「今日の小さなお気に入り」 - My favourite little things

古今の書物から、心に適う言葉、文章を読み拾い、手帳代わりに、このページに書き写す。出る本は多いが、再読したいものは少い。

文明人・未開人・野蛮人 2005・06・17

2005-06-17 05:10:00 | Weblog
 今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から。

 「私は人類を、文明の七つ道具を作る専門家と、それで身をかためた大衆に分けた。そして大衆は昔ながらの野蛮人だと言った。それなら専門家は文明人かというと、やっぱり野蛮人なのである。
 今は分業の時代である。エンジンの専門家は、テレビにかけては素人である。テレビの専門家は、反対に自動車にかけては、素人である。エンジンのことならよく知っても、ほかのことなら芋の煮えたのもご存じない。話して互にちんぷんかんぷんである。算術の大家は、法律にかけては赤子も同然である。
 知らなくてよいと言う。各界にそれぞれに詳しい専門家がいて、必要に応じて彼らを招集すれば、それで足りると言う。彼らの知恵を、まとめて動かすプロデューサーのごときがいればいいのである。
 誰がそのプロデューサーか知らないが、世界はある方角にむかって進みつつある。その一つが時空を絶する方角である。」

 「私は原水爆を作る知恵――科学技術は、カーを、クーラーを、その他を作る知恵のてっぺんにいる知恵だと言ったことがある。その末端にあるカーをクーラーをテレビを享楽して、てっぺんの原爆だけ許すまじと歌っても、そうは問屋がおろさぬと言ったことがある。
 時空を絶する知恵は、言うまでもなく右の仲間である。仲間でありながら、分業が極に達して、互にちんぷんかんぷんなだけのことである。
 そして、カーを操縦するものが野蛮人なら、原水爆を保管するものも同じ人であることをまぬかれない。操縦するものは作ったものと別人で、その別人の根底を動かすのは、昔ながらの、未開人のわがまま勝手と、嫉妬心と、恐怖心とである。あるいは他をしのごうとする欲心である。」

   (山本夏彦著「変痴気論」中公文庫 所収)
 
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