と~ま君の部屋

楽しい老後を送りたいとやっています。所詮人生回り道。修士(人間学、仏教学)。ぼけ防止・脳のリハビリでやってるブログです。

今日も雨でした

2010年09月30日 20時38分15秒 | 先公ごっこ2008年から2012年
 今日も雨でした。
 とうとう国体の野球が終わってしまいました。本校もご協力させていただいたので、野球部の諸君は大変でした。ご苦労様でした。

 今週後半からは、別の種目がいろいろな会場で始まります。土曜日に柔道を見に行きたいと思っております。成田だそうですね、確か。
 
 今日はそんなわけでいろいろな方とお会いしておりました。国体関係の方々とです。

 学校には様々な種目の出場選手を知らせる新聞が来ておりますから、それを見ながら種目別の会場等をチェックしておりました。いつかは本校からもこの新聞に出るような選手が育ってほしいと思っておりました。

 


 明日から10月です。
 とうとうここまで来てしまいました。
 
 10月の声を聞くと、あっという間に時間が過ぎていきます。学校は、秋という期間には、実に目が回るほどになります。行事も多く、修学旅行が筆頭になりましょうか。生徒募集も気になります。成績が思うようにならない生徒のことも気になります。さらに、学校の諸々の事務手続きが圧倒してきます。

 その中でも一番は、生徒諸君の進路が追い込みになる時期になるということです。面談、相談等々先生方は実に多忙になります。そして、たくさんの成績証明書が発行されていきます。

 生徒の重大な決定がなされていくわけです。

 どんな人生を送るのでしょうか。
 そういうことをしみじみと考えてしまいます。
 
 思うような人生を歩んでいただきたいと心から念じています。
 誰も代わってやることはできないからです。

 それでも、思うようにならないこともしばしばあります。
 そのときにどう修正していくのかというのは、「智慧」の分野でありましょう。勉強をしながら、智慧も身につけていただきたいと願っています。

 世の中には勝つことがあり、また負けることというのもあります。両方あるわけです。それがむしろ常態でありましょう。引き分けというのもあることはありますが。昨日取り上げた相撲の双葉山とて、連勝を永久に続けていったわけではありません。

 そういう時に、つまり負けた時に、どう対応するかということが肝心であります。

 

 
 午後、銚子テレビ様から100周年記念式典を報道していただいたときの映像を見させていただきました。さすがに専門家は違います。映像の編集においても、本当に得るものがあります。

 こんな風に撮影すること、取材をすることはまったく不可能でありましょう。機材の違いが大きすぎます。編集機器も違っているでしょうし。編集について専門的なトレーニングも受けておりませんから、当方は。

 それにしてもウインドウズXPで再生不能であったのが、自宅に帰ってわたくしのパソコンで再生をしましたら、いとも簡単にできたのは、ウィンドウズ7であったからでした。これもまた本当に予想しがたいことの一つでありました。

 これまでの経験がなかなか通用しなくなってきたのです。
 
 かえってそれもいい体験になるのかもしれません。



 楽しんで勉強させていただきましょう。
 これからも、これまでも。

 また明日!






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木鶏たり得ず

2010年09月29日 22時05分01秒 | 先公ごっこ2008年から2012年
 今日は県銚だより(学校新聞)第18号を作成しておりました。
 午後の1時から始めて、4時までかかりました。
 間で書類の決裁もありますから、これがなかなか集中できないのです。
 あれもこれもとやることがたくさんあります。
 しかも、今日は先生方との面接もありました。約3時間でありました。

 午後4時には完成しましたので、カラーで印刷をしていただきました。
 各中学校に郵送させていただきます。

 待っていてください。
 来週早々には到着すると思います。

 


 夕方、なじみの書店に寄って双葉山物語というDVDを買ってきました。今日はいつも行っているスポーツジムが月末の休館日でした。

 先ほどまでそれを鑑賞しておりました。欲しかったのです。どうしてもです。いつもその書店に寄っているのに、在庫があることすら気がつきませんでした。うかつと言えばうかつでありました。
 
 わたくしは相撲も大好きなのです。今場所の白鳳関の活躍も楽しみに見ておりました。もっと好きなのが、故郷を同じくする柏戸という横綱でありました。

 母校の小学校でたまに地方場所が行われて、大勢の力士が来られたものでした。
 わたくしは、従兄弟たちに連れられて、真剣に応援をしておりました。関脇時代の柏戸をこの目でしっかり見て、心臓が張り裂けんばかりになっておりました。

 大内山とか、千代の山とかの取り組みにも胸を躍らせたものであります。

 柏戸は、実に攻撃的な攻めの相撲でありました。大鵬という名横綱の陰に隠れておりましたが、その潔さは実に好ましいと思っておりました。大鵬はどちらかというと受けの相撲で、相手に攻めさせてそれからじっくり料理をします。なんとも円熟味のある相撲でありました。

 大人になってから、実はその大鵬関の相撲にはとても学ぶべき点があると気がついたことがありました。直情径行もいいのですが、また後の先というか、そういう攻め方もあると教えていただいたこともあったのです。柔道4段を受ける時でした。当時の県柔道協会長であられたS先生のところに日参して、形をはじめとして生き方まで、いろいろと教えていただいておった時期でありました。30歳ころでした。

 柔道にも受けの柔道があったのですが、近代柔道はそれを許してくれません。
 それはそれで時代の流れで致し方なし。
 
 しかし、それにつけても双葉山のすばらしさ。
 どこかでまた書いてみたいことの一つであります。

 単純ではないものがあるような気がするのです。



 本校はまだ無の境地で勝負できるほどではありません。

 我未だ木鶏たり得ずと双葉山が言ったような心境にも到達しておりません。
 わたくし自身がです。
 まだまだ攻めるしかありません。

 式典でも申し上げましたが、伝統は遺跡ではありません。常に、再解釈して、再創造していくしかないわけです。しかし、それでもなお双葉山のように、柔軟な手法で、円熟味のある思考方法をとっていきたいと思ったのでした。

 たまにはDVDもいいものであります。



 また明日!
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対象喪失 

2010年09月28日 21時51分57秒 | 先公ごっこ2008年から2012年
 小此木啓吾先生の新書「対象喪失」(中公新書)を、インターネットで入手してからずっとやってきましたケアの学習に進展があったようです。

 もっともそれは自己評価ですから、なんともなんとも言い難しです。

 表紙のカバーの折り返しに

 「肉親との死別、愛の喪失、失職、受験の失敗等々、日ごろ馴れ親しんだ対象を喪った時その悲しみにどう耐えるかは、人間にとって永遠の課題である」とあります。

 これで、ほぼわたくしがなぜケアの学習にとりくんでおるかをご理解いただけるような気がしています。

 ここにも書いてあるように受験の失敗等々の悲しみを抱えている人たちへの一助でありたいと思っていますし、自分自身のこれまでも、これからも課題であるからです。むしろこれからはますます人生の実相においてそのような個人的体験をさせていただくことの連続であることは、否定できないことでしょうから。誰にでもあることだからです。



 さて、この本の中に江戸時代末期の松浦武四郎著「知床日誌」が紹介されています。現在の斜里、網走でのアイヌの人々の悲惨な状況が書かれていることを知り、ようやく入手いたしました。

 国立奈良女子大学のインターネット上のデータベースにありましたので、さっそく印刷して、ルーズリーフにしてバインダーに綴じ込みました。

 国後島での労働とか、この時代のアイヌの方々の「対象喪失」を長文の古文で紹介してあります。和綴じの本をそのまま画像にしてくださっています。しかも読み方をもご紹介いただいています。

 あまりにも悲惨ですから、詳細をここに紹介することはできません。




 ドクターの種村健二朗先生の本を数日かけて二冊読了しました。
 がん治療医から緩和ケアに進まれた方です。
 まぶたの母ならぬ、こころの師匠とお慕いしております。

 インターネットで古本で注文した本が種村先生、小此木先生の本を含めて7冊どさっときましたので、それで、ここ数日、蛍光ペンを持ってずっとチェック作業をくりかえしておりました。例のはがきサイズの情報カードを並べて、いろいろメモしてたまったらプリンターで参考文献名と作者、出版社を、そして今日の日付をヘッダフッタとして印刷してはがきホルダーにしまい込んでおりました。

 冒頭の小此木啓吾先生の本には、さらに日本を代表するような大会社におられる方の喪失体験(失職)も語られています。
 仕事、仕事だけで、中年まで来てしまった方のことでした。これもここには詳しく書けません。

 わたくしもそろそろだからです。
 身につまされます。
 さらにその先も、です。




 今日の夕刻7時になりましたので、ある中学校の柔道場へ出かけました。
 柔道教室があるからです。

 ちびっ子たちが元気よく遊んでおりました。
 わたくしも仲間に加わって一緒によろよろと遊んでおりました。

 指導されておられる先生方も来られたので、急いでちびっ子たちの後ろに座って一緒に先生方にご挨拶。叱られたらたまりません。立場逆転しております。かつて共に稽古をさせていただいた方々に師事をさせていただいておることの幸せを身にしみて感じております。
 そうです。わたくしも先生方の弟子にさせていただいております。ちびっ子と共に近代柔道を学んでおるのです。

 それから2時間も稽古してしまいました。
 年甲斐もなく、です。

 わたくしごとき者でも、お役に立つことがあるということだけで、ほんとうにうれしいものであります。
 それでも、わたくしにも「役割喪失」「対象喪失」・・・・・・という時期が、くるわけです。
 いつまでも若いままにはおれないのですから。避けることは絶対にできないことでありますから。



 

 また明日。




 
 
 

 

 
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県銚の100周年記念式典報道

2010年09月27日 13時32分58秒 | 先公ごっこ2008年から2012年






 100周年記念式典のことが朝日新聞、千葉日報に紹介されました。

 また銚子市内の銚子テレビでもニュースとして報道していただきました。

 こちらはテレビの画面ですので、キャプチャーしようと思えばできたのですが、いろいろ難しい面もありますので、断念しました。


 現在、新しい学校新聞を作成中です。

 そこにも紹介をさせていただきます。

 各社に感謝申し上げます。









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バスケットの研究授業

2010年09月24日 18時30分46秒 | 先公ごっこ2008年から2012年
















 今日はバスケットの研究授業でした。

 先生方のご努力にひたすら頭が下がります。

 それにつけても、在校生諸君の上手なこと。

 楽しそうにやっていました。

 それにシュートも確実でした。

 若いっていいものです。

 実にいい。


 
 では、また来週!


※明日は本校職員がBecom 様主催の日本語暗唱教室で講師を務めます。取材に行ってきます。これもまた楽しみです。
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式典式辞

2010年09月24日 09時56分53秒 | 先公ごっこ2008年から2012年
式 辞
 
 新しき年の初めの初春の今日降る雪のいやしけ吉事

新 年乃始乃 波都波流能 家布敷流由伎能 伊夜之家餘其騰
大伴家持
万葉集 卷二十


 万葉集二十巻を飾る大伴家持の和歌のように、本日を境にして、まさしく「いやしけよごと」、良いことも積み重なっていけと、平城遷都一三〇〇年祭に賑わう奈良の地から、あるいは古き時代のいっときから重ね重ねのお祝いをいただいておるようであります。


 明治四十四年、、銚子市三軒町、「郡立銚子実科高等女学校」が創立されてまさに百年。本日ここに、百周年の栄えある式典を迎え、本校職員、生徒一同、大いなる感動と喜びに包まれております。

 この式典のために、千葉県教育委員会教育長様をはじめとして、県内外各界の御来賓、関係各位の多数の御臨席を頂きましたこと、厚く御礼申し上げます。また、本校同窓会の皆様方、保護者の方々におかれましても、多くのご参加をいただきましたことを感謝申し上げます。

 本校創立の昔をふり返ってみますと、開校当時生徒八十一名、クラス数三、教員六名、書記一名でありました。以来、百年の歴史を重ねて参りました。

 思うに、「伝統」は「伝統」であるが故に認められるわけではありません。歴史的遺跡のような存在ではありません。そこにあるから存在意義を認められるというものでもありません。自己とは何かという問いと、自らのリアリティを、問い続ける意思と努力が、この百年繰り返されてきたということに尊いものを感じるのであります。言い換えれば、「伝統」を「再解釈」して、「再創造」して、社会に提示する行為自体が正確な意味での「伝統」であります。昨日の連続が明日なのではありません。常に多くの事象や表象を、時間の流れ、関係性の中で捉え直し、自己確立を図っていくべきであります。安住することなく、常にチャレンジを試みていきたいと思っております。

 本校は、平成十九年度から共学化をしました。
 幾多の試みが、まさに「伝統」の「再解釈」であり、「再創造」でありました。
 これまで歴代の校長先生をはじめとして、共学化にともなう多くのご支援、ご協力を関係各位の皆様からいただいたことを感謝申し上げます。

 思えば、明治・大正・昭和・平成の四代にわたり、二万七千四百六名に及ぶ人材を輩出しましたが、これら同窓生は、本校に於て人格の完成、情操の陶冶に努め、ひいては母校の輝かしい歴史と伝統を築き上げて来たのであります。
 勿論、時には時代の影が色濃く投影され、前進と停滞、栄光と苦難が交錯し、時代と共に変遷していったものも多いのでありますが、百年間変らざるもの不易なるもの、いわば県銚スピリットとでも言うべきものが、先輩から後輩に連綿として受け継がれて参ったのであります。

 在校生諸君。諸君は、常に本県教育の先頭を切って来た誇り高い本校において、文字どおり、百年に一度の晴れの式典にめぐり合うという、まことに幸運な高校生であります。しかし、ただそれだけに止まりません。
 同窓会の方々による、あるいは保護者の方々の慈愛あふるる物心両面の本校に対するあたたかいご支援で、これほどの式典を迎えることができました。心から感謝いたします。さらに、新しい校歌を作詞作曲していただいた加藤登紀子様をお迎えすることもできました。
 そのいずれをとってみても他の追随を許さない大事業であります。創立の昔からそうであったように、生徒の全人教育に少しでも役立てばとの熱い願いが、ひしひしと感ぜられますが、これを素直に感謝すべきであリましょう。

 現代社会の知的社会化への移行は、高校教育全体をも変化させています。しかし、先輩たちがそうであったように、様々な障害や困難こそは、自らを鍛え、自らを高める絶好の機会であると受け止める、そういう逞しい精神を持ってほしいのであります。
 むしろ困難こそチャンスであります。困難を楽しむがごとく、そして真剣に学問をすることで、荒波を乗り切ることができると確信しています。

 太平洋の荒波にも耐え、乗り切る。房総の緑色濃く夏目漱石の虞美人草に言われるごとく、天を封ずる老幹の亭々と行儀良く並ぶと表現された亭々たる松や杉に囲まれた丘陵。この秀麗の地で醸成され、発展してきた校風。そのいずれもが、新しい世紀の主役となるべき諸君の心の古里であろうと思います。

 将来、事に当ってなお身を誤またぬため、今、「慎重」に、ますます学問に精励されたい。そして、体力を養成し、すぐれた健康体を作り、世の中の役に立つ前途有為なる人物になっていただきたい。 
 あらゆる面で人間としての基礎づくりに励むことを、本日の式典に当り特に切望して、生徒諸君への期待の言葉とし、御臨席いただきました各位に改めて深甚の謝意を表し、本日の式辞といたします。

 平成二十二年九月二十二日
 銚子青少年文化会館にて
 千葉県立銚子高等学校長 外山日出男


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100周年記念式典

2010年09月22日 21時57分27秒 | 先公ごっこ2008年から2012年






















今日は100周年記念式典を行わさせていただきました。会場は、銚子市青少年文化会館であります。

本校を支えていただいている設置者である県教委の方々、千葉科学大学をはじめとする多くの地域の方々、代々の校長先生の方々、県校長会をはじめとする地域の中高の校長先生方、また同窓会の方々、保護者の方々の盛大なるご支援をいただき本日の式典を迎えさせていただくことができました。深甚より感謝申し上げます。

後日、画像や式辞等をここに公開させていただきます。生徒もまったく私語等も無く、真剣に、またしっかりと受け止めさせていただきました。

伝統は伝統であるが故に尊いのではなく、常にそれが再認識、再創造されてこそ真の伝統になると思っております。通常的時間性にながされることなく、自己のあり方、自己認識のあり方を意識しながら、自己改革を図っていくことこそ、組織論としても当然目指すべき方向であると長年考えて参りました。

したがってそこには停滞があってはならないことであります。また矛盾を抱えつつ、そのことの解決を図っていくことが、課せられた命題でもあります。一方的な論理性からは、矛盾の解決はあり得ません。

そんな思いで、在校生諸君には簡明な言葉で語りかけたつもりでありました。

いつもこういう機会には和歌から入りますから、今回は日本古来の和歌集では最高峰の万葉集巻末の大伴家持の歌から入らせていただきました。

平城遷都1300年を古都奈良の都では祝っております。なにか古都奈良の地からと、いにしえの時代を超えた言の葉が最大の祝いとして聞こえてきたような気がいたしました。



秀逸なのは、式典のあとの加藤登紀子様のコンサートでありました。

式典がちょっと早く終わりましたので、加藤様からのご厚意で曲を増やしていたきました。

わたくしは実は若いときからのファンでありました。辛いとき、苦しいときに加藤様の歌からどんなに励ましていただいたことか。苦学生でしたから、ほんとうにこころあたたまる示唆をいただきましたし、それゆえにこそ不肖なる身ではありますが、今日のわたくしがあると思っております。



最後に加藤様作詞作曲の本校校歌を取り上げていただきました。
各クラスの文化委員が壇上に上がりました。

会場におる在校生諸君と一緒に大合唱です。

加藤様が、客席の生徒たちの席まで降りてきてくださいました。

生徒たちも総立ちであります。
加藤様の慈愛あふれるリードで、なんどもなんども、「いつまでも友達でいたい」を歌いました。

わたくしは、生徒席におりましたので、生徒たちの表情をじかに見ることができました。


涙ぐんでおりました。


生徒たちが、こころふるわせておりました。


ぐっときました。
老兵の目にも涙が浮かびました。

こんなすばらしい光景があるでしょうか。

そして、これほどのこころ豊かな若人たちと、琴線にふれる体験をさせていただいたことを感謝申しあげたいと思っておりました。


終了後加藤様に御礼を申し上げるためにご挨拶をさせていただきました。

在校生諸君の感動をそのままお伝えしてまいりました。

加藤様にも喜んでいただきました。




本校は、明日から101年目を目指して、これまで以上に頑張ります。

これからも本当に本校を見守ってくださいませ。


ありがとうございました。


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いい光景を再度

2010年09月21日 21時23分21秒 | 先公ごっこ2008年から2012年
 今日から柔道教室が国体期間中に地元の中学校柔道場に移動するので、さきほどまで(夜7時から)ちょっとだけ稽古をしておりました。楽しみにしておりました。中学校の校長先生にも先日お願いをしておりましたし。生徒募集にお伺いした時にです。あ、むろん生徒募集がメインで、道場拝借は付け足しでしたがね。

 なによりも、孫のような柔道選手と稽古できるのが楽しみであります。なんと言ってもわたくしと年齢差が50歳くらいはあるのですから、こんなにかわいい存在はない。

 それこそひと汗かいて、しっかりおいしく夕ご飯をいただきました。稽古のあとのご飯は実においしいものであります。
 あまり食べるとそれこそドクターに叱られてしまいますから、ちょうどいい加減にしか食べませんが。

 運動について「も」まったくの素人ですから、なぜおいしいのかよくわかっておりません。それこそデカルトの言う体験的認識であります。保健体育の先生にいちど聞いてみたいことの一つであります。
 
 それにつけても、ちびっ子たちはわたくしを押さえ込むとなんであんなに喜ぶのでしょうか。「やったぁ」「とやませんせはよわい」とかのたまうのです。いい光景です。一生懸命やっているからうれしいのです。

 でも、わたくしの存在は、目の上のたんこぶなのでしょうか。
 考えてしまいます。お話にならないくらい弱いのですがね。

 小学校低学年ですら、そうなのですから粛然とします。闘争本能というのは、人間の持つ業なのでしょうか。だから嘉納治五郎先生は自己の潜在的な力を精力善用という言葉で、良い方向に導こうとされたのであろうと推測しておるのです。

 しかし、ちびっ子たちの一生懸命さは実にいい。さわやかです。こういう子ども時代を送っていただいて、さらに勉強も一心にやっていただいて、未来の日本を背負っていただきたいと真剣に思っております。

 ささやかながら、不肖未熟の身ではありますが、そういう事の礎石となりたいものであります。耐えられるかどうかは別問題として。

 

 今朝も、学校の周辺をゴミ拾いに精をだしている野球部の生徒がおりました。ちょっと早めに学校に行きましたら、一生懸命でありました。わたくしにも気がつかない。正門のあたりで「ありがとう」と言いましたが。今度はわたくしもやりましょう。明日の朝からでも。こういうのは得意ですから。

 しかし、彼らはこれ見よがしに行動しているわけではない。それが尊いのであります。自分の向上のためにやっておるとわたくしは感じております。良い学校になってきました。打算の無い生き方こそ最も尊いと思うからです。

 したがってこのブログに彼らの姿を写真で紹介することはいたしません。
 そういう尊い行為を広報に使っては相済まないことであります。

 前任校の教頭時代にも、片道2時間以上かかっておりましたので、朝早く学校周辺に着いておりました。バスで、学校に向かって、実は学校を通り過ぎて終点のバス停まで乗っておりました。それから、やおらゴミ袋を持って学校まで戻るわけです。空き缶とか、弁当箱のゴミとかいろいろ拾わせていただきました。生徒が出したゴミでは無いのでしたが、すくなくともそれで学校周辺からは環境美を取り戻すことができます。

 楽しみでもありました。
 そのうちに運動部の生徒諸君が手伝ってくれることもたまにはありました。都会的なセンスのある町にある学校で、生徒の会話に英語もバンバン登場するようなすてきな学校でしたから、ちょっとわたくしには意外でもありましたが。

 わかってくださる生徒もおるのです。
 人間には善根というものもあるのであります。
 
 

 ちびっ子たちと、環境美化の生徒たち。
 いい光景をまたまた見させていただきました。

 
 明日は100周年式典であります。
 いい心持ちで式典に臨めそうであります。
 感謝の気持ちを持って。

 また明日!




  
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小川池の風情

2010年09月17日 18時15分52秒 | 先公ごっこ2008年から2012年
















 正門のすぐ下に「小川池」という池があります。
 なかなか風情のある池だと自分では思っています。
 それは、いろいろな鳥類がいるからです。

 今日は、電車で学校に来ましたから、観音駅から歩いてきました。
 そして小川池の周囲を回って正門に到達するわけです。
 
 こんな風貌ですが、一応、ほんとに一応和歌文学も好きなものですから、しばし鳥類との対話を楽しんでおりました。朝の7時20分頃でしたでしょうか。

 それがこの写真群です。

 奈良平安の時代の和歌集を思い出しました。
 それとなんとなく京都の古寺の庭園も思い出します。

 10月に修学旅行に行きます。まさしく奈良平安の文化の香りを生徒諸君は味わって来てください。

 修学旅行に行かせていただくだけでも、実にうらやましいことです。わたくしの高校時代には修学旅行という文字はまったく学校行事に存在しませんでしたから。

 在校生諸君。
 小川池の鳥たちを見て、なにを思いますか?

 勉強の合間のちょっとした風情を、登下校の際に味わってください。



 では、また来週!
 















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千葉科学大学学生授業参観

2010年09月16日 20時12分45秒 | 先公ごっこ2008年から2012年






















 今日は近隣にあります千葉科学大学の教職課程専攻の学生さんが来校されました。

 朝から、夕方の5時まで、熱心に各授業を見ました。
 
 事前学習をやって、それから参観です。視点論での授業プランをわたくしから提案しましたが、その視点論をふまえた授業参観のことを述べられた学生さんがお一人いらして、ワクワクしました。なかなかのものであります。

 参観終了後も、きちんと学生らしい視点で学びのあとの話し合い。実に印象に残る発言が多く、これもまたすばらしい。

 頼もしいかぎりであります。


 5時ちょうどに終わったのですが、一人の学生さんが、「言語力を高める方法」について
 さらにわたくしを追いかけてきて質問。

 対話力を高めるにはプラトンがいいとか、認識力を高めるにはデカルトがいいとか、現象をとらえるには、ソクラテスの洞窟の原理でとか、時間が無いので、一気にお話をさせていただきました。もっとゆっくり時間をかけたいテーマでもあります。

 可能ならば、個と個の対話をさせていただき、わたくしも含めて能力向上をさせていただきたかったと思いました。

 5時から別の会議があって、迎えの先生も来ていました。

 残念無念。行かざるをえませんでした。

 実は、こういう若い方とこういうお話をさせていたくのをわたくし自身も「実に楽しい体験」であると思っているからです。

 
 授業参観の前に、わたくしから拙いプリントと、プレゼンソフトを使ってお話をさせていただいたのです。
 そこで、「授業は教師自身も楽しまなくてはならない」ということを申し上げました。それを覚えてくださっていて、それをふまえた発言をなさっていました。

 恐るべし若人であります。

 うかうかしていると抜き去られます。




 もっとも、老兵はなんとやらでもあります。

 大いに語り、大いに文化を継承して行っていただきたいと期待するばかりです。



 いい一日でした。

 まったく心改まる最高の一日でした。


 また明日!


 







 
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実力を身につけましょう

2010年09月15日 21時38分20秒 | 先公ごっこ2008年から2012年
 今日も式典で謹呈する追加のDVD作成をしておりました。32枚。
 なんでそういうことをしているかというと、単純作業であるからです。
 つまりわたくしでもできるからです。 
 もっと言えば、先生方は式典にむけてまことに多忙ですから、少しでもできることはやりましょうということです。組織的にやるということはそういうことです。こんなわたくしでも戦力になるという喜びがふつふつと沸いてくるからです。その分、先生方には重要な仕事をこなしていただくわけです。

 そういうことです。
 まったくそういうこと。

 間で先生方と3時間ほど面接もしておりました。授業について話題にしておりました。改善、改善、また改善です。



 さて、NHKの嘉納治五郎と柔道シリーズで録画第3話を先ほど見終わりました。
 フランス柔道がなぜ盛んになったかということでした。
 
 これは実に興味がありました。
 一人の先駆者がいて、彼の実績でという取り上げ方でありました。スーパー指導者ということでありました。

 内容については、ちょっと疑問があったのですが、それはそれでいいでしょう。もっと言いたいのはフランスと日本で柔道の競技人口がなんでこんなに違うのかということと、実績が急に出てきているということです。

 非常に関心があるのです。
 

 
 このことは、スーパー進学校に対しても言えることであります。 
 一人のカリスマがおって、それに全面的に依存してできているわけではありません。どうも一人の人物に全面的に依存するというのは、歴史的にもいかがなものか。そういう思考法では危険性を伴います。井の中のなんとやらで、失笑を買いますから。

 真実は、歴史と地域性というものが密接にからみあっていると感じています。ただし、やたらと自慢はしないほうがいい。進学校だと自慢しても全国には名だたる学校がそれこそ山ほどありますから。

 今日の柔道の番組について、やや疑問に思ったのは、それこそ掃いて捨てるほどいたであろう「市井の無名指導者」のことでありました。

 わたくしもただの市井の無名指導者であります。
 段位も、32歳で4段を取らしていただいただけ。
 そしてそれっきりの懶惰な柔道人生でありました。
 慚愧の思いであります。

 現役の頃には、94キロでしたが、今は見る影もない。
 今は軽量級であります。

 フランス柔道を盛んにした、多くの指導者に尊敬の思いをいだくのであります。
 これはわたくしの住んでいる町の指導者にもあてはまります。

 

 そういうことを言いながらも、そのフランス柔道を広めた一人のカリスマ指導者には魅力を感じます。よほど強かったのでしょう。自信もおありになったのでしょう。たいしたものであります。

 そういう実力を今から身につけるわけにはいかないのでしょうねぇ。
 もう遅いですが。

 在校生諸君!
 あなた方も学生のうちに実力を身につけましょう。




 また明日!

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DVDを

2010年09月14日 20時39分31秒 | 先公ごっこ2008年から2012年
 DVDを焼いておりました。100周年が近いからです。52枚でした。
 式典で外部の方に謹呈させていただきます。
 学校紹介動画です。
 所詮素人がやっていることですから、よかったらお持ち帰りいただいて、見ていただければ幸甚ですと申し上げるつもりです。

 画像に解説をつけたり、素人なりに工夫はしているつもりです。
 学校生活を紹介して県銚を知っていただくこともまた大切なことではないのかと思っています。

 もっとやりたいことは、県銚メソッドです。これはなんとしてもやり遂げたい。
 おもしろい試みになるような気がしています。
 それはそれで着々と準備を始めました。

 今日はNHKの番組で録画をしていた嘉納治五郎と柔道という内容のテレビを見ていて、愕然となりました。
 あまりここに書くといろいろ差し障りがありますが。
 全集を読み、ノートをとり、嘉納治五郎の思想に心酔しております。
 ところが、周囲の状況が先生を苦しめてしまいます。
 先生の実演の映像とか、山下義昭先生の動画を初めて見ました。感動しました。
 明治の時代に生まれたかったなと真剣に思いました。実際に講道館で学びましたから、先生を拝見してみたかったのであります。
 あの雰囲気は本当にいいものです。
 
 ジムに行く前に、県立図書館に書籍の返還をしに参上しました。
 数冊お借りしていたからです。
 勉強熱心な高校生らしき人が何人も勉強をされていました。
 閉館ぎりぎりでしたが、これもまたすばらしい光景です。
 今日はお借りしないで帰ろうと思っていたのですが、一冊だけ借りてしまいました。
 脳科学者の茂木健一郎先生と対談されていたその相手の先生の方に興味が沸いて、その先生の本と偶然出会ってしまったのでした。結構高い本ですから、こういう場合は実に助かります。

 インターネットでそういう学者のことをある程度調べておくと、いい本に出会う確率は高くなります。
 実に便利な時代になったものです。
 しかし、先週のテストの花道でも言っていましたが、あまり頼るのもいかがなものか。

 


 ではまた明日!


 
 
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今朝は実にいい光景を

2010年09月13日 20時46分44秒 | 先公ごっこ2008年から2012年
 いつも学校の前にある池を左に見ながら正門に向かいます。
 
 ちょっと坂になっています。
 その坂の下から見上げる、本校の校舎もまたいいものです。

 校風というもの、あるいは気風というものが伝わってきます。
 それが、歴史の持つ重みというものでしょう。

 今朝は、いつもどおりその池の脇を通っていました。
 車で、です。

 そしたら、体格のいい坊主頭の生徒たちが数人、ゴミ袋を持って
 空き缶拾いをしていたのです。

 ありがとう。
 そんな言葉が一人でに出ました。
 立ち止まって、わたくしにおはようございます!と思いきり挨拶をしてくれました。
 わたくしの顔は思い切りにこにこでありました。
 ご苦労様~と声をかけました。

 野球部でした。
 いいものです。
 じつにいいものです。
 野球という近代スポーツですが、まるっきりこれでは武道人の心構えと一緒ではないでしょうか。
 わたくしはこういうのに弱い。
 感動しました。

 今年の高校野球で、NHKの解説者が優勝した沖縄の高校を激賞していました。
 それが、こうしたゴミ拾いとか、マナーの問題であったような気がします。
 やはり他の学校にぬきんでるには、そうした心構えからして違ってきます。

 心身一如。
 これです。
 これこそ日本人の原点であります。

 重大なことを彼らは学んでいるような気がします。
 こういう体験ができることが最も重要だと思います。
 自分だけが優秀であればいいとか、そういう勝手な考えでいることの危険性をいつも思っているからです。

 それと学問が一致すれば、これは鬼に金棒。
 こんな強烈なことはありません。

 学問と同時に品性も磨くことです。
 もっとも、これはわたくしの生涯の課題でもあります。

 いつまでたっても完成はないからです。
 
 他人の欠点を見ている暇があったら、ちょっとでも人のため、社会のために役立つことを志向すべきでありましょう。
 ゴミ拾い、空き缶拾いもまた、その一つであるのかもしれません。

 いい光景でありました。
 感謝とともに、一日を過ごさせていただきました。

 在校生諸君!
 ありがとう!


 
























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人間が育つことは

2010年09月11日 08時32分15秒 | 先公ごっこ2008年から2012年
 人間は、学力、体力、心の育成という観点から育成されるべきであると考えます。
 いわば、総合力としての人間育成です。

 その中でも、最も重要なのが「学力」です。認識というものは、体験、直感、論理性で成り立っていると高名な哲学者のデカルトは言いました。まさに、体験と直感をベースとして、学力は人間育成の基盤であり、そこから体力も心のあり方に代表される人物育成に結びついていくと考えるからです。

 この県銚メソッドは、あくまでも具体性を重視します。方法論を書いていきます。勉強法もそうです。

 希望する進路を実現するために、それだけに留まらず、生涯学習にも直結するようにしていただきたいと、願っているからです。

  

                     千葉県立銚子高等学校長 外山日出男
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秋の夜長

2010年09月10日 23時59分36秒 | 先公ごっこ2008年から2012年
 ようやく過ごしやすくなりました。

 読書の秋です。

 あるいは勉強の秋です。

 在校生諸君は、がんばりましょう。

 あるいは、中学生のみなさんもがんばりましょう。

 勝負は秋です。

 夜も長くなります。

 こういうときは、実に集中力が増します。

 ただし、ノートを作成していたからと言って安心していないことです。

 要するに中身ですよ、中身。

 覚えていたかどうかです。

 

 
 こういうのをこつというのでしょうか。

 そしてそれを要約したかたちで、**メソッドとかいう形で残せないのでしょうか。

 いろいろ考えています。

 何ができあがるか楽しみです。実に楽しみ。

 個人芸から、共有財産へ。

 広報もそういう形でマニュアル化しておくと、組織化の批判に耐えうるのかもしれません。

 来週のわたくしの課題にしましょう。

 出来上がっても、門外不出にしますが、ね。



 
 きょうは会議が多く、また打ち合わせもたくさんありました。

 こういうときは、断片化した紙切れ、つまりはがきサイズの情報カードで対応して行くに限ります。

 ちょっとした覚え書きです。

 そして、はがきホルダーにちょいちょいと入れてしまうと、なかなかこれは便利です。

 ノートにもなる。

 ビジネスメモにもなる。

 こんなのも、学習法メソッドになりますね。

 いいアイディアです。

 自画自賛しているようなものですが。




 帰宅してから、仮眠をちょっととりました。

 疲れましたから。

 珍しいことです。

 新学期始まってから、あるいは暑さの影響がこんなところにも出たようです。




 在校生諸君!

 あなたたちは、まだまだがんばりたまえ。

 若いのですから。



 また来週!
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光こそ、すべての源という気がするのだが

柔道をやると~ま君

サンスクリット般若心経

高齢\(^_^)/