朋友の聲に
harushizume―周太24歳3下旬
第85話 春鎮 act.12-another,side story「陽はまた昇る」
学舎の窓に緑ゆれる、公孫樹だろうか?
古書かすかに香る廊下ふたり歩く、靴音しんと響いて影ゆらす。
足元たどらす木洩陽あわく青くて、明るい窓に周太は微笑んだ。
「賢弥、もうイチョウが芽吹いてる…毎年こんな?」
キャンパスめぐらす大樹は今、梢の春。
こんなに芽吹き早かったろうか?眺める窓に友達が笑った。
「去年より早いよ、周太を祝ってんのかもな、」
靴音かろやかに闊達が笑う。
星霜しんと古びた窓、朗らかな声に笑いかけた。
「僕を…どうして?」
「周太が大学院を受けるからだよ、本気で学問しようってさ?」
闊達な声まっすぐ笑いかけてくれる。
眼鏡を透かす聡明まぶしくて、ほら、憧れそうに痛い。
「ありがとう賢弥、でも…僕は…」
僕は、こんなこと言ってもらえる資格ある?
―賢弥はまだ何も知らないんだ、僕が何してきたかも、
ほんとうのことを知っても君、そんなふうに僕に笑う?
そんな質問ほんとうは抱えている。
ずっと言えなかった、訊けなかった、でも、今かもしれない。
“僕は警察官なんだ、”
この事実ずっと言えていない、言えないまま一年を共に学んでしまった。
ただ公務員だとしか言えなかった、それは公務の為であってもわだかまる。
その現実ごと告白する時かもしれない、だって信じてくれている、そして自分も、
「ん?なに周太?」
緑の窓辺に笑ってくれる、朗らかな澄んだ聡い瞳。
ずっと美しいものだけ見つけてきた、そんな眼に勇気ひとつ呑みこんだ。
言おう、今ここで。
「…賢弥、ニュースは見た?」
自分は映ってしまった、あの姿あの場所で。
―現場を中継されたんだ、官僚の籠城事件がニュースにならないわけない…だからおばあさまは、
雪の高峰ふかい山小屋、政府高官の人質籠城事件。
こんな事件はマスコミの格好の餌食だ、テレビも新聞も埋め尽くされて当たり前。
だからこそ大叔母も自分を「籠城」させてくれた、もう解る状況と友人を見つめた。
「僕ね、この10日間ずっとテレビも新聞も見ていないんだ…僕を守るために祖母が隠してくれてた、」
だから大叔母は、携帯電話も取り上げてくれた。
自分が眠っていた時間なにが起きていたのか?たどれる推測に口開いた。
「僕の携帯番号を変えたのもマスコミや職場から隠すためで…喘息でてたのは本当だけど、元気でも10日間は家から出してくれなかったと思う、」
声にする前、眼鏡の瞳じっと鎮かに見つめてくれる。
何かもう聴いている気づいている、そんな眼ざしに問いかけた。
「さっき賢弥も言ったよね、田嶋先生が元気ないって…ニュース見たんでしょう?祖母に事情も聴いたからだよね、先生も賢弥も、」
田嶋先生すげーしょげてたんだぞ?
再会のキャンパス、そう言われた時から考えていた。
それにヒントもうひとつ。
『周太がらみなら慰める適任者は俺だし、』
恩師と共に知ったのだろう、この友人も。
だから「適任者」なりえたのだろう、と、言葉から気づいた。
そうして読んだ空白の時間に唇そっと噛んで、声押しだした。
「…賢弥を信じたいんだ僕、だから本当のこと教えて賢弥…あのニュースみんな見たんでしょう?」
この大学で、どれだけの人が「見た」だろう?
それを知らないままでは入られない、迷惑かけるかもしれないのに?
こんなことになると思わなかった、ただ自分の甘さに聡い瞳が笑ってくれた。
「周太ああいうカッコも似合うんだな、驚いたけどカッコよかったよ?」
眼鏡の瞳くしゃっと笑う、闊達な声ほがらかに徹る。
変わらない、相変わらずの笑顔がブルゾンの腕ぱっと伸ばした。
「カッコいいから周太、そんな貌するなよ?」
ぽん、ブルゾンの腕が肩つかんでくれる。
眼鏡の瞳すっと近づいて、まっすぐ笑ってくれた。
「そりゃあんなの驚いたけど、一緒に夢やろうって相手だろ?どんな周太が出てきても俺は諦めるツモリないから、な?」
見つめてくれる瞳まっすぐ明るい。
ただ信じて見つめくれる、その視線が響いて零れた。
「賢弥、僕は…警察官なんだ、この三月で辞める、でも…迷惑かけるかもしれないんだ、」
一緒に夢やろう、
そう言ってくれる視線を裏切りたくない、信じたい。
信じたくて守りたくて、それでも逃げられない現実を告げた。
「僕は目的があって警察に入ったんだ、だから…僕といると巻き込まれるかもしれない」
この友人と一緒にいたい、一緒に夢を。
そう願っている、あの場所でも夢見ていた。
それでも解らないこと多すぎて、そんな不確定要素に賢弥が笑った。
「かもしれないなら俺、平気かもしれない、に懸けるよ?」
懸けるよ?
その一言に揺すられる、響いてしまう。
どうしてこんなふう言ってくれる?見つめた真中で温もりが笑った。
「俺だって目的あるから大学院に行くし、目的のために周太を巻きこんでるだろ?おあいこだよ、」
校舎の窓、陽だまりの眼ざし温かい。
この明眸が自分は好きだ、好きだからこそ首を振った。
「でも賢弥、ほんとうに危ないかもしれないんだ、僕がしてきたことは」
「危ないから、なんだよ?」
遮って、でも歩く足は止まらない。
眼鏡のむこう自分を見つめて、揺るがない声が笑った。
「俺だってな、自分の目的に一生懸けてんだぞ?そのために周太が必要なら仕方ないだろ、」
闊達な声が笑ってくれる。
見つめてくれる明眸まっすぐ自分を映す、そんな笑顔が言った。
「もし危険に遭ってダメになったら、俺の夢はその程度ってことだろ?何したって危なかろうが関係ねえよ、」
関係ない、そんなふう笑ってくれるの?
この言葉ほんとうに真実なら嬉しい、幸せだ。
それでも背負わせてしまう重荷は軋んで、そんな痛みすら明眸が笑った。
「やっと見つけた研究パートナーなんだ、だから俺は懸ける。一緒に学ぼう周太?」
瞳ふかく熱い、肚底ゆるやかに燈される。
喉せりあげて痛んで、そして温かな滴あふれた。
「賢弥っ…ぼくは、」
僕は学ぼう、君と。
「ぼくは…ほんとに」
燈された熱あふれる、聲こぼれて声つまる。
涙あふれて頬が熱い、喉が熱くて肚底しずかに響いてしまう。
「…ほんとに賢弥、僕は…ここにいていいの?」
聲やっと訊ける。
ずっと本当は訊きたかった、この学友の隣にいていいのか?
ほんとうに許される?確かめたい願いに明眸まっすぐ肯いた。
「あたりまえだろ周太、周太がダメなら俺こそダメだろ?」
どうして君、いつもそんなふうに?
こんな言葉いつも見つめてくれる瞳、ただ幸せで微笑んだ。
「ん…でも、まず大学院に受からないとね?僕も賢弥も、」
鍵をつかもう、僕も君も。
笑いかけた隣、緑あかるい窓に笑ってくれた。
「ほんっと、まずそれだな?」
「そうだよ…今日も美代さん受かってるといいな、」
微笑んで今日を想う、彼女はここに立てるだろうか?
願いたい明日と歩く廊下、闊達な声が言った。
「小嶌さんなら大丈夫だと思うけどな、先生たち飲み会の予約してたし?」
言われた言葉に考えめぐる。
それってつまり、そうだろうか?
「もしかして青木先生って…採点のご担当?」
「担当じゃないよ、でも学内なんて知り合いだらけだろ?」
聡い瞳が笑う、その言葉に明るんだ。
「そっか…その推理、正解かも?」
「だろ?ほんと青木先生って嘘つくのヘタクソだよな、」
うなずいてくれる笑顔にうれしくなる。
ほんとうに正解だといいな?軽くなる足に友人が言った。
「周太、俺たちも院試がんばろうな?一緒にさ、」
「ん、がんばるよ…僕ほんとに、」
うなずいて視界やわらかに明るます。
これから共に歩く、そんな約束はうれしくて、そして記憶ふれる。
『周太、この貝殻みたいに離れず一緒にいよう、』
夏の海、笑ってくれたひと。
あの笑顔を昨日も想った、昨日の海で記憶に泣いた。
あの感情と今この窓はまったく違う、それでも「一緒に」が重ならす。
「周太、はい?」
隣からハンカチ渡される。
肌やわらかなタオル生地に眼鏡の瞳くるり笑った。
「涙ちゃんと拭けよ、先生たちに質問されんぞ?なんで泣いてんだーってさ、」
「あ…、」
言われて頬ふれて、指先そっと雫つたう。
とまらない温もり気恥ずかしくて、ハンカチ素直に目元ぬぐった。
(to be continued)
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