今から125年前の和歌山県沖の海で、暴風雨のために船が座礁した。587名が死亡、生存者69名という大惨事だった。
座礁した船の名は「エルトゥールル号」、トルコの船である。
この暴風雨の中、地元の人たちは懸命に救助活動に当たった。台風で荒れ狂う海での救助活動も命懸けだったはずである。
救助した後、当時は貴重な食料であった芋を提供したり、自分たちも滅多に食べなかった鶏を提供したりした。
亡くなった方々は丁重に葬られ、生存者は、明治天皇の命により、軍艦2隻でトルコに送り届けられた。
また、義援金を集め、遭難者支援の援助をした人もいる。
この一連の出来事は、トルコの人たちは、歴史教科書で学び、ほぼすべての国民が知っているという。(だから、トルコでは、日本に好感を持っている人が多いそうである)
こういう話を聴くと、本当にうれしい。こちらもトルコの人たちに親しみが持てる。
この95年後のこと、イラン・イラク戦争での出来事がある。
イラクのサダム・フセイン大統領は、「今から48時間後に、イランの上空を飛ぶ飛行機があればそれを打ち落とす」と発表した。
イランから脱出したい日本人は大勢いたが、外国の飛行機会社は、自国民優先のため、脱出できない。日本の航空会社も安全が確保できないという理由で、イランの日本人を乗せるための飛行機を出さなかった。
このままでは、戦争の現場に日本人は取り残されてしまう。
そのとき、日本人を救出するために、トルコの飛行機がやってきたのである。
タイムリミットの1時間15分前だったという。
この飛行機は、トルコ政府が日本人救出のために出したものである。
トルコ政府が救出機を出してくれた理由の一つは、「エルトゥールル号事件」があったという。
この日本人救出の際には、日本人が感激する話がさらにあった。昨日届いた「みやざき中央新聞」で初めて知った。
このトルコ政府が飛ばした航空機は、日本人を優先したのである。そのために、乗れなかったトルコ人が500人位いたという。その500人は、陸路自動車でイランを脱出し、トルコまで3日間もかかったという。
さらにさらに、・・・この後がまた感激である。
この500人の方々から、トルコ政府への非難・批判は一切無かったそうである。
航空機に乗るのは日本人が優先と言うことを、粛々と受け止め、自分たちは3日間もかけて陸路で脱出する。
大変な3日間だったと想像できるが、そのことに対するトルコ政府への批判が無かったそうである。
ありがたくて、その厚意に涙が出る。
残念なのは、こういう話を日本人が知る機会はとても少ないという事実である。
このトルコと日本との125年の歴史が、映画化される。
「海難1890」
平成27年(2015年)12月5日(土)公開である。
日本とトルコの合作映画である。日本の立場もトルコの立場もふまえた映画になるだろう。
観たい!!
座礁した船の名は「エルトゥールル号」、トルコの船である。
この暴風雨の中、地元の人たちは懸命に救助活動に当たった。台風で荒れ狂う海での救助活動も命懸けだったはずである。
救助した後、当時は貴重な食料であった芋を提供したり、自分たちも滅多に食べなかった鶏を提供したりした。
亡くなった方々は丁重に葬られ、生存者は、明治天皇の命により、軍艦2隻でトルコに送り届けられた。
また、義援金を集め、遭難者支援の援助をした人もいる。
この一連の出来事は、トルコの人たちは、歴史教科書で学び、ほぼすべての国民が知っているという。(だから、トルコでは、日本に好感を持っている人が多いそうである)
こういう話を聴くと、本当にうれしい。こちらもトルコの人たちに親しみが持てる。
この95年後のこと、イラン・イラク戦争での出来事がある。
イラクのサダム・フセイン大統領は、「今から48時間後に、イランの上空を飛ぶ飛行機があればそれを打ち落とす」と発表した。
イランから脱出したい日本人は大勢いたが、外国の飛行機会社は、自国民優先のため、脱出できない。日本の航空会社も安全が確保できないという理由で、イランの日本人を乗せるための飛行機を出さなかった。
このままでは、戦争の現場に日本人は取り残されてしまう。
そのとき、日本人を救出するために、トルコの飛行機がやってきたのである。
タイムリミットの1時間15分前だったという。
この飛行機は、トルコ政府が日本人救出のために出したものである。
トルコ政府が救出機を出してくれた理由の一つは、「エルトゥールル号事件」があったという。
この日本人救出の際には、日本人が感激する話がさらにあった。昨日届いた「みやざき中央新聞」で初めて知った。
このトルコ政府が飛ばした航空機は、日本人を優先したのである。そのために、乗れなかったトルコ人が500人位いたという。その500人は、陸路自動車でイランを脱出し、トルコまで3日間もかかったという。
さらにさらに、・・・この後がまた感激である。
この500人の方々から、トルコ政府への非難・批判は一切無かったそうである。
航空機に乗るのは日本人が優先と言うことを、粛々と受け止め、自分たちは3日間もかけて陸路で脱出する。
大変な3日間だったと想像できるが、そのことに対するトルコ政府への批判が無かったそうである。
ありがたくて、その厚意に涙が出る。
残念なのは、こういう話を日本人が知る機会はとても少ないという事実である。
このトルコと日本との125年の歴史が、映画化される。
「海難1890」
平成27年(2015年)12月5日(土)公開である。
日本とトルコの合作映画である。日本の立場もトルコの立場もふまえた映画になるだろう。
観たい!!