5年ほど前の朝日新聞のコラムに作家の落合恵子さんがこんなことを書いておられました。
「持つものが多くなればなるほど守りたくなるだろうし、その結果、フットワークも重たくなるだろう。並行して、こころの風通しも悪くなってしまいそうで怖い。」と。
生まれてこの方57年の間に、10回引越しを経験しました。幼少期の引越しの折りには、荷台に自動車のタイヤを4つ取り付けた台車のようなものを馬がひいて荷物を運んでいたのを覚えています。田舎ではなく、大阪近郊の住宅地でのことです。時代が知れます。
引越しの回数が、ひとと比べて多いのか少ないのかわかりませんが、妻帯してからの30年の間に、2度の住宅の買い替えで2度の引越しがありました。引越しの度に持ちものの整理をしようと試みますが、成功したためしがありません。引っ越した当初は収まっていたものが、ひとつところで何年か過ごすうちに、次第に家の中の空間を侵食し始めます。持ちものの多さは、「執着」と「怠惰」の象徴です。「物の過剰はただ自分になることを妨げる因子にすぎない」と。
次の世代に迷惑を掛けぬためには「思い切り」が必要で、そろそろ手を着けるときがきています。
「持つものが多くなればなるほど守りたくなるだろうし、その結果、フットワークも重たくなるだろう。並行して、こころの風通しも悪くなってしまいそうで怖い。」と。
生まれてこの方57年の間に、10回引越しを経験しました。幼少期の引越しの折りには、荷台に自動車のタイヤを4つ取り付けた台車のようなものを馬がひいて荷物を運んでいたのを覚えています。田舎ではなく、大阪近郊の住宅地でのことです。時代が知れます。
引越しの回数が、ひとと比べて多いのか少ないのかわかりませんが、妻帯してからの30年の間に、2度の住宅の買い替えで2度の引越しがありました。引越しの度に持ちものの整理をしようと試みますが、成功したためしがありません。引っ越した当初は収まっていたものが、ひとつところで何年か過ごすうちに、次第に家の中の空間を侵食し始めます。持ちものの多さは、「執着」と「怠惰」の象徴です。「物の過剰はただ自分になることを妨げる因子にすぎない」と。
次の世代に迷惑を掛けぬためには「思い切り」が必要で、そろそろ手を着けるときがきています。