萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

杜燈火act.2―morceau by Lucifer

2013-09-30 09:34:00 | morceau
Do take a sober colouring from an eye
Another sky of E



杜燈火act.2―morceau by Lucifer

足音ひとつ踏みしめて、岩を登山靴が噛んで登る。
ガレ場の木洩陽ゆれて明滅する光に風は動く、その葉擦れが髪ひるがえし肩から吹きぬける。
午前の平日、山は誰もいない静寂を梢だけが鳴って、時おり交わす鳥の声に樹幹を響かせる。

「…鳥にも相手がいるのに、」

ため息まじり微笑んで、そっと独り言が風にゆく。
ざりっ、靴底が踏む山肌だけが自分の声に答えて、誰もいない。
こんなふう単独行で登ることは日常のひとつで、それなのに今日は独りが響く。

―いつもなら独りの方が気楽でいいのに、

心つぶやいて吐息の唇に、そっと風がよぎって消える。
何も見えない風の気配、それなのに唇へ秋の記憶が追いかけてしまう。
あの秋から時は何年も経っていない、それなのに遠すぎる過去のよう孤独が鼓動を絞める。

『おまえが好きだ、』

ただ一言、けれど自分の全てだった。

あの夜に告げた想いは今も自分の全てかもしれない、たぶん永遠だろう。
だから今日、あの庭を見てみたかった、あの夜と同じ日の朝を知りたかった。
けれど、あの夜と同じ日が今日だという事を、あのひとは憶えているのだろうか?

―…明日の約束、今日にしてくれたの?

あの庭の声がほら、もう鼓動を響いて離れない。

明日の約束を今日にした、その意味を気づいてほしかった。
けれど何も言葉はなくて、それでも笑顔は優しいままコーヒーは温かかった。

―…まだ朝ご飯すませてないよね?よかったら一緒していって、コーヒーだけでも…どうぞ?

あの夜と変わらない穏やかな優しい声、澄んだ黒目がちの瞳、やわらかな髪の香。
笑顔の声はオレンジの香あまく風から伝わって、その距離を消したいと木洩陽に願った。
あの夜にも柑橘の吐息は月明り甘くて、重ねられる呼吸に幸せだけ見つめたあの時を今、熾したい。
そんな願いが今朝、あの庭で見つめた浴衣姿の笑顔あふれて温かくて、ただ温かくて綺麗で、縋りたかった。

「ごめん…」

想い、言葉の聲こぼれて頬なでる風に涙ひとつ拭われる。
ゆるやかな風は枯葉の香がもう甘い、そして涙ひとつ涼やかに鎮まり落ちる。
そっと一滴、音も無く山の道に吸われた痕に登山靴は止まって、葉擦れが髪を翻した。

ざぁっ…

山が風に哭く、木洩陽ゆれて光の明滅へと葉の色が舞う。
きらきら零れゆく葉は黄色あわい、その葉ひとつずつ見つめる想いが言葉になる。

「ごめん、好きだ、」

ほら、本音が独り聲になる。
今なら誰も人はいない、その静謐に言葉は微笑んだ。

「今でも好きだ、あの夜だけじゃない…ずっと好きなままなんだ、ずっと…ずっと俺は嘘吐いてるんだ、」

今夜だけ、唯一度。

そう泣いたからあの夜、君は赦してくれたのに?
それなのに自分は唯一度なんて想えない、そして今も涙ひとつ生まれだす。
その涙ひとつ頬を伝って唇ふれる、その雫にすら一夜のキスが蘇って想いあふれた。

「ごめん、忘れるなんて出来てない、俺は…ずっと嘘吐いてきたんだ、あの夜も今も、」

唯一度で全てを忘れる、だから今夜が終われば、ずっと友達。

そう約束したからあの夜を君は赦してくれた、友達として叶えてくれた。
この自分を友達だからと信じてくれた、ずっと友達でいたいと想ってくれて、だから赦された夜だった。
あの一夜だけ自分の想いを叶えてくれたなら全て忘れる、そう約束して、それなのに忘れてなんかいない。

『ごめんね、僕、好きな人がいるの…中学生の時から仲良くて、大学一緒に行って…つきあってる届けも出してる、本気だから』

あの夜、正直に話してくれた想いは別の相手に捧げた心だった。

その声も瞳もいつものよう穏やかに澄んだまま微笑んで、想い人への幸福に笑っていた。
ずっと好きな相手がいる、そんな唯ひとりを見つめる瞳は綺麗で温かくて、想いは余計に募ってしまった。
この眼差しに唯一度だけでも自分ひとり見つめてほしくて、ただ一夜でも欲しくて、だから友情を利用して約束した。

今夜だけ俺の恋人になって?

唯一度だけあれば全て忘れられる、だから今夜だけ恋人になる幸せを俺に贈って?
おまえに恋した全てを今夜に懸けて失恋したい、だから今夜が終わったら、ずっと友達。
今夜もし叶えてもらえなかったら恋は終われないから、迷惑になるから二度と連絡しない。

だからもし、俺と友達でいたいって想ってくれるなら今夜だけ、唯一度の恋人になって?

『友達でいたいよ、だって…僕は英司がいたから独り抱えないでいられたんだ、父のこと泣きたい時も、』

俺も独りで泣かせるのは嫌だったよ、おまえが好きだから。

『ありがとう、僕のこと好きになってくれて…でも僕、好きな人が』

おまえは俺のこと好き?

『好きだよ、だけどれんあいじゃないんだ、友達として』

少しでも好きなら、俺のこと嫌いじゃなかったら今夜だけ恋人になって?
それとも俺のこと嫌い?嫌いなら絶対に嫌だよな、たった一度だけでも。

『嫌いなんて…好きなのに嫌いなわけないでしょ?でもれんあ』

“でも恋愛とは違う好きだから出来ない、”

そう言われると解かっていた、だから言わせたくない唇をキスで封じ込めた。
そのまま抱きしめて、接吻けた唇のためらいも気付かないフリして深いキスをした。
重ねた唇からキスに吐息を交わして呼吸から想い支配して、シャツ透かす鼓動の音を聴いていた。

ほら、あの鼓動も吐息の香も今だって聴こえてしまう。

『…英司、まって、』

なに?…何を待てばいいの、俺?

『そんなふうにしたらダメだよ…相手の気持ちゃんと聴いてからしないとね、キスしても幸せになれないよ?…寂しくなるだけだから、ね?』

ほら、黒目がちの瞳が微笑んで優しいまま自分に教えてくれる。
身勝手に接吻けたキスにすら怒らないで、穏やかな温もりに包んで受けとめてしまう。
だからこそ離れられなくて放したくなくて、生まれて初めて自分は泣いて一夜を人に乞うた。

『今夜だけは俺に恋してよ?俺だけの恋人として君を抱いて幸せになりたい、今夜だけは、幸せになりたいよ?…俺を嫌いじゃないなら、』

今夜だけ、幸せになりたい、嫌いじゃないなら。
そんなふう泣いて言われたら断るなんて難しい、そう知っているから泣いて縋った。
けれど自分は自分で解かっていた、今夜だけと想いきるなど出来ない自分と知りながら嘘も真実も懸けて泣いた。

「…ごめん、泣き落としなんかして…でも本気だから泣いたんだ、唯ひとり君を、」

あの夜の涙も嘘も自分の真実だった、この全て懸けて抱きしめた幸福を忘れるなんて、出来ない。






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第69話 山塊act.5-side story「陽はまた昇る」

2013-09-29 22:30:06 | 陽はまた昇るside story
Our cheerful faith, that all which we behold



第69話 山塊act.5-side story「陽はまた昇る」

メモを取る手帳の紙面、水蒸気の影ゆるやかに流れゆく。

霧籠める山の焚火に湿度はすぐ乾いてページが滲むことは無い。
それでも遮らる太陽と透らす雲は視界を塞ぎ、今、炎の燃え音だけが響く。
そして耳元イヤホンから明朗な声は笑い、時に考えこみ、過去の記憶を語ってゆく。

“警察庁のお偉いサンだったんだよ。本部長だかナンだかって言ってたがね、やっぱり警官ってナントナク身構えるのかもな?”

“その人が来る時はいつも馨さんが居ない時ばかりだったんだ。で、私が代りに茶汲みしてたんだよ、”

“デュラン博士は湯原先生の親友でライバル…時に限って馨さんがナンカしら忙しくって途中で離席しちゃうんだよ、それから例の警官サンが来る”

“デュラン博士と先生と3人だけの時はまだ良いんだけどさ、警官サンが来る度にナンカしら私は失敗したよ、受皿を忘れたりな?”

イヤホンの声を片方だけ聞きポイントごとペンを奔らせる。
記す暗号表記に手帳の空白は埋まってゆく、その単語たちは直に標せない。
もし誰かに見られても他人には解らない表記なら、今、自分が抱く意志は気づかれず済む。
そう考えてある綴り方は暗号とすら解からないだろう、そんなメモを書き留めながら録音は聲を伝える。

“先生が離席してもデュラン博士と俺と二人なら話しもたがな、警官サンがいると俺はドウも無口になってなあ…あの席だ、”

“そこなら書架の奥でここからは見えないんだよ、警官サンの視界から消えちまえば話しかけられることも無いだろ?気づかれんしな”

“二人だけでも話してるのが聴こえるんだがな、その警官サンがナンカ言うたんびに俺は、何故かイラッとしちまうんだよなあ?”

“警官サンは短く相槌を打つってカンジでな、デュラン博士が話させられてるって思ったもんだよ?それが気持ち悪かったのかな”

“先生のコトを特に話してるワケじゃなかったけどな、でもデュラン博士は様子がちょっと変わる気がしたもんだよ、なぜかな”

“変わったことは…うん、何故かな、警官サンと二人きりで話した後は決まって博士は、水をくれって頼んだよ、”

幾度も登場する二人に、意識は傾けられて思考は廻らす。
この二人にまつわる事実が呼び起こす真相、それを追いながら確信が深くなる。
そして自分との類似点にも気づかされて溜息を吐きながら英二はレコーダーを切り、笑いかけた。

「光一、おつかれさま、」
「おまえもオツカレさん、さて?」

テノールの声が笑ってペンを書き終えながら、悪戯っ子な目がこちらに笑う。
その眼差しに微笑んで英二はアンザイレンパートナーに質問した。

「水をくれって頼むのはさ、なんでだって思った?」
「緊張だね、過度のさ?」

さらり応えてくれる声を霧ゆるやかに透りぬけてゆく。
深閑の山懐は霧と森の静謐に止まって、二人だけ向かい合う前で明朗な声が言った。

「Alain-Gérard Durand、ソレがデュラン博士の本名なんだけどね、ちょっと不運な秀才として有名なんだよ?」

不運な秀才、そんな表現は馨の日記帳にも見ている。
それが記された日付と内容のまま想いだしながら英二は尋ねた。

「お父さんがフランス文学を好きだから光一もフランス語が読めるって言ってたけど、お父さんは大学で仏文科だった?」
「だよ、」

応えて微笑んで、けれど光一はそれ以上は口を噤んだ。
こんなふうに光一は時に両親の事情を言いたがらない、その想いは少しだけ4月に聴いている。

『おふくろの両親たちは葬式の日に言ったよ、雑種の子供なんか要らないってさ?俺のこと捨てたんだよね、』

光一の母、奏子は音楽一家に生まれた才能あるピアニストだった。
それでも山と出会い光一の父親と出逢って山ヤになった、そして死後も奏子の両親は勘当を解かない。
そんな事情を抱きながら光一は既に雅樹も喪っている、その哀しみに深追いを避けて英二は話しを続けた。

「馨さんの日記にも不運な秀才って表現が出てくるよ、4月に雲取山で話した晉さんの親友、パリ大学の同期で助教授どまりだった人だよ、」
「うん、その人に一致だね、」

短く応えて頷いてくれる、その瞳が生真面目に考え込む。
いつにない貌、そんな貌に驚かされそうな真中で光一は口を開いた。

「デュラン博士はね、世界的にも有名な仏文学者だよ。それなのに大学教授に何故か成っていないくってさ、奇妙だって話らしいよ?
オヤジにも聴いた事あるんだけどね、もしパリ第3大に拘らなきゃ他でチャンと教授になれた人なんだよ、でも何故か成らなかったワケ。
パリ第3に拘るのは仏文学者として仕方ないかもしれないけどさ、教授になれない逆恨みまでしたってコト一部では有名だったらしいね、」

Université de Paris パリ大学。

ボローニャ大学やオックスフォード大学と共に、ヨーロッパ最古の学府に挙げられる。
ノーベル賞受賞者も数多く、政治学、科学、物理学、神学など広い分野で優秀な学者を輩出してきた世界的学府。
そして晉が学び名誉教授となったパリ第3大学ソルボンヌ・ヌヴェールは、意義深く伝統あるソルボンヌ学寮の系譜に連なる。
そこには拘るだけの理由があっても仕方ないかもしれない、それでもデュランの異様な結末を知るだけに疑問は起きだす。

「その人が晉さんと無理心中するって、普通に考えたらあり得るって思う?」

世界的文学者、そう呼ばれるだけの実績はデュラン博士にもある。
それを顧みず母校の教授という名に執着した現実は「異様」だろう?
そんな疑問に仏文学を知る男は霧の中、静かに微笑んで首を振った。

「ないね、普通なら、」

普通なら無い、その答えに確信が冷たく肚に墜ちてしまう。
疑問符だらけの冷たい怒りは哀しく泣いている、そんな心裡へ馨の筆跡が映りこむ。

……

父との死を明日に控えた夜、彼の日記にはこう記してあった。
まず冒頭は、
 
『私の愛するサムライ、晉』
 
侍と、愛すると、父を記した彼の筆跡は鮮やかで落ち着いていた。
そんな呼び方で父を見つめてくれた人は、こんなふう書き遺した。

『あまりに友を見つめ、愛しすぎた、心を重ねすぎて学問までも重なった。もう晉は自分なのだ、彼は私のものだ、』

あの彼がそんなふうに父を見つめていたなんて、どうやったら信じられるだろう?
いつも温厚で物静かで、けれど陽気な心根が優しかった偉大な学者で、父の学友で親友。
そんな彼が父を愛してくれているとは知っていた、けれど、所有するような愛情だったなんて、

……

父の死を見送った馨の手記は最後、書きかけのままインク滲んで終わる。
そこに「彼」としか書かれていない男を馨の友人は過去ごと証言してくれた。
そして光一のくれた裏付けに結論は顕れてしまう、その現実を英二は言葉にした。

「あの男と話した後はいつもデュラン博士は水を飲んでる、それだけ口の中が乾くのは緊張の所為だ、それだけ圧迫感を感じてる。
いつも博士が『話させられてる』って田嶋教授が感じたのは誘導尋問と似ている会話だからだ、だったら圧迫感で緊張するのも当然だ、
あの男が何か言うたび田嶋教授が『何故か』苛立つのも当然だよ、意識操作っぽい聴取は精神削られるから様子が少し変わるのも納得できる、」

馨の友人が立会っていた30年前の現場、その証言から解いてゆく過去の意図。
そんな言葉一つずつは霧のなか融けて秘密に籠る、それでも見えてくる現実を英二は言葉にした。

「あまりに友を見つめ愛しすぎた、心を重ねすぎて学問までも重なった、もう晉は自分だ。そうデュラン博士は最後の日記に書き遺してる。
この意味はなんだろうって俺も考えてたんだけど、あの男が面会するたび少しずつ、博士の意識に吹き込んでいったんなら解かる気がする、」

年月をかけた意識操作。

そんな事実が真相なら、闇は深すぎる。
あの男ひとり個人の闇、そして法の正義に生まれた闇の陥穽。
どこまで深いのか解らない正解の行方、それでも考えられる結論に英二は微笑んだ。

「デュラン博士と晉さんは無理心中じゃない、他殺だ、」






(to be continued)

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秋夕の花

2013-09-29 16:47:26 | お知らせ他


こんにちは、今、太陽が斜めになってますが日暮れも早くなりましたね。
秋の日はつるべ落としって言いますけど、そういう季節だなあと。

さっき「初衣の花10」加筆が終わったトコです、あとすこし校正するかと思います。
夜は第69話の続きか短編の予定です、

取り急ぎ、



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第69話 山塊act.4-side story「陽はまた昇る」

2013-09-28 23:22:31 | 陽はまた昇るside story
Let the moon Shine on thee



第69話 山塊act.4-side story「陽はまた昇る」

ぱちっ、

金いろ弾けて火の粉が舞い、炎が大きく育ちだす。
雨と霧に融けこんだ大気の森、それでも整地した山肌に焚火は明るます。
こんな天候条件の時でも発火から熟せるようになった、そんな手慣れに光一が笑ってくれた。

「オマエも随分と慣れたよね、雨だろうが焚火キッチリ出来るようになっちゃってさ、」

一年前、自分は火を焚くことすら真面にしたことがなかった。
そんな過去と今を比べて英二は自分の指導官に微笑んだ。

「先生の指導が良かった、だろ?光一、」
「だね、」

笑って応えながら焚き木をくべてゆく、その手元を熱は温かい。
まだ14時半、それでも霧籠められた九月の山は空気から冷厳に姿を変えてゆく。
見あげる梢すら水蒸気の紗幕に遮られるまま太陽の光も熱も届かない、この状況に願ってしまう。

―上空は雲を流してほしいけど山肌の風は強くならないでほしい、低体温症が怖い…この湿度だと足許も崩れやすい、霧の道迷いも、

今の天候状況から起きうるアクシデントを廻らせ、対応を頭脳に反芻する。
今日の天気予報から登山計画書の取り消しもあった、けれど数件が今この山中にある。
そんな現状へ思案しながらも手は焚火を大きく育ててゆく隣、テノールの声が笑ってくれた。

「ふん、オマエ佳い貌になったね、去年の秋とは別人みたいだよ、」

佳い貌になった、そう言われることは少し意外に想えてしまう。
それくらい今は本当に自信なんか無い、その想い素直に英二は微笑んだ。

「ありがとな、でも正直に言うと今、ちょっと自信失くしかけてるよ?」
「ふうん?」

短く訊き返しながら焚き木ひとつ、器用にくべながら見つめてくれる。
溜めている事があれば話しなよ?そんな眼差しへ小さく溜息と微笑んだ。

「今更って怒られそうだけどさ、俺が周太を護ろうとしてることって正しいのかなって今、ちょっと迷ってる、」

本当は自分は、あの人から色んなものを奪ってるのかもしれない?

そんな疑問を一週間前から考え込んでいる。
この想いを吐きだしたくて焚火の前、穏やかに口が開かれた。

「美代さんは自信と夢をくれた人だ、って周太に言われたんだ、一週間前の夜に頬を叩かれた時だけど、これって本音だと想う。
美代さんは周太と一緒に考えながら一緒に笑ってるだろ、一緒に大学に行ったりさ?だけど俺は、結局は周太を傷つける方が多くなってる、」

結局はいつも傷つけてしまう、そう認めることは苦しい。
そう認めてしまったら今までの全てを見失う、けれど英二は本音を続けた。

「集中を乱さない為に決意が鈍らない為に、周太は俺の声を我慢してるって光一は言ってくれたけど、でも解らなくなるんだ、
苦しいとき声を聴いたら駄目になるなら、周太にとって俺は一緒に行動は出来ない相手ってことだろ?それなら俺は何のために居る?
でも美代さんなら声を聴いても周太は笑ってる、そうやって周太を支えられるのはさ…植物学の夢を一緒に追っかける仲間ってだけじゃない、」

仲間ってだけじゃない、
そう告げて微笑んだ溜息に火の粉が爆ぜて、炎は霧が揺れる。
揺れながら視界を弾く金粉の光、その明滅に一週間を夜毎と聴いてきた会話が映りだす。

“それでね、11月に自由見学日があるのだけど一緒にどう?”
“ん、行きたいな、シフトが大丈夫ならだけど、”
“さっきのメールありがとう、あの解説すごく解かりやすかった、”
“語呂合わせってね、意味も繋いで憶えると思い出しやすいでしょ?…あ、聴講の時に俺も美代さんに教えてほしいことあって”

光一が仕掛けてくれた携帯用オーディオの盗聴器、あれから聴いてしまう周太と美代の声は温かい。
ふたり同じ夢を追う約束に笑って一緒に学ぶ約束をする、その約束に周太が明日を信じていると解って嬉しい。
そんな周太の声は自分を安堵させて、けれどその分だけ取り残された孤独は自信ごと蝕んでしまうまま言葉に落ちた。

「俺は周太に必要とされてるのか、自信がないんだ…周太にとって俺は必要な存在なのか、周太の人生に俺が居続けても良いのか…解らない、」

ぱちっ、炎が爆ぜて火の粉が霧に散る。
ことり燃え崩れる木音を聴きながら紗幕の底、想い言葉に零れてゆく。

「晉さんの小説もそうだ、俺は周太に過去のことを隠したくて日記も小説も隠してる、だけど小説は周太のところに戻って来たろ?
あれは馨さんが手放したまま29年間、ずっと東大の書庫に眠っていたんだ。普通なら戻らない筈の場所だ、それなのに周太は取戻したろ?
もう周太は何回か読んだろうし、小説は事実だって気づいたかもしれない。だけど周太、何も言わないで行ったんだ…あの笑顔だけ残して、」

『 La chronique de la maison 』

晉が遺した50年前の記録は罪と罰の連鎖反応、その真相を晉が伝えたい相手は誰なのか?
馨が遺した日記帳も真相の記録は綴られてある、それを馨は何のために書き残したのか?

そう今日も考えながら山道を辿って、そしてまた気が付いてしまったことは多くて苦しい。
ずっと気が付かずにいたかったと想う、ただ自分の想いのままに幸福を信じていたかった。
それでも見過ごせない本音から英二はアンザイレンパートナーを見つめ、静かに微笑んだ。

「俺が居なくても周太は真相と向き合える力がある、だから馨さんが手放した小説も帰って来たって想えるんだよ、だから考える、
馨さんや晉さんが周太に願ってることを俺は援けてるつもりだったけど、俺は邪魔しているだけかもしれない…本当は俺の自己満足なだけで、」

あの人に自分は、本当に必要な存在だろうか?

そんな疑問は別離の瞬間、時経るごと独り募ってゆく。
あれから会話ひとつ無い、メールひとつ無い、そんな現実に追い詰められる。

「こんな俺と本当に結婚して、本当に周太は幸せかなって考えるよ…本当は周太、美代さんと結婚した方が幸せだろなって…考えるよ?」

いつか結婚して下さい、ずっと自分の居場所でいて?

そう願って約束した、約束を結んだ腕時計は左腕に今この時を刻んでいる。
今ここで自分が想いを言葉に変えていく瞬間、周太の左腕には自分が贈った腕時計が時を刻む。
こんなふう同じ時間に生きながら何も伝えられない、見つめあえない、そんな現実ごと英二は親友に問いかけた。

「俺は、周太にとって、何のために存在するんだ…俺は、何だ?」

Who are you? ― 自分は、誰だ?

この問いかけは、いつから自分に響きだしたろう。
晉の研究室で田嶋に問われた時も響いていた、その問いに自分は答えられない。
もう自分で自分が本当は解らなくて消えそうな自信の鼓動、けれど、鋭くテノールが貫いた。

「おまえは、おまえだ。他に何がある?」

他に何がある?

問いかけの声は透明なまま、真直ぐ自分を見つめてくる。
その明るい澄んだ眼差しは鼓動まで徹って、明確な声が静かに引っ叩いた。

「相手がドウとかじゃない、おまえ自身が何でありたいかだろ?相手の顔色次第で自分を失ってんじゃないよ、」

自身が何でありたいか?

そんな明解が鼓動を敲いて、ほっと溜息ひとつ棘が抜ける。
この一週間を抉り続けた傷みごと英二は胸元、隊服ごし合鍵ひとつ握りしめた。
掌ふれる輪郭は小さくても堅く確かで、この合鍵が自分の許に来た現実ひとつ信じて微笑んだ。

「俺は、大切なものは大切だって言える男でいたいよ?大切な人を護れる俺になりたい、」

護りたい、あの大切な笑顔を護りたい。

あの笑顔が自分にとって結局は一番大切、だから護りたい。
それは自分の願いで望みで誇りだろう、そう信じる前から透明な瞳が笑ってくれた。

「じゃ、もう答えは簡単だね?サッサと密談の準備しな、」

底抜けに明るい目は愉しげに笑ってくれる。
その笑顔からアンザイレンパートナーは爪弾き一発、英二の額に食らわせた。

「痛っ、」

痛みに掌で押えた額に、じわり熱が広がってすぐ小さくなる。
けれど疼く一ヶ所をさする向こうで悪戯っ子の瞳が笑ってくれた。

「そりゃ痛いだろね、でも気合い入ったろ?」
「ああ、痛くて目が覚めたよ、」

容赦なし、そんな痛みに笑って英二はイヤホンを取出した。
そのまま小さなレコーダーに繋ぐと片方を手渡し、今からの密談に微笑んだ。

「三十年前の証人喚問、よろしくな?」
「はいよ、」

軽やかに応えてイヤホンを受けとると片耳にセットしてくれる。
同じよう英二も左耳に着けながら胸ポケットから手帳をだし、膝に広げ笑いかけた。

「もう2回聴いてもらってるから解かるだろうけど『あの男』が黒なのは確かだ、その物証を掴まえるヒントを探してくれ、」
「了解、始めちゃってイイよ、」

悪戯っ子の瞳を笑ませながら登山グローブを外した右手にペンを執り、手帳の白いページを開いてくれる。
もう始められる、そんな姿勢に信頼と微笑んで英二は小さなレコーダーのスイッチを押した。

かちり、

小さなスイッチ音が鳴り、イヤホンから陶器と木肌の音が鳴る。
そして率直なトーンの声が可笑しそうに懐かしそうに話しだした。

“…湯原先生とは同期で運動会も一緒だそうでな、お役人サンで法科出身なのに気さくでさ?話し易いカンジで、笑顔の良い人だったよ…”

三十数年前に生まれた束縛の連鎖、その最も近い傍証人が見つめた事実は今、霧の底にあっても明朗に響く。






(to be continued)

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昔話の秋日

2013-09-28 22:42:07 | お知らせ他
福分け、優しさの足跡



こんばんわ、すっかり夜は涼しい神奈川です。

写真のトコに行ってきたんですけど、白萩の向こう映ってるのは狸です、笑
ほんとは日光方面でトレッキングでもしようかと出掛けたんですけどね、事故渋滞&通行止めで目的地変更して。
で、館林の茂林寺ってトコを通りかかって寄って来たワケですが、この寺が舞台の昔話がナニかって解りますか?




いまは彼岸花、曼珠沙華があちこちで綺麗ですけど。
この寺も緋色の花波が境内を彩っていました、ちょっと山道から逸れたとこです。
大きな古樹が繁る木洩陽へ揺れる花は炎と似ています、で、昔話の一節を示唆するみたいかなと、笑

ここ↓は茂林寺に広がる湿原です。
ココに昔話の主人公はたぶん住んでいたんでしょうね、笑
今は水鳥が多く見られるそうで、沼地から湿地にかけて葦など水草が高く茂っていました。



この湿原、歩くルートは木道なので楽に行けるんですけど、
たまに揺れるポイントがありました、奥に進んだ水が噴き出るトコを過ぎたら要注意です。
ちなみに湧水は人工的なんですけどね、ちょっとレトロで周辺との違いがアンバランスだけど味がありました、笑

ルート沿いには大樹も多くて木洩陽が沼の水を輝かせて綺麗でした。
寺院すぐ横なのに湿原はカナリ広い印象で、ちょっと予想外で面白いかなって思います。



で、昔話はナニかってことなんですけど。
森の住人と僧侶の互いを想いあう優しい物語、けっこう有名なヤツです。
その主人公、今は絵馬になって参詣する人を和ませてるみたいですね、笑



いま昨夜UP「初衣の花、睦月act.9」の加筆校正が終わりました。
これから昼に自動掲載された第69話を大幅に加筆していこっかなってトコです、
それが終わったら短編or「初衣の花10」を載せると思います、どっちかは気分次第で、笑

取り急ぎ、








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第69話 山塊act.3-side story「陽はまた昇る」

2013-09-26 22:07:06 | 陽はまた昇るside story
And let the misty mountain-winds be free



第69話 山塊act.3-side story「陽はまた昇る」

Our cheerful faith, that all which we behold
Is full of blessings. Therefore let the moon
Shine on thee in thy solitary walk;
And let the misty mountain-winds be free

 僕らの信じるところ、僕らの目に映る全ては
 大いなる祝福に充ちている。だからこそ月よ
 独り歩く貴方の頭上を明るく輝いてくれ、
 そして霧深い山風も自由に駈けてくれ

幼い頃の記憶の一節が今、登りゆく道を籠めて白く染めあげる。
降り続く雨は梢ゆらして雫きらめかす、その水たちは幹を辿り根へと吸われゆく。
制帽の鍔ごしの頭上は繁れる葉の向こう、空の薄墨色すこし見せて樹々は枝を豊かに交し合う。
こうした豊穣の森で雨は梢に受けとめられて直接地面に降ることは無い、それでも雨は霧となってウェアを染み透す。

And let the misty mountain-winds be free
そして霧深い山風も自由に駈けてくれ

懐かしい異国の詞が山霧となって傍らをすりぬけ、天へ昇って雲になる。
一歩ごと標高を上げる山肌は水の粒子を燻らせゆく、その冷気が頬そっと撫でながら空に融ける。
この詩を初めて聴いたとき自分は山霧の体感温度は知らなくて、けれど今は肌五感から詞を理解出来る。
この詩を生んだ異国から還って来た一人の女性、彼女が詠み聴かせてくれたアルトヴォイスは記憶から謳う。

―…Let the moon Shine on thee in thy solitary walk、英二さん、曇っている時も空に月は輝くのですよ?

懐かしい記憶の声と笑顔は祖父母の家の庭に佇む、けれど世田谷にあった家はもう人手に渡った。
今は葉山の海で祖母と彼女は二人、空中庭園のようなマンションで犬と猫と幸せに暮らしている。
あの場所は自分にとっても楽園で、だからこそ尚更に老婦人たちの幸せを壊したくない、けれど。

「英二、この証言ってさ、オマエの祖母さんにチェックしてもらうって出来る?」

テノールの声が雨と足音を透かして問いかける。
その提案は正論だろう、けれど自分なりの考えに英二は微笑んだ。

「そのつもりだよ、今度の休みに葉山まで行けたら良いなって考えてた、」
「独りで?」

さらり訊いてくれた言葉が、ふっと鼓動を貫き刺す。
言われた言葉に七月の海は呼ばれてしまう、この今も考えていた楽園の幸福が喉を絞める。
祖母と菫の空中庭園、木洩陽のカウチソファで抱きしめた温もりと笑顔、そして落陽きらめく黄金の海。

『英二、来年の夏は北岳に連れて行って?…北岳草を俺も見てみたいんだ、お願い、約束して?』

七月の海で笑ってくれた約束は、今も、あのひとは憶えてくれている?
そんな問いを俤に微笑んで英二はアンザイレンパートナーに笑いかけた。

「周太と行きたいけど連絡出来ないから無理だろ、一方的な約束はしたけんだけどさ、」

9月30日のこと、忘れていたわけじゃないよ?

そう七月の海で周太は微笑んでくれた、だから約束したかった。
けれど携帯電話すら繋がらない今は何の約束が出来るだろう?
そんな想い溜息こぼれた頬を、霧からの指に小突かれた。

「ほら、いちいち凹むんじゃないよ?サッキ黒木にも言われたばっかなのに、ねえ?」

ねえ?

そんな語尾変化に振り向いた隣、霧のなか底抜けに明るい目が笑ってくれる。
いつもの快活は真直ぐ英二を見つめて、率直に言ってくれた。

「悩む前に考えとくべき事があるね、祖父さんの拳銃のコトを周太に訊かれたら、ナンテ答える?」

“Mon pistolet” 私の拳銃

晉の遺作へ明確に記されるフランス語、あの意味を周太が気づかない筈はない。
それを周太はいつ確かめようとするのか?そのことへの回答に英二は口を開いた。

「周太があの場所を掘るかもしれないって事か、一週間の休暇の時に、」

晉の拳銃がどこに埋められているのか?
それを周太が気づくことは時間の問題だろう、そして確認する。
そのチャンスはSAT入隊前の特別休暇期間だろう、この想定に透明な瞳は微笑んだ。

「だね、模範解答は必須だろ?」

短い答えに微笑んで光一は空を見上げた。
雨降る森に風は無い、その分だけ大気の移動はゆっくり起きてゆく。
こんな天候では起こりやすい気象状況ぐるり見まわして、山っ子は楽しげに笑った。

「今夜は霧だね、コレなら一般ハイカーも少ないし密談日和ってトコだね、」
「ああ、」

並んで歩きながら頷いた隣、あわい紗が遮って流れてゆく。
また霧が濃くなった、そんな気配に英二は上官へ具申した。

「この霧だと無闇な行動は危険です、多分この山塊は全てが雲に入ってると思います。ビバークを指示しますか?」
「14時になったら指示だそっかね、で、オマエまた公式モードになっちゃうワケ?」

可笑しそうに透明な瞳が笑ってくれる。
いつもながら明るい眼差しに英二も笑って率直に答えた。

「任務に関わることを話す時は敬語に慣れた方が、咄嗟の失敗はしませんから、」

今は第七機動隊山岳レンジャーに所属して、光一は第2小隊長の立場と責務がある。
その補佐役として自分は配属されて、けれど任官2年目の年数に公式的には未だ平隊員に過ぎない。
だから上官と部下の立場を明確にすべきところはした方が都合良い、そんな考えに光一は笑ってくれた。

「なるほどね、オマエが堅物くんだってコト思い出したよ?ナンカここんとこ忘れてたね、」

ここんとこ忘れていた、そんなふう言われて自覚に笑ってしまう。
自戒と自嘲を見つめながら英二は素直にパートナーへ微笑んだ。

「アイガーが終わってから俺、ちょっと変になってるって自分で思うよ?あの夜に囚われ過ぎてる、ごめん、」

アイガー北壁を制覇した夜、光一を抱いてから自分はバランスを崩している。
その理由を考えながら無線を出した隣、光一が笑ってくれた。

「オマエさ、ホントその件で俺のことは気にしないでよね?ただ周太は英二に対して苦しんでるけどさ、」
「やっぱりそうだよな、」

溜息こぼれた肩を、ゆるやかに霧が流れて登山道を駆けてゆく。
谷から這い上る靄は白く樹林帯を染めあげて視界がもう隔てられだす。

「…なんか、今の俺みたいだな、」

ぽつん、独りごと零れて霧に想いは融けてゆく。

あわい水の紗幕はふれても何も触れない、ただ通り抜けて遠くどこかへ消えてゆく。
触れそうで触れず、けれど視界は遮られてある筈のものすら見失う、そして望みは掴めない。
そんなふうに自分は七月の終わり、アイガー北壁の夜から今日まで多くを見過ごしてしまった。

『美代さんはね、俺に自信と夢をくれた人なんだよ?自分と同じって言ってくれたから自信持てたの、』

一週間前の夜に周太が言ったことは周太の本音だろう。
いつも美代は周太と共に考えて行動できる、それは本心から互いに楽しみ支え合う。
だから気づかされる、自分は周太から多くを受けとってきたけれど贈ることは出来ている?

―本当は俺、周太から色んなものを奪ってるのかもしれない、晉さんや馨さんのことも、

『 La chronique de la maison 』

晉が遺した50年前の記録は罪と罰の連鎖反応、その真相を晉が伝えたい相手は誰なのか?
馨が遺した日記帳も真相の記録は綴られてある、それを馨は何のために書き残したのか?

―周太を護るために二人とも書き残した、だけど俺は隠して、それでも周太は…

馨の日記帳は世界に一組しかない、だから隠し持っている自分以外が読むことは出来ない。
けれど晉の小説は部数が少なくとも複数存在して、その一冊、馨が贈られた一冊は周太の許に戻った。
こんな廻りに想ってしまう、自分が周太を援けようとしていることは本当に望まれた為すべきことなのだろうか?

自分は周太にとって、本当に必要な存在だろうか?

―俺が居なくても周太は真相と向き合える力がある、なにより美代さんとのことも、

もし自分に出逢わなければ、周太はもっと早く真相を超えたかもしれない。
もし自分が恋愛の告白をしなければ、周太は美代と結婚して家庭を持つ幸福を掴めた。
そんなふう廻ってしまう仮定に疑問は起きて信じた全ては霞んで、遠く見えなくなってしまう。
今日まで信じて懸けてきた全ては本当に正しいのだろうか?そんな想いに懐かしい声は優しく微笑む。

―…Let the moon Shine on thee in thy solitary walk、英二さん、曇っている時も空に月は輝くのですよ?

「光一、今も月って空にあるのかな、」

ざくりざくり、湿った道を踏みしめながら問いかけた隣も共に登ってゆく。
その一歩を止めてアンザイレンパートナーはからり笑ってくれた。

「今日の月は南中10時半で入りが17時前だからね、ちょうどアノ辺に出てんじゃない?ほら、」

ほら、

そう呼びかけて登山グローブが指さす向こう、霧ゆるやかに流れゆく。
その狭間に交わす梢の彼方、あわく白い影が瞬間を顕れてまたそっと雲隠れた。

「ね、ちゃんと出てるだろ?太陽もアノ辺にあんの見えるね、」

底抜けに明るい目が笑って教えてくれる。
その笑顔に肩の力ほっと抜かれて英二は背を正した。

「ああ、太陽の影も見えるな、雨も止みそうだし14時ですね、」

敬語に変えて行きながら無線のスイッチを入れ、第2小隊全てに繋ぐ。
時折かすかな雑音は未だ雨の激しいポイントなのだろう、その場所にも無事を想い英二は指示を出した。

「宮田です、国村小隊長よりビバーク指示が出ました、雲が晴れるのは深夜過ぎと思われます、各自ポイントが決まり次第、報告願います、」

声かけた向こう、了解の声が応えて無線の切れる音が続いてゆく。
その最後一本から低く落着いた声が応答した。

「黒木です、今、獅子口小屋跡です。このままビバークに入ります、」
「獅子口小屋跡ですね、大雨による緩みに気を付けてください、」

あのポイントなら水場がある、その代り雨で滑りやすくなる。
そんなデータから答えた向こう他の無線が途絶えてすぐ、低い声が言ってくれた。

「さっきよりマシな声だが、大丈夫か?」

いつもの少し素っ気ないトーン、けれど山ヤとしての配慮は率直に温かい。
こういう話し方は短期間でもパートナーだった男と似ていて、懐かしいまま素直に英二は笑った。

「大丈夫です、黒木さんに言われて一発気合い入れましたから、」
「気合い?」

問い返して一瞬、すこしの間が考えこむ。
そのまま可笑しそうな空気が生まれて黒木は笑ってくれた。

「意外と骨っぽいな、期待させてくれよ?」

意外と、そう言われることは珍しくない。
それは自分の貌の所為だと解っている、それが昔から嫌いだった。
けれど今は何だか誇らしくて、楽しいまま素直に英二は笑いかけた。

「ありがとうございます、」
「ははっ、変な礼だな、じゃ、」

少し笑った黒木の声を残して、無線は切れた。
深い霧のなかスイッチを切り元に仕舞う隣、底抜けに明るい目が愉しげに笑ってくれる。
なんだか元気になった?そんなふう問いかけてくれる視線に微笑んで英二は報告を口にした。

「いま黒木さんと岡田さんのチームが獅子口小屋跡でビバークに入りました、他は随時連絡が来ます、」
「了解、俺たちもポイントに行こっかね、」

軽やかに笑って光一は霧の中ゆっくり歩きだした。
その隣について踏んだ山土は軟らかに水含みだす、その足元に注意しながら見上げた梢の先、霧から太陽と月は白い。





(to be continued)

【引用詩文:William Wordsworth「Lines Compose a Few Miles above Tintern Abbey」】

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華燈火act.2―morceau by Dryad

2013-09-25 22:02:10 | morceau
Qui près et loin me détient en émoi
Another sky of Y



華燈火act.2―morceau by Dryad

トレイを抱えて扉を開けて、ふわり樹木の息吹が朝を運ぶ。

「ん、…いい風、」

微笑んでテラスに踏み出す向こう、木洩陽にダークブラウンの髪ゆれる。
きらきら朝陽に梳かれる髪は繻子のよう紅くて、その横顔の白皙に光ふらせて白シャツにも眩い。
赤と白そして黒い瞳、三つの色彩は緑陰に映えるまま鮮やかで懐かしい物語の挿絵を想わせてしまう。

―昔、あのベンチでお父さんが読んでくれたね、

美しい紅髪の騎士が旅をする、それは異国の古い物語。
アルファベット綴りの遥かな過去は不思議で綺麗で、そして哀しかった。
あの騎士が自分の庭にやってきたみたい、そんな空想に微笑んで芝生へと降りた。

かさり、

芝生が下駄に鳴る、その素足に露濡れて秋なのだと想わせる。
トレイのポット燻らす芳香はほろ苦くて甘くて、籠はパンの香に温かい。
ごく簡単なサンドイッチとコーヒーの朝食、それでも訪問者は喜んでくれるだろうか?

―ほんとに王子さまって感じだから、食事の好みとか本当は色々あるよね?

会った回数を数えられる相手に考えてしまう、彼は本当は何が好きだろう?
まだ未知の多いほど共に過ごした時間は少なくて、けれど惹かれてしまう。
だから、あの秋あの夜も自分は後悔していない、そう、心から想っている。

―あれで良かった、あの時は必要なことだったから、

出逢った春、そして秋に刻まれた痛みも熱も哀しみも愛おしい。
それでも想い続けている人に抱いてしまった秘密はずっと、あの秋から傷み深い。

―ごめんね、何でも話してきたのに…これだけは、

もう十年を想う人に罪は傷む、そして痛みの分だけ言う事は出来ない。
これを伝えても誰も何も幸せになれない、そう解っているから秘密に抱いている。
この秘密を共に見つめる相手が今この庭に来てくれた、その時間に友情を見つめて笑いかけた。

「お待たせ、…口に合うと良いんだけど、」

笑いかけて東屋のテーブルにトレイを置く、その向こう木洩陽に紅い髪は振り返る。
向き直ってくれる白皙は端整な美貌に華やぐ、けれど長い睫の瞳は寂しい翳で、それでも笑顔は美しかった。






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宵の口、補足と追加

2013-09-25 21:19:25 | お知らせ他


こんばんわ、雨降りな神奈川です。
秋めいた涼しい気温と湿気は紅葉を進める要素、コレで昼間の晴天が加わると綺麗になるのだとか。
先日に登った三頭山の木々は湿気不足で枯れ気味も多くありましたが、この雨で潤ってくれたらいいなあと。

いま第69話「煙幕2」の加筆校正が終わりました、入隊テスト1週間のシーンです。
このあと短編ほか掲載します、光一サイド+予告短篇「morceau」の予定です。

取り急ぎ、




【追伸】
第69話「煙幕2」また追加で加筆校正しました。
いま21時すぎ現在なので、それ以前に読まれた方いらしたら今また違ってます、笑

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第69話 煙幕act.2―another,side story「陽はまた昇る」

2013-09-25 15:00:23 | 陽はまた昇るanother,side story
That we're surrounded by the comfort and protection of The highest powers



第69話 煙幕act.2―another,side story「陽はまた昇る」

さよなら、

そう心に告げて扉を潜るたび、勇気ひとつ背骨に変わる。

今日で一週間、だから概算48時間の緊迫感を集中力で超えてきた。
たった8時間、それでも集中を欠けない訓練の連続は体力から精神を変えてゆく。
そんなふう自覚はあるけれど、けれど想いは簡単に変らないまま重ねた約束に心が据わる。

『ずっと好きだ、逢えなくても一緒にいるって信じてる、だから帰って来て、必ず俺のところに帰って来て』

一週間前の最期の夜も告げてくれた約束は、たぶん叶わない。

そう解っている、けれど信じていたいのは自分の生きる希望のひとつだと知っているから。
そんな想いごと弾痕の煌めく扉は開かれる、そして一歩踏み込んだ向こうは壁とサーチライトの陰翳が視界を塞ぐ。
ただ粛清された静謐に隊列は沈黙のまま並んで整う、そのまま担当官の合図で定められたルートをテスト生が駈けだした。

ほら、今日も死線の8時間が始まった。

今から見る聴く動く全て、緊迫の瞬間たちに満たされゆく。
その認識から意識は五感の全てへ集中して判断力に直結する。

空気の揺れ、どこに狙撃対象は駆けてゆく?
視線の気配、どこから狙撃の銃口が見つめてくる?
微かな足音、どこまで壁は続いて厚み何cmを銃弾は貫通する?

ただ独り判断しながら訓練場を駆け抜けゴールを目指す、それでも未だ終わらない。
これは入隊テスト、これは訓練、けれど緊迫感も相手の本気も臨場のまま再現される試験。
こんな時間だけではない入隊試験はデスクワークの内容もある、それでも臨場試験の緊張と疲労は全てを支配する。

「…っ、」

集中意識が捉えた「異常」に身を躱す、その残像を銃声一閃して弾丸が斬る。
これはテスト訓練のはず、けれど放たれた弾丸は現実のまま壁に食いこます。
これは訓練の弾丸、それでも殺傷能力は警察や軍部の実弾と全く変わらない。

―全員本気だ、テストする側もされる側も、

警視庁特殊急襲部隊 Special Assault Team 通称SAT

警視庁警備部に所属する精鋭部隊は、頭脳体力ともに抜群でなければ選ばれない。
全てにおいてエリートであること、そして命令と任務へ忠実でありながら臨場対応の柔軟性があること。
そんな人間は稀、だからこそ警察学校に入った瞬間から選抜は始まって厳密な基準で篩に掛けられ選ばれてゆく。
走力、反射神経、そして狙撃精度は全弾的中、そんな体力と集中意識の持続力に安定性を持たせる精神度と知性。
どれもが任務の精密度と迅速性に関わっている、だから選抜基準で性別から年齢に家族構成まで規定されてしまう。

だからこそ真実を知るほど謎になる、なぜ、殺人を犯した祖父の存在を知りながら父も自分も採用されてきたのか?

―よく考えたら最初から変なんだ、お祖父さんのこと職業も解らないで書いて提出して、それでも合格したなんて、

きっと、警視庁警務部では調べられている。
自分の祖父が誰なのか?それは自分が知るより先に警務部ファイルでは綴られている。
そこに祖父の3つの罪状は多分載せられていない、けれど「Mon visiteur」は祖父の犯罪歴を知っている。

―お祖父さんを利用した理由を訊きたい、あの人に、

50年前、祖父は殺人罪を犯した。

そう推定できるのは祖父の遺作『 La chronique de la maison 』が事実だとも言えるから。
あの小説に描かれた世界は随所が自家と酷似する、なにより主人公の像はそのまま祖父と重なってしまう。
その主人公には大学時代からの友人がいる、そして彼は「Mon visiteur」として惨劇の全て余さず支配した。
それらは過去を知るごとに明度を増して現実なのだと告げてくる、その全てを祖父肉筆の言葉が裏付けて呼ぶ。

“Je te donne la recherche” 探し物を君に贈る

あの言葉をフランス語で遺した祖父の想いを、今この瞬間まで生きてきた時間と出逢い全てが教えてくれる。
だから今この時間も生き抜いて祖父の言葉を探したい、知りたい、そして真実の全て受けとめて自分の道に立ちたい。
そう願うからこそ今も、殺人ゲームと呼ばれても反論できないほどのテストを課されてすら逃げず現実の先に駆ける。
そこに父が遺した想いと謎の真相が見えて来るだろう、書斎に遺される壊れた本の真実を自分は全て理解して知りたい。

『Le Fantome de l'Opera』

欠けたページに記されるのは『Fantome』が暗躍する姿。
もしページの世界から脱出したくて切り落としたのなら、父が忌んだ世界は『Fantome』のこと。
そして父が自らの死によって脱け出した世界は“Special Assault Team”合法殺人の狙撃手であること。

それなら『Fantome』の意味は、狙撃手?

それとも、もっと深い意味が隠されているのだろうか?
そして考える、父の罪を糧に育てられた自分は罪にならないのか?
死を以て裁くほど任務を忌んだ父、なのに何故、父はSATに所属していたのだろう?

「は…、っ」

弾丸から身を躱し駆けてゆく、その耳元に装着したイヤホンから指示は流れ込む。
いま駆けている現場のポイントと指示現場へのルートは自分で探す、そんな判断すら自力しかない。
それも判定基準なのだと解っているから身体機能の全てを発揮して訓練に甘んじる、けれど心はずっと動かない。



もう暗い窓、それでも開いたガラスの先は格子に空が区切られる。
けれど高層建築の狭間に月は明るんで、涼む風は洗い髪を梳いてゆく。
この月も風も同じ東京の空、そう想える幸福にそっと周太は微笑んだ。

「…今日もただいま、英二、」

遥かな天穹に輝く月、あの銀色を西の彼方からも見てくれる。
そんなふう想えるから離れてしまっても、電話の声すら聴けなくても温かい。
その温もりは記憶の涯に遠く近く愛しい、そう想える相手に微笑んで周太は小さなオーディオを着けた。

I'll be your dream I'll be your wish I'll be your fantasy 
I'll be your hope I'll be your love Be everything that you need. 
I'll love you more with every breath Truly, madly, deeply, do
I will be strong I will be faithful ‘cause I am counting on
A new beginning A reason for living A deeper meaning
I want to stand with you on a mountain…I want to lay like this forever…

Then make you want to cry The tears of joy for all the pleasure in the certainty
That we're surrounded by the comfort and protection of The highest powers
In lonely hours The tears devour you
I want to stand with you on a mountain…

旋律やわらかに流れて優しいアルトヴォイスが歌ってくれる、その音に声に記憶の笑顔は愛おしい。
あの笑顔がくれた喜びも哀しみも生きてきた時間に最も鮮やかで、苦悶も幸福もすべてがあの隣にある。
そんな想いを見つめられる相手が今、この瞬間も同じ地上で同じ時間を生きて呼吸してくれる、それが嬉しい。

―英二、今日もご飯ちゃんと食べてる?今どこに居るの、奥多摩の訓練は今日だったよね、

心ひとり呼びかけて笑いかける、その言葉ごと記憶の笑顔は咲いて綺麗な声が応え微笑む。
こんなふうに独りきり無言の会話をする、そんな時間が訪れることを自分は最初から知っていた。
それは自分が望んで選んだ道で、それは父と祖父と家族たちを知るため自分自身を生きる道だと選んだ。

―後悔なんてしない、どんなに怖くても痛くても平気、だって待ってくれている人が俺には居るんだ、

『必ず俺のところに帰って来て』

必ず帰って来てと、自分を待っていると約束してくれた人が居る。
その約束はいつかの涯に消えるかもしれない、それでも自分には温かい。
ある時の瞬間だけでも心からの真実で告げてくれた、それだけで自分には幸せで嬉しい。

「…ありがとう、英二…ちゃんと幸せでいてね、」

そっと呟いた声はイヤホンの旋律より小さくて、誰にも聴こえない。
それでも言葉に出して音にしたならば、いつか届いて唯ひとり見つめる人を温める。
そんなふう想えるのは祖父が遺したメッセージと、父の友人が贈ってくれた遺作集が教えてくれた全てだろう。

But thy eternal summer shall not fade,
Nor lose possession of that fair thou ow'st,
Nor shall Death brag thou wand'rest in his shade,
When in eternal lines to time thou grow'st.
 So long as men can breathe or eyes can see,
 So long lives this, and this gives life to thee.

 けれど貴方と言う永遠の夏は色褪せない、
 清らかな貴方の美を奪えない、
 貴方が滅びの翳に迷うとは死の神も驕れない、
 永遠の詞に貴方が生きゆく時間には。
  人々が息づき瞳が見える限り、
  この詞が生きる限り、詞は貴方に命を贈り続ける。

田嶋教授が父の碑銘にと遺作集へ載せてくれた詩、その一節は今この時間に深い。
文学を愛した祖父と父、そんな二人の裔に連なる自分にも言葉を贈ってくれた人がいる。
その2つを見つめたくて周太は窓を閉じるとデスクに向かい、書架の1冊を静かに開いた。

Our cheerful faith, that all which we behold
Is full of blessings. Therefore let the moon
Shine on thee in thy solitary walk;
And let the misty mountain-winds be free

銃痕処置のハンドブックに綴られた流麗な筆記体は、吉村医師が贈ってくれた。
ブルーブラック瑞々しい英文に見つめる意味は無事と平穏を祈ってくれる。
その籠めてくれた祈り息づくまま記憶から父の声が母語に謳う。

……

僕らの信じるところ、僕らの目に映る全ては
大いなる祝福に充ちている。だからこそ月よ
独り歩く貴方の頭上を明るく輝いてくれ、
そして霧深い山風も自由に駈けてくれ

……

この詩を父も愛していた、そして今なら想いが解かる。
この詩を父が想った相手はきっと唯ひとりのアンザイレンパートナー、田嶋だった。

夏みたいな人だね、
うんと明るくて、ちょっと暑苦しいくらい情熱的でね、
木蔭の風みたいに優しくて清々しい、大らかな山の男…友達よりも近くて大切だね、

そんなふう幼い日に父が話してくれたのは、田嶋教授への涯ない想いだった。
そして遺されてしまった田嶋教授の想いも自分は知っている、だから帰られる努力を信じる。
父は田嶋を遺して逝ってしまった、けれど本当は帰りたかったと今この時間に解かるから自分は還る。

『君の声を聴いて君の笑った貌を見ていると信じた通りって想えるよ、君のなかに生きて馨さんも湯原先生もここに帰って来た、』

十日ほど前、祖父の研究室で微笑んだ田嶋の声、瞳、そして涙。
それは祖父への敬愛と感謝と、父への涯無い想いのまま哀しくて温かい。
こうした全てが祖父の本当に告げたかった「recherche」の真実かもしれない。

「…お祖父さん、お父さん、俺は諦めないよ?」

誰も知らない独り言に微笑んでデスクチェアに座り、そっとページをめくる。
吉村医師のテキストを広げながらもう片手を伸ばし、ファイル1つと分厚い本をとった。
ファイルは英二が贈ってくれた救急法と鑑識のハンドブックになっている、そのもう一冊を周太は開いた。

……

 ひとりの掌を救ってくれた君へ

 樹木は水を抱きます、その水は多くの生命を生かし心を潤しています。
 そうした樹木の生命を手助けする為に、君が救ったこの掌は使われ生きています。
 この本には樹木と水に廻る生命の連鎖が記されています、この一環を担うため樹医の掌は生きています。
 いまこれを記すこの掌は小さい、けれど君が掌を救った事実には生命の一環を救った真実があります。
 この掌を君が救ってくれた、この事実にこもる真実の姿と想いを伝えたくて、この本を贈ります。
 この掌を信じてくれた君の行いと心に、心から感謝します。どうか君に誇りを持ってください。
                                    樹医 青木真彦

……

青木准教授と2度目に出会ったとき贈られた、青い表装の森林学専門書。
この一冊に出逢えた原点は新宿署東口交番、警察官として任務をこなしたからだった。
この一冊が自分の忘れかけた夢と約束を蘇えらせて農学部と文学部の研究生になる道をくれた。
そこに父と祖父の過去と真実も明かされてゆく、こんな現実たちの有機反応に祖父の言葉はまた、響く。

“Je te donne la recherche” 探し物を君に贈る







【引用詩文:Savage Garden「Truly Madly Deeply」/William Wordsworth「Lines Compose a Few Miles above Tintern Abbey」/William Shakespeare「Shakespeare's Sonnet18」より抜粋】

(to be continued)

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秋曇の風、尾花

2013-09-25 10:05:14 | お知らせ他


おはようございます、曇り涼やかな朝です。
コウイウ日は昼寝日和ですよね、眠りやすくって良いなあと、笑
写真は神奈川某所の山里にて、夕風ゆれる尾花に落陽が射した瞬間です。

さっき「初衣の花、睦月act.6」加筆校正が終わりました、光一@おやつワンシーンです。
昨夜冒頭だけUPした第69話「煙幕2」は加筆校正していきます、周太@SAT入隊テストの想いです。

取り急ぎ、






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