「今日の小さなお気に入り」 - My favourite little things

古今の書物から、心に適う言葉、文章を読み拾い、手帳代わりに、このページに書き写す。出る本は多いが、再読したいものは少い。

2006・06・22

2006-06-22 06:30:00 | Weblog
 今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から、昨日と同じ「『戦前』という時代」と題した昭和60年の連載コラムの一節です。

 「闇は私が買っている。まだたいした闇ではないがそれでも闇である。それは家計簿についてない。だから比べようがない。たぶん凡百の家計簿はただつけているだけなのだろう。荷風散人でさえ闇だけつけてまる公をつけてない。やむなく妻の家計簿とつきあわせてみると十九年十月九日芋四貫匁十三円十一月十七日芋四貫匁一円八十銭とあるから前のは闇であとのは配給だと分る。十一月二十五日芋四貫十六円同三貫(田口さん)十円とあって田口さんの名前方々にあるところをみると、この人に分けてもらっていることが分る。してみると妻は妻で近所から分けてもらっているのだ。ただ芋とだけあって何芋だか書いてない。じゃが芋はじゃが薯とあるからたぶんさつま薯だろう。さつま薯とすれば配給の薯は食えたものではない。田口さんまたは米屋から分けて貰う薯は食べられるから必ずしも闇とは言えない。二十年一月十七日卵五個五円とあるから一個一円である。十九年四月十一日荷風散人の闇値覚書によると白米一升は十円醤油一升も十円バタ一斤弐十円玉子一個七十銭とある。これが九月二十七日になると米十五円玉子九十五銭甘藷一貫目九円とあってややあがっている。
 家計簿とつきあわせてみると卵は共に闇であることが分る。もっとも卵の配給というものは絶えてないから一がいにこれを闇というのは正しくない。」

   (山本夏彦著「『戦前』という時代」文藝春秋社刊 所収)
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