野郎なんて言葉、この温厚な医師が言ったのだろうか?
こんな言葉は初めて言われた、そして言った相手に面喰らってしまう。
この医師には意外な言葉遣いに思えて、けれど目の前の笑顔は衒いなく言った。

「湯原くんの状況に合わせた治療が無いのか質問しろよ、本人の元気で生きたいって気持を聴けないと医者もヤル気でないだろ?
そんな死ぬこと決定みたいな顔するなよ、まだ23歳なんだ、喘息なんかに負けない体力がある。俺と一緒に生きる方法を考えよう?」

ほら、一緒に考えて生きよう?
そんなふうに瞳が告げて笑ってくれる。
その穏やかで明るい眼差しに周太は問いかけた。

「あの…きっと僕は先生の言いつけ通りには殆ど出来ません、それでも治療の方法があるんですか?」
「それを今から考えるんだろ?やる前から諦めるなよ、」

さらり言った瞳が笑って悪戯っ子に見つめてくれる。
そんな容子は父親の吉村医師と全く似ていない、けれど、同じ温もりに頼もしい。
こんな笑顔で言われると信じてしまう、きっと委ねられると納得した途端に熱が頬伝った。

「…あ、」

こぼれた一滴の涙に、安堵が充ちてゆく。
頬伝ってゆく熱の軌跡ごと緊張ほぐれだす、その前で白衣姿は立ちあがり隣に座ってくれた。
そのまま長い腕に抱きよせられて頬に白衣の肩ふれる、そして深く明朗な声が穏やかに微笑んだ。

「ほら、好きなだけ泣いちゃえよ?俺は口が堅いから大丈夫だ、泣いてスッキリしたら考えよう?」

頬ふれる白衣の肩へ一滴の涙が落ち、ゆっくり蒼い染みを描きだす。
薄青い丸い染みを見つめている瞳が温められて、深く胸が吐息する。
そんな背中に大きな掌まわされて、とん、優しく叩いてくれた合図に涙あふれた。

「っ…すみませ、…ん、」

嗚咽に謝りながら涙、深く湧き出すまま零れだす。
こんなふう人前で自分が泣くなんて何ヶ月ぶりだろう?
その月日を数えられない涙に噎ぶ背中を、大きな手は柔らかなビート刻んでくれる。
ゆるやかな拍子は鼓動のよう、どこか懐かしい感触に解かれるまま睫あふれて記憶を映す。

―…周、泣きたかったら泣いて良いよ?たまにはね、そういうのも必要なんだ、

幼い日、涙を堪えた背中を父も抱き寄せ笑ってくれた。
あのときと同じに大きな掌が背中を敲く感触に、広い白衣の背中へ手を回す。
その掌が白衣を握りしめ、聲が心臓からほとばしり泣いた。

「…雅人先生っ、生きたいですっ…」

生きたい、

出来るだけ健康な体で、まだ生きていたい。
辿り始めた父の軌跡を最後まで見たい、知りたい、受け留めたい。
ようやく取戻した樹木医の夢をもっと歩きたい、大学院だって行きたい。
そして願って良いのなら、大切な人と家族になって精一杯に幸せにしてあげたい。

―こんなにやりたいことある、なのに喘息なんかに負けたくない、生きていたい、

生きていたい、この願いも夢も叶えるために。
自分の為に、母の為に、そして大切なあの笑顔の為に生きたい。
この想いごと泣いて縋った白衣の懐は深い森の香くゆらせて、穏やかに笑った。

「うん、生きよう。大丈夫だ、なんとかするよ、」

とん、背中を敲いた掌から明朗な聲は、ゆっくり心ほどいて融けてゆく。





(to be continued)

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暮色、花棲む森

2013-04-28 20:35:44 | お知らせ他
瞬間の光彩、  



こんばんわ、青空も茜空も美しかった神奈川です。
昨日は朝の森へ行ったので、今日は夕の森へ行きました。

ここで注意ですが、特に女性の方は夕暮れの森は独りで行かないで下さいね?
変なヤツでも居たら危険です、森で援け呼んでも誰も来ないし。

で、今日は寝てるヤツを観ました、笑 たぶん大学生だろうけど、
あんな時間にアンナトコで寝たりして風邪ひかなきゃ良んですけど。
帰りがけに見たら居なかったので、おそらく無事に帰宅したのだと思われます。




上は法鐸草、ホウチャクソウです。
薄暮のなか白い花が浮ぶよう光っていました。
夕暮れ時の森は陰翳がやわらかで、白い花は紗をまとうような光が美しいです。
とくに春の夕暮は光が淡くて良いなと想います、そういう歌は万葉集とかでも詠われているけどホントだなと、笑




先日もUPしましたが海老根蘭・エビネランです。
レッドリストに載ってしまった植物になります、短篇「花の聲、森の足元」で光一の独白にある通りです。
この草花は下手に移植すると独特の伝染病に罹患しやすくて、そのため観用目的の乱獲が絶滅に追い込みました。
あるべき場所で凛と咲く、そんな自然体で生きる姿が花も人もいちばん綺麗です。
そんな摂理を示すようにコノ花を見るたび思えます。

第12回 1年以上前に書いたブログブログトーナメント



さっき昨夜UPの短編「secret talk, Chloris 花と化して」加筆校正が終わりました。
英二13歳・中学二年になる春のワンシーンです、リクエスト頂いて書いてみましたが如何でしょう?

今夜は昨夜UP予定だった第64話の続編と、出来れば短篇1つUPを予定しています。

取り急ぎ、


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第64話 富岳act.3―another,side story「陽はまた昇る」

2013-04-27 22:26:29 | 陽はまた昇るanother,side story
祈り、時の重なり



第64話 富岳act.3―another,side story「陽はまた昇る」

吉村の病院は3月以来、約半年ぶりの来訪になる。
あのとき白銀の凍った木立も今、繁れる青葉の木洩陽まぶしい。
すっかり季節が動いた、その間に自分の中でも幾つ動いたのだろう?

―初任総合があって英二と向きあって、光一と英二の関係も…異動もあった、でも大学に行けるようになった、

哀しかった記憶、緊張してゆく時間、それでも与えられる喜びを数える。
けれどこの場所に来れば雪崩の時が、あの哀しみも不安も、そして迎えた朝の喜びが泣きたいほど愛しい。

―…俺は君を愛している、俺だけのものでいてほしい。ずっと君にだけ跪きたい、君だけには奴隷になってしまう
  ずっと傍にいて守りたい。君の愛情に縛られて君だけを見ていたい、その為なら俺は何でも出来るよ?みっともないけどね、

雪崩で受傷した英二が目覚めて告げてくれた、あの言葉が懐かしい。
あのときの想いは少し変化してしまった、そんな過去と現実の温度差が傷んで哀しくなる。

―もう英二が見ているのは俺だけじゃない、でも、それだって俺が望んだ事なんだから…必要なことだから、

自分だけを見ていたいと3月は言ってくれた、けれど今は光一のことも見つめている。
それで構わない、もし英二が自分しか見ていなければ「万が一」のときが心配だからそれで良い。
そう解っているのに哀しくて、それでも泣くことはもうしない。ただ真直ぐ前を見つめて行くべき場所に進んで生きていたい。

どんなに幸せな過去でも縋りたくない、ただ「今」とそれからを歩きたい。

そんな想い微笑んで医院の入口を潜り、半年ぶりの廊下を進んでいく。
8月の午前中、明るい窓に光あふれて廊下の隅まで照らしてくれる。
すれ違う人の多さに驚きながらも話し声から納得してしまう。

―やっぱり吉村先生も雅人先生もすごく評判が良いね、

行き交う笑顔の会話が二人の医師が優れていると教えてくれる。
それが嬉しくなりながら歩いて、初めて立ち寄る受付で声をかけると事務の女性が微笑んでくれた。

「大先生から伺っています、こちらへどうぞ、」

―おおせんせい、って吉村先生のことかな?

気さくに立ってくれたシャツ姿に着いて行きながら、初めて聞いた呼び名が気になる。
その名付けの意味を考えながら周太は質問してみた。

「あの、ここでは大先生って吉村先生を呼んでいるんですか?」
「はい、そうです。先生って大きい感じするし、年長の方に『大』ってつけるから、」

明るい笑顔は頷いて、あわい日焼けの頬ほころばす。
そして優しい声は可笑しそうに教えてくれた。

「お二人とも同じ吉村先生でしょう?院長先生って呼ぶのも現職と元で被っちゃうの。だから雅人先生と大先生ってお呼びしています。
病院の外だとお父様の方が吉村先生として有名だけど、今ここでは雅人先生がメインの吉村院長で大先生がサポート役だから呼び分けてるの、」

朗らかなトーンでの答え、けれど雅人への気遣いが温かい。
まだ四十の若い院長が抱いているプレッシャーとプライドを想いながら、周太は正直な気持ちに微笑んだ。

「雅人先生は僕、一度ご挨拶したことがあるんです。かっこいい方だなって思いました、」

父親の吉村医師と面差しは似ている、けれど真逆の内面的引力が雅人から思われた。
それは何となく英二とも似ている?そんな感想と微笑んだ周太にパンツ姿の彼女は嬉しそうに頷いた。

「はいっ、雅人先生はカッコいい方です、」

弾んだトーンが笑ってくれる、その明るさに大好きな友達を想いだす。
きっと同じ感情を彼女も雅人に抱いている、それが何だか嬉しくて笑いかけた先で扉が開いた。

「はい?呼びましたか?」

穏やかな深い声が笑って白衣姿が廊下に出てくれる。
その笑顔に振りむいた彼女の貌は、耳が赤くなりながら丁寧に微笑んだ。

「はい、湯原さんをお連れしました、」
「ありがとうございます、久しぶりですね?」

向けてくれる若々しい笑顔が吉村医師の俤と似て、けれどやっぱり違う。
顔は似ているけれど雰囲気は雅樹の方が父親似なのかな?そんな感想と周太は頭を下げた。

「ご無沙汰しています、今日は急に申し訳ありません、」
「いや、謝らなくって大丈夫だよ?朝一の患者さんは診終ったところだから、」

可笑しそうに笑って雅人は部屋へと招じ入れてくれる。
一緒に入りながら廊下のシャツ姿へ頭下げると彼女も微笑んでくれた。
瑞々しい笑顔は少し羞みを隠しても明るい、その空気に好感を想いながら部屋に入ると白衣姿が笑いだした。

「湯原くん、今、私の噂話とかしてました?」
「え、」

途惑って見上げた先、悪戯っ子な目が笑う。
ちょっと予想外の眼差しに途惑いながらも正直に応えた。

「はい、あの、雅人先生ってカッコいいですって話してました、」

こんなこと本人に言うのって気恥ずかしいな?

その含羞が首筋を熱く昇りだす、じき耳まで赤くなるかもしれない。
まだ二回目の対面でこんなのは行儀が悪い、こんな状況に困っていると快活な声が笑った。

「ありがとう、俺って今もカッコいいんだ?まだ枯れて無いみたいで自信が持てますね、」

今、この台詞この真面目そうな医師が言ったのかな?

そんな独り言に途惑って見つめてしまう。
また意外で瞳ひとつ瞬いた周太に、愉しげな笑顔は応接椅子を勧めてくれた。

「座って下さい、茶と父から言われた資料を出しますから、」

気さくに微笑んで雅人は踵返すと、院長室の流し台に立ってくれる。
慣れた手つきで茶筒を出す背中を見ながら周太は提案と一緒に立ちあがった。

「あの、良かったら僕にお茶を淹れさせて下さい。今日は色々とお世話になりますし、患者さんも多くてお忙しいでしょうから、」
「お、嬉しいな、お願い出来るかな?」

素直に笑って茶筒を渡してくれる伸びやかさが吉村医師と違う。
やっぱり顔立ちは似ているほどには性格は似ず、幾らか違うらしい。
そんな納得と茶の支度を始めた隣から、明るく穏やかな声が訊いてくれた。

「湯原くん、患者が多いってどうして思った?」
「あ、…廊下や待合室で話している人が大勢いらしたので、」

見たまま思ったままを答えた周太に、穏やかな瞳が愉快に微笑んだ。
なにか自分は変なことを言ってしまった?その疑問へと雅人医師は書類を出しながら教えてくれた。

「あの人たち、ココを寄合所かカフェだと思ってるんですよ?診察がついででお喋りするのがメインなんです、もう皆さんメイン中なんだ、」

病院が茶話会場になっている、そんな現場に驚かされる。
ちょっと自分が育った環境では考えられない、けれど楽しくて周太は微笑んだ。

「なんだか楽しそうですね、そういうの、」
「だろう?俺もソウイウの楽しいからさ、」

くだけた口調で答えてくれる、その笑顔が寛いでいる。
初対面の時は生真面目そうな印象だった、けれどこんな笑顔は愛嬌が深い。
これが雅人の素顔なのだろうか?そんな思案めぐらせながら急須の茶を注ぐと清しい湯気が昇った。

―佳い香…お茶って良いな、

ほっと独り言に想う言葉に実家の茶室が慕わしい。
葉月の今は風炉の季、ときおり母は独りでも茶を点てるのだろうか?
座敷続きのテラスには芙蓉の花ゆれている?朝顔の棚は今年も満開だろうか?

―帰りたい…お父さん、お盆のお墓参りも行けなくてごめんなさい、

八月一日に異動してから2日続きの休みが無い。
たまの休みも大学で聴講の日だから実家に帰る暇が無い、そんな多忙に寂しくなる。
それでも、母とも相談して大学での勉強を選んだ以上はもう、弱音を言う暇こそ無い。
それに父も、きっと祖父や祖母達も自分が学ぶことを喜んでくれている。

―お祖父さん、俺が勉強すること喜んでくれてるよね…だからあの小説だって俺の所に来たんでしょう?

“Je te donne la recherche” 

祖父の遺作小説に記されたメッセージには“recherche”が遣われる。
それは「探し物」または「研究」を意味する言葉、そのどちらにしても自分へ向ける言葉だと信じている。
そう想えることが幸せで誇らしい、この祈るような信頼に微笑んで周太は湯呑ふたつ盆に載せて運んだ。
ふたり応接テーブルに向きあい茶を啜る、その一口目で雅人の明るい笑顔ほころんだ。

「美味い、湯原くん本当に茶を淹れるの巧いんだ、父が言ってた通りです、」
「良かった、でもなんか恥ずかしいです、」

素直に微笑んで答えながら、ちょっと気恥ずかしくなる。
どんなふう吉村医師は言ってくれてるのだろう?つい気になりながらも周太は湯呑を置くと口開いた。

「雅人先生、今日ここにお伺いしたのは、銃創の手当て以外にもお願いがあるんです、」

言った視線の先、穏やかで若々しい貌が真直ぐ見つめてくれる。
聡い瞳が向ける眼差しを受けとめたまま、周太は依頼に微笑んだ。

「僕の心肺機能の検査をお願いしたいんです、どこまでの高地に耐えられるか内緒で調べて頂けませんか?今日はご相談だけでもと来ました、」

内緒で調べてほしい、自分の体の欠陥を。
その依頼に見つめる真中で深い瞳ひとつ瞬いて、穏やかな声が尋ねてくれた。

「内緒というのは、私の父にも内密で検査したいという事ですか?」
「はい、警察関係者には一切知られたくありません、」

迷いなく応えた先、大きな手が湯呑を卓上へ戻す。
その両掌を軽く組ませて膝に置くと、父親とそっくりの姿勢になって医師は問いかけた。

「疑われる身体的問題が警察官としての任務に障害となる、そう湯原くんは思ってるんですね?」
「はい、僕の場合は少し、」

頷いて真直ぐ見つめる眼差しに聡い目が問うてくる。
その問いかけへ周太は素直に口を開いた。

「7月に宮田が高所適性の検査を幾つか受けました、その内容を聴いて僕も同じ検査を受けた事があると思い出したんです。
その検査を受けた後から父は山に連れて行ってくれても僕を森林限界から上に登らせなくなりました、その正確な理由と体を把握したいです。
吉村先生にご相談をとも考えました、でも警察医の御立場では僕の体質を警察に隠す事は出来ません、だから無理を承知で今お願いしてます、」

自分の体にある現実を正確に把握したい、けれど警察組織に今それを知られたくない。
もしも心肺機能に先天的欠陥が見つかり高度障害の危険度が問題になれば、あの部署に行けなくなる。

―けれどここでお父さんの跡を追えなかったら、終らせられなかったら一生後悔する、

きっと後悔する、それだけは嫌だ。
だからこそ自分の身体的事情を正確に知っておきたい。
その意志に見つめる周太へと若い院長は穏やかに問いかけた。

「もし体に問題があっても君は、今、上司に報告するつもりは無いんだね?」

身体的瑕疵を知りながら報告しない、それがどんな結果になるのか?
そう幾度も考えて今日ここへ来た、その覚悟のまま周太は頷き頭を下げた。

「はい、報告しません。だから雅人先生しか頼れるお医者はいないんです、お願いします、」

こんなこと無理な依頼だと解っている。
司法の警察官が規則違反を承知で自身の身体的瑕疵を隠す、それは暴かれたら問題になる。
その協力を仰がれて断らない医師など普通は無い、それどころか通報されて文句が言えないのが当然だ。
そう全てを承知しながらも、それでも自分はこの医師なら託せると信じた。その信頼に穏やかな声が尋ねた。

「理由を訊かせてもらっても良いかな?なぜ俺を信頼して頼るのか、なぜ体を犠牲にしても警察官で居たいのか、教えてくれる?」
「はい、亡くなった父の為です、」

短い言葉の即答に、若い院長の瞳かすかに瞠かられる。
まだ雅人には何も話していない、それでも一言で理解してもらえる可能性がある。

―だって雅人先生は俺と同じだから、きっと解ってくれる、

雅人医師は、早逝した弟の代わりに医学を志した。
亡くした大切な存在の代わりに人生を捧げたい、その想いは自分も雅人も同じだろう。
そして雅人なら独り秘密を抱く懐も深い、そう見込んだ想いの真中で聡い瞳は微笑んだ。

「そう言われたら俺は全面降伏だよ、君に協力させてもらいます、」

もうこれで良いの?

そんな想いに拍子抜けしてしまう、これでは安易すぎないだろうか?
もう少し説明をする所だと予想していたのに雅人は呑んでしまった?
こんな意外に途惑ってしまう前、可笑しそうに悪戯っ子の瞳が微笑んだ。

「予想外って顔してるな、俺がもうちょっと理由を訊いてくるって思ったんだろ?」
「あ…はい、」

素直に頷いて首傾げた周太に若々しい笑顔ほころばせてくれる。
その口許へ湯呑を運び啜りこんで、ひとつ息吐くと悪戯で聡い瞳は笑ってくれた。

「生真面目で温厚な人間が規則破りするなんてさ、余程の理由と目的がある時だけだ。それに亡くなった親を出されたら相当だろ?」

軽やかな声が言って茶を啜りこむ。
そんな仕草もどこか大らかな医師は周太を見、しみいる様に微笑んだ。

「心配しなくて良いよ、俺は生真面目で温厚な人間については良く知ってるから。弟と君はちょっと似てる、」
「僕と雅樹さんが?」

あの美しい山ヤの医学生と自分と、どこが似ているのだろう?
全く共通点を見いだせないできる周太に明朗な笑顔は教えてくれた。

「貌とか全く似ていないよ、だけど生真面目で穏やかで優しくってさ、凛とした雰囲気が似てるんだ。背負うものがあっても明るいとことかね、」

背負うものがあっても。
この言葉に2つながら気になってしまう。
その意味ふたつを聴きたいけれど訊けない、そんな想いの前から穏やかな声が微笑んだ。

「じゃあ、銃創の勉強前に検査しようか?俺の上司が帰ってくる前にさ、」

俺の上司、そんなふう実父を呼んだ瞳は慕わしげで温かい。








(to be continued)

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初夏、山の光

2013-04-27 15:47:08 | 写真:山岳点景
彩光、青葉に花に 



初夏、山の光

こんにちは、晴天さわやかな神奈川です。
今朝は7時前に家を出て近場の里山へと行ってみました。
若葉の青々とした香が朝の冷気にさわやかで、木洩陽の角度が良い感じに葉を透かしてくれます。



もう杉や何かの花粉は終わった気配の森は、鶯がさかんに謳っていました。
1ヶ月前は頼りなげだった声も今はハッキリ例の鳴き声で囀ります。
ちょっとドヤ顔で謳う小鳥の姿が浮ぶような美声でした。笑



近所の藤は終わっていますが、山藤は今が盛りです。
甘い香が特徴的な藤の花、なので蜂音がBGMになるポイントも多い、笑
もし山歩きに行かれる方いましたら、ちょっと暑くても長袖長ズボンでお出掛けくださいね。

恋しけば 形見にせむと我が宿に 植ゑし藤波 今咲きにけり  山部赤人

小倉百人一首でも選ばれている万葉歌人の歌です。
この歌でそのうち短編一本書いてみようかなとか。



空木、ウツギの一種だと思います。
名前書いてあったのにうろ覚えで、笑 記憶力が落ちたなあと。

朝陽を受けて白い花が発光しているような雰囲気でした。
光のなかの白い花はナンカ不思議です、山桜の白もそうだけれど。

BEST39ブログトーナメント



そんな感じで山を歩いてきたので、これから第64話の加筆校正をします。
そのあと短編と続篇を今夜またUPの予定です。

あと600日目記念ですが、特にリクエストなかったので中止しようかなと。
それともコメントで英二が好きだと頂いたので、英二の過去の短編でもUPしようかな?
とも考えていますが読んでみたい方は居ますか?もしお声かけあれば書いてみます。
返答なければスルーします、続き早く書けよって意味なんだろうと自己解釈で。笑


取り急ぎ、








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花訪う、記憶の季

2013-04-25 09:49:45 | 雑談
初夏の光、記憶の花 



おはようございます、今朝は晴れと曇りをめぐる空です。
さっき昨夜UPした短編連載「暁光の歌12」と「朱音、戀うる陽」の加筆校正が終わりました。
今日は「暁光の歌13」と第64話「富岳」の続きをUP予定です。

写真の花は蛇苺です。って漢字で書くとスゴイ名前ですね、笑
なんだってこんな名前なのかは諸説あります、で、確かに赤い実が生ります。
それ自体は食べないんですけど、ウチの祖母ちゃんは酒に浸けて薬にしていました。
小さい子の汗疹なんかに効くのだそうです、で、自分も小さい頃は祖母ちゃんの蛇苺酒を塗ってもらいました。

下は蓬草、ヨモギです。祖母ちゃんは「餅草」と呼んでいました、新芽限定でね。
正月支度の12月28日あたりだったかな?コレを採りにお決まりのポイントへ行くんですよね。
山の陽当たりの良いトコなんですけど選別して摘みます、なので小さい頃は「ソレ違うねえ、」とよく笑われました。
結構たくさん摘むので指先が蒼くなるんですよね、それを服につけると染みが取れなくなったりします。
で、餅つきの時に湯がいて搗いて、正月の餅の一部に混ぜ込んで鶯餅を作るのに使います。
今は代替わりしてコンナ手の込んだことはしなくなりましたが、好きな時間の記憶です。




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初夏の森

2013-04-24 20:53:34 | 写真:山岳点景
夏花の涙、春の名残に



宝鐸草、ホウチャクソウという花だそうです。
近場にある静かな森で今、白い花があわい緑の翳で鈴のよう揺れています。
ちょうど雨の合間には花の雫がきらめいて、曇りの優しい光が瑞々しく綺麗でした。

昨夜UPの第64話「富岳2」加筆校正が終わりました、周太と光一の奥多摩行きです。久しぶりに光一の転がし有りです。
短篇連載「暁光の歌11」も加筆は終わり、あと少し校正する予定でいます。
このあと「暁光の歌12」を今夜はUPしたいなってとこです。

小説ごとのアクセス数なんですけど。
英二の「side story」、周太の「another」、光一の「side K2」そして雅樹の「Aesculapius」だとね、
最近は「Aesculapius」の人気が高いんですよね、二十歳も27歳のも。
そこでちょっと読んでいる方に聴きたいんですけど、

【1】4人のなかで誰が気になりますか?
【2】4つの小説の中でどれが一番好きですか?
【3】登場人物で一番のお気に入りは誰ですか、また苦手な人物はいますか?

質問3つ、いずれも複数回答や順位づけなどして頂いても嬉しいです。
よかったらコメント・メッセージなどで教えて下さい、メールなら→tomoei420@mail.goo.ne.jp

今日で開設600日らしいので、特別編でも書こうかなあとか考えています。
ちなみに昨日までの閲覧回数は527,913、閲覧IP数138,954 が累計だそうです。
本当にありがとうございます、読んで下さる方があって毎日続けられています。
何か少しでも良いなって感じて頂けてるでしょうか?

で、こんな話を書いてとかリクエストありますか??




これは深山壺菫、ミヤマツボスミレ、だと思われます。
小さいけれど可愛い花です、普通は高山帯に多いそうですが何故か咲いていました。
本来の場所とは違うかもしれない、それでも綺麗に花を咲かせている姿は愛しいです。

下は山吹草、ヤマブキソウと言って山麓に多い花です。
この大群落を見つけてちょっとテンションがあがりました。笑
あわい緑の翳しずむ森の底、黄色い花がカンテラの灯すよう揺れる。
そういう姿はなんだか不思議です、花にも森にも意志があるような気がしてしまいます。




こんな写真を今日は休憩合間に撮っていました。笑
神奈川ってちょっと郊外に行くと、こういう場所がたくさんあるんですよね。
でも知られると人が増えそうなので内緒にしておきたくなります、やっぱり。

もしヒントは?って言われたら「水源の森」です。
そんなだけだとまあ、ドコだか全然解んないって思いますけど、笑
そして休憩時間がちょっと長かった事は秘密です、モノの序でって言葉もありますからね。

今、青葉の森は花の色彩であふれています。
傍目には緑一色の山野ですが、中に入れば色彩の豊穣が息づいています。
こんなふうに何でもその世界に入ってみなければ、本当の姿は見えないモンですね。








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第64話 富岳act.2―another,side story「陽はまた昇る」

2013-04-24 00:29:23 | 陽はまた昇るanother,side story
懐旧と現実、そして希望



第64話 富岳act.2―another,side story「陽はまた昇る」

8月の平日朝、下り方面の列車は空いていた。
ハイカーらしい服装の乗客も幾人かいる、その合間に席へ腰下す。
連れ立つ相手も一緒に坐りこむと物珍しげに車内を見まわし、テノールが笑った。

「電車ってさ、今はカード1枚で乗り換えもナンでも出来るんだね?随分と進化したよね、」
「え、」

言われた言葉に周太は隣の笑顔を見つめた。
その笑顔は楽しげでも冗談の気配は無い、そんな幼馴染に周太は尋ねた。

「ね、光一ってもしかして電車に乗るの、すごく久しぶり?」
「だね、警学を卒業して以来ってトコだね、」

ちょっと考えるよう雪白の貌を傾げてくれる。
光一は高卒任官だから警察学校卒業から5年だろう、その間に一度も電車を使っていない?
それが予想外で、けれど納得も出来ると思いながら周太はIpodのイヤホンを片耳にセットし微笑んだ。

「いつも光一は車で動いているけど、本当に5年間ずっと車だけだった?」
「うん、車以外でって無いよね?あ、海外の遠征訓練の時は飛行機と、アッチの電車に乗ってるけどさ。何聴くの?」

答えと質問を同時にしてくれながら光一はデイパックからペットボトルを出した。
炭酸の弾く音と栓を開いて口付ける、その白い喉が動くたびオレンジの香かすかに零れだす。
その匂いが好みで今度買ってみたいな?そんな思案に微笑んで周太は片方のイヤホンを幼馴染の耳にセットした。

「イギリスのひとが作った曲だよ、賢弥から貰ったの、」

友だちを名前で呼ぶ、それが幾らか面映ゆい。
まだ名前呼びは間もない含羞に首すじを撫でた周太に、底抜けに明るい瞳が愉快に笑った。

「へえ?名前で呼ぶ相手が俺と英二と美代の他にも出来たんだね、そいつ東大の天才くんだろ?」
「ん、そうだよ…賢弥も俺のこと名前で呼んでくれるから、俺もね、」

答えながら少し気恥ずかしくて、けれど嬉しくなる。
こんなふう新しい友人のことを話せるのは何か誇らしい、光一の呼名も率直な賞賛が温かで嬉しい。
この幼馴染も賢弥には好意を感じるのだろう、嬉しくて微笑んだ額を白い指で小突くと光一は笑ってくれた。

「よかったね、良い友達になれそうでさ?でも英二は嫉妬するんじゃないかね、どうすんの?」

そんなこと英二がするのだろうか?
むしろ自分が嫉妬する方が多いだろうに?そんな想い首傾げながらIpodのスイッチ入れると訊いてみた。

「ね…英二が嫉妬なんてするのかな?」
「するね、賢弥ってホント良いヤツみたいだしね、きっと美代に対してと同じかソレ以上に嫉妬するんじゃない?あ…、」

可笑しそうに答えてくれる笑顔が、ふっと止まった。
ペットボトルに蓋すると白い長い指はイヤホンを包んで透明な瞳が瞑られる。
瞑目する秀麗な横顔は音を追ってゆく、その静謐に微笑んで周太はそっと鞄から本を出し膝に開いた。

……

If “manners maketh man” as someone said
Then he’s the hero of the day
It takes a man to suffer ignorance and smile
Be yourself no matter what they say

I’m an alien, I’m a legal alien
I’m an Englishman in New York…

Modesty, propriety can lead to notoriety
You could end up as the only one
Gentleness, sobriety are rare in this society
At night a candle’s brighter than the sun

Takes more than combat gear to make a man
Takes more than license for a gun…

……

ハスキーな声がサックスと謳ってゆく。
掠れているのに澄んだ低い声と軽やかに歩くようなビートが音を刻む。
どこか夜明けを想わす旋律と異国の詞は明るく切ない、そんな空気は今、隣に座る横顔と似ている。

―この曲を光一、知ってたのかな?だからさっき、あ、って…

心裡ひとりごとに見つめる横顔は、長い睫を伏せたままイヤホンを掌に包んで聴いている。
その睫から光ひとしずく零れて砕けて、周太は軽く息呑んで悟った。

―想い出の曲なんだね、雅樹さんの、

この曲は自分たちが生まれる前に作られて、そのころ雅樹は思春期だったろう。
切なく明るい音も優しいトーンで紡ぐ詞も、光一から聴く雅樹の雰囲気とあっている。
きっと光一を助手席に乗せた四駆の車内、カーステレオで聴くこともあったかもしれない。
そんな記憶を幼馴染の涙に見つめて周太は静かに視線を膝のページに向けた。

―そっとしておいてあげたい、今日はきっと特別だろうから…ね、光一?

今日、久しぶりに光一は故郷へ帰る。
日帰りの短い時間を光一は実家の山と畑を見、祖父母を手伝うだろう。
そして多分、両親の墓参りを終えたらあの山桜の森へ行って、それから雅樹の墓に行く。
その時間を想いながら今聴いている音と詞に、懐かしい愛しい記憶を辿っているのかもしれない。



ホームへ降り立つと、ふわり緑ほのかな香が霞めた。
河辺の駅から山嶺は近くない、それでも吹く風に山の気配は薫らす。
発車して行くレール音を聴きながら歩く隣、テノールが歌うよう笑った。

「山の風だね、水の匂いもナントナクする、残暑の湿気が匂いを運んでくれるね、」
「ん、そうだね、」

微笑んで見上げた先、底抜けに明るい目が嬉しげに笑う。
その眼差しは第七機動隊舎で見るよりずっと明るんで寛ぐ、そんな表情に幼馴染の本音を見て周太は口を開いた。

「光一、やっぱり黒木さんはね、その、色々と大変なの?」

第七機動隊山岳救助レンジャー第2小隊所属、黒木要巡査部長。
彼についての噂は自分も先輩たちから聴いている、けれど七機で光一に尋ねることは控えていた。
それでも今この河辺の街でなら話せるだろう、そんな想いと改札口を潜るとテノールは可笑しそうに微笑んだ。

「高田さんか本田くんアタリかね、ゲロっちゃったのは?」

山岳の第2小隊員である高田とは森林学を通じて仲良くなった、本田とは年齢が近くて銃器の松木と同期な為に親しい。
だから二人を真先に挙げるのは当然だろう、けれど黒木の件を聴いているのは二人からだけでは無い。
その事実に正直なまま周太は幼馴染に告げた。

「他の人も皆だよ、浦部さんが言う位だから…銃器対策でもね、箭野さんと菅野さんも言ってた、」

自分が所属する銃器対策レンジャーの先輩からも黒木の件は聴いている。
それほどに1ヶ月で黒木と光一の事は噂になってしまった、その現実は楽しい訳が無い。

―でも光一は愚痴を全然言わないんだ、誰にも、俺にも…たぶん英二にも未だ言ってない、

いま本当は吐きだしたい事もあるはず、真直ぐな光一の性分なら尚更に言いたいだろう。
それでも小隊長という指揮官の立場から黙って飲みこんでいる、だからこそ尚更に光一の信望は篤い。
そんな光一の姿は1ヶ月前と別人のようで本質を知るだけ心配にもなる、そんな思案と見上げた周太に怜悧な瞳が笑ってくれた。

「浦部さんと箭野さんが言うんじゃあ、余程って思われちゃうね?その件で俺、岩崎さんに相談と原サンの事情聴取に来たね、」

飄々と笑いながら白い指が軽く額を小突いてくれる。
そんないつも通りの様子にすこし安堵しながら、周太は幼馴染に笑いかけた。

「お家の用事済ませたら御岳駐在に行くんでしょ、俺も帰りは御岳に行けば良いかな?」
「だね、御岳駐在で待ち合わせしよっかね。周太も岩崎さんと話したいだろうし、なにより、ねえ?」

ねえ?と笑う悪戯っ子な眼差しが瞳を覗きこんでくれる。
なんのことか解らなくて小首傾げた耳元へ長身を屈めて、楽しげなテノールが囁いた。

「…原サン見たいよね、周太ライバル見学ってカンジ?」

らいばるとかってどういう意味なわけ?

言われた台詞に首筋を勝手に熱が昇りだす。
もう赤くなりそうで余計に気恥ずかしい、熱い顔で周太は隣の笑顔を睨んだ。

「らいばるってどういう意味なわけ?」
「英二を廻ってに決まってるね、他に何があるワケ?」

即答して笑う雪白の貌は愉快に明るくほころんでいる。
こんな笑顔は憎めない、けれど言ってくれる言葉に唇結んだ先からテノールが追い打ちかけた。

「ほら、英二と原サン二人きりでビバークしちゃったろ?霧の山中なんて何ヤってもバレないからね、正妻宣言して牽制しとけば?」

何ヤってもって、何するの?
そんな自問に額まで熱くなって周太は幼馴染へ抗議した。

「へんなこといわないで光一、だいたい原さんは俺のこと知らないんだからね、そんなおおっぴらに言っていいことじゃないでしょ」
「大っぴらにしちゃえば?いつも主人が世話になってます、ってね、」

軽やかに言って底抜けに明るい目が笑ってくれる、その表情に心止まりかけてしまう。
こんなふうに周太と英二の幸福を取り持ってくれる底には、さっき電車で見た涙の泉が澄んでいる。

―自分と雅樹さんが寄りそえなかった分もって願ってくれてる、いつも、こんな時ですら、

いつも光一の視界にはきっと、雅樹の瞳が映っている。
そう解るから光一の悪戯っ気も何もかも全てが愛おしい、そして笑顔でいてほしいと願ってしまう。
だから今も光一が明るく笑ってくれるなら一緒に笑いたい、この願いに周太は腕を伸ばし雪白の額を小突いた。

「ばか、けっこんまえからそんなこといいません、それに英二の許可なくそんなことだめ、内緒にして?」
「はーい、出来るだけ俺も黙っとくね、」

軽妙に返事してカーゴパンツの長い脚を歩かせてゆく、その足元は登山靴が鳴っている。
今ごろ英二も夏富士の道を登山靴で登ってゆくのだろう、そんな想像をするうち懐かしい庁舎の門を二人通った。
そして入口を入ってすぐに職員らしい顔が振向いて光一へと手を挙げ微笑んだ。

「久しぶりです、国村さん、今日はどうしたんですか?」
「お久しぶりです、ちょっと里帰りと相談にね、」

明るいテノールで笑い返しながら、慣れた貌で廊下を歩いてゆく。
その足取りも横顔も楽しげで嬉しくなる、それでも少しの緊張と歩いて懐かしい扉をノックした。
そのまま雪白の手は開いて部屋に入ると、デスクから振り向いた白衣姿へ光一は笑いかけた。

「失礼します、吉村先生、周太のお供してきましたよ、」
「国村くんも一緒だったのか、お帰りなさい、」

お帰りなさい、そう言って立ち上がった白衣姿の笑顔は温かい。
いつもの穏かな眼差しが周太を見、深い透る声が笑ってくれた。

「元気そうだね、湯原くんも。すこし日焼けして精悍な感じになったかな?」
「お蔭さまで元気です、あの、昨日の今日ですみません、」

恐縮しながらも微笑んで周太は頭を下げた。
その前で医師は往診鞄をデスクから取りながら、提案してくれた。

「謝らないで下さい、いつでも大歓迎ですから。電話で話したように今から往診なので一緒にうちの病院へ行って、あちらに居て下さい。
待つ間に資料など見て頂けると思うのですが、電話で仰っていたご質問は何でしょうか?内容によってはこの机から資料を出しますので、」

今日は吉村医師に質問したくて自分は来た。
その内容への緊張ひとつ息吐いて、周太は篤実な医師へと告げた。

「銃創の応急処置について伺いに来ました、僕にも出来る限りの処置を教えて下さい、」

答えた向こう側、穏やかな瞳が周太を真直ぐ見つめた。
その眼差し深くには悲しみと、それでも希望を繋ぐ意志が温かい。






(to be continued)

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久しき春、三寒四温

2013-04-23 19:24:23 | お知らせ他
春の日長に、



こんばんわ、晴れのち曇りだった神奈川です。
なんか昨日も同じ天気でした、春らしい気候ですかね?

昨夜UPの短編「暁光の歌10」加筆校正終っています、明広の手紙へ思案する雅樹です。
第64話「富岳1」も加筆校正ほぼ終わっています、「富嶽」湯原サイドです。
今夜はこの2つの続きをUPする予定をしています。

菜の花って、良い花ですよね。
黄色い花は可愛いし、食べられるし。笑
自分の母校では学食で春になると、たぬきうどんに菜の花が+αされていました。
そんな懐かしい花を見るたびに大学時代のアレコレを想いだします。

取り急ぎ、




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