今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から、昨日と同じ「『戦前』という時代」と題した昭和60年の連載コラムの一節です。
「私は妻の振袖を米一俵にかえた。スーツを二斗にかえた。ふだん着を一斗にかえた。面白がってみな米にかえた。麹屋へ行くと米さえ持参すれば麹ととりかえてくれる。麹があれば味噌はできる。甘酒もにごり酒もできる。私たちは二年の間にあらかた交換してしまった。米を送るに困って『ぬき板』を買ってきた。木工会社だから板はいくらでもある。そのぬき板をたてに割って洋傘またはステッキのいれもの状の細く長い箱をつくり、そのなかにはいる袋をつくり、ソーセージのように所々を紐でくくって国鉄に持参すると、たいがいのものはずしりと重いから米だと見破るのにこれはあまりに長いのでまんまとだますことができた。
私は駅員の職務忠実なんて信じない。あれも意地悪である。だから手をかえ品をかえ秘術をつくして送った。」
(山本夏彦著「『戦前』という時代」文藝春秋社刊 所収)
「私は妻の振袖を米一俵にかえた。スーツを二斗にかえた。ふだん着を一斗にかえた。面白がってみな米にかえた。麹屋へ行くと米さえ持参すれば麹ととりかえてくれる。麹があれば味噌はできる。甘酒もにごり酒もできる。私たちは二年の間にあらかた交換してしまった。米を送るに困って『ぬき板』を買ってきた。木工会社だから板はいくらでもある。そのぬき板をたてに割って洋傘またはステッキのいれもの状の細く長い箱をつくり、そのなかにはいる袋をつくり、ソーセージのように所々を紐でくくって国鉄に持参すると、たいがいのものはずしりと重いから米だと見破るのにこれはあまりに長いのでまんまとだますことができた。
私は駅員の職務忠実なんて信じない。あれも意地悪である。だから手をかえ品をかえ秘術をつくして送った。」
(山本夏彦著「『戦前』という時代」文藝春秋社刊 所収)