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「ある時間、待ってみてください」

2019年04月29日 13時33分49秒 | 社会・文化・政治・経済

取り返しのつかないことは(子供には)ない

これは、大江 健三郎著書『「自分の木」の下で』の中でのタイトルの一つ。

私はこの言葉が好きです。

取り返しのつかないこととは大江氏によりますと自殺と暴力(殺人)。

でも実際には世の中、子供たちの世界にも、たくさんとは言わないまでも、存在します。

そして、次に続く言葉

「ある時間、待ってみてください」

以下抜粋
なんであれ、もう自分は取り返しがつかないことをするほかない、と思う時、とにかく「ある時間、待ってみる力」を持て、もうダメだ、とあきらめるな、といいたいのです。
 子供にとって、この「ある時間」ということが本当に大切なのです。大人になってしまえば、「ある時間」待ってみても同じだ、ということはあります。しかし子供にとっては、絶対そうではない。
待ってみる「ある時間」のなかに、すべてがある、といっていいくらいです。~一部省略

ーもう取り返しがつかないことをしなければならない、と思いつめたら、その時、「ある時間、待ってみる力」をふるい起こすように!-

この本は、子供たちに向けて大江氏が優しく自分の子供の頃の話や、勉強の仕方などか書かれてる本なのですが、子供だけではなく、この部分などは、大人にも言えることだと思いました。

本来、楽天的であるはずの子供たちが取り返しがつかないことをしなければならないことに遭遇したら、ある時間待つことと教えてあげたいのです。
「ある時間、待ってみてください。」(大江健三郎)

大江健三郎といえば、知っている人も多いかと思いますが、ノーベル文学賞作家ですね。この人が、『「自分の木」の下で』という本の中で述べているひと言です。

詳細はこちらの本を参照していただきたいのですが、大江氏は、その問題をすぐ解決することをしませんでした。

問題の解決を放棄するのではなく、時間、また、そこにおける可能性にゆだねたのです。

結果どうなったのでしょうか。「ある時間、待ってみること」が、誰も想像していなかった、最高の結果をもたらしたのです。

僕は、この話を初めて読んだとき、この話はずっと心に留めておかねばならないな、と思いました。
困難に直面したとき、一見すると悪いように思えてしまう「括弧にくくる」という発想が、長い目で見れば最高にすばらしい結末を生みかねない。問題を棚上げにしてなかったことになるのはアレですが、もし困難に直面したら、未来の可能性に賭けてみる、というのもありなのではないでしょうか。

受験でもそうです。成績が思うように伸びないとき、思わずくじけてしまいそうになることでしょう。でもね、その時

「ある時間、待ってみる力」をふるい起こすように!『「自分の木」の下で』より。

そうすれば、そこでの困難は、あとから振り返った時の笑い話にすることができるはず。

これだけ「勉強」にいそしむのは、人生でもあと数ヶ月だけ。さいご、なんとか乗り切って!!

そのさきには、明るい未来が待っています。

 


【備前堀に鯉のぼりが泳いでる~!!】

2019年04月29日 13時17分12秒 | 社会・文化・政治・経済

本日4/23(水)から5/6(火)まで、備前堀 道明橋付近に鯉のぼりを泳がせます。

空高く泳いでいる鯉のぼりはよく見かけますが、自分の目線の位置で鯉のぼりを見ることができるのは、ここ備前堀だけ♪
なんだか新鮮です(^^)/

4/26(土)には、地酒や地元スイーツの販売ブースも設置します!

また、備前堀周辺、吉田地区・酒門地区の魅力がたくさん詰まったお散歩マップができました!(画像参照)

そのマップを片手に鯉のぼりを眺めながら、お散歩しませんか♪

#水戸観光

画像に含まれている可能性があるもの:空、屋外

 
 
 
 




どれだけの歴史を築けるか

2019年04月29日 13時00分50秒 | 社会・文化・政治・経済

一つの戦いの終わりは、次の戦いへの開幕にほかならない。
我々の戦いは、燃え尽きことなき連続闘争である。

大きく動けば、境涯も大きくなる。
自分にしかできない味方をつくろう。
人生は戦いの連続である。
これからも、さまざまな試練はある。
しかし、どうせ戦うなら、楽しく戦おう。
苦難をも笑い飛ばして、朗らかに進もう。
勝てば、楽しく、痛快である。
どれだけの歴史を築けるか。
どれだけ自分自身を大きくしていけるか。
思い切って挑んでいくことだ。


村上春樹文学人気とは?

2019年04月29日 12時08分00秒 | 社会・文化・政治・経済

諦めと孤独に共感

政情不安で高まる文学作品の価値

村上春樹は、タイでも人気を誇る。
「主人公は受動的で諦めがある。人々は世の中を変えられないと思っているところがあって、その風潮が今のタイにも通じている」
「バンコクも大きな都市になり、人と人とのつながりが希薄になって孤独にさいなまれている。これは国際的な心情だと思う。ムラカミは都会の人々の孤独の嘆きを美しく表現した。近代社会を象徴的に描き、理解されている」
村上作品のタイの翻訳者マッタナーチャトゥラセンパイロートさん
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深夜に一人で散歩することが好きな私にとってこの本は、もしかしたら今私が見ているあのファミレスでこういう物語が現実として発生しているのかもしれないと、日常的感覚で親しみを持ち続けられる内容になっているから好きでおすすめしたい作品です。(20代女性)

決して明るくはなく、軽妙でもなく、村上春樹の作品の中ではそれほど目立つ存在でもないが、私は何故かこの作品が好きでしょうがない。
救いようのない気分の時に読むと、人生に価値が無いのなんか当たり前で、だからってどうっててこともないと思えるからだという気がする。
意味があろうとなかろうと、とりあえず生きているしかないのだ。
そのうち、もしかしたら少しくらいはいいことがあるかもしれない。
なかったとしても、たいしたことではない。
この本を読んだところで、世界は変わらない。が、もう一度これを読みたい気分になるまでなんとか生きていけそうだと、読み終わるたびにいつも思う。(40代女性)


「歴史にもしもはない」のであるが

2019年04月29日 11時27分49秒 | 日記・断片

「歴史にもしもはない」のであるが、想定したいことはいくつもある。
織田信長が60歳まで生きていたら・・・
近年では、日本が米国と戦争をしなかったら・・・
大きな分岐点、つまり歴史の移り変わりに不思議なものを感じる。
人の出会いも歴史であり、「もしも」はある。
事故に巻き込まれるのも、犯罪被害者になるのも。
さらに生きていること、生かされていることも。
親が家を相模原市内に建てなければ、家人とも結婚しなかっただろう。
当時、父親は東京・小平の土地・物件を探していた。
新聞の広告を見て、母親が相模原がいいと主張した。
我が家では、母親が何かにつけて、主導権を握っていたのだ。
さらに、結婚後に千葉県船橋の雇用促進住宅(築10年)に当方は住もうとしたら、家人が茨城県取手の雇用促進住宅(築2年)を選択した。
我が家では、家人の方が主導権を握っていたのだ。
家人が当方の母親に強く反目しなかったら、実家を出ることもなかったのだ。
両家を巻き込んだいわゆる嫁姑問題だった。

険悪な関係となり、当方の母親の葬儀には、家人の親族は一人も出ていない。
生きていれば、さらに「もしも」は着いて回るだろう。


遅い散歩もいいものだ

2019年04月29日 10時35分33秒 | 日記・断片

ポストに日曜日の新聞が入っていた。
それで「ああ、今日は日曜なのか」と思い込む。
土曜日のことも、昨日のことも振り返らない。
考えれば、土曜日は亀戸天神の藤の花。
日曜日は、昼間、野球観戦をしている。
家人に「今日は月曜だよ」と指摘されて、昨日、日曜日の新聞をポストから取り出さなかったことに気付く。

でも、6時30分に散歩へ行ったので多くの写真を写すことができた。
東3丁目、4丁目、6丁目の藤の花を観賞することができた。
3時30分、40分に散歩に向かうのでは、まだ暗いので藤の花やクレマチス、ハナミズキなどをを見落とす。