「今日の小さなお気に入り」 - My favourite little things

古今の書物から、心に適う言葉、文章を読み拾い、手帳代わりに、このページに書き写す。出る本は多いが、再読したいものは少い。

今は証拠より論の時代である 2005・12・02

2005-12-02 06:30:00 | Weblog
 今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から。

 「 いろはかるたは論より証拠というが、今は証拠より論の時代である。

 昭和二十五年の朝鮮戦争は、韓国がアメリカの尻押しで北に侵入したと

 北朝鮮は小学校から教えている。その子たちはいま四十五十になっている

 から、北朝鮮人民は国をあげてそう信じているはずである。

  そのずっとあと南北朝鮮の国境三十八度線の直下を、北は南にトンネル

 を何本か掘ってスワといえば攻めこむばかりにしたという。論より証拠韓国は

 その写真を撮って世界中にばらまいたが、北はあれは韓国が掘って厚顔にも

 北が掘ったと言いふらしているのだと抗弁して平気だった。

  世界は南側の言いぶんを信じる国と、北側のそれを信じる国のふた派に分れた

 のである。韓国はさぞくやしかろうが写真は証拠にならない。

  ついでながら警察も医師も写真を信じすぎる。写真信仰は現代の迷信である。

  南京大虐殺もあったという派と、なかったという派にわが国は分れたのである。

 あったという派は虐殺はなければならないのだからどんな証拠をあげても恐れいら

 ない。なかったという派はあるべき道理がないのだから、あらゆる証拠をあげるが、

 これまたあった派を改宗させることはできない。

  山本七平はトンネルは一定の方角に掘られている、それが北から南にむかって

 いれば北が掘ったのだと言ったが、そのノミのあとを写真で示しても、どこのトン

 ネルだか知れたものではないと言われればそれまでである。

  最も新しいのは従軍慰安婦の騒ぎで、強制連行があったという者と、なかったと

 いう者に分れて争っている。むろん私は三十万人の虐殺はなかった、トンネルは北

 が掘った、慰安婦の強制連行はなかったと思うものである。証拠はあげない。あげ

 てもムダなことはいま言ったとおりである。

  昭和二十年、アメリカの占領軍はアメリカにも売笑婦は山ほどいたろうに、一人

 もつれて来なかった。命じて日本の商売人をして日本の女を集めさせた。慰安婦と

 いう言葉はこのときに始めてひろく用いられた。世間ではパンパンと言った。彼女

 たちはしばらくアメリカ兵の腕にぶらさがって得意だった。その後どうなったか知

 らない。自分は強制されてアメリカ兵の慰安婦になった、弁償せよと名乗って出る

 ものもなければ、そそのかして慰謝料を出させようとする篤志家もいない。」


  (山本夏彦著「死ぬの大好き」新潮社刊 所収)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする