「今日の小さなお気に入り」 - My favourite little things

古今の書物から、心に適う言葉、文章を読み拾い、手帳代わりに、このページに書き写す。出る本は多いが、再読したいものは少い。

2005・12・07

2005-12-07 06:45:00 | Weblog
 今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から。

 「『雨』と題する絵は福田平八郎の代表作の一つで、新聞雑誌はよくこの図を掲げるからご存じのひとは多いだろう。
 画面いっぱいに屋根の一部分をかいた絵で、そこには瓦の大写しがあるだけで、その上に今しも大粒の雨が降りはじめたところで、ぽつりと落ちたしみがみるみる大きくなる瞬間をとらえてこれから降るぞと言わぬばかりである。
 これまでの日本画には山水花鳥はあっても屋根瓦だけなんてなかった。大胆不敵な構図だったから、当時の見物はさぞ驚いたことだろうと、当時の見物でない私もその驚きを察して驚くのである。
 日本の瓦の美しさを知る人はたくさんいて、小林清親もその一人である。けれどもそれは層々累々と続く瓦屋根の遠望を描いたものだった。屋根の一部分をテーマにしたのはこの絵がはじめてである。
 『今戸橋場の朝煙り』と唄の文句にあるように、昔は浅草界隈に瓦を焼くところがあった。今でも三州瓦という。三河国(愛知県)碧海郡から出土する叩土でつくった瓦がいいといわれている。ほか石州瓦がある。石州瓦(島根県)は凍害に強いのが特色だそうである。
 ところが薄墨色の日本瓦の美を解さない人がふえて、青、緑、藍――新築というとまず色瓦を選ぶ人がふえた。
 はじめ私は安いからだろうと思った。安くててらてら光るから目を奪われて買うのだろうと思ったら、実は高いのだそうだ。色をつけてうわ薬をかけて焼くぶんだけ高いのだそうだ。
 この流行は東京から地方に及んだ。新幹線から窓外を見ると、もうわらぶき屋根の家はない。希に見るとそれは朽ちている。昔ながらの日本の瓦は藍や緑の色瓦に圧しられている。そこには何の統一もなく毒々しい色の氾濫があるのみである。私たちはいま一代の色彩感覚が最低の時代にいるもののようだ。」


  (山本夏彦著「不意のことば」-夏彦の写真コラム-新潮社刊 所収)
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