結局、葉室麟原作「蜩ノ記」(直木賞受賞)の映画は見ずじまいだったが、その葉室麟さんが西日本新聞で感動した書籍で藤沢周平の「風の果て」をあげておられた。ということで書斎の上段にならべられている藤沢周平の文春文庫、50冊以上ならんでいるがその中から風の果てを引っ張り出し読んでみた。
NHKの木曜時代劇でも放映されたようだが覚えていない。原稿用紙1000枚にも及ばんとする長編時代小説、どこの藩の物語なのか明記されていない藤沢周平独自の想像力にもとづく時代小説といえる。よくこれだけかけるなと思わせるくらいの城下の町並みの詳細描写、最初読むのがめんどくさくなり飛ばし読みになりがちだが物語の展開に次第に引き込まれてゆく。
士農工商という厳然たる身分階層があった江戸時代、上士、下士、どちらの家に生まれるか、長男か次男、三男かによって将来の運命が分かれる。幼少の頃はどこの子供か関係ない仲良し5人組、同じ道場で剣の修行にはげむ。この5人が成人になってゆく過程で運命の非常な饗宴のなかでもがくさまが見事に描かれている。歳月とは何か、運とは悲運とは?現代社会にも通じる武家小説の傑作だなとあらためて痛感。福岡から新大阪まで新幹線通勤していた頃、行き帰りの車内で読んだ藤沢作品、あらためて読み直そうと思う。
物語はその5人のうち、軽輩の子でありながら主席家老にまで出世した桑山又左衛門のもとに、ある日、かつての道場仲間の市之丞から果たし状が届くところから始まる。劇的な出だしである。かつての道場仲間は1千石の跡取りが一人いるほかは皆貧しい下士の二男、三男でいかに恵まれた婿入り先と出会うかが関心の的だった。
窮迫する藩の財政を改革する一手が未開の荒れ地を田畑に開墾できるかどうかという時に衛門(幼名隼大)は今でいう土木技師の桑山孫彦と山中でであい、その縁で婿入りして、わがまま娘との冷めた夫婦生活を送りながら不可能と思われた荒れ地開墾に成功して主席家老にまで出世する。一方、市之丞は婿入りもせず、勤めもせず、剣のみに頼る生きざまで、途中、藩を脱藩した友達の討手になり壮絶な戦いで友を殺戮し、以後人生を食わせてしまう。栄華を極めたとはいえ、トップの座は孤独な泥の道。
「策謀と収賄、権力に近づいて腐り果てるのがお主の望みか」と市之丞は又左衛門を罵倒する。また左衛門は1千石の跡取りを権力の座から蹴落とし、権力の頂点にたったが、だからこそ友と切りあわねばならないのだと心は暗い。
安サラリーマンでいろいろ苦労はあるが家庭をもち、ほどほどの幸せをかみしめるのが良いのか、ガムシャラに金と権力のざ座を追い求め、美食にあけくれ、病気に倒れ死んでゆく。人間の幸せとは何かを考えさせる作品だね。しかしながら藤沢周平という作家の物語の構成力はすごいね、権力争いの様相などなにがしかの経験がないと描けないように思うがまあ大したものだ