戦没者慰霊のための式典
全国戦没者追悼式の挙行
毎年8月15日、政府主催により、先の大戦による戦没者310万人を追悼するため、天皇皇后両陛下御臨席のもとに「全国戦没者追悼式」を日本武道館で挙行しています。
この式典は昭和38年から挙行しています。
海外戦没者約240万人のうちの約半数(約128万柱)の御遺骨を収容しています。
つまり、残りの戦没者の遺骨は未だにみつかっていない。
戦後は、終わったとは言えない。
令和の時代に遺骨はどこまで見つけられるのか?
戦没者慰霊のための式典
全国戦没者追悼式の挙行
毎年8月15日、政府主催により、先の大戦による戦没者310万人を追悼するため、天皇皇后両陛下御臨席のもとに「全国戦没者追悼式」を日本武道館で挙行しています。
この式典は昭和38年から挙行しています。
海外戦没者約240万人のうちの約半数(約128万柱)の御遺骨を収容しています。
つまり、残りの戦没者の遺骨は未だにみつかっていない。
戦後は、終わったとは言えない。
令和の時代に遺骨はどこまで見つけられるのか?
勢い―。
それは、
<断じて成し遂げよう>という、強き決意と闘魂から生まれる。
自ら勇んでなそうとする、自主、自発の行動から生まれる。
間髪を容れね迅速な実践によって生まれる。
皆が互いに競い合い。
触発し合う切磋琢磨から生まれる。
そして、戦いは、勢いのある方が勝つ。
語らなければ、心は伝わらない。
心で思っていても、それだけででは相手にわからない。
真実は叫ぶのだ。
乗り越えられない苦難はない。
午前9時15分に、待ち合わせをして、佐々田さんと牛久へ行く。
このために、予定されていた午前9時からの支部の会合へは行かない。
当方の意志表示の問題の曖昧さ。
今日の牛久の集まりに、あくまでも拘っていたわけではない。
実は拘ったのは、牛久で資料を得るためあった。
牛久で活動をするためには当然、あらかじめ資料を用意しておくべきだった。
だが、牛久の現地で資料が得られるものと、期待していたことが裏目になった。
何にやら不完全燃焼の気持ちで牛久から取手へ引き返す。
牛久へ行くまでの対応は、甘かったと悔いる。
改めて、準備段階での確認の必要性を反省!
卒論に「女性論」を書いた過去の経験から、詩人伊藤比呂美さんの「今よみがえる森鴎外」
女性を理解し励ます(毎日新聞)を興味深く読んだ。
「舞姫」「うたかたの記」「文づかひ」のドイツ三部作に言及している。
鷗外とは、あの時代の元サムライの家で育って、子どもの頃から論語を習い、立身出世を家族から求められていた男なのに、驚くほど女性を差別せず、女に対する信頼感を持ち、女の強さを書こうとしていた人だったということ。
「舞姫」のエリスは、金髪碧眼で若く美人で頼りなくはかなげですが、これは鷗外の好みというより社会の好み、一昔前の少女マンガの、金髪で目にお姫様の主人公みたいなものです。
「うたかた記」のマリイも金髪の美人ですが、気が強く風変わり。鷗外の好みに近くなってきた。
馬車の上で風に吹かれてマリイの髪が乱れるシーンがありますが、そこで鷗外は、彼女の髪を勢いよく走る馬のたてがみにたとえています。
つまりマリイは、エリスみたいななよなよして男に頼るだけの女じゃない。
でもまだ運命に負け、男の押しに負けて、死んでしまう。
次の「文づかひ」のイイダは、もはや金髪でもない。
美しくもない。
眉間にしわを寄せて顔色も悪い。
強い意志を持ち、それをつらぬく力のある女として描かれる。
「ドイツ三部作」、このように、ヒロイン像が刻々変わっていく。
他にも「最後の一句」のいち。
「山椒大夫」の安寿。
「ぢいさんばあさん」のつるん。「阿部一族」の柄本の女房。
どの女も意志が強く、よく働き、お上にたてつき、男を支える。
これは時代的なものなのですから、しかたがない。
きれいな女もいるが、そうでもない女もいる。
顔の美醜は女たちの(人間としての)価値を左右しない。
あの時代、女の側に立って女を見ていたのが、このエラそうに髭をはやしたオヤジ顔の鴎外だった。
この意外な事実をあらゆる人に知ってもらいたいと思っています。
「女作家よ。私は君たちを待つ。男の作家に対すると寸分違わない礼をもって待つ」
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夏目漱石に少なからず影響刺激を受けたであろう鷗外。
官僚で軍医のトップの総監にまで昇りつめ、医学博士で文学博士。
長州の人。
女性を理解し励まし続けた鷗外は、女性作家に期待していた。
小説家樋口一葉の存在に瞠目し、高く評価していた鷗外。
そして家人与謝野晶子、新し女性の旗手平塚らいてう、たちへの鷗外の期待する眼差し。
詩人伊藤さんの文章を読み、明治、大正の女性群像に改めて注目した。沼田利根