酌み交わすなら、
第86話 花残 act.10 side story「陽はまた昇る」
思いがけないことが自分を救うこともある、
たとえば、嫌いな人間の笑顔。
「ビールいきわたったかー!」
「あとグラス3つお願いします、」
行きかうグラス、笑い声、あまい熱いアルコールの匂いほろ苦く弾ける。
いつもの食堂、見慣れた顔たち、けれど今夜は酒にぎやかに薫りたつ。
黄金ゆれる泡はじける宴席にグラスのはざま、隣人がつぶやいた。
「…最初はビールって、誰が決めたんだろ?」
低い声どこか苦々しい、けれど笑っている。
そんな横顔に英二は微笑んだ。
「浦部さん、乾杯は口つけるフリだけでいいですよ?」
この先輩はビールが苦手だ?
この半年に見た推測に、切長の眼が瞬いた。
「なんで宮田くん、そんな提案してくれる?」
「浦部さんがビールを頼んだとこ、見たことありませんから。」
答える声すこし低めて、けれど顔はなにげなく笑ってみる。
この会話は内緒がいい、そんな判断に爽やかな白皙ほころんだ。
「よく見てるんだね?言わないでバレたの初めてだよ、」
そりゃ見てるよ周太にかまう人間だからな?
なんて本音つい答えたくなる、つい沸き返る。
けれど前ほど苛立たない肚と笑いかけた。
「乾杯したら、飲まないでテーブルに置いてください、」
これだけ言えば解るだろう?
そんな信頼の先、敏い先輩は切長の眼ほがらかに笑った。
「宮田くんに貸しって、高そうだね?」
「高いですよ?」
笑いかけて宴の食堂、乾杯の声あがる。
グラス一息ほろ苦さ弾けて、空けたグラスを隣に置いた。
“もらいます”
声なく目配せ笑って、まだ泡きらめくグラスに手を伸ばす。
さらり唇つけて飲み干して、隣の先輩に笑いかけた。
「浦部さん、次は日本酒でいいですか?ワインも今夜はあるみたいですけど、」
次の酒に行こう?
なにげない誘いかけの視界端、浅黒い顔が立ちあがった。
「宮田さん、このあいだの続きしよう?」
ほら?誘いかけてきた。
―このまま受けてもいいけど、さ?
心裡つぶやいて顔は微笑む、声の主に笑いかける。
きっとまた「ポスターと同じ笑い方」だと思っているだろう、そんな相手に口ひらいた。
「いいですけど、佐伯さんとサシ飲みしたいと浦部さんに言われたばかりで、」
言いながら臨席へ、先輩に笑いかける。
この男は逃げない、ただ確信の先で切長の眼ぱっと笑った。
「佐伯くんの地元は日本酒うまいよな、銘柄とか教えてよ?」
こういう言い方、ほんと巧いよな?
―浦部のこういうとこ信頼できるんだよな、憎たらしいけどさ?
本音つい心裡が笑う、だって信頼と憎たらしいだ?
まだ何も言っていない、ただビール一杯を代りに飲んだ。
それだけで理解して「佐伯と」を受けてくれる、そこにある浦部の意志が解ってしまう。
―ほんとは悔しいに決まってる、訓練でも登攀で負けたら浦部は、
アルパインクライマーのプライドが「勝負」に浦部を肯かせる。
さっき訓練場で僅差に負けた、その相手を負かせる可能性に挑む意志すら朗らかに笑う。
「芦峅寺で飲ましてもらった酒の名前、旨かったのに酔っちゃって憶えてないんだよ。佐伯くんならわかると思ってね、」
ほら?笑いかける言葉にも油断を誘う、そうして相手の逃げ道を絶っていく。
負かせるなら山でも酒でも何でもいい、そんな本音が穏やかな切長い眼から笑いかける。
「宮田くんほど俺は酒、強くないかもだしね?佐伯くんは、俺だとつまらないかな?」
穏やかな低い声ほがらかに笑いかける。
こういう言い方は謙虚で、けれど相手を逃がさせない。
―俺が持ち掛けなくても挑んでたかもな、浦部ならさ?
ただ微笑んで眺めるテーブル、隣席の先輩ただ穏やかに明るい。
こういう男だから信頼できるし憎たらしい?とっくに自覚している本音の先で、浅黒い顔が微笑んだ。
「いいですよ、浦部さんの好きな酒も教えてください、」
受けて立つ。
そんな意志まっすぐな瞳が笑う、広やかな肩が歩み寄る。
ジャージの背しなやかな強靭は目前に座って、ことん、コップ3つ置いた。
「宮田さんも呑みますよね?」
先輩の顔は立てる、けれど自分の意志も曲げない。
そう笑ってくる瞳まっすぐで、なんだか懐かしくて可笑しくて笑った。
「オジャマでなければ、」
コップひとつ受けとって、こんな状況に笑ってしまう。
だって隣は嫌いだった男、前に座るのは嫌ってくる男だ。
こんな席でも飲みだしたなら旨い酒だろうか?
「まずは、近場の酒からいきますか?」
酒瓶と、そんな可笑しさに手を伸ばした。
※校正中
(to be continued)
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英二24歳3月末
第86話 花残 act.10 side story「陽はまた昇る」
思いがけないことが自分を救うこともある、
たとえば、嫌いな人間の笑顔。
「ビールいきわたったかー!」
「あとグラス3つお願いします、」
行きかうグラス、笑い声、あまい熱いアルコールの匂いほろ苦く弾ける。
いつもの食堂、見慣れた顔たち、けれど今夜は酒にぎやかに薫りたつ。
黄金ゆれる泡はじける宴席にグラスのはざま、隣人がつぶやいた。
「…最初はビールって、誰が決めたんだろ?」
低い声どこか苦々しい、けれど笑っている。
そんな横顔に英二は微笑んだ。
「浦部さん、乾杯は口つけるフリだけでいいですよ?」
この先輩はビールが苦手だ?
この半年に見た推測に、切長の眼が瞬いた。
「なんで宮田くん、そんな提案してくれる?」
「浦部さんがビールを頼んだとこ、見たことありませんから。」
答える声すこし低めて、けれど顔はなにげなく笑ってみる。
この会話は内緒がいい、そんな判断に爽やかな白皙ほころんだ。
「よく見てるんだね?言わないでバレたの初めてだよ、」
そりゃ見てるよ周太にかまう人間だからな?
なんて本音つい答えたくなる、つい沸き返る。
けれど前ほど苛立たない肚と笑いかけた。
「乾杯したら、飲まないでテーブルに置いてください、」
これだけ言えば解るだろう?
そんな信頼の先、敏い先輩は切長の眼ほがらかに笑った。
「宮田くんに貸しって、高そうだね?」
「高いですよ?」
笑いかけて宴の食堂、乾杯の声あがる。
グラス一息ほろ苦さ弾けて、空けたグラスを隣に置いた。
“もらいます”
声なく目配せ笑って、まだ泡きらめくグラスに手を伸ばす。
さらり唇つけて飲み干して、隣の先輩に笑いかけた。
「浦部さん、次は日本酒でいいですか?ワインも今夜はあるみたいですけど、」
次の酒に行こう?
なにげない誘いかけの視界端、浅黒い顔が立ちあがった。
「宮田さん、このあいだの続きしよう?」
ほら?誘いかけてきた。
―このまま受けてもいいけど、さ?
心裡つぶやいて顔は微笑む、声の主に笑いかける。
きっとまた「ポスターと同じ笑い方」だと思っているだろう、そんな相手に口ひらいた。
「いいですけど、佐伯さんとサシ飲みしたいと浦部さんに言われたばかりで、」
言いながら臨席へ、先輩に笑いかける。
この男は逃げない、ただ確信の先で切長の眼ぱっと笑った。
「佐伯くんの地元は日本酒うまいよな、銘柄とか教えてよ?」
こういう言い方、ほんと巧いよな?
―浦部のこういうとこ信頼できるんだよな、憎たらしいけどさ?
本音つい心裡が笑う、だって信頼と憎たらしいだ?
まだ何も言っていない、ただビール一杯を代りに飲んだ。
それだけで理解して「佐伯と」を受けてくれる、そこにある浦部の意志が解ってしまう。
―ほんとは悔しいに決まってる、訓練でも登攀で負けたら浦部は、
アルパインクライマーのプライドが「勝負」に浦部を肯かせる。
さっき訓練場で僅差に負けた、その相手を負かせる可能性に挑む意志すら朗らかに笑う。
「芦峅寺で飲ましてもらった酒の名前、旨かったのに酔っちゃって憶えてないんだよ。佐伯くんならわかると思ってね、」
ほら?笑いかける言葉にも油断を誘う、そうして相手の逃げ道を絶っていく。
負かせるなら山でも酒でも何でもいい、そんな本音が穏やかな切長い眼から笑いかける。
「宮田くんほど俺は酒、強くないかもだしね?佐伯くんは、俺だとつまらないかな?」
穏やかな低い声ほがらかに笑いかける。
こういう言い方は謙虚で、けれど相手を逃がさせない。
―俺が持ち掛けなくても挑んでたかもな、浦部ならさ?
ただ微笑んで眺めるテーブル、隣席の先輩ただ穏やかに明るい。
こういう男だから信頼できるし憎たらしい?とっくに自覚している本音の先で、浅黒い顔が微笑んだ。
「いいですよ、浦部さんの好きな酒も教えてください、」
受けて立つ。
そんな意志まっすぐな瞳が笑う、広やかな肩が歩み寄る。
ジャージの背しなやかな強靭は目前に座って、ことん、コップ3つ置いた。
「宮田さんも呑みますよね?」
先輩の顔は立てる、けれど自分の意志も曲げない。
そう笑ってくる瞳まっすぐで、なんだか懐かしくて可笑しくて笑った。
「オジャマでなければ、」
コップひとつ受けとって、こんな状況に笑ってしまう。
だって隣は嫌いだった男、前に座るのは嫌ってくる男だ。
こんな席でも飲みだしたなら旨い酒だろうか?
「まずは、近場の酒からいきますか?」
酒瓶と、そんな可笑しさに手を伸ばした。
※校正中
(to be continued)
七機=警視庁第七機動隊・山岳救助レンジャー部隊の所属部隊
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