西行の聞書集に実に良い歌があります。
竹馬を杖にも今日は頼むかな 童遊びを思ひ出でつつ
(竹馬の竹を今日の私は杖に頼るなんて、随分年をとったものだ。子どものころにこれに乗って走り回ったことをそのたびに思い出すよ)
という歌です。
角川文庫の「西行 夢の旅路」という文庫本に出ているのですが(191頁)、老境の心理状態を著してなかなかいいものであります。ちなみに、同書には竹馬の乗り方が絵で出ています。「法然上人絵巻伝上」(知恩院蔵)という書にあります。
童が竹馬に乗って、手綱までつけておそらくはおとうさんの物まねで馬に乗った気分を味わっておる。かわゆい動作であります。
なぜこんな書き出しから始まったか。
今朝、おおいに雨が降っているからであります。雨戸を開けるために、外に出てみたら、外で雀がちゅんちゅんと騒いでおったのです。けなげにも、です。どんなに雨が降っても、彼ら彼女らには関係がない。
つまり時の移ろいというのは、雀にはない。
これは西行の特に感じたことであって、例えば、彼はお月様を見ることを無上の楽しみにしていた。毎日毎夜、時間まで把握していたのであります。そして、月を見ることができなかったら、もう・・・というある意味厭世的とでも言っていいようなことを言っているのであります。
「竹馬を・・」の歌も、実はさみしい歌であります。老境を言っている。しかし彼は年をとっているからこの歌を作ったわけではないのだそうです。なんだか、西行って、とてもとてもさみしい人であったのかなと思うのです。
雀とどんな関係にあるんだい?って聞かれそうです。いいんです。時間のうつろいということで、雀も、月も、竹馬も、ボクのこころの中では一緒なんです。うつろっていく時間という意味において。はははははは、です。
老犬もいなくなったし。
時間はホントにあっという間に過ぎ去っていきますなぁ。。。
だから大切にせんといかんですな。
(^-^)/