中国語講座が終了した。そのことは、昨日拙ブログで予告したとおりである。講師の先生は、中国の大学を出た獣医の先生である。ちなみに女性である。
彼女を囲んで、おっさんたちで、酒を呑みあい、交流をさせていただいたのだ。お一人は、日本を代表するような某巨大電力会社を退職された方、愚生より五才年長である。もうお一方は、長いこと中国にある工場に単身赴任でおられた方。この方は愚生より一才年下。この方も、今年定年で退職されたのだそうだ。
よい出会いを経験させてもらったものである。
そして、この方々は、中国語ができるわけだと非常に納得がいった。当たり前である。これではまるでセミプロではないか。参ったね。初学者のオレが、難儀しているのもわかっておられたそうだ。そうか、だから時々アドヴァイスをくださったのだ。ナイス・ガイである。みんなおじーさんだけど。
結局のところ、生涯学習論になったのだ。これもまたありがたいものである。こういう出会いがなければ、今後の行く末を考えることもなかっただろうからである。現状維持では、あまりにも寂しい。
他の方々も、生涯学習をやってなにかになってやろうとしているのではない。喰うための道は確保しておいて、それぞれのやりたいことをやっておられるのである。電力会社を退職された方は、北海道から沖縄まで転勤人生であったそうだ。やっと故郷に奥様と帰ってこられたわけだそうな。良い方だ。帰り奥様の運転されている自動車に同乗させていただいて、その方、奥様をファースト・ネームに「さん」をつけて呼ばれていた。これはいいものである。こうでなくちゃいかん。「おい」「あんた」「おくさん」とか、そういう呼び方ではいかがなものか。
だから、オレもまねしようと思った。今朝、配偶者に***さんとつけて、お呼びした。そしたら、「ナニヨ!キモチワルイ。お金なんかないわよ」と反逆をされた。わ!っとびっくりした。 もっとも、もっとびっくりしたのは、オレの配偶者のほうか。
オレも、オレを、オレと呼ばないで、「僕」とかスマートに言えばいいのかなぁ。「僕」って知的で、スマートで、シティボーイのようだし、格好いいなぁ。でも、オレがそういうすてきな「僕」を使った場合は、「ボッボッ・・・」って言いよどむような気がするのだけれども。
そもそも似合わないですな。
わはははっはははは。
だから自分をオレとかなんとかとか一人称で呼ぶ場合には、自ずからそこには気品というのものが、備わってくるようで。そこなんだ、問題は。そこはかとなく漂ってくる品格というもの、それがもっとも大切だと思うのだ。そういうものが、無い。オレには。もっとも、自分のことを、オレオレと連呼していたんじゃ、質の向上は望めないなぁと思う。
言葉の使い方一つである。そういうことを考えるのだ。世界は言葉でできているとする思想もあるくらいだから。空を飛ぶ鳥だって、鳥という言葉を与えられなかったら、鳥ではあり得ないはずだし。
ま、いろいろな意味で参考になった。
外国語を学ぶということは、こういうことを考えさせてくれるのだということである。
今日もヨルバイトである。そして今日は在籍校にいる。夜まで読書、読書である。これでいいのだ、これで。
さよなら!