ゴールデン・リタイアーズ

S20年生、後期高齢ゾーン、人生最終コーナー「遊行期」の
徒然残日写真録

220418 作家五木寛之氏、89歳にして「青春の門」完結編に挑む!二泊三日阿蘇方面軽キャン車旅最終報告。

2022年04月18日 | 軽キャン車中泊ドライブ

 作家はいつも頭を使い手指を動かし文章を綴り続けるから長生きするのかしらね。ほとんどの著作を読んだ五木寛之さんが今回、「私の親鸞」刊行し、中学時代の平壌からの引揚体験の真相をあきらかにされたらしい。苦難の引揚体験を著作のネタなどにはしたくなかったとか。なぜ親鸞にひかれたのか。悪人正機説「善人なをもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」善人ですら極楽浄土にいける、まして悪人は極楽浄土へいけるのは当然ではないか・・ふつう人は反対に解釈する。善人ぶっている人間は自力で頑張ってきたと思っているから虚心に阿弥陀仏を信じることができないと・・・

 支配国の民がある日突然被支配国の民になってしまった。正直な人間は引揚船にのれなかった、五木少年は悪辣非業な大人の姿を見、いざというとき民を捨てた政府をみ、自ら必死になって悪辣なこともやって弟妹をひきつれて日本に帰ってきたという原体験。その罪意識がずっと心の底によどんでいたとのこと。その時に悪人こそ救われるという親鸞聖人の教えに接して、心がひらかれたということのようだ。

 夫婦とておたがい隠していることがいっぱいあるし、嘘をついたことのない人間などいないだろう。汝姦淫するなかれ!こころに邪心をもつ男がごろごろいるだろう。だからただひたすら阿弥陀仏に帰命し、南無阿弥陀仏を唱ええれば救われ浄土に行けるというのが浄土真宗の教えと言うことになる。

 何度も映画化された「青春の門」が週刊現代に連載されて50年、いよいよ完結編第10作目に挑戦するらしい。途中で寿命が尽きるかもしれないが書き続けることが大事という。私もこのブログ、ぼちぼち投稿するのがしんどくなってきてるがやめるとぽっくり逝ってしまいそう。

今年、初めての二泊三日軽キャン車中泊ツアーの最終報告をしておこう。大分の道の駅くすで日帰り温泉をさがしていたが結局見つからず、ふとみると大分自動車道くすインターチェンジが道の駅の隣。一瞬閃いて高速で浮羽稲荷神社のライトアップを撮りに行こうと決断、40分で杷木ICで降りて、18時頃、91段鳥居前にたどり着いていた。この神社は京都の伏見稲荷、松尾大社、それに太宰府天満宮の3祭神を奉っていて最近インスタ映するということで人気スポットに。

 黄昏時の数枚を撮った後、まだ真っ暗になっていないのでとりあえず夕食弁当。

19時、鳥居にコンデジをおしつけて三脚代わりにして十数枚撮影。三脚はあるがつい面倒でそうしてしまう。この思考態度はどういうことかな。

20時、道の駅うきはに戻り、カニカマをあてに大吟醸で一息。車中泊。いつもは道の駅原宿、バサロだが明日早朝いくので試しにとまる。

翌朝5時半、セブンで朝コーヒとエッグサンド。原ずる温泉街を通ってバサロへ。道路をはさんで菜の花畑が広がっている。

アングルをかえたり逆光であれこれ撮影。

8時、藤井養蜂場へ。まだ三連水車がは動いていない。

温室の錦鯉をとって、花見客がいなくなった秋月へ。桜の残花、青もみじを撮りに。9時過ぎ駐車場にとめ散策。静かな時間を過ごす。

あれだけ大混雑していた花見時がうそみたいに誰もいない。

静寂を楽しむ。

女学生二人が歩いてきた。金曜日の11時頃だが?駐車場に戻り、室内の整理整頓。昼過ぎ自宅に帰還。3日間470kmの走行でした。だんだん妻の車中泊ツアーへの規制が強くなりはしているがまあ四半期に一回は必要でしょうね。よく走りました!

 


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