今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から。
「一つ二つ三つ四つ五つまでしか勘定ができない土人が、南方にはまだいるそうである。五つ以上はすべて『たくさん』と言って、その一語で用が足りるのだそうである。」
「何年か前、総理大臣のボーナスが二百八十万円ぐらいだったころ、佐藤(栄作)さん、それをぽんと寄付なさってはどうですかと書いた男名前の投書を見た。私はこの男は二百八十万がどのくらいだか知らないのだなと思った。とにかく『たくさん』だと思って焼きもちをやいているのだなと思った。
哺乳動物の多くは自分の目で見て、鼻でかいで、手足でさわれるものの存在しか分らない。人もまたその同類だから五官に感じられるものしか分らない。
十万円もらっている少女は、千万円は分らない。二十万円もらっている男は、分っているつもりだが、なに一億または一兆円は分らないのだから、五十歩百歩である。ところが千、万、億、兆あといくらでも分る男がいる。ほんのひとにぎりだがいる。その男たちが世界を今日あらしめたのである。
それにもかかわらず、あるいはその故に、私は五つまたは十以上ならたくさんと片づける国と人を、未開だの野蛮だのと思わないのである。私とまったく同じ仲間だと思うのである。そしてたぶん本当の『平和』は彼らの上にあって、我らの上にないと思うのである。」
(山本夏彦著「毒言独語」中公文庫 所収)
「一つ二つ三つ四つ五つまでしか勘定ができない土人が、南方にはまだいるそうである。五つ以上はすべて『たくさん』と言って、その一語で用が足りるのだそうである。」
「何年か前、総理大臣のボーナスが二百八十万円ぐらいだったころ、佐藤(栄作)さん、それをぽんと寄付なさってはどうですかと書いた男名前の投書を見た。私はこの男は二百八十万がどのくらいだか知らないのだなと思った。とにかく『たくさん』だと思って焼きもちをやいているのだなと思った。
哺乳動物の多くは自分の目で見て、鼻でかいで、手足でさわれるものの存在しか分らない。人もまたその同類だから五官に感じられるものしか分らない。
十万円もらっている少女は、千万円は分らない。二十万円もらっている男は、分っているつもりだが、なに一億または一兆円は分らないのだから、五十歩百歩である。ところが千、万、億、兆あといくらでも分る男がいる。ほんのひとにぎりだがいる。その男たちが世界を今日あらしめたのである。
それにもかかわらず、あるいはその故に、私は五つまたは十以上ならたくさんと片づける国と人を、未開だの野蛮だのと思わないのである。私とまったく同じ仲間だと思うのである。そしてたぶん本当の『平和』は彼らの上にあって、我らの上にないと思うのである。」
(山本夏彦著「毒言独語」中公文庫 所収)