unlock 解錠、その途
第78話 灯僥act.14-another,side story「陽はまた昇る」
帰ってきたと、この部屋に想うようなっている。
カーテン開いたままの窓は鉄格子、けれど座りこんだソファの馴染んだ感触にほっとする。
もう昨日から緊張ずっと続いていた、そして今も続いている不安と現実ごと茶封筒を抱きしめる。
この書類どうやって遣うつもりなのだろう?そこにある自分の明日を把握する男を周太は真直ぐ見つめた。
「伊達さん、この書類どうするんですか?伊達さんまで謹慎処分を破って何をするつもりなんですか?」
伊達巡査部長と湯原巡査に謹慎を命じる、明後日の正午ここに出頭しろ。
そう命じられた正午はもう明日だ、けれど謹慎命令ふたり共に破ってしまった。
こんなこと知られたら処分どれだけ重くなる?その心配に沈毅な瞳は可笑しそうに笑った。
「湯原なら解かってるだろ?」
言いながらコンビニの袋から瓶ひとつ出してくれる。
ことん、テーブル置いて水滴そっとガラスを伝う、その雫に窓の光映りこむ。
昨日からカーテン閉じていない、そう想いだしながら先輩の問いに口開いた。
「喘息の発作で一晩入院したことにするんですか?謹慎処分を破ったアリバイのために…でも見え透いていませんか、」
「なぜ見え透いてるって思う?」
問い返しながら黒いコート脱いで台所へ行ってしまう。
戸棚ひらきグラス2つ出す、その迷わない動きはどこに何あるか解かっている。
そんな慣れた仕草に来訪の数ながめながら答えた。
「監視カメラがあるって伊達さん仰っていましたよね、廊下とか…僕が勝手に寮を出たこと自体が写っているのに、謹慎を破った言訳なんかなりますか?」
この待機寮から無断で外出した時点で危ないのではないか?
そう問いかけた前にグラス置きながら鋭利な瞳は笑った。
「コンビニくらい仕方ないって上も解ってるぞ?休みに召集されて買物できなかったまま謹慎とか餓えるだろ、餓死させるつもりは上にも無い、」
「確かにそうですけど、でも新宿のコンビニまで行くなんてありません、」
言われたこと納得しながらも引き下がれない。
だって自分は地下鉄に乗り新宿まで行ってしまった、けれど先輩は微笑んだ。
「湯原は新宿に行っていない。この近くで喘息の発作を起こしたところを俺が見つけて入院させた、それだけだ、」
こんなこと責任また被るつもりだ?
それが解かるから肯えないまま周太は首振った。
「入院は頂いた書類で誤魔化せるかもしれません、でも伊達さんが寮を出入りするところは監視カメラに残っているんじゃないですか?」
「大丈夫だ、昨日の夕方から俺はここに戻ってない、」
即答に低い声が笑ってくれる。
その行動の意味を伊達は続けてくれた。
「さっきも言った通りだ、俺は昨日の夕方に湯原の部屋を訪ねたら買物らしく留守だった、それで俺も車で買物に出たら発作でうずくまる湯原を見つけた。
そのまま車で運んであの女の病院に入院させて一晩ずっと俺も付添った、上には昨夜そう連絡してある。だから湯原が余計なこと言えば俺が危なくなるな?」
やっぱり伊達は責任すべて被ってしまった。
こんなことになる予想なにもしていない、ただ途惑い哀しくて首振った。
「伊達さん、どうしてそんなこと…なぜ僕を放っておかないんですか、迷惑ばかりかけているのに、」
「気にするな、俺の都合だ、」
さらり返してくれながら瓶からグラスへ注いでくれる。
ことこと水音やわらかに発泡の香あまい、そんな優しいテーブルに怜悧な瞳は笑った。
「湯原の謹慎違反がバレたら教育係でパートナーの俺も連帯責任だ、だから勝手にアリバイ工作させてもらった。俺の命令に異論は認めない、いいな?」
この言い方、前にも聴いたことがある。
『俺が命令したんだ、黙っていろって。縦社会の警察組織では君は俺の命令には逆らえないはずだよ、これは俺の命令だ、従ってもらう、解ったね?』
あのとき自分を庇ってくれた人は今どうしているのだろう、あの懐かしい笑顔と今が重なって優しい。
こんなふうに自分は結局いつも誰かを巻き込んで負わせてしまう、そんな自分あらためて赦せないまま微笑んだ。
「伊達さんは僕の幼馴染と似ています、頭が良くて優しくて…こんな馬鹿な僕のこと庇ってくれて、」
庇ってくれた、だから自分も大切な人を任せたいと想った。
あれは1月の雪山だった、あの雪の森で記憶ごと初恋は蘇えって自分の罪を思い知らされて、そして退こうと想った。
―ずっと僕を待ってくれた光一だから英二が好きならって、それなのに僕は…英二を結局ゆるせなくて、
待ち続けて庇ってくれた光一、だから望むのなら英二と抱き合い幸せになってほしかった。
けれど現実になれば英二を赦せない自分がいる、唯ひとりの約束を破られて赦せないまま見失って昨夜も詰問した。
なぜ英二は自分と出逢ったのだろう、自分に近づいたのだろう?その目的も想いも全て疑って昨夜なにひとつ解らなかった。
『周太、今度の夏は必ず北岳草を見せてあげるよ?絶対の約束だ、』
唯ひとつ昨夜の涯に解かったのは約束、あの約束だけ信じている。
唯ひとり恋愛に見つめる笑顔、あの笑顔すら見失いかけそうな「沈黙」は哀しくて何も解らない自分は馬鹿だ。
あの1月をまた繰りかえす愚かな自分が嫌で赦せなくて、それなのに今もまた護られようとしている全てが哀しい。
「ほら湯原、喉乾くとホントに発作が来るぞ?水分ちゃんと飲め、アルコール入ってないし傷も沁みないだろ、」
ただ笑って発泡ゆれるグラスを勧めてくれる。
こういう優しい人の本当は哀しみたくさん見ている、あの幼馴染もそうだ。
ただ俤を見つめながらグラスとって唇ひとくち、涼やかな甘さほっと微笑んだ。
「おいしいです…サイダーって僕ひさしぶりに飲みました、」
「たまには良いだろ、すっきりして、」
微笑んで向かいもグラスに口つける。
その笑顔おおらかに優しくてまた申し訳なくなってしまう、そんな思案ごと口開いた。
「伊達さん、お母さんは僕の主治医の先生と大学で同期だったそうです、奥多摩にいる先生なんですけど…僕のこと前から相談受けてたって、」
伊達の母親と吉村雅人医師が知人だった、それは幸運な偶然だろうか必然だろうか?
こんな廻りあわせ尋ねたいまま低く透る声すこし笑った。
「そっか、だから診断書もすぐ書けたのか、」
「はい、」
頷きながら母子の関係すこし見つめてしまう。
今まで聴かされている伊達と母親の関係は容易くない、そして自分の母とは違い過ぎる。
きっと哀しい想いも少なくなかったろう、そんな笑顔はサイダー啜りながら口を開いた。
「あの女はな、離婚した翌年に受験して医大に入ったんだ。元から医者になりたかったんだと、でも気管支を専門に選んだのは弟への罪滅ぼしかもな、」
母親は出ていった、
そう教えてくれたとき伊達の眼は沈毅なままだった。
けれど続く言葉は哀しくて、だから尚更に冷静な眼差しは堪えているようのも見えた。
『古い家でな、嫁に来て馴染めないまま出ていった、弟の喘息のことも居辛い理由だったらしい。もう他に家庭があって息子二人は無いことになってる、』
そう話してくれたのは1ヶ月ほど前、秋の終わりの夜だった。
あの日に起きた事件は忘れられない、そして見てしまった手首の傷ある人は微笑んだ。
「昨日も俺が連絡したら最初の台詞、瑞穂になにかあったのかだったよ。結婚して俺たちの存在は隠してる言ってたクセにな?そしたらアレだ、」
可笑しそうに笑ってグラス口つける、その言葉たちに彼女の潔い嘘が見えてしまう。
まだ彼女は自身を赦していないまま生きている、そんな母親に低く透る声は続けた。
「あの病院に一人で住んで医者やってるんだとさ、俺から連絡したの昨日が初めてで病院も初めて行ったら独りだった。再婚は方便だって笑われたよ、
場所は聴いてたし開業しているのも知ってた、弟の小児喘息を治したのもあの女だからな。俺の父親もお人好しだから往診を許してたんだ、変な家だろ?」
話してくれることに昨日の時間が映りこむ。
きっとそういうこと、そう想えるまま笑いかけた。
「昨夜…お母さんといろんな話が出来たんですね、」
「まあな、」
短く答えてグラス口つける、その口許すこしだけ笑っている。
まだ昨日の今日、わだかまり全て解けたわけじゃないだろう?だから心配で尋ねた。
「でもお母さんを巻きこむなんて出来ません、診断書の日付とか入院とか嘘を…こんなことやっぱりだめです、」
離婚して、けれど母親であることは変わらない。
そんな人を巻き込んでしまうなど出来なくて、けれど沈毅な瞳は告げた。
「俺のためなら嘘ぐらい義務だ、あの女は。湯原は気にしなくていい、」
「気にします、こんな…申し訳ないです、」
素直な想い告げて哀しくなる、だって「嘘ぐらい義務だ」なんて哀しい。
こんな母子の関係は自分と違い過ぎてどうしていいか解らなくて、だけど精悍な口もと微笑んだ。
「本当にいいんだ、昨夜をくれたのは湯原だって思うからあの女も診断書を書いたんだろ、」
言われる言葉に母子の昨夜は温かい、だからこそ哀しくなる。
だってようやく少しだけ近づけたのだろう?それなのに負わせてしまった痛みに問われた。
「湯原こそ昨夜どこにいたんだ、まさか野宿なんかしてないだろうな?」
やっぱり訊かれてしまう、それも当り前だろう。
ここまで自分は話してもらった、だから訊かれることも当然なのに唇よどんだ。
「野宿はしていません…ちゃんとしたところに居たので心配しないで下さい、」
どこに誰と居たのかは言えない、だって怖い。
もし言えば迷惑かけるかもしれない、それは伊達も英二も同じことだ。
だから黙りこんだ唇にグラスつけて、そっと炭酸すすりこむ前でニット姿は立ち上がった。
「湯原、パソコン借りるぞ、」
なぜ?
「え…」
なぜパソコン借りるなど伊達は言うのだろう?
あのガード下で撮影した今朝の画像、あれを転送したこと気づかれてしまったろうか。
あの場所にまっすぐ現れた理由も「写真」だと伊達は解っていた、その不安に立ち上がった。
「伊達さん、なぜ僕のパソコンを使うんですか?」
今ここに伊達が来たのは「写真」あの証拠を消すためだろうか?
そんなことされたくない、14年懸けて掴んだ証拠を消されるなんて嫌だ。
だって今の自分にはこれしかない、たとえ見つけても英二が隠してしまった後で掴めなかった。
だから絶対にこれだけは譲れない、いま退けない視界の真中で沈毅な瞳すこし笑った。
「昨日、湯原に話したかったものを見せるだけだ、パソコン使われたくないなら俺の持ってくるか?」
聴いてくれながらニットの衿元からチェーン探りだす。
その先端、USBメモリーひとつ示して低く透る声は告げた。
「湯原が今朝いた場所に関わる情報が入っている、見るか?」
これは偶然だろうか必然だろうか?
(to be continued)
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第78話 灯僥act.14-another,side story「陽はまた昇る」
帰ってきたと、この部屋に想うようなっている。
カーテン開いたままの窓は鉄格子、けれど座りこんだソファの馴染んだ感触にほっとする。
もう昨日から緊張ずっと続いていた、そして今も続いている不安と現実ごと茶封筒を抱きしめる。
この書類どうやって遣うつもりなのだろう?そこにある自分の明日を把握する男を周太は真直ぐ見つめた。
「伊達さん、この書類どうするんですか?伊達さんまで謹慎処分を破って何をするつもりなんですか?」
伊達巡査部長と湯原巡査に謹慎を命じる、明後日の正午ここに出頭しろ。
そう命じられた正午はもう明日だ、けれど謹慎命令ふたり共に破ってしまった。
こんなこと知られたら処分どれだけ重くなる?その心配に沈毅な瞳は可笑しそうに笑った。
「湯原なら解かってるだろ?」
言いながらコンビニの袋から瓶ひとつ出してくれる。
ことん、テーブル置いて水滴そっとガラスを伝う、その雫に窓の光映りこむ。
昨日からカーテン閉じていない、そう想いだしながら先輩の問いに口開いた。
「喘息の発作で一晩入院したことにするんですか?謹慎処分を破ったアリバイのために…でも見え透いていませんか、」
「なぜ見え透いてるって思う?」
問い返しながら黒いコート脱いで台所へ行ってしまう。
戸棚ひらきグラス2つ出す、その迷わない動きはどこに何あるか解かっている。
そんな慣れた仕草に来訪の数ながめながら答えた。
「監視カメラがあるって伊達さん仰っていましたよね、廊下とか…僕が勝手に寮を出たこと自体が写っているのに、謹慎を破った言訳なんかなりますか?」
この待機寮から無断で外出した時点で危ないのではないか?
そう問いかけた前にグラス置きながら鋭利な瞳は笑った。
「コンビニくらい仕方ないって上も解ってるぞ?休みに召集されて買物できなかったまま謹慎とか餓えるだろ、餓死させるつもりは上にも無い、」
「確かにそうですけど、でも新宿のコンビニまで行くなんてありません、」
言われたこと納得しながらも引き下がれない。
だって自分は地下鉄に乗り新宿まで行ってしまった、けれど先輩は微笑んだ。
「湯原は新宿に行っていない。この近くで喘息の発作を起こしたところを俺が見つけて入院させた、それだけだ、」
こんなこと責任また被るつもりだ?
それが解かるから肯えないまま周太は首振った。
「入院は頂いた書類で誤魔化せるかもしれません、でも伊達さんが寮を出入りするところは監視カメラに残っているんじゃないですか?」
「大丈夫だ、昨日の夕方から俺はここに戻ってない、」
即答に低い声が笑ってくれる。
その行動の意味を伊達は続けてくれた。
「さっきも言った通りだ、俺は昨日の夕方に湯原の部屋を訪ねたら買物らしく留守だった、それで俺も車で買物に出たら発作でうずくまる湯原を見つけた。
そのまま車で運んであの女の病院に入院させて一晩ずっと俺も付添った、上には昨夜そう連絡してある。だから湯原が余計なこと言えば俺が危なくなるな?」
やっぱり伊達は責任すべて被ってしまった。
こんなことになる予想なにもしていない、ただ途惑い哀しくて首振った。
「伊達さん、どうしてそんなこと…なぜ僕を放っておかないんですか、迷惑ばかりかけているのに、」
「気にするな、俺の都合だ、」
さらり返してくれながら瓶からグラスへ注いでくれる。
ことこと水音やわらかに発泡の香あまい、そんな優しいテーブルに怜悧な瞳は笑った。
「湯原の謹慎違反がバレたら教育係でパートナーの俺も連帯責任だ、だから勝手にアリバイ工作させてもらった。俺の命令に異論は認めない、いいな?」
この言い方、前にも聴いたことがある。
『俺が命令したんだ、黙っていろって。縦社会の警察組織では君は俺の命令には逆らえないはずだよ、これは俺の命令だ、従ってもらう、解ったね?』
あのとき自分を庇ってくれた人は今どうしているのだろう、あの懐かしい笑顔と今が重なって優しい。
こんなふうに自分は結局いつも誰かを巻き込んで負わせてしまう、そんな自分あらためて赦せないまま微笑んだ。
「伊達さんは僕の幼馴染と似ています、頭が良くて優しくて…こんな馬鹿な僕のこと庇ってくれて、」
庇ってくれた、だから自分も大切な人を任せたいと想った。
あれは1月の雪山だった、あの雪の森で記憶ごと初恋は蘇えって自分の罪を思い知らされて、そして退こうと想った。
―ずっと僕を待ってくれた光一だから英二が好きならって、それなのに僕は…英二を結局ゆるせなくて、
待ち続けて庇ってくれた光一、だから望むのなら英二と抱き合い幸せになってほしかった。
けれど現実になれば英二を赦せない自分がいる、唯ひとりの約束を破られて赦せないまま見失って昨夜も詰問した。
なぜ英二は自分と出逢ったのだろう、自分に近づいたのだろう?その目的も想いも全て疑って昨夜なにひとつ解らなかった。
『周太、今度の夏は必ず北岳草を見せてあげるよ?絶対の約束だ、』
唯ひとつ昨夜の涯に解かったのは約束、あの約束だけ信じている。
唯ひとり恋愛に見つめる笑顔、あの笑顔すら見失いかけそうな「沈黙」は哀しくて何も解らない自分は馬鹿だ。
あの1月をまた繰りかえす愚かな自分が嫌で赦せなくて、それなのに今もまた護られようとしている全てが哀しい。
「ほら湯原、喉乾くとホントに発作が来るぞ?水分ちゃんと飲め、アルコール入ってないし傷も沁みないだろ、」
ただ笑って発泡ゆれるグラスを勧めてくれる。
こういう優しい人の本当は哀しみたくさん見ている、あの幼馴染もそうだ。
ただ俤を見つめながらグラスとって唇ひとくち、涼やかな甘さほっと微笑んだ。
「おいしいです…サイダーって僕ひさしぶりに飲みました、」
「たまには良いだろ、すっきりして、」
微笑んで向かいもグラスに口つける。
その笑顔おおらかに優しくてまた申し訳なくなってしまう、そんな思案ごと口開いた。
「伊達さん、お母さんは僕の主治医の先生と大学で同期だったそうです、奥多摩にいる先生なんですけど…僕のこと前から相談受けてたって、」
伊達の母親と吉村雅人医師が知人だった、それは幸運な偶然だろうか必然だろうか?
こんな廻りあわせ尋ねたいまま低く透る声すこし笑った。
「そっか、だから診断書もすぐ書けたのか、」
「はい、」
頷きながら母子の関係すこし見つめてしまう。
今まで聴かされている伊達と母親の関係は容易くない、そして自分の母とは違い過ぎる。
きっと哀しい想いも少なくなかったろう、そんな笑顔はサイダー啜りながら口を開いた。
「あの女はな、離婚した翌年に受験して医大に入ったんだ。元から医者になりたかったんだと、でも気管支を専門に選んだのは弟への罪滅ぼしかもな、」
母親は出ていった、
そう教えてくれたとき伊達の眼は沈毅なままだった。
けれど続く言葉は哀しくて、だから尚更に冷静な眼差しは堪えているようのも見えた。
『古い家でな、嫁に来て馴染めないまま出ていった、弟の喘息のことも居辛い理由だったらしい。もう他に家庭があって息子二人は無いことになってる、』
そう話してくれたのは1ヶ月ほど前、秋の終わりの夜だった。
あの日に起きた事件は忘れられない、そして見てしまった手首の傷ある人は微笑んだ。
「昨日も俺が連絡したら最初の台詞、瑞穂になにかあったのかだったよ。結婚して俺たちの存在は隠してる言ってたクセにな?そしたらアレだ、」
可笑しそうに笑ってグラス口つける、その言葉たちに彼女の潔い嘘が見えてしまう。
まだ彼女は自身を赦していないまま生きている、そんな母親に低く透る声は続けた。
「あの病院に一人で住んで医者やってるんだとさ、俺から連絡したの昨日が初めてで病院も初めて行ったら独りだった。再婚は方便だって笑われたよ、
場所は聴いてたし開業しているのも知ってた、弟の小児喘息を治したのもあの女だからな。俺の父親もお人好しだから往診を許してたんだ、変な家だろ?」
話してくれることに昨日の時間が映りこむ。
きっとそういうこと、そう想えるまま笑いかけた。
「昨夜…お母さんといろんな話が出来たんですね、」
「まあな、」
短く答えてグラス口つける、その口許すこしだけ笑っている。
まだ昨日の今日、わだかまり全て解けたわけじゃないだろう?だから心配で尋ねた。
「でもお母さんを巻きこむなんて出来ません、診断書の日付とか入院とか嘘を…こんなことやっぱりだめです、」
離婚して、けれど母親であることは変わらない。
そんな人を巻き込んでしまうなど出来なくて、けれど沈毅な瞳は告げた。
「俺のためなら嘘ぐらい義務だ、あの女は。湯原は気にしなくていい、」
「気にします、こんな…申し訳ないです、」
素直な想い告げて哀しくなる、だって「嘘ぐらい義務だ」なんて哀しい。
こんな母子の関係は自分と違い過ぎてどうしていいか解らなくて、だけど精悍な口もと微笑んだ。
「本当にいいんだ、昨夜をくれたのは湯原だって思うからあの女も診断書を書いたんだろ、」
言われる言葉に母子の昨夜は温かい、だからこそ哀しくなる。
だってようやく少しだけ近づけたのだろう?それなのに負わせてしまった痛みに問われた。
「湯原こそ昨夜どこにいたんだ、まさか野宿なんかしてないだろうな?」
やっぱり訊かれてしまう、それも当り前だろう。
ここまで自分は話してもらった、だから訊かれることも当然なのに唇よどんだ。
「野宿はしていません…ちゃんとしたところに居たので心配しないで下さい、」
どこに誰と居たのかは言えない、だって怖い。
もし言えば迷惑かけるかもしれない、それは伊達も英二も同じことだ。
だから黙りこんだ唇にグラスつけて、そっと炭酸すすりこむ前でニット姿は立ち上がった。
「湯原、パソコン借りるぞ、」
なぜ?
「え…」
なぜパソコン借りるなど伊達は言うのだろう?
あのガード下で撮影した今朝の画像、あれを転送したこと気づかれてしまったろうか。
あの場所にまっすぐ現れた理由も「写真」だと伊達は解っていた、その不安に立ち上がった。
「伊達さん、なぜ僕のパソコンを使うんですか?」
今ここに伊達が来たのは「写真」あの証拠を消すためだろうか?
そんなことされたくない、14年懸けて掴んだ証拠を消されるなんて嫌だ。
だって今の自分にはこれしかない、たとえ見つけても英二が隠してしまった後で掴めなかった。
だから絶対にこれだけは譲れない、いま退けない視界の真中で沈毅な瞳すこし笑った。
「昨日、湯原に話したかったものを見せるだけだ、パソコン使われたくないなら俺の持ってくるか?」
聴いてくれながらニットの衿元からチェーン探りだす。
その先端、USBメモリーひとつ示して低く透る声は告げた。
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