「どうする 介護離職10万人」(時論公論)
2018年09月17日 NHK
日本人の寿命は延び、介護が必要な高齢者は増え続けています。
それに伴い、家族の介護のため仕事を辞める「介護離職」が後を絶ちません。
その数、年間およそ10万人。
政府は「介護離職ゼロ」を目指していますが、その道のりは険しいと言わざるを得ません。何が仕事と介護の両立を阻んでいるのか、具体的なケースを見ながら考えます。
過去1年間に介護を理由に仕事を辞めた人は去年(H29)の時点で9万9100人。調査を行った総務省は、前回、5年前の調査に比べてほぼ横ばいだとしていますが、表になっているのは氷山の一角に過ぎないと指摘する専門家もいます。介護離職したあと再就職した人は4人に1人。働きながら介護を担っている年代の中心は40代から50代で、いったん仕事をやめると再就職は難しいのが現実のようです。
都内に住むこちらの54歳の女性も介護離職をしたひとりです。
認知症の母親を介護しています。女性が仕事を辞めたのは4年前。母親の介護に加え、いまは亡くなった父親が末期のがんに侵されていることがわかったからです。
当時、女性は正社員として働いていました。病院への付き添いや、介護サービスを利用するための手続きに加え、両親のどちらかが急に体調を崩すことも度々起きました。女性は結婚しておらず、ほかに頼れる人はいません。
昼間は介護サービスを使っていても夜間は自分だけでみなければなりません。
母親は深夜に徘徊することもあり気が抜けなかったといいます。次第に残業ができなくなり、早退や休みも重なりました。結局、同僚に迷惑をかけるのが心苦しくなったのと、気力・体力の限界を感じたため、退職せざるを得ませんでした。
この女性のような状況、介護の現場では最近、 “ワンオペ介護” とも言われています。“ワンオペ”とはワン・オペレーション、ひとりですべてを担うという意味の略称です。
このワンオペ介護が離職の要因となっていることをうかがわせるデータがあります。
こちらは、実際、介護離職をした1000人を対象に行われた調査です。仕事を続けられなかった理由についてたずねたところ、「体力的に難しかった」、「介護は先が読めないから」と合わせて、「自分以外に介護を担う人がいなかった」と答えた人がおよそ30%に上りました。少子化できょうだいがいない人、結婚していないシングルの人は増え続けています。助け合う家族がいれば、介護を協力し分担することもできます。しかし、ひとりだけで担うとなると、介護サービスを使っていてもおのずと負担は重くなります。
今後、“ワンオペ介護”の広がりとともに、介護離職がさらに増えるおそれがある。専門家はそう指摘します。
(制度はあるけれども・・・)
介護離職は本人のキャリアや収入が途絶え、将来の年金が少なくなるだけでなく、企業にとっても貴重な人材を失うことになり、社会全体の損失です。国は法律をつくり仕事と介護の両立支援を進めてきました。
例えば、通算で3ヶ月、休みがとれる介護休業。介護をするための休みというよりも、利用するサービスを決めるなど、介護の環境を整えて仕事に戻ってもらうことを想定しています。この間、雇用保険から賃金の67%が支給されます。これとは別に家族の病院への付き添いなどのために年5日の介護休暇があります。取得は半日単位で可能です。さらには短時間勤務や残業の制限など多様なメニューが用意されています。ところが、この介護の環境を整えるための制度ですら、実際に利用している人は極めて少ないのです。働きながら介護をしているおよそ300万人のうち、介護休業など何らかの制度を利用した人はわずか8.6%。なぜ、利用が進まないのか。その大きな理由は介護に対する職場での理解が進んでいないことです。介護は育児と異なりいつ終わるか先が読めないものです。精神的にもつらく、職場の上司や同僚になかなか言い出せず、制度の利用にまで行き着かないといいます。
制度が利用しにくいのに加え、長時間労働も介護離職を加速させています。
こちらの調査では、介護離職した人のおよそ40%は週に48時間以上働いていました。このうちの3分の1の人の労働時間は65時間以上。これは、平日でいうと毎日5時間ほどの残業をしている計算です。仕事の量が変わらないまま介護も担う状態が続けば心身ともに疲弊してしまいます。仕事と介護の両立を図るためにも働き方改革を着実に進めなければなりません。
(介護社員を“可視化”)
この点、参考になる取り組みも始まっています。この会社は社員が介護をしていることを言い出しやすいようなしくみを導入しました。年に1度、今後のキャリアについて上司と面談する際提出する文書に、介護に関する欄を設けました。異動の希望と同様に、介護をしているかなどを申告してもらいます。こうしたしくみは介護休業などの制度の利用だけでなく、柔軟な働き方を進めることにもつながったといいます。
この会社では仕事と介護の両立を進めるため、自宅だけでなく介護をしている親が住む実家での在宅勤務を認めたほか、週4日の勤務制度についても導入を検討しています。まずは、これまで見えなかった介護をしている社員の姿を「可視化」する。そして、ニーズを把握し、新たな支援策につなげる。こうした工夫を企業は進めていく必要があります。
(介護離職“予備軍”の男性は)
介護離職を加速させる要因。そこには、これまで見てきた様な介護休業などの制度の使いづらさや働き方の問題に加え、介護保険制度に家族の負担を軽減するという視点が欠けていることもあります。大手食品メーカーに勤める、いわば介護離職“予備軍”の男性です。
88歳の父親と83歳の母親を“ワンオペ”で介護しています。最近、母親の認知症の症状が重くなったので施設への入所を考えました。しかし、母親は要介護1。原則、要介護3以上しか入れない施設はあきらめざるを得ませんでした。男性は「仕事と介護が断続的に続き疲れがとれない。仕事を辞めることが頭をよぎる」と話します。介護を担う家族を支援するためサービスを柔軟に利用できる様な見直しも必要ではないでしょうか。
(“介護の家族化”防ぐには)
18年前、介護保険制度がスタートした時、政府は「介護を社会化する」と説明しました。
家族だけが担っていた介護を社会全体で分かち合うといったのです。ところが、深刻な介護離職の現状は「介護の家族化」に戻っている、そんな声も聞こえてきます。
「介護離職ゼロ」の実現には仕事と介護の両立をしやすいような環境を整えること。そして、夜間の介護サービスや施設の受け皿を増やすなど、家族の負担を軽減するサービスが不可欠です。そのために必要な人手や財源をどうするのか。介護離職への危機感を社会全体で共有し、議論を急ぐ必要があります。
(堀家 春野 解説委員)