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OTEMON VIEW編集部
こころとからだ
蘭 由岐子 (あららぎ ゆきこ)
追手門学院大学 社会学部 社会学科
教授 博士(学術)
8月24日は「薬害根絶デー」です。昨年は、全国薬害被害者団体連絡協議会から厚労省へ、子宮頸がんワクチンの副作用についての調査や薬剤師の役割強化を求める内容の要望書が提出されるなど、薬害被害防止に向けた取り組みが実施されました。
そもそも、「薬害」とは一体どのような被害なのか。そして、私たちは薬害問題とどのように向き合っていけばよいのでしょうか。
今回は、薬害エイズの薬害被害者や遺族、処方した医師を実際にインタビュー調査し、多面的に研究されている社会学部の蘭由岐子先生に話を聞きました。
「薬害根絶デー」ができるまでの背景
(編集部)8月24日は「薬害根絶デー」ですが、この日が制定された背景を教えてください。
(蘭先生)1999年8月24日に厚生労働省前庭に薬害根絶「誓いの碑」が建立されたことが機になって、8月24日が「薬害根絶デー」となりました。
この碑は、患者・遺族が受けた薬害被害を、個人の苦しみや哀しみに終わらせるのではなく、社会的な痛み、人類の教訓として、薬害根絶につなげてほしいという被害者の願いから建てられたものです。
そもそもは、1996年に「薬害エイズ訴訟」が和解したとき、遺族たちは慰霊碑ではなく、「国は二度と悲惨な薬害を起こさないことを国民に対して誓う薬害根絶の碑を建ててほしい」と要求し、粘り強い交渉の結果建てられたものです。
(参考:薬害エイズ資料館「きみの歩いた道」https://www.osakayakugaihiv.org/)
毎年8月24日の「薬害根絶デー」には、薬被連(※1)が薬害根絶「誓いの碑」の前で薬害根絶を誓い、厚生労働省及び文部科学省と交渉を行います。将来、子どもたちを薬害の被害者にも加害者にもしないために、義務教育および医療専門職養成課程での「薬害教育」を進めるよう求めています。
(※1)全国薬害被害者団体連絡協議会の略称。薬害根絶を訴えて、毎年、厚生労働省や文部科学省と交渉するほか、薬害教育の講師を大学等に派遣する事業なども行っている。
そもそも「薬害」とは?
(編集部)そもそも「薬害」はなぜ起こるのでしょうか?
(蘭先生)「薬害」を広い意味でとらえると、「医薬品を使った際にもたらされる有効性よりも、有害性が上回った場合の問題状況」をいいます。
行政や企業の過失による健康被害は、薬害事件という社会問題に発展します。また、保健医療社会学の観点では、健康被害のみならず、周囲からの偏見や差別といった生活全般にわたる被害も薬害になります。
カタカナで「クスリ」と書いてそれを逆さに読むと「リスク」になるとはよく言われています。どんな薬にも副作用があり、そこから薬害が起こる危険性があるということです。
薬害被害者の苦痛と医師側の責任とは?
薬害被害者が望むこと
(編集部)薬害による被害者の身体的負担、精神的苦痛とはどのようなものでしょうか?
(蘭先生)「薬害」と一言で表しても、病名も症状も被害者によって異なりますが、いずれも何らかの健康被害がもたらされ、今までの生活が困難になります。
1960年代初頭、妊娠初期に市販もしくは医師の処方をうけた睡眠薬や胃腸薬を服用したことで障害児が生まれた「サリドマイド薬害」(※2)では、四肢や耳、さらには内臓の障害が報告されました。
下痢止めの薬として用いられたキノホルムが原因の「薬害スモン」(※3)では、歩行困難や目が見えなくなるなどの薬害被害が確認されました。日常生活を困難にする障害を持った被害者とその家族は、大きな身体的負担の上に、周囲からの差別的なまなざしに精神的苦痛を深く感じました。
近年では、1980年代後半の「エイズ・パニック」(※4)以降、薬害エイズ(※5)患者の精神的苦痛が増大したほか、2000年代に起きた「子宮頸がんワクチン薬害」では、被害を受けた少女たちが症状を訴えても、医師から「詐病」扱いされるという事態も発生しました。
多くは自らの身にもたらされた健康被害を訴え、その被害からの回復のための補償を得るべく、国や企業に訴訟を提起しています。
しかし、その健康被害は、なかなか回復するものではありません。彼らが本当に望むのは、被害は自分たちで最後にしてほしい、もう二度と薬害は起こしてほしくないということに尽きると思います。
(※2)1950年代末~60年代初、サリドマイドという医薬品の副作用により、世界で約1万人の胎児が被害を受けた薬害事件。この薬には、妊娠初期に服用すると胎児の発達を阻害する副作用があり、被害児の多くは死産等で命を奪われ、あるいは四肢、聴覚、内臓などに障害を負って生まれた。
(※3)1955年頃から、整腸剤キノホルムを服用することによる神経障害患者が多数発生した薬害事件。薬の副作用で中枢神経が麻痺し、歩行困難や失明となる患者が相次いだ。
患者の多くは、1960年代特に後半、日本国内でのみ異常に多く(1万人以上)発生し、当時は感染説やウイルス説が流布され、患者と家族は差別に苦しんだ。
(※4)1980年代後半、日本で初めての女性エイズ患者が神戸市で確認されたという報道を受けて起きた、デマや口コミによるパニック。
当時、エイズは同性間の性交渉で感染するといわれていたため、同性愛者ではない患者が出たことが分かり、感染を疑った人たちからの電話が保健所や医療機関に殺到した。
(※5)1980年代、血友病患者に対し、加熱処理をせずウイルスの不活性化を行わなかった血液凝固因子製剤(非加熱製剤)を治療に使用したことにより、多数のHIV感染者およびエイズ患者を生み出した事件。日本では国や製薬企業の不作為により血友病患者の約4割にあたる約1500名がHIVに感染した。
医師側の責任と苦悩
(編集部)薬害エイズ問題に関し、先生は薬を投薬した医師に何度もインタビューをされていますが、医師側はどうだったのでしょうか。
(蘭先生)医師が裁判の被告になることはなかったものの、当時のマスコミ報道は医師を悪者扱いしました。
薬害エイズは、血友病(止血に必要な凝固因子が不足しているため、出血した場合に止まりにくい病気)患者の治療に使用する血液製剤の中にエイズウイルス(HIV)が混入していたことによる薬害被害です。
当然、医師がその薬の投与を担ったという点で「道義的責任」があったことは間違いありません。
しかし、エイズという病気が発生した当時、それは原因もわからない「未知の病気」だったのです。
そのような状況下で新しい病気の危険性を模索しつつ、医師は目の前の患者さんの症状をやわらげ、痛みをとること、脳内出血のような死に至る要素をとりのぞくことに注力しました。
当時、エイズを根本的に治す薬は存在せず、医師は治療法がない病気については患者に伝えないことが一般的でした。
地域によっては、検査の結果を患者には言ってはならないとする箝口令をしいたところもあり、二次感染の点からすれば誤った決断をした医師たちもいました。血友病の患者が手の施しようのない病気にかかっているとわかったとき、カウンセリングという手法を試みた医師たちもいました。
その過程で、医師たちは治癒することのない新しいウイルスとの戦いに、患者との関わり方を見つめ直す機会を得ることになりました。なお、現在は、HIVに感染していても服薬でエイズの発症が予防できるようになっていることを申し添えておきます。
薬害という社会問題について語るとき、被害者の身体的・精神的苦痛があることはもちろんのことですが、医師側にもさまざまな苦悩や葛藤があったことがわかります。
コロナ予防のワクチンと私たちにできること
(写真:PIXTA)
新薬のリスクと補償
(編集部)新型コロナウイルスのワクチン開発が注目されています。現在、国がおこなっている薬害防止の取り組みや制度改正にはどのようなものがあるのでしょうか?
(蘭先生)新型コロナウイルス感染症に関しては、同じく未知の病気であったエイズのときとは比べものにならないほどのスピードでウイルスや病気の実態が明らかにされています。世界中の英知が集められて研究が推進されていることを実感します。
ついこの前までワクチンの開発には少なくとも2年はかかると言われていましたが、来年早々にも実用化されるというニュースも飛び込んできました。くれぐれも安全性を万全にしてからの導入を望みたいところですが、薬には副作用がつきものです。新薬のため、これまでにない薬害のリスクがある可能性も否定できません。さらにいえば、これまでに積み上げられてきた安全な薬を承認する仕組みが、新型コロナウイルス感染症の治療薬やワクチンについては緊急性ゆえに適用されていない状況があります。果たして、これは望ましいことなのでしょうか。
ワクチンのような予防接種については、「予防接種健康被害救済制度」が設けられています。今回の新型コロナウイルス感染予防ワクチンに関しては、実用化後に副反応の被害をめぐって訴訟が起きた場合、国が製薬企業の訴訟費用や賠償金を肩代わりするという法整備へ向けた動きも見られます。医薬品については「医薬品副作用被害救済制度」が設けられており、国は、一応、薬害被害への補償の仕組みを準備してはいます。
医師との対話でリスクを抑える
(編集部)薬害問題に対し、私たちはどう向き合っていくべきでしょうか?
(蘭先生)「クスリはリスク」とお話した通り、医薬品は危険性を含んでいるということを前提に、用法・用量を守り、適切に使うことが必要だと思います。
とはいえ、薬の世界は専門性が高く、素人である私たち患者が薬の効果や起こりうる副作用を完全に把握することはできません。そのため、専門家である薬剤師、医師に相談することが必要不可欠です。
ただ、どの専門家であってもすべての薬に通じる人はいませんし、新薬であればあるほど未知のリスクがある可能性も否定できません。要は、患者は基本的な薬に関する知識を身につけた上で、使用時の体調異変をモニターし、わからないことや不安なことを率直に医師や薬剤師に聞くこと。そして、双方が対話することが最も重要であると思います。
薬を使わないで生きていくことがむずかしい今日、私たちも被害にあう可能性があります。過去の薬害被害を受けた人たちの経験や生活に目を向けることが必要ではないでしょうか。
まとめ
コロナウイルスが猛威を振るっている今、ワクチンの実用化を心待ちにしている人も多いはずです。しかし、蘭先生が話すように、薬には必ずリスクが伴います。まずはしっかりと薬のことを理解し、専門家である医師との対話を通して、薬を服用・接種する際の正しい判断を心がけたいですね。
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プロフィール
蘭 由岐子
蘭 由岐子 (あららぎ ゆきこ)
追手門学院大学 社会学部 社会学科
教授 博士(学術)
専門:社会学、医療、病い、社会問題
2005年~ 神戸市看護大学 看護学部看護学科 助教授・准教授
2012年~ 追手門学院大学 社会学部 社会学科 教授
2014年~ 現追手門学院大学 大学院 現代社会文化研究科 現代社会学専攻 教授
主な著書に『「病いの経験」を聞き取る―ハンセン病者のライフヒストリー[新版]』(単著、生活書院、2017)、『医師と患者のライフストーリー―輸入血液製剤によるHIV感染問題調査研究 最終報告書』(分担執筆、ネットワーク医療と人権、2009)、『薬害と現代社会』(分担執筆、ミネルヴァ書房、近刊)など