両手両足を縛られた女性……
4/20(土) 2 文春オンライン
事件直後、犯行グループと思われる3人組を目撃した飲食店店主が証言する。
「黒色のパーカーと白マスクを身にまとった3人組が物凄い勢いで走ってきて、ワゴンRっぽい軽自動車の運転席と後部座席に乗り込んだのです。身のこなしは相当軽やか。若い男にしか見えませんでしたね」
アポ電が急増している笹塚
今年に入り連続して発生している「アポ電強盗」。その手口は凶悪化し、ついに殺人にまで発展した――。
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2月28日午後1時50分。江東区東陽のマンションの一室を訪れたケアマネージャーは、両手首、両足首を縛られた状態の加藤邦子さん(80)が、リビングの床上で仰向けに倒れているのを発見した。
「ケアマネージャーは慌てて事務所に戻り、スタッフが110番通報しましたが、午後2時23分に死亡が確認された。加藤さんは約15年前に夫を亡くし、一人暮らしをしていました」(社会部記者)
事件当日は友人が加藤さん宅を訪ね、午前10時半まで滞在していたという。
「司法解剖の結果、死因は窒息死と判明。深川署捜査本部がマンションの玄関に設置された防犯カメラを解析したところ、午前11時前後に不審者3人が1人ずつマンション内に入る様子が確認できた。滞在時間は約30分でした」(同前)
加藤さんと親しかった洗足学園音楽大学名誉教授の捻金正雄氏が、故人を偲ぶ。
「加藤さんは私が十数年前から携わる歌唱グループの初期のメンバーでした。
以前は新潟の病院で看護師をしており、常々『手術室で機材を準備する仕事をしていた。優秀な看護婦だったのよ』と話していた。
社交ダンスと書道を嗜んでおり、オペレッタを彼女と踊ったことがありますが、堂々としていて上手でしたよ」
一方通行を逆走する所沢ナンバーの軽自動車
犯行グループについて、捜査関係者が語る。
「周辺の防犯カメラには、一方通行をハイスピードで逆走する『所沢 7174』ナンバーのグレーの軽自動車が写っていました。この車両は、別の強盗事件の現場の防犯カメラにも写っています」
遡ること約1カ月。2月1日朝8時40分、渋谷区笹塚の商店街で、不審な3人組がレンガ造りの豪邸の前に立ち、家の中の様子を窺っていた。
男の1人がインターフォンを押し、家主にこう語りかけたという。
「警察の者なんですけど、家の前に猫の死骸があるので確認してもらえませんか」
「今すぐ金のあるところまで案内しろ!」
夫婦が玄関の施錠を解いた瞬間、3人の男たちが押し入り、夫婦の両手を結束バンドで緊縛。男たちは妻にこう命じたという。
前出の社会部記者が解説する。
「この家は、80代の夫と70代の妻の2人暮らし。犯行グループは現金約400万円を強奪し、逃走しました。夫婦の身体は紐状のもので縛られていましたが、自力で解いた妻が約20分後、『強盗に遭った』と110番通報した。3人組の一人は黒色ズボンに黒色ジャンパー、目出し帽を被っており、一人は同じく黒色ズボンにグレーのジャンパーを羽織っていたといいます」
警視庁は江東区の事件と同一グループの犯行と判断。
「江東区の事件では被害者の加藤さんが、事件数日前に資産状況などを尋ねる不審な電話が自宅にかかってきたことを周囲に語っている。これは、振り込め詐欺集団が事前調査で行う例が多い“アポ電”と言われる犯行予兆電話。笹塚の事件でも同様のアポ電がありました」(前出・捜査関係者)
個人情報を熟知した「アポ電」の中身
笹塚の夫婦の自宅に「俺なんだけど」と、息子を名乗る男から電話があったのは、事件2日前の朝。電話に出た妻に対し、“息子”はこう切り出したという。
「ちょっと相談があるんだけど。患者さんの治療方法を間違えちゃって、その患者が別の大学病院に行くっていうんで治療代を出さなきゃいけないんだ。いま、家にいくらあるかな?」
前出の捜査関係者が笹塚の事件について説明する。
「犯行グループはターゲットの個人情報を熟知していました。実際に夫婦の息子は歯科医なのです。しかし、実家から徒歩数分のところにクリニックを構えており、日常的に接することが多かったため夫婦は疑念を抱いたそうです。ところが、当日は警察官を装って侵入するという荒っぽい手口で、被害に遭ってしまった」
警視庁によると、アポ電がかかってきたという通報は、昨年1年間で約3万4000件に上る。警視庁犯罪抑止対策本部の担当者が語る。
「ここ数年、アポ電は年間1万件のペースで増えています。今の主流は電話転送サービスを悪用する手口で、固定電話機や携帯電話からの発信をインターネット上で電話転送し、被害者の電話に別の03番号等を着信表示させるというもの。現在、警察庁を通じて対策強化を働きかけています」
羽毛布団や墓地購入者の名簿をもとに電話?
今年1月以降は、甲州街道に面した初台、幡ケ谷、笹塚の一帯に住む資産家を標的にアポ電が集中している。犯行グループは何らかの名簿をもとに電話をしている可能性が高いという。
「有名なのは羽毛布団購入者の名簿。その他にも墓地購入の名簿や水資源詐欺被害者の名簿などが実在し、中には預金情報が記載されたものまであります」(前出・社会部記者)
さらにもう一つ事件が……
さらに1月には「3人組」「アポ電」「2日後」というキーワードで繋がる、もう一つの事件が起きている。
「1月9日、渋谷区初台の一軒家に息子を装った男から電話が入ったのです。『病気になって手術の金が必要になった』と告げ、家にある現金の金額などを聞き出す内容だったといいます」(同前)
近隣住民によると、住人の夫婦は15年ほど前に初台に引っ越してきたという。
「事件が起きたのは、やはりアポ電の2日後。深夜2時半頃、玄関で物音がしたので93歳の夫がドアを開けたら、覆面姿の男3人組に殴られたのです。その後、テープで口を塞がれ、ロープのような物で身体を縛られた。3人組は86歳の妻の身体も縛り、室内から現金約2000万円を奪って逃走。電話線が切られたため、夫が約3時間かけて緊縛を解き、向かいの家に助けを求めました」(同前)
振り込め詐欺の末端メンバーだった可能性
警視庁は3件の事件について同一グループによる犯行と見ているが、「(グループは)3人ではなく、事件ごとに実行部隊を変えている可能性が高い」(前出・捜査関係者)という。
「3月5日現在、江東区の事件では防犯カメラの情報などから実行犯は特定できている。笹塚の事件現場でもDNAが採取され、犯行メンバーの特定に繋がった。メンバーの中には過去に前科前歴のある者がおり、捜査本部は過去の犯罪者のデータベースから顔写真を入手している」(同前)
もともと彼らは振り込め詐欺の末端メンバーだった可能性が浮上している。
「カモリスト(名簿)を盗み出し、独自に仲間を集め、新たな犯罪グループを形成するケースが多発しているのです。受け子、出し子の検挙率が上がっている昨今、振り込め詐欺より手っ取り早いと、緊縛強盗に切り替えたのではないか。ただ、メンバー同士の関係性がまるで見えてこないため、ネットの求人募集で集められた可能性についても捜査が進められている」(同前)
捜査の包囲網は着々と狭められている。
「週刊文春」編集部/週刊文春 2019年3月14日号