今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から、昨日と同じ「『戦前』という時代」と題した昭和60年の連載コラムの一節です。
「十九年三月私は柏に所帯を持って以来食いもの屋を発見する才能を買出しに振りむけた。柏から一駅さきは我孫子(あびこ)である。我孫子の大井さんという百姓と友になった。四十そこそこの篤農家である。大井さんの人参は並の人参ではない。その欠点はあますぎることである。あまけりゃいいってものではないが、それは平和なときの話だから言わない。私は大井さんのじゃが薯を里芋を玉葱を長葱をほめた。それはほめるに値したからほめちぎった。言葉に真率な響きがあるから大井さんは無言ではあったがほとんど感動した。」
(山本夏彦著「『戦前』という時代」文藝春秋社刊 所収)
「十九年三月私は柏に所帯を持って以来食いもの屋を発見する才能を買出しに振りむけた。柏から一駅さきは我孫子(あびこ)である。我孫子の大井さんという百姓と友になった。四十そこそこの篤農家である。大井さんの人参は並の人参ではない。その欠点はあますぎることである。あまけりゃいいってものではないが、それは平和なときの話だから言わない。私は大井さんのじゃが薯を里芋を玉葱を長葱をほめた。それはほめるに値したからほめちぎった。言葉に真率な響きがあるから大井さんは無言ではあったがほとんど感動した。」
(山本夏彦著「『戦前』という時代」文藝春秋社刊 所収)