萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第86話 花残 act.31 side story「陽はまた昇る」

2024-03-16 01:31:00 | 陽はまた昇るside story
光、あわくとも温かな
英二24歳4月


第86話 花残 act.31 side story「陽はまた昇る」

雪が青いと知ったのは、この町だ。

「運転で痛みは?」
「はい、ありません、」

答えながらドアかちり施錠して、足もと白く青く埋もれる。
3月終わる午前の町、銀色そまる森と稜線に英二は笑った。

「いいですね、奥多摩は、」

笑った唇ふれる風が甘い。
甘い香かすかに渋い、漲らす冷気に額も髪も染められる。
もう3月、けれど雪満ちる山里ひろがる隣で山ヤが笑った。

「いいだろうよ、奥多摩は宮田の場所だからなあ、」

肚底じわり響く声、告げてくれる。
こんな言葉きっと2年前なら信じられない、けれど今ただ笑った。

「はい、奥多摩は俺の場所です、」

自分の場所、そう言える。
だって全てを懸けた時間がここにある、その長さと笑いかけた。

「でも後藤さん、俺はまだ一年半です。それでも俺の場所だって言っていいんですか?」
「もちろんだろうよ、」

さらり、肚響く声が笑ってくれる。
その横顔あざやかに雪焼け浅黒い、眦の皺やわらな眼がこちらを見た。

「おまえさん、もう山ヤで生きようって決めちまってるんだろう?」
「はい、」

即答すなおに肯いて、肚ことり落ちる。
鼓動ふかく熱をもつ、軋みだす温度に山ヤが言った。

「山ヤの宮田が産声あげたのは奥多摩だろう?おまえさんが山ヤとして鍛えられて育ったのは、この奥多摩だからなあ、」

産声をあげた、そして鍛えられて育った場所。
そんなふうに言ってくれるんだ?

「後藤さん、俺が、そう言って良いんですか?」

問いかけて見つめる真中、雪焼けの目もと皺ほころぶ。
温かな深い眼ざしは英二を映して、いつものように笑った。

「だってなあ、宮田?この俺が、この奥多摩でおまえさんを山ヤにしたんじゃあないのかい?」

山の経験者が卒業配置される。
それが山岳救助隊を務める駐在所の常識で、だから自分の着任は異例だった。
それでも敢えて選んでくれた上司は、ぽん、大きな掌で背を敲いてくれた。

「吉村にも光一にも宮田は育てられとるだろ、二人とも生粋の奥多摩人だよ。奥多摩が今のおまえさんを生んだんだ、」

奥多摩が自分を生んだ。
そんなふうに言えるなら、どれだけ幸せだろう?

「俺、ずっと憧れてきたんですよ…山育ちの山ヤに、」

想い声になる、ほら息が白い。
3月終わる今もう都心は春、桜も咲く、けれど今ここは雪。
こんなに凍えて、桜も遠くて、それでも愛しい場所に微笑んだ。

「ここが俺の帰る場所です、きっと、」

自分を山ヤとして生んだ場所、そして自分は山に生きていく。
ありのままの想い見つめる右腕すこしだけ重たい、けれど温かい。
巻かれたサポーターさっきより馴染んで、そんな感覚ごと笑いかけた。

「後藤さん、七機から青梅署に戻れること多いんですよね?期待していいですか、」

今は第七機動隊の山岳レンジャー所属、そこから所轄に戻る者は多い。
また山の警察官として暮らせたら?すなおな願いに上司も笑った。

「俺だけで決められんよ、それになあ?五日市もおまえさん欲しがってるぞ、」

五日市署は青梅署と隣接、奥多摩の管轄を分け合う。
それに顔見知りもいる、懐かしい遠い山に微笑んだ。

「五日市の方には研修と遠征でお世話になりました、」
「そのとき宮田を気に入ったらしいぞ、今の七機は元五日市が多いしなあ、」

答えてくれる深い瞳、どこか誇らしげに明るい。
こんなふうに笑ってくれること嬉しくて、想い素直に笑いかけた。

「はい、黒木さんと浦部さんも元五日市です、」
「あの二人なら、そりゃ山ネットワークに乗るだろうよ、」

さくり、雪埋もれる道を歩きだす。
登山靴なじます冷気の音、凍てつく風かすかな甘さ慕わしい。
任務でもなくただ山の雪を踏む、のどやかな氷冷に上官が言った。

「黒木から聞いたろうが、おまえさん次の昇進で現場ちっと離れて警大だ。専門学校と時期が重なるが、融通でダブルスクールになるよ、」

昇進、警大、学校。
もう告げられる近い未来たち、その言葉に問いかけた。

「ありがとうございます、でも警察大学校とダブルスクールなんて可能なのですか?」

警大、警察大学校の略称。
一般的な大学とは異なる省庁大学校、いわゆる研修施設。
そんな場所で「融通」など可能だろうか?疑問に上司が口をひらいた。

「蒔田がなんとかする言ったから可能だろうよ、おまえさんも骨休めにちょうどいいんじゃないかい?」

ちょうどいい、そうかもしれない。

『症状が軽い初期なら数ヶ月で回復することが多いです。ですが無理をして、もし神経が強いダメージを受けると軸索変性という状態になります。』

ほら、現実が脳裡めぐりだす。
まだ3時間くらいだ、吉村医師に告げられた現実たち。

『軸索変性になると回復速度は1日1mmとも謂われているんだ、そして肘から指先まで30cm以上あるだろう?もし放置すれば完全な回復が得られないかもしれないんだ』

山の警察医が告げたこと、そのためにも「融通」はちょうどいいのだろう。
息ひとつ吐いて英二は微笑んだ。

「はい、しっかり学んで休みます、」
「うんうん、それがいい、」

肯いてくれる雪焼けの笑顔ふっと緩む。
このひとも緊張いくらかしていたのかな?つい見つめた真ん中に言われた。

「あとな、筋トレも負担かけない方法でやるんだぞ?おまえさんはマジメだから心配だよ、休養もマジメにとってくれな、」

こんな心配されるんだ、この自分が?
2年前と違いすぎる今、なんだか可笑しくて笑ってしまった。

「はい、まじめに負担かけない方法でやります。きちんと休養もしますね、」
「ぜひそうしてくれよ?よくよく体は大切になあ、」

返してくれる声、深く響いて温かい。
大切にと言ってくれるんだな?素直な感謝に笑いかけた。

「はい、大切にします。自由に山を歩けるように、」

声にした想い、稜線はるか銀色にじむ。
雪曇やわらかな銀色が青い、頬ふれる冷気ほろ苦く香る。
ただ歩いてゆく静寂ほの明るい、否定も肯定もなく、ありのまま自分でいる。

(to be continued)
七機=警視庁第七機動隊・山岳救助レンジャー部隊の所属部隊

第86話 花残act.30←第86話 花残act.32
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第86話 花残 act.30 side story「陽はまた昇る」

2024-01-01 00:20:10 | 陽はまた昇るside story
その現実に温もりは
英二24歳4月


第86話 花残 act.30 side story「陽はまた昇る」


雪の道、眼の底が染められる。
光の色だ。

「…まぶしいな、」

細めた視界こぼれる声、ただ雪灯りだけじゃない。
左掌そっと右小指ふれる、今抱えこむ現実に呼ばれた。

「ああ宮田、そこを右折したすぐだ。停まってくれんか、」

ウィンカー出してハンドルゆるくきる。
がりり雪削らす振動、停まった登山用品店にドア開いた。

「いらっしゃいませ、って後藤さんか、」

半白の髪ゆれて初老の笑顔ふりかえる。
常連なのだろう、そんなトーンに上司が笑った。

「おう、肘用のサポーターあるかい?」
「あるよ、後藤さんケガしたか?」

訊かれる言葉に息が詰まる。
けれど山ヤの先輩はからり笑った。

「用心のためだよ。俺も齢だからな、肘に負担かけちゃマズイからなあ?」

かばわれた?
つい見つめた横顔が英二をふりむいた。

「おまえさんもサポーター用意しとくが良いよ、若いうちから大事にしとかんとなあ?」

深い眼差し微笑んで自分を映す。
憐憫でも同情でもない、ただ事実を見つめる目に笑いかけた。

「はい、ありがとうございます、」
「うんうん、体の用心とメンテナンスしっかりしとくれよ?ウチの大事なエースなんだからなあ、」

雪焼けした笑顔ほころばす、この眼差しに懐かしくなる。
こんなふう教えられ学んで、たどった時間のまま温かい。

『俺はおまえさんの味方だよ、』

青梅署の駐車場、言ってくれた言葉。
そのままに今ここへ連れて来てくれた、ほっと吐いた息に響く。

『数ヵ月が、君が山で一生を生きられるかの分岐になるということです、』

数十分前、医師に告げられた現実。
あの医師も山ヤで、だからこそ響く言葉に口ひらいた。

「すみません、俺のサポーター選んでもらえますか?初めて買うので教えてください、」
「初めてか、じゃあ寸法からいこう、」

言われて袖をめくった腕、メジャー当ててくれる。
測られていく左右の腕は見ため1ヵ月前と変わらない、けれど診断が映りこむ。

『今の状態なら手術までは必要ありませんが、この神経は回復しにくい神経です。じっくりと回復に務めなければいけません、』

告げられた右腕の現実、ただ受けとめるしかない。
自尊心に焦り刺されて軋む、それを山ヤの警察官にかばわれた。

『用心のためだよ。俺も齢だからな、肘に負担かけちゃマズイからなあ?』

後藤が店主に言った言葉、それが自分も買える流れ作ってくれた。
そうして守ってくれたのはたぶん、自分のプライドだけじゃない。

※校正中
(to be continued)
七機=警視庁第七機動隊・山岳救助レンジャー部隊の所属部隊

第86話 花残act.29←第86話 花残act.31
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第86話 花残 act.29 side story「陽はまた昇る」

2023-09-12 23:24:00 | 陽はまた昇るside story
境界線そして、現実を
英二24歳4月


第86話 花残 act.29 side story「陽はまた昇る」


扉を出て、雪が匂う。

「…なつかしいな、」

かすかな甘い空気ほろ苦い、頬ふれて額かすめる冷気の粒。
凍える髪すじ翳ひるがえす、ただ懐かしさ英二は息ついた。

「は…」

吐息ひるがえる白、警察署も駐車場も白くなる。
まだ微かにコーヒー香る息、ほろ苦い甘い現実が軋む。

『もし放置すれば完全な回復が得られないかもしれないんだ、どうか宮田くん、きちんと後藤さんと今の上司の方に相談して治療に務めてください、』

吉村医師に告げられた現実、その言葉ひとつずつ痛い。
きっと回復は出来る、上司の黒木も悪いようにはしないだろう、けれど。

「後藤さんには、きついな…」

ひとりごと零れて、唇そっと雪ふれる。
降りしきる白まだ名残る冬、この町で育ててくれた山の恩人。
あの山ヤの警察官は自分の受傷を知ったら、どんな貌で何を言うのだろう?

―山の経験がない俺を抜擢したのは後藤さんだ、それを否定する人間もいる…佐伯とか、

山岳救助隊は登山経験者から選抜される、それは決して広い門ではない。
発足当時は体力自慢なら志願できた、けれど今、山を職務に生きられる公務員の志願者どれほどいる?

―警察学校で山をかじった俺でも憧れたんだ、ずっと山やってきたならもっと、

消防署と警察署、山岳救助隊を擁する公務員はこの二つ。
そこを目指す山岳部出身者は少なくない、だから不安になる、この自分に代わりたい人間どれほどいるだろうか?

「…運が良かったな、俺、」

想い零れた息が白く舞う。
自分が今ここにいること、それは様々な思惑の錯綜だったと今は知っている。
それすらも自分の幸運だ、山ヤの警察官として生きて幸せだから。

『数ヵ月が、君が山で一生を生きられるかの分岐になるということです、』

吉村医師に告げられた治療時間、その数カ月間もう始まった。
それは治療だけの問題ではないだろう。

「あまくないよな?」

微笑んで見あげる青梅署の壁、見慣れた雪景色に時間が積もる。
この駐車場なんど車を停めたろう?たたずんだ白い空に呼ばれた。

「おーうい、みーやたー、」

すこし掠れる低い響く声、燻銀みたいだ。
この声が誰かなんて知っている、呼吸ひとつ振りむいた。

「後藤さん、朝にお会いするのは久しぶりですね、」

笑いかけて鼓動そっと軋む。
だって今、会いたくなかった。

「おう、国村の送別会は夜だったからなあ、」

雪焼け浅黒い頬ほころばす、この笑顔に今は苦しい。
本音くるんだまま微笑んだ前、雪ふる山ヤが言った。

「なあ宮田、オマエさん右手を痛めてないかい?」

呼吸が止まる、視界せばまる一点。
一点ただ見つめてくれる眼差しは、困ったよう笑った。

「そんな貌せんでいい、ちょいと俺と来てくれんか?」
「…どこへでしょうか?」

応えても声、喉かすかに詰まる。
この自分もこんなふうなるんだ?立ちつくす想いごと、ぽん、背を敲かれた。

「俺はおまえさんの味方だよ、ほれ、」

ぽん、

また敲いてくれる背、平手の熱そっと包みだす。
硬くなっていた肌すこし緩んで、英二は微笑んだ。

「俺、今そんな警戒した貌していますか?」
「おうよ、冷える前に行こうや、」

燻銀の声いつもどおり笑ってくれる。
その眼差しも変わらなくて、白い息ひとつ歩きだした。

※校正中
(to be continued)
七機=警視庁第七機動隊・山岳救助レンジャー部隊の所属部隊

第86話 花残act.28←第86話 花残act.30
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第86話 花残 act.28 side story「陽はまた昇る」

2023-07-15 22:12:00 | 陽はまた昇るside story
ある日、境界線に
英二24歳4月


第86話 花残 act.28 side story「陽はまた昇る」

意識の底つんと刺す、薬品たち匂う。
渋いような酸いような独特、けれど懐かしい匂い。

こととっ、

傾けるケトルきらめく湯飛沫、コーヒーの粒子さらさら崩す。
見つめるフィルター湧きあがる湯気、ほろ苦く甘く昇らせる。

「…ほんとひさしぶりだ、」

声こぼれて自覚する、こんな時間どれくらいぶりだろう?
ことこと滴る音こだまするマグカップ、白なめらかに深い黒茶が満ちてゆく。
この香、この音、半年前まで日常だった。ただ慕わしさ英二は笑いかけた。

「吉村先生、ブラックでよろしかったですか?」
「はい、ブラックでお願いします、」

答えてくれる声おだやかに響く。
朝陽やわらかな雪の窓、白銀かぶるパトカーたちは四輪駆動の小型も多い。
帰ってきているんだな、そんな実感とマグカップふたつ盆に載せた。

「ありがとうございます、宮田くんのコーヒー久しぶりですね、」
「俺も淹れるのは久しぶりなんです、お口に合えばいいのですが、」

笑いかけながらマグカップことり、デスクの片隅に置いて腰おろす。
デスクチェア微かな軋み背に響いて、懐かしさカップに口つけた。

「ん、」

ふわり芳香くゆらす熱、唇ほろ苦い底が甘い。
あまり腕は落ちていないかな?啜りこむ熱に医師が微笑んだ。

「ああ、おいしいです。淹れてもらえるのは良いものですね、」

穏やかなテノール低く微笑んで、白衣の横顔が温かい。
やわらかな眼差し変わらなくて、けれど白髪が増えた。

『雅樹が帰って来たのだと思いました、』

この医師がつぶやいた、あの言葉に今が重ならす。
この医師も息子とコーヒー飲む時間があったのだろう、けれど自分は?

―父さんにコーヒー淹れたことなんて無かったな、ずっと、

コーヒーを淹れる、そんなことも自分は知らなかった。
料理のレパートリーどころか家事も何もない、あらためての自覚に訊かれた。

「宮田くんは今、レンジャーの寮に入っているんだろう?休日も訓練と言ってたけど、部屋の掃除とか洗濯はどうしているんですか?」

こういう質問、初めてされるかもしれない?
ちょっと不思議な想いと微笑んだ。

「寝る前にしていますよ?風呂入ったら洗濯機を回して、食事が済むころ乾燥まで終わる感じです。制服は決まった手順になりますけど、」

日常的なこと声にして、どこかくすぐったい。
こんな会話たぶん初体験だ?新しい今に穏やかな眼が笑った。

「そうか、君も家事をしているんだね。」

君も、なんて言われるんだな?
何気ない言葉たち、けれど可笑しくて笑ってしまった。

「吉村先生から見ても俺、生活感がないですか?」

君も家事をしているんだね。
なんて言われるのは、しそうにないからだ?
つい笑ってしまったマグカップごし、穏やかに笑顔ほころんだ。

「正直そうですね、君は雲上人という感じだから、」
「うんじょうびと?」

言葉ひとつ、ほろ苦く甘く湯気くゆる。
どういう意味だろう?見つめた先、切長い瞳が微笑んだ。

「雲上人は貴族や皇族のことだよ、凡夫からしたら雲の上の人だろう?」

そういえば古文で習ったな?
思い出しながらマグカップ持ち直した。

「たしか昇殿を許された者という意味もありますよね、天皇が住む清涼殿に上がれるから雲の上の人と、」
「そうだよ、ようするに朝政に参加する支配者サイドだね、」

答えてくれる穏やかなテノール、記憶のまま低く柔らかに響く。
くゆらす芳香あたたかなデスク、白衣姿は微笑んだ。

「雲上人の対義語が地下人だよ、かしづかれる側とかしづく側という感じかな、」

ほろ苦い甘い香の底つむぐ言葉たち、どこか核心そっとふれていく。
謎かけみたいだな?そんな想いに尋ねた。

「かしづくは膝をついた姿勢ですよね?」
「そうだね、でも膝をつくだけだと、ひざまづくになるかな。跪くという音通り服従のため膝をつく姿勢だよ、」

教えてくれる言葉なにげない、けれど自分は突かれる。
そんな自覚の真ん中で深いテノールが言った。

「対して、かしづくは相手を大切にする意味なんだ。目上の人や子どもを大切に接することを傅くと言うんだよ、服従と大切にするのでは違うだろう?」

服従と大切にする、似ているようで全く違う。
言われる意味たどる窓辺、切れ長い瞳が笑ってくれた。

「なにより宮田くんは雲海の上に登るから、本物の雲上人だろう?しかも絶世の美男だから尚更にね、」

雲海の上、それなら自分はと思えるな?
けれどもう一方なんだか可笑しくて、つい笑ってしまった。

「絶世って、吉村先生もそんなこと仰るんですね?」
「本当に思ったことなら言いますよ、」

さらり答えてマグカップ口つける、その眼ざし朗らかに笑う。
なにげない意味ないような会話たち、それでも何か温かいのは願望だろうか?

「俺も本当に思ったことしか言えません、」

答える窓辺、朝陽やわらかに雪がふる。
今四月の東京の窓、それでも奥多摩ふかく雪の町。
七機=警視庁第七機動隊・山岳救助レンジャー部隊の所属部隊

※校正中
(to be continued)
第86話 花残act.27←第86話 花残act.29

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第86話 花残 act.27 side story「陽はまた昇る」

2023-03-29 01:27:00 | 陽はまた昇るside story
秘匿、その信義を
英二24歳4月


第86話 花残 act.27 side story「陽はまた昇る」

フロントガラス、朝あわい陽ざし白くなる。
また雪が降りだした車窓、懐かしい道に英二は微笑んだ。

「吉村先生、署に着いても時間ありますよね。コーヒー淹れさせて頂けませんか、」

警察医の勤務開始まで余裕あるだろう。
謝礼の想いとひさしぶりの時間感覚に、奥多摩の医師が笑ってくれた。

「宮田くんのコーヒーはひさしぶりですね、ぜひお願いします、」
「はい、俺こそぜひ、」

肯いて握るハンドル、右腕いつもより安定する。
巻かれたサポーターと固定感に医師が尋ねた。

「腕の動きはどうですか、いつもとは感覚すこし違うでしょう?」
「はい、思ったより動きやすいです。痛みもありません、」

応える車窓を流れる雪、ワイパー白く描きだす。
もう4月、それでも銀色くるむ稜線が鼓動しめやかに響く。

「いいですね、奥多摩は、」

こぼれた本音、雪景色まばゆい。
走らすタイヤからチェーン響く、削れる氷砕けて道きらめく。
もう4月の都心は桜咲く、けれど白い東京の山里で穏やかな声が言った。

「いいですよ奥多摩は、君もいつでも帰ってくればいい、」

帰ってくればいい、
そんなふう言ってもらえる場所が、この自分にもある?
ながれゆく白銀の世界の道、見つめる想いが声こぼれた。

「吉村先生、このケガのこと内緒にしていただけませんか?」

知られたくない、どうしても。
それでも担う職務に英二は口ひらいた。

「上司には話します、任務の相談する必要がありますから。でも後藤さんには内緒にしていただけませんか?」

知られてはいけない、だって願われているから。
想い見つめるフロントガラス、助手席から問われた。

「内緒にしたいのは、湯原くんのためですか?」
「そうです、」

ありのまま答えて隣、穏やかな苦笑くゆらす。
呆れられるだろうな?予想のまま医師が言った。

「後藤さんにも守秘義務があります、湯原くんに伝わる可能性は低いのではありませんか?」
「はい、ですが蒔田さんに話すのではありませんか?」

答えながらハンドルゆるいカーブ、雪ふる道が白い。
稜線かなり積もるだろう、同じ都下、その違う空に口ひらいた。

「蒔田さんは警視庁山岳会の副会長です、後藤さんは会長として相談するのではありませんか?ザイルパートナーとしても、」

地域部長 蒔田徹警視長。
その経歴と時間に、警察医の声おだやかに告げた。

「私には警察組織のことは解りません、ただ、ザイルパートナーには相談するかもしれないとは思います、」

後藤と蒔田、ザイルを繋ぎあった時間を吉村医師は見続けている。
その言葉に問いかけた。

「吉村先生から見ても、後藤さんと蒔田さんは信頼が強いですか?」
「ザイルパートナーとして長いお二人ですから、」

答えてくれる声、フロントガラスの雪景まばゆい。
もうじき街に入るだろう、懐かしい雪道たどるまま言った。

「蒔田さんにとって周太は殉職した同期の息子です、その退職を知れば、会いに行くと思いませんか?」

14年前の春、あれから蒔田は見続けている。
馨の葬儀の日、あれからずっと。

『周太くんが大卒で警視庁に入ると、なぜ俺が解かったと思うんだい?』

同期の息子を見守ってきた、それは同情とも違う。
ノンキャリアでありながら昇ってゆく男、その意志と願い廻らす道に言われた。

「湯原くんに知られたくないというのは、本音ですか?」

かさり、

頭上の梢ゆれて雪おちる。
フロントガラス真白ふれて、さらりワイパー砕いた光がまばゆい。
視界きらきら結晶の窓、ハンドル握り微笑んだ。

「知られて、責任を感じて、償いに俺を選んでくれるならとも思います。だけど我慢できなくなるから、」
「我慢できなくなる?」

訊き返してくれる声、おだやかに静かに雪が光る。
ざりりタイヤチェーン氷削る音、白い道ゆくまま口ひらいた。

「ただ俺を好きで一緒にいて欲しいんです、心も俺を見てくれなかったら俺は我慢できません、」

きっと我慢できない、嫉妬深い自分だから。
そんな自覚もうとっくにある、本音そっと笑いかけた。

「ずるいんですよ俺、自分は色々あったくせに、周太には俺だけ見てほしいから我慢できません…我儘で、強欲です、」

強欲な自分、だからこそもう無理だとも知っている。
だって君は今、あの女と同じ場所にいる。

「先生はご親戚ですからご存知なんでしょう、小嶌さんが東大に進学したこと、」

ほら、現実を口にして鼓動が締まる。
こんな質問きっと苦しいだけ、解っているまま言われた。

「はい、彼女の父親が相談に来ました、」
「どんな話されたんですか?さしつかえなければですけど、」

訊き返しながら軋みだす、呼吸すっと重くなる。
聴けば苦しい答え見つめるハンドル、穏やかな声が微笑んだ。

「君は不器用ですね、正直な分だけ、」

低めのテノール穏やかに笑っている。
フロントガラスまばゆい雪の道、山里の医師は口ひらいた。

「自分の大切なひとが、他の誰かにどんな存在か不安にもなるでしょう。だからこそ、ご本人と話す時間が必要なのではありませんか?」

穏やかなテノール告げてくれる。
息ひとつ吐いて、雪の匂いかすかに尋ねた。

「ケガのこと、周太に話せと仰るんですか?」

どうなるのだろう、君に話したら?
束縛になるだろうか、それとも別の道だろうか、巡らす真中に言われた。

「隠されたら、君ならどう思いますか?」

ざりり、タイヤチェーンが氷雪を削る。
すこし開けた窓しのびこむ香の底、穏やかな声が続けた。

「湯原くんが人生に関わる病気やケガをした、それを湯原くんが君に言わなかったら、君は幸せですか?」

掌ふれるハンドル、じくり熱くなる。
言われた言葉から軋みだす鼓動、呼吸そっと雪が香った。

「…先生、俺は」

言いかけて解らなくなる。
幸せと訊かれて解らない、どうなるのだろう?

『そう、本音で…僕ずっと英二に言いたかったんだ、ちゃんと、けんかしよう?』

そうだ昨日、君はそう言ってくれた。
本音でちゃんと、そう君は告げて見つめてくれた。

『正義感で僕を護ろうとしなくて、もういいんだよ?』

僕はもう警察を辞めたよ?ただの僕になったんだ。
そう言って君が言ってくれたこと、その言葉まだ自分はきっと解っていない。
そして今も訊かれて解らなくなる、自分の本音はどこにあるのだろう?

「俺は…本音が」

本音が、自分の本音?
解らない、詰まる息のまま左腕そっと温もりふれた。

「宮田くん、すこし車を停めてもらっていいかい?カーブ曲がったところに駐車スペースがある、」

ぽん、
敲いてくれる温もり、軽くなる。
言われるままブレーキゆるやかに停めて、開けた扉ふっと雪が香った。

「ここの景色が好きなんです、」

穏やかに笑う声、ざくり、踏み出した登山靴の底が鳴る。
雪くずれる音ひとつ、ふたつ、仰いだ雪稜に息こぼれた。

「…きれいだ、」

銀色あわく瞬く雪、稜線おおらかに空と白い。
とけこむ天地の境から白が降る、風なぶる額ひそやかに甘やかに冷たい。
ほろ渋い甘い零下やさしい香、凍える冷厳、そのくせ優しい山の冬がくるみこむ。

※校正中
(to be continued)
七機=警視庁第七機動隊・山岳救助レンジャー部隊の所属部隊

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第86話 花残 act.26 side story「陽はまた昇る」

2023-02-15 20:39:00 | 陽はまた昇るside story
失ってもなお、涯は
英二24歳4月


第86話 花残 act.26 side story「陽はまた昇る」

「長野の警察病院では、どう言われました?」

穏やかな落ち着いたテノール、けれど耳朶ふかく叩かれる
あまり穏やかな状態じゃないな?予想と英二は口ひらいた。

「手には異常がないと言われました、でも吉村先生は違うご見解なのですね?」

雪ひそやかな山里の診療所、けれど「神の手」と評される医師。
その慧眼は穏やかに英二を見た。

「右腕をこちらへ伸ばしてくれるかな、」

言われるまま右腕を伸ばして、白衣の掌が受けとめてくれる。
ふれられた小指やはり感覚が鈍い。

「楽にしてくださいね、」

言いながら右腕そっと台に置いてくれる。
ふれる素肌ひんやり冷たい、暖房あたたかな診療所の外気がはかられる。

「指の変形はないね、ちょっと肘の内側を叩くよ?」

穏やかな声が告げて、右肘の内側ととん、刺激が奔った。

「つっ…!」

ぴりっ、小指と環指に痺れが奔る。
ととん再び叩かれて、疼いた痺れに医師が尋ねた。

「痛むんだね、痺れる感じかな?」
「はい、」

肯いて鼓動そっと軋む。
何か異常がある、そんな空気を左肘そっと曲げられた。

「思いきり肘を曲げて、しばらくそのままでお願いします、」

指示のまま右腕ぐぅっと曲げ、止める。
静かな視線に守られて数刻、小指と環指じくり痺れだした。

「…っ、」

痛い、そして感覚じくり疼いてゆく。
ふれているはずの医師の掌、それすら分からなくなって終わった。

「はい、楽にしていいですよ。痛い思いさせて申し訳ありませんでした、」
「いいえ、ありがとうございます、」

捲られた袖を戻しながら、小指と環指じわり疼く。
痺れの余韻まだ響くまま、医師に問われた。

「宮田くんはこのレントゲン、どう見る?」

示された画像、青白く骨格が浮かぶ。
自分の現実まっすぐ見つめて、英二は口を開いた。

「はい、関節の隙間が少し狭いでしょうか。肘部管症候群と似ていると思います、」

テキストで見た記憶、症例のレントゲン写真が重ならす。
まさか自分事になるなんてな?見つめるまま医師が告げた。

「そうですね、肘部管症候群でしょう、」

告げられた言葉の空気、かすかな渋い匂い刺す。
薬品の空気みちる診察室、穏やかな声が続けた。

「尺骨神経は小指と薬指半分の感覚を司っていますが、内在筋という手の細かい動作を担う筋肉へ命令を伝達しています。この尺骨神経の障害です、」

告げられるレントゲン画像の上、ポインターが青白い骨格をなぞる。
あわく白く映る神経に医師は言った。

「今の状態なら手術までは必要ありませんが、この神経は回復しにくい神経です。じっくりと回復に務めなければいけません、」

回復しにくい、その一言そっと刺される。
この自分が就いている職務には致命的かもしれない、それでも静かに声は響く。

「今の状態、まだ症状が軽い初期なら数ヶ月で回復することが多いです。ですが無理をして、もし神経が強いダメージを受けると軸索変性という状態になります。軸索変性になると回復速度は1日1mmとも謂われているんだ、そして肘から指先まで30cm以上あるだろう?」

静かな声、けれど鼓動まっすぐ響く。
詰まらせる呼吸そっと吐いて、英二は微笑んだ。

「治療で神経が回復し始めても、回復には1年はかかることになりますね、」

1年、その間「じっくりと」なんて時間あるだろうか?
日々のトレーニングと臨場を想う前、医師は告げた。

「もし放置すれば完全な回復が得られないかもしれないんだ、どうか宮田くん、きちんと後藤さんと今の上司の方に相談して治療に務めてください、」

これは見透かされたな?
敵わない相手に困りながら微笑んだ。

「数ヵ月の辛抱ということですね、」
「その数ヵ月が、君が山で一生を生きられるかの分岐になるということです、」

告げる声は静かで、そのくせ逸らさない眼が自分を映す。
ほろ苦く刺す空気あわい診察室、医師はカルテにペンを執った。

「まず保存療法を試みましょう、日常生活の工夫で悪化防止していきます。まず肘を強く曲げる動作や姿勢をできるだけ避けてください、」

肘を強く曲げる、なんてしないで済むだろうか?
ザイル手繰る山の現場、トレーニング、そんな自分の日常に医師が笑った。

「君の場合は訓練や救助で肘を曲げることも多いから、サポーターをしましょう、就寝時は肘にバスタオルを巻いて肘を曲がりにくくして、」

穏やかな眼差し笑いかけてくれる、その言葉が日常に寄り添う。
解ってくれている、安堵そっと笑いかけた。

「吉村先生は、山をやめろとは仰らないんですね、」
「言ってもやめないでしょう?君は、」

ペン走らせながら笑ってくれる。
インクひそやかに香るデスク、穏やかな声が言った。

「左橈骨粉砕骨折、それが最も重症の部位でした…雅樹は、」

告げられる名前、けれど白衣の横顔おだやかにカルテを見る。
万年筆を奔らす長い指、ことん、ペン先が止まった。

「よかった、君が無事で、」

穏やかな声、いつもの微笑。
いつもどおり横顔は静かで、それでも燻る哀しみに笑いかけた。

「俺は無事です、山岳救助隊は全員帰還ですから、」

この医師の息子は死んだ、医学部五回生、雪山の風に。
もう15年以上経って、それでも抉られる傷みへ微笑んだ。

「吉村先生、俺は必ず帰ります。そのためにも治療お願いします、」

笑いかけて頭下げて、横顔そっと肯いてくれる。
掠れる小さな滴の音、カルテの窓ふる雪やわらかな陽ざし。

※校正中
(to be continued)
七機=警視庁第七機動隊・山岳救助レンジャー部隊の所属部隊

第86話 花残act.25←第86話 花残act.27
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第86話 花残 act.25 side story「陽はまた昇る」

2021-10-26 22:41:06 | 陽はまた昇るside story
現実の先を、
英二24歳4月


第86話 花残 act.25 side story「陽はまた昇る」

雪はすこし融けていた。

「は…っ」

息吐いて白くなる。
残る雪に凍てつく大気、青空に英二は微笑んだ。

―やっぱりいいな、奥多摩は、

仰ぐ空、冴えた風に青く光る。
雲まばゆい梢そっと零れる雪、懐かしい道を歩き出した。

ざくっ、ざくり、
踏みしめる道は雪が硬い、あれから融けて凍てついたのだろう。
まだアイスバーン光る四月の朝、馴染んだ登山靴に冷気が懐かしむ。
いつも歩いた稜線の空、かすかに甘い渋い山の風、ただ懐かしい想いに声が映った。

『英二は、次のお休みはいつ?』

訊いてくれた君の声、たった昨日のこと。
まっすぐ黒目がちの瞳が見あげてくれた、けれど吐いてしまった嘘に微笑んだ。

「ほんとは今日だよ、周太…」

ひとりごと唇かすめて、嶺風ほろ苦く甘い。
この風に君もいた時間がある、あの全て取り返せたらいい。
そう願ってしまうのに「次のお休み」嘘を吐いた、何も言えないから。

『本音で…英二のこと聴かせて?』

そう君は言ってくれた、でも言えない。
きっと知ったら君は自分を責める、そうしたら「鎖」そのままだ?

『周太を束縛しちまったらね、観碕がつくった鎖の後継者にオマエがなるってコトだ、』

そう言ってくれたザイルパートナーは今、この町にいるだろう。
今ごろ越沢バットレスかもしれない、あの怜悧な眼には相談できるだろうか?

―光一には相談したいけど、でも周太に伝わると嫌だな、

底抜けに明るい怜悧な眼、あの眼差しに相談できたら楽だろう。
けれど君に伝わってしまうかもしれない、そんな可能性に話さない方がいい。
それとも?

「もし知ったら周太…傍にいてくれる?」

ほら想い零れてしまう、だから知らせたくない。
こんな束縛ただ「鎖」だ、それすら願いたくなる自分に噛みつかれる。

『英二、正義感で僕を護ろうとしなくて、もういいんだよ?』

昨日そう言ってくれたけど、そんな立派な自分じゃないのに?
あんなふうに言われて驚いた、そして後ろめたさ突き刺ささる。

『正義感と恋愛感情、どちらの為に僕といてくれたの?』

君に問いかけられて、問われてしまった自分に噛まれる。
こんな自分だから、彼女に敵わない?

『宮田くんが私のこと嫌いでも、私は宮田くんに笑ってほしいの。周太くんにも笑ってほしいの、私はそれだけ、』

本気で言っていた、彼女は。
まっすぐ明るい澄んだ瞳、あの眼ざしが疎ましい、そして妬ましく憧れる。

―あんなふうに見つめられて周太、今日から毎日ずっと過ごすんだな、

今日から君は彼女と過ごす、大学で毎日いつも。
あの明るい澄んだ瞳もこの町で育って、この町で君と出逢ってしまった。
だからこそ言えない理由と嘘の今日、小さな診療所のインターフォン押した。

「やあ、おはよう宮田くん、」

扉すぐ開いて、穏やかな静かな瞳が笑ってくれる。
安堵ほっと息吐いて英二も笑った。

「おはようございます、吉村先生、」
「寒かっただろう?さあ入ってください、」

白衣姿が促してくれる扉、まだ「診療終了」表示が揺れる。
まだ早い時間の朝、申し訳なさと感謝に頭下げた。

「昨夜はお電話で申し訳ありません、こんな朝早くお願いして、」
「いいんだよ、頼ってもらえて嬉しいよ?」

にっこり微笑んで診察室へ招いてくれる。
朝の陽やわらかな窓、かすかな渋い空気なつかしく微笑んだ。

「薬品のにおいですね、懐かしいです、」

消毒アルコール、ヨウ素液、薬品さまざま空気に淡い。
かすかでも確かな匂いの部屋、医師が笑いかけた。

「いつも宮田くんは手伝ってくれたからね、青梅署の診察室とは少し違うだろうけど、」
「はい、でも匂いは似ています、」

似ている空気に記憶が敲かれる。
なつかしい青梅署の日常、人命救助に駈けた時間たち。
緊張と充実の記憶ゆらす匂いの部屋、いつも共にいた医師は奥の扉ひらいた。

「まずレントゲンを撮りましょう、」

かたん、

音ひとつ開かれる部屋、点されるライトが白い。
どこか無機質な光の先、呼吸ひとつ英二は肯いた。

「はい、お願いします」

微笑んで踏みだして、鼓動かすかに刻みだす。
こんな自分でも緊張しているな?想いありのまま右手ふれる。

※校正中
(to be continued)
七機=警視庁第七機動隊・山岳救助レンジャー部隊の所属部隊

第86話 花残act.24←第86話 花残act.26
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第86話 花残 act.24 side story「陽はまた昇る」

2021-10-20 00:25:11 | 陽はまた昇るside story
求めたい、けれど
英二24歳4月


第86話 花残 act.24 side story「陽はまた昇る」

一緒にいたいのは、なぜ?

問いかけた唇を風かすめて冷たい。
こんなこと訊くつもりは無かった、自嘲に英二は笑った。

「ちょっと酔いました、熱燗うまいですね?」

笑ってワンカップ口つけて、ほろ甘い香が熱い。
四月初め冷たい月、息ふっと白く染まった。

「うまいよね、今日みたいに寒いとなお良いよ、」

穏やかな声が笑って、かすかなアルコール大気に舞う。
月光に冴える屋上の空、先輩が言った。

「誰かと一緒にいたいって、恋人のこと?」

聞き流してはくれないんだな?
つい零れてしまった自嘲に微笑んだ。

「そう俺は想ってたんですけど、」

答えながら疼きだす。
たった3時間前、君に言われたこと。

『正義感と恋愛感情、どちらの為に僕といてくれたの?』

黒目がちの瞳が自分を見あげた、きれいな眼だった。
まっすぐ自分を映して逸らさない、あの眼ずっと見つめていたかった。

「そっか、宮田くんもそういう貌するんだね?」

呼ばれた声、月光のもと穏やかに明るい。
凍える洗い髪の風、白い息ほっと笑った。

「浦部さんは見えてるんですか?こんな暗いのに、」
「月で見えるよ、宮田くん色白だしね、」

答えてくれる声ほがらかに闇を徹る。
その視線に振りむいて、穏やかな瞳が言った。

「ひとりを想って悩むなんてさ、ぜいたくな時間かもしれないよ?山の警察官ならなおさら、」

月光ひるがえる屋上、低い声やわらかに響く。
言われた言葉に酒ひと口、熱ふくんで微笑んだ。

「浦部さんは付きあってるひと、いるんですか?」

こんな言葉を言うのなら、この男にも「ひとり」いるのだろうか?
なにげなく訊いた隣、月明り笑顔ほころんだ。

「うーん、どうだろ?」

端整な口もと綻んで、白皙の笑顔やわらかい。
親しみやすい貌だな?あらためて思い微笑んだ。

「疑問形ってことは、告白しないで一緒にいる感じですか?」
「お、鋭いね。さすが宮田くんだ、」

低い声おだやかに朗らかに笑う。
軽やかなトーン明るくて、喉やわらいで笑った。

「それって白状してくれてます?」
「うん、図星に感心してるよ、」

端整な瞳にっこり笑って、ワンカップ傾ける。
ガラス瓶の水面きらきら月光ゆれて、隣人のどやかに笑った。

「宮田くんからこのテの話かあ、意外だけど面白いね?」

酒かたむける笑顔は端整で、そのくせ気さくに馴染む。
壁が無い、そんな空気につい尋ねた。

「意外だけど、面白いですか?」
「うん、ギャップ萌えみたいな感じかな。なんかいいよね、」

朗らかな声が笑って、白い息ほころばす。
四月の屋上しんと冷える夜、熱い酒に隣が笑った。

「宮田くんのこと俺、前は都会のぼっちゃん思ったって言ったけどさ。なんか高貴で孤高な感じって今も思ってるよ、だからギャップ?」

言われた言葉くゆる風、ほろ甘く酒が香る。
こういうこと面と向かって言うんだな?なんだか可笑しくて微笑んだ。

「そういうこと本人に言うんですね?いつもこんな感じですか、」
「うん、割と言っちゃうかな、」

肯きながらガラス瓶かたむけて、端整な目もと綻ばす。
その眼ざし穏やかなくせ明朗で、どこまでも明るい視線が英二を見た。

「腹に一物とか俺は無理、すっきり山に登りたいからさ。だから人にもそんな感じ、」

低い声なのに明るく響く、その瞳おだやかに明るく笑う。
笑っている視線そのまま肚透けるようで、あらためて向きあう想い微笑んだ。

「山で頭すっきりしていたいから、ありのまま人にも接するってことですか?」
「うん、なんも考えずに山と遊びたいんだよね。ひたすらソレだけ、」

月冴える風の底、朗らかなトーン穏やかに笑う。
夜闇しずむ屋上、けれど明るい気さくについ笑った。

「浦部さんは一緒にいて楽ですね、モテるのわかる気がします、」

だから嫉妬していた、自分には無いから。

『正義感と恋愛感情、どちらの為に僕といてくれたの?』

君から問いかけられた言葉たち、あれは「言わない」からだ。
こんなふうに自分も話せていたのなら、君は今も傍にいてくれたろうか?

『本音で、僕ずっと英二に言いたかったんだ、ちゃんと、けんかしよう?』

本音で、君に向きあえるなら?
そうしたら君と一緒にいられるのだろうか、でも一つ、もう嘘を吐いたかもしれない。

「明日は宮田くん週休だろ、もしかして会いに行くとか?」

ほら現実が訊いてくる、明るい穏やかな声で。
答えただ今ありのまま、英二は微笑んだ。

「はい、でも明日は違う人に、」

ほら君は訊いてくれたのに、違う。

『英二は、次のお休みはいつ?』

君はそう訊いてくれた、けれど明日は違う。
訊いてくれたのに「次の」を答えなかった、本音で話さなかったのが自分。
だから明日は君と一緒にいられない、本音でと望んでくれて、けれど言わなかったから。

もしも明日、本音で君といられたら。

※校正中
(to be continued)
七機=警視庁第七機動隊・山岳救助レンジャー部隊の所属部隊

第86話 花残act.23←第86話 花残act.25
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第86話 花残 act.23 side story「陽はまた昇る」

2021-10-12 23:56:20 | 陽はまた昇るside story
深淵より捜して、
英二24歳4月


第86話 花残 act.23 side story「陽はまた昇る」

風ふれる頬、洗い髪が梳かれて凍える。
かきあげる指冷たく髪からんで、その涯に英二は月を見た。

「…なんだろな、俺?」

零れた声に月が映る。
雲流れゆく光の夜、凭れた鉄柵も冷たく硬い。
もう4月になった、それでも冷えてゆく夜の屋上に煙草咥えた。

かちっ、

かすかな金属音、火が燈る。
風ゆれる光そっと近づけて、吸いこむ香ほろ苦い。
苦いまま含んで、ふっと息吐いて煙が昇る。

『正義感と恋愛感情、どちらの為に僕といてくれたの?』

君に言われたこと、ずっと考えている。
考えて考えて、考えて、おかげで夕飯なんだったのかも憶えていない。

「…周太、夕飯はなに食べた?」

呼びかけた声、あわく月光とける。
もし君と食べたなら憶えていたろうか、幸せだった時間のように。
けれど「幸せ」だったのは、自分だけなのかもしれない。

『正義感で僕を護ろうとしなくて、もういいんだよ』

正義感で君といた、そんなふうに思っているんだ?
だから君は問いかけてくれた?

「正義感、か…」

くゆらす煙に月が滲む。
ほろ苦いくせ離さない香、こんな依存に自分が可笑しい。
こんな自覚ごと煙草の右手、かつん、鉄柵かすめて疼いた。

「…っ、」

痺れ奔る、人差指ゆるんで紙巻おちる。
はたり灯は落ちて、一点の朱が足もと揺れた。

「痺れか、」

声にして左手が右手ふれる。
指ふれる肌に感触なぞらす、ゆるく動かす関節なめらかに動く。
なにも変わらない自分の右手、それでも小指ひとつ感覚が無い。

「なぜだ?」

動く右小指、でも感覚が無い。
そして打ちつけた瞬間、右手ごと感覚が消えた。

―すぐ戻ってはいる、でもこれが山でなったら?

声なく自問する聲、その答えは自明だ。
それは山に生きる者なら当然で、見つめるまま煙草を拾った。

「動くんだよな…」

声こぼれた視線、くすぶる朱色が耀く。
ちいさな灯ごと携帯灰皿に埋めて、かたん、金属音が聞こえた。

「宮田くん?」

昏い屋上、おだやかな朗らかな声が徹る。
この声すこし前まで嫌いだった、けれど今はほっと笑った。

「浦部さん?こんばんは、」
「こんばんは、帰ってたんだね?」

答えながら近づくシルエット、肩ひろやかに美しい。
均整とれた姿勢すぐ並んで、鉄柵もたれて微笑んだ。

「夕飯にいなかったろ?どうしたのかと思ったよ、」

憶えていないのではなく、食べていなかったんだ?
言われて気がついた自覚が可笑しくて、呆れる自嘲と微笑んだ。

「ご心配すみません、」

微笑んで頭下げて、携帯灰皿そっとポケットに隠す。
まだ紫煙かすかな屋上の空、袋ひとつ差しだされた。

「おにぎり入ってるよ、食べて?」

受けとって袋まだ温かい。
今作ってきた、そんな温度に先輩が笑った。

「食堂のおばさんに預かったんだよ、あのイケメンくん来ていないから持って行ってってさ?ほんとモテるよね、」

言われる言葉に開けた袋、ほの甘い香が芳ばしい。
作りたて届けてくれた、そんな香と温もりに微笑んだ。

「ありがとうございます、いただきます、」
「あったかいうちに食べるといいよ、なんなら今どうぞ?」

笑いかけてくれる瞳は穏やかなくせ明るい。
言われながら月光の下、素直に一つ取りだしてラップ剥いた。

「ぉ、」

ほおばって一口、濃やかに甘辛い。
ほどける食感と味に先輩が笑った。

「焼肉が入ってるだろ?今夜の献立だよ、若い男なら肉は食べたいでしょ言ってたよ、」

言われながら噛みしめて、海苔と胡麻に弾力が濃い。
こういう具材もあるんだな?ものめずらしい味すなおに笑った。

「うまいです、初めての味ですけど、」
「おいしそうだよね、確かに。俺も作ってもらえば良かったかな、」

笑ってくれる目もと、涼やかに切長い。
この貌が前は嫌いだったな?まだ近い記憶に先輩が訊いた。

「宮田くんさ、言いたいことあったら言いなよ?」

穏やかな声さらり告げる。
その言葉ながめながら咀嚼して、飲みこみ微笑んだ。

「今すぐ言いたいのは、お茶が欲しいですね?」
「お、正直でいいね、」

切長い瞳が笑って、ぽん、瓶ひとつ手渡してくれる。
受けとって熱い、そのラベルに笑った。

「お茶にしてはアルコールのパーセント高いですね?」
「寒い夜にはいいだろ?」

かちり、蓋を外して先輩が笑う。
ほころばす目元は楽しげで、懐かしくて笑いかけた。

「浦部さんて、思ったより国村さんと似ていますね?」
「ん?」

ワンカップ口つけて振りむいてくれる。
どこか大らかな仕草が可笑しくて、つい笑って言われた。

「まあ、山ヤってとこは同類だしね。あの人に似てるなら山ヤとして光栄だよ、」

朗らかなトーン応えて、熱いガラス瓶かたむけて笑う。
こんな貌する男だと少し前は知らなかった。

『山で誤魔化してたら死ぬだけだ、』

昨夜、そう言った男が酒に微笑む。
こんなふうに山の男は生きるのだろうか、見つめる想い零れた。

「誰かと一緒にいたいのは、なぜでしょうね?」

※校正中
(to be continued)
七機=警視庁第七機動隊・山岳救助レンジャー部隊の所属部隊

第86話 花残act.22←第86話 花残act.24
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第86話 花残 act.22 side story「陽はまた昇る」

2021-10-06 22:08:10 | 陽はまた昇るside story
離れるとも、想い
英二24歳4月


第86話 花残 act.22 side story「陽はまた昇る」

ゲートから一歩、街が黄金に染まる。

「…きれい、」

穏やかな静かな声そっと響く、君の声だ。
ふれそうな腕そのまま掴みたい、本当は。

「うん、」

頷いて願ってしまう、足が停まりたい。
このまま時が停まったら、離れないでいられるだろうか。
けれど君には明日がある。

『英二は、次のお休みはいつ?』

次の、それから。

『しあさって…僕は大学で仕事と講義があるけど、その後にお願いできる?』

お願いできる?
そう訊いてくれた君の明日は、もう自分から遠い場所。
それでも君がくれた約束「しあさって」だから今、こうして歩きだせる。

―また、周太に、

また会える、逢えるんだ君に。
それだけが頭めぐってゆく、脚を押して歩かせる。

―こんなにも周太といたいんだ、俺は…でも周太にはもう、

君といたい、ずっと。
何も考えなくていいのなら、きっと今このまま攫っている。
けれど動けないまま駅の道、またザイルパートナーの声なぞる。

『イイかい?周太を束縛しちまったらね、観碕がつくった鎖の後継者にオマエがなるってコトだ、』

観碕を赦せない。
そう自分は思って動いて、けれど「同じ」だと今は解る。
あの男が晉に執着したから「五十年の連鎖」が君を縛る、そして自分も、

―光一に言われるとおりだ、俺は周太に執着して…ずっと嫉妬まみれだ、

この想いは恋愛、けれど執着にも近いと自覚がある。
そうでなければ今朝だって、君を追いかけたりしなかった。
新宿の街角に君を見かけて、でも捉まえられなくて、だから記憶の場所をたどってしまった。

あのラーメン屋、君といつも食事した場所。
あの書店、食事の後いつも君と本を楽しんだ。
あのセレクトショップ、何度も君の服を選んだ時間。

だから君、あのベンチで逢えた瞬間どれだけ嬉しかったと思う?

“あのベンチにいてくれたのは周太、待っててくれた?”

そう訊いてみたい、でも怖い。
ただの偶然かもしれない、君の気に入りの場所だから。
けれど鼓動が敲く、こんなにも捉まえたくて、閉じこめて独占したいと叫びだす。
それでも「同じ」になりたくない、それは意地よりも多分、彼女を知ったからかもしれない。

『宮田くんが私のこと嫌いでも、私は宮田くんに笑ってほしいの。周太くんにも笑ってほしいの、私はそれだけ、』

なぜ、あんなこと言えるのだろう彼女は?
あんなに明るい瞳、あんなに真直ぐ澄んで見つめられるのは、なぜ?

―あの女と毎日ずっと過ごすんだ、明日から周太は、

明日から君は大学に通う、大学で仕事して講義も受ける。
そして彼女も学生として通う、そうして真直ぐに君と同じ道を歩く。
あんなふう自分も見つめられたなら君は、今も自分だけ見つめてくれたろうか?

―ずっと一緒にいたいだけなんだよな俺、でも、

想い見つめて歩く街、黄昏やわらかな風ほろ苦い。
埃っぽい都会の空気、ここで君と過ごした時間が遠くなる。
このままずっと一緒に歩けたらいい、けれど辿りついた駅で英二は微笑んだ。

「着いたな、」

着いてしまった、君と離れる場所に。
それでも「しあさって」がある、だから願いまだ捨てなくていい?
本当は約束なんて出来ない自分、それでも唯一つ理由に君に逢いたい、許してほしい。
想い見つめるコンコースの一隅、君の声そっと響いた。

「英二…僕は昨日、退職届を出したんだ、」

告げられて振りむいた先、黒目がちの瞳が見つめてくれる。
その言葉がつり噛まれて問いかけた。

「周太が自分で、出しに行ったのか?」
「そうだよ、」

黒髪やわらかに肯いて、瞳まっすぐ見あげてくれる。
その姿あらためて駅のライト照らして、スーツとネクタイ姿が自分を見つめる。

―今朝も見たスーツとネクタイだ、でも昨日なら、今日は大学のあいさつか?

見間違いじゃなかった、君だった。
確かめて、そして昨日と今日の時間を見つめるまま君の唇ひらいた。

「英二、僕はもう警察を辞めたよ?ただの僕になったんだ、」

もう警察官じゃない。
その事実の真中で、黒目がちの瞳ほの明るい。

「うん、周太は周太だ、」

肯いて呼びかけて、見つめる瞳が自分を映す。
澄んだ瞳は前より明るくて、ただ嬉しく見つめるまま君が言った。

「だから英二、正義感で僕を護ろうとしなくて、もういいんだよ?」

正義感?

「どういう意味だ、周太?」

どういう意味で、そんなこと言ってくれる?
解らないまま見つめる中心、穏やかな静かな声が言った。

「僕と一緒にいる理由のことだよ、英二?」

理由、なんて一つだけ。
それなのに君、なぜそんなこと言うのだろう?

「正義感とれんあいかんじょう…どちらの為に、僕といてくれたの?」

ずきり、

ほら鼓動が軋む、止められる。
なぜそんなこと君は言うのだろう、どうして?

「しゅうた…どういう意味だ?」

見つめるまま君だけが見える、君の瞳が自分を映す。

「よく考えてみて、でも、ちゃんと睡眠はとってね、」

告げてくれる瞳まっすぐ自分を映す。
けれど視界ゆっくり滲みだす、目の奥が熱い。

「…しあさってに、またね、」

君の声そっと告げて、君の肩が踵を返す。
遠ざかってしまう背中まっすぐ綺麗で、そして見えなくなった。

「…、」

痛い、軋んで鼓動が迫りあがる。
それでも踏みだした足そのまま改札くぐって、けれど停まった。

「…しゅ、うた」

かすれる声、もう届かない。
このまま追いかけたい、けれど足が停まってしまった。
それでも忘れられない願い唯ひとつ、痛みごと零れた。

「…北岳草のこと憶えてる?周太…」

世界で唯一つ、北岳でわずかな時間だけ咲く太古の花。
それを君に見せたい、今の君だから。

『僕もう自分で歩けるよ、』

おととい君が言ったことは事実、それでも雪の森で君を背負った。
あの温もりまだ背を滲んで離れない、肌の記憶ひとつ縋る自分がいる。
背負い続けてたい、離したくないと願っている、それでも君はもう自分で歩ける。

「だから見せたいんだよ…周太、」

※校正中
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七機=警視庁第七機動隊・山岳救助レンジャー部隊の所属部隊

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