scapegoat 形代の痕
第73話 残像act.2-side story「陽はまた昇る」
or but came to cast
A song into the air, and singing passed
To smile on the pale dawn; and gather you
Who have sought more than is in rain or dew
Or in the sun and moon, or on the earth,
Or sighs amid the wandering, starry mirth,
Or comes in laughter from the sea’s sad lips,
And wage God‘s battles in the long grey ships.
The sad, the lonely, the insatiable,
To these Old Night shall all her mystery tell;
運試しの賽投げつけ
虚ろなる空に歌い、謳いながら透り過ぎ去り、
蒼白の黎明に微笑む、そんな相手しかない君よ、集え
愁雨や涙の雫より多くを探し求める君よ、
また太陽や月に、大地の上に、
また陽気な星煌めく彷徨に吐息あふれ、
また海の哀しき唇の波間から高らかな笑いで入港し、
そして遥かなる混沌の船に乗り神の戦を闘うがいい。
悲哀、孤愁、渇望、
これらの者へ 古き夜はその謎すべてを説くだろう。
“or but came to cast A song into the air, and singing passed”
アイルランド詩人が謳う一節が今、自分の跫に響いてくる。
原題「The Rose of Battle」闘いの薔薇、そう名付けられた詞は今の自分を映す。
これから自分が行う事は本当に「運試しの賽」だろう?そんな想いごと英二は怜悧に笑った。
「正直なところ私自身が無謀だと反省しています、最善の対応とは言えません、」
謙虚に闊達に、落着いた怜悧な眼差しで笑いかける。
その先に捉える瞳ほころばせ担当者は感心したよう微笑んだ。
「なら、あの状況で山火事を止めるには他にどんな対応を?」
「腕ではなく岩や枝を遣うべきかと思いますが、消防の方にレクチャーを相談できたらと、」
書類を運びながら答え笑いかけて、並んで歩く制服姿がメモを取る。
向こうから時おりシャッター音は響く、この音は4年前も聴いていた。
―でも、同じモデルでも違うな?
過去と今の相違に微笑んで扉ノックして軽やかな返答に開く。
かちゃり金属音を聴きながら部屋に入り上司へ笑いかけた。
「国村さん、広報の方をお連れしました、」
「はい、オツカレサン、」
いつも通りの笑顔がデスクから顔あげる。
けれど応接の椅子から二人、制服の視線とスーツの背中が自分を見た。
あの男だ、
ほら、もう意識はスーツの背中を捕え白髪頭を標的にする。
もう胸ポケットの守袋から小さな金属片が脈うちだす、その鼓動すら冷徹が隠しこむ。
いま自分がすべき言動を頭脳が予定から呼ぶ、その通りに英二は明晰な眼差し微笑んだ。
「小隊長、お茶は5つでよろしいですか?」
「6つでお願いします、宮田も同席してください。広報の方、こちらへどうぞ、」
テノールは明快に指示して応接テーブルに案内する。
ソファには制服姿が4人、そしてグレーのスーツが独り。
白と濃紺のなか灰色は目立つ、そのコントラストに冷酷が嗤った。
―灰色なんてお似合いだな、
灰色、Gray
黒でも白でも無い、黒でも白でもある。
どっちつかず、そんな色に相手を見ながら英二は給湯スペースに立った。
いつものよう急須を電気ポットの湯に温めながら淹れる湯を沸かす、この手順に懐かしい声が微笑む。
『お茶もコーヒーもね、お湯のなかに空気がないと佳い香しないんだ…だから汲みたての水を沸かしてね、』
穏やかな声、穏やかな笑顔、黒目がちの瞳が見あげて微笑む。
すこし小さい手は慣れた仕草に煎茶を淹れる、その記憶なぞらすよう今この手が動く。
湯呑一杯の茶、それすら大切にする笑顔は今この瞬間にも愛しくて、だから手順ひとつに想ってしまう。
―周太の茶は馨さんに教わってる、それを今俺は利用するんだ、
馨が息子に伝えた茶、その通りに自分は湯呑6つを満たす。
この茶を呑んだ貌は何を示すだろう?そんな問いかけごと盆を携え来客に戻った。
「失礼します、」
低く、けれど明確なトーンで声かけて茶を出してゆく。
いまテーブル囲んだ5つの貌は歓談する、けれど視線4つは自分に向く。
2つは好意的、1つは探るよう、そして最後ひとつはただ穏やかに笑って観る。
―卒業アルバムと同じ貌だ、今も、
視界の端に映る貌、その笑顔は70年前と変わらない。
そんな感想を古い研究室のアルバムから見つめて、けれど視線まだ合さない。
まだ名前も役職も何も聴いていない、それでも前から知っている存在が今、至近距離に息をする。
やっと会えたな?
そんな台詞に肚が嗤って冷酷が瞳を披く。
それでも貌は端正に微笑んで盆をサイドテーブルに据え、末席に座ると上司が微笑んだ。
「彼が今日、皆さんがご用の男です。広報と現場係とダブルブッキングとなりましたが、よろしいでしょうか?」
明朗なテノールが座を見渡して確認させる。
今日どちらも予定が重なった、その「偶然」に広報担当は微笑んだ。
「私たちは構いません、いろんなシーンの方が良い写真も話も取れますから。そちらは如何ですか?」
「後から予定を入れたのは此方ですから、」
短く応えて現場係の制服姿が頷く、その視線が一瞬だけ隣を見た。
隣、灰色のスーツ姿は湯呑を取りながら穏やかに微笑んだ。
「私が無理を言ったんです、広報さん、今日一日お邪魔してもよろしいですか?」
穏健なトーン、けれど言葉には逃がさない意志がある。
その単語に少し首傾げながら広報担当は問いかけた。
「そちらは書庫の書類探しと伺ったのですか、一日掛かりになりますか?」
「書類はすぐ見つかるでしょう、でも懐かしいからね?」
さらり白髪の笑顔ほころばせ、穏やかな視線が二人を撫でる。
どこか威がある、けれど親しい瞳に広報担当は釣り込まれた。
「懐かしいと仰るのは?」
「引退して30年近いんです、だから嘱託業務がてら見学したくてね?」
微笑んで綺麗な声が座を見渡してゆく。
もう90過ぎた老人のはず、けれど衰えない声は引力が強い。
この声にも同類の気配は疎ましい?そんな感想と佇んだ前で広報担当が尋ねた。
「嘱託で現場係と来られたなら、略史編纂の件ですか?」
「ええ、データベースを作るお手伝いです、私本人が証人でもあります、」
低く、けれど朗々と意識へ語らす声は快いのだろう。
そんな空気を創りあげる白髪の笑顔は湯呑を抱え、ひとくち停まった。
「…、」
声の無い聲、けれど自分には見えてしまう。
この茶に停まってしまう意識が老人に在る、そんな結果に肚が嗤う。
―殺した相手の茶は旨いだろ?
沈黙に笑いかけた無視の端、老人の視線がこちらを向く。
さっきと同じ穏やかな瞳で、けれど警戒の疑惑は微かに露呈する。
この味は予想外だったのだろうか?そんな思案ごと湯呑を取ったテーブルに何も知らない会話が続いた。
「証人でもある方がデータ編纂するなら間違いないですね、七機にもいらしたんですか?」
「警備部の部付に在職した事があります、当時と今では編成も違いますが。」
「引退から三十年と仰られましたが、戦後すぐ警視庁に奉職されたんですよね?」
「はい、半分は正解です、」
穏やかに笑って答えるトーンも威厳と親和が並ぶ。
気さく、でも「特別」を魅せる笑顔は事実を言葉にした。
「警察庁から出向いて警視庁にもお世話になりました、最後は本部長を務めております、」
警察庁、本部長、この言葉たちが立場と階級を示す。
その前に制服姿二人が硬くなる、そんな同僚たちへ現場係の視線かすかに哂った。
―この男もか、
視界の端に映った貌へ侮蔑を見てしまう。
かすかな瞬間の嘲笑だった、それでも彼の立つ位置が明確になる。
そんな制服姿3つとスーツ姿1つへと明眸は笑って、透けるよう明るい声が英二を促した。
「宮田、ダブルブッキングの了解を頂けたからね、あらためて挨拶どうぞ?」
「はい、」
微笑んで椅子を立ち、5人へ視線を向ける。
真正面から見あげる瞳はいつものよう明るい、その信頼ごと明朗に笑いかけた。
「第七機動隊山岳救助レンジャー第2小隊所属、宮田です。今日はよろしくお願いします、」
今日、この4人が自分の証人になる。
この意図を知っているのは真正面の相手だけ、他は誰も何も知らない。
知らせない、けれど無意識で援助してくれる2名は好意の笑顔で会釈する。
その向かい、懐疑を隠した笑顔の隣から元本部長は穏やかに笑って告げた。
「観碕です、今日は一日よろしく、宮田君?」
(to be continued)
【引用詩文:William B Yeats「The Rose of Battle」】
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