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夢逢人かりそめ草紙          

定年退職後、身過ぎ世過ぎの年金生活。
過ぎし年の心の宝物、或いは日常生活のあふれる思いを
真摯に、ときには楽しく投稿

改めて数多くの皆様には、感謝の一言です・・♪

2008-12-31 15:33:04 | 定年後の思い
私は定年退職後、年金生活の5年生の64歳の身であり、
身過ぎ世過ぎの日常生活を過ごしているが、
私は小説、随筆などの読書に続いて、
文章を綴るのが好きなので、日々に感じたこと、思考したことを心の発露とし、
真摯に、ときには楽しく綴ったりしてきた。

そして、人それぞれ誰しもが光と影を持ちあわせているが、
つたない私もささやかな光、秘められた影があり、
余すところなく綴ったりしてきた・・。

昨今、このサイトに綴ることが生きがいのひとつになっていますので、
数多くのお方にお読み頂き、感謝の一言です。


何よりも数多くの皆様の投稿文を拝読し、
それぞれの人生を過ごされていると改めて感じてながら、
ご教示を頂いたり、感銘を受けたり、
ときには数多く人から励まされたりして、拝読しているのが本音である。


我家では、大晦日の今宵は、お年取りのささやかな酒宴を致しますので、
今年の最後の投稿となります。

今年も暗いニュースが余りにも多く、憂(うれ)いたりしましたが、
来年こそは明るいニュースでお互いに笑いあったりしたい、と祈願しています。

皆様には、良いお年とお迎え下さい。





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されど、年末の風物詩・・!?

2008-12-31 11:38:15 | 定年後の思い
私は大晦日か、と改めてカレンダーを見て、
今年も早くも平成20年もお別れか、
と感慨深げに思ったりしていた・・。

先ほど、私がここ4年ばかりこのサイトで大晦日に綴った
古来からの良き風習などの風物詩のような拙い綴りを読んだりして、
微苦笑したりしていたのである。


一昨年は、
【『年越し蕎麦(としこしそば)』の由来は・・♪】
と題して、投稿している。

【・・
大晦日の夜、我家では『年越し蕎麦』の習慣はなくなり、
江戸前寿司とか御節料理の単品を好きなように食べたりしている。

私が幼年期には、祖父、父が健在の時は、お蕎麦を頂いたりしていた。

先程、『年越し蕎麦』の由来を調べていたら、【日本文化いろは事典】に於いて、
明確に掲載されていた。

無断であるが、引用させて頂きます。

【・・
大晦日の風物詩である年越し蕎麦は、
江戸時代から食べられるようになりました。
金箔職人が飛び散った金箔を集めるのに蕎麦粉を使ったことから、
年越し蕎麦を残すと、翌年金運に恵まれないと言われています。

また、江戸時代の町人は、大晦日になると借金の返済に追われていました。
これは、年内に借金を返済し、新しい気持ちで新年を迎えたいという人が多かったからである。
・・】
以上、無断であるが引用させて頂きました。

現世の日本で、金策に追われ年を越すのは、極く一部のお方と思われるので、
食べ物に関しては世界で一番贅沢な国民生活となって折、
消え去った風物詩として懐かしく感じたりしている。

・・】


そしてこの日は、続編として、
【『大晦日』の由来は・・♪】
と題して、再び投稿したりしていた。

【・・
東京の郊外は、澄み切った快晴を迎え、日中は9度前後ののどかな日を迎える。

朝、戸を開けると、主庭は黒土に昨日から霜柱がうっすらと見える。
朝の陽射しを受ければ、たちまち消え去るので、いとおしくも感じられる。

今日は『大晦日』と云われているが、
齢を重ねた今の私は無知であったので調べだした。

知識人・藤野邦夫に寄れば、
【・・
毎月の最後の日を『みそか』というのは、『30日(みそか)』からでたものであり、
特に一年の最後の12月31日を『大みそか』とよんでいる。
・・】

尚、【日本文化いろは事典】に寄れば、
【・・
『晦日(みそか)』とは、毎月の末日であり、一年の最後の日を『大晦日』と記載されている。
・・】

いずれも、おおそれた意味合いがないが、
私なりに一年の最後の日、心穏(おだ)やかに過ごそうと思っている。

・・】



昨年の日になると、たわむれに、
【『どうして・・寒い時に新しい年になるの・・?』】
と題して、投稿したりしていたのである。

【・・
私は昨日、散策と買物に出かけたが、
ご近所の男の子の2人を連れたご婦人に逢った・・。

私は亡き母のおしゃべりな血を受けているので、
ご近所の方、無知な人とでも、よく声を掛けたり、
社交辞令をしている。

特に定年退職後の4年生の身であるので、
日中のひとときは買物のついでに散策をしたりしている。

こうした折、ご近所の方、買物先で無知な人と、さりげない会話をしているのである。

昨日は我家の数軒先のお宅の方たちで、上の男の子とは、
ときたま下校時に出会って、子供じみた挨拶を交わしている1人であった。

『小父さん・・ちょつと・・教えて・・
どうして・・寒い時に・・新しい年になるの・・』
と10歳ぐらいの男の子が私に訊(たず)ねた。

『今年も・・もう直ぐに終りだし・・
お正月から・・なぜ新しい年になること・・?』
と私は男の子に云った。

『う~ん・・・そうだょ』
と男の子は私の見つめ云った。

私は若き頃から雑学の雄、と秘かに思っている身で、
20代の前半の時代には総合雑誌の『世界』から男性娯楽雑誌の『平凡パンチ』まで、
広範囲に読んでいたのである。

しかし、私でも正直な所、判らない事も数多いのである。
『小父さん・・帰ってから・・ボクに電話するからねぇ・・』
と私は男の子に約束して、難を逃れたのである。

私は帰宅後、色々と調べたが、一番判りやすいのが、
30分過ぎて判明した。

知識人・藤野邦夫に寄れば、

【・・古代の人達は・・すべてのものは死んで滅びることによって、
新たに生き返ることができるという考え方があった・・

たとえば植物は、枯れて朽ち果てることによって種を残し、
新しい生命として再生することができる・・

太陽が沈んで、いったん死ぬことによって、
翌日また生まれ変わり、再び輝くことができる・・

これらと同じ様に、一年も春先から、次第に日が長くなっていって成長し、
一番昼の長い『夏至』で成長しきった後、衰退に向かうというのが、
古代達の共通した感じ方だった・・。

そして、昼の時間の一番短い『冬至』の日に、一年は死に絶えることとなり、
その翌日に新しい一年が生まれて、
少しずつ日が長くなると考えられいた・・

古代人達が冬至の次の日を一年のはじまりとした・・

・・】
このように藤野邦夫・編の『幸せ暮らしの歳時記』に明示されていた。


私は10歳の男の子が理解しやすいように、
庭先に下り立ち、煙草を喫いながら、考えた。

その後、30分した頃に電話をし、
『小父さん・・ありがとう・・ボク・・判ったょ・・』
と男の子の明るい声を聴いて、
私は安堵した。

私は大学教授のように専門基礎知識はないのであるが、
人生63年の苦楽を共にしてきたので、雑学の身は健在かしら、
とこの晩の純米酒の辛口は、特別に美味しく感じたのである。

・・】


このように綴ったのを読んだりしていると、
私も齢ばかり重ね、体力も衰え、少しボケてきたのかしら、
と苦笑したのである。



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大晦日を迎えても、『年々歳々 花相似 ・・』・・♪

2008-12-31 08:50:23 | 定年後の思い
私は民間会社を定年退職後、年金生活の5年生の身であり、
大晦日を迎えて朝、何を綴ろうかと思案したりしていた。

やむえず、このサイトを開き、過去の綴った投稿文を読み返していた・・。


定年退職後、直ぐに年金生活に入り、まもなくブログの世界を知り、
初めての年末を迎えた時、平成16年(2004年)に、
あるサイトに投稿した文のひとつである。

【『冬のソナタ』に寄せて・・。】
と題して、投稿しているが、再掲載をする。

【・・
家内と昨日の夕方、駅前に買物に行く。
街は歳末の雑踏だった。

スーパーの一軒に家内が入り、私は入り口に近い所にある、小さめの家電量販店に佇んでいた。

『冬のソナタ』の主題歌が流れてきた・・。

振り向くと、量販店の店頭にテレビ販売のデモとして、『冬のソナタ』のビデオを放映していた。

三人の家族連れで、五十歳前後の奥さんがこの『冬のソナタ』を見て、
二十五歳前後の娘に『あら・・』と見入っていた・・。

主人の方は、『なんで、こんなのがブームになるのか、俺はわかんねえ・・』
と奥さんを急きたてた。

私はこの主人について、
奥さんとコミニューケションを日頃から取っているのかしら、と疑った。


以前、眠りが浅く、深夜目覚めたとき、
何気なしにテレビを点けたら、『冬のソナタ』を放映していた。

一時間半前後、見ていたが、
この監督は岩井俊二・監督の『Love Letter』《中山美穂・主演》の映画に影響を受けている、と直感した。

『冬のソナタ』は甘くせつない作品で、ありふれた作品であり、
ただ切り口が巧いと思えた。

日韓の文化交流の一環として、貢献出来た事は喜ばしい、と感じている。


一部の男は家庭を守る上で、会社人間になり、
妻の従順に甘え、五十歳を過ぎた頃、子供は成長を見て、順風と錯覚しまう。

妻側からして、世間並みの生活が保ってきたが、空虚さを感じ始める・・。

主人に『あたしを見つめて・・』と言いたいが、主人は気づかない・・。


『冬のソナタ』の主演男優に夢中になっている四、五十歳台のご婦人をみると、
このように感じてしまうのである。
若い二十歳前後の女性ならともかく、お気の毒ですね、と思う。

何はともあれ、日韓の交流の一環として、日韓がより一層深まってくれるよう、
切望する次第です。

尚、家内は『冬のソナタ』には、興味を示すことなくはない。

・・】



翌年の大晦日になると、
【 一年を振り返り時・・♪】
と題して、投稿している。

【・・
東京の郊外は、早朝は強い風が吹き、目覚めた・・。

先程まで煎茶を淹れたり、家内のコーヒーを枕元に置いた後、
新聞を読んだりしていた。

先程、玄関庭に出たら、風は微風に変わり、
陽射しが何時ものような情景となった。

穏やかな静寂の大晦日の朝である。

昨夜、家内の母が、予定通り夜の7時過ぎに来宅して、
夕食をしたが、やはり話題は、ここ一年を振り返る話に尽きた・・。

私は弐合徳利をお替りして、数の子、祝い鯛、蒲鉾、ゆずの輪切りを食べながら、
色々と話し込んだ。

しばらくした後、眠くなったので、煎茶を枕元に於いて、
文庫本を持ち込んで数ページ読んだ時、眠りについた・・。

さしずめ、この本は歴史学者のA.L.サッチャー氏の『燃え続けた20世紀』である。

この本は、10回前後、読み返している本である。

社会、政治、外交、軍事、経済、宗教が揺れ動いている現在、
私の脳裏に冷静な思考を保たせる最適な本である。

・・】



そしてこの後の一昨年の大晦日に於いては、
【『除夜の鐘』に寄せて・・♪】
と題して、投稿していた。

【・・
大晦日の夜、日本の各地で除夜の鐘を撞(つ)くが、古来より108回となっている。

知識人・藤野邦夫の解説に寄れば、

【・・仏教で人間の煩悩(ぼんのう)が、108あるとされることによるっている、
と明示されている。

煩悩とは、身体や心の欲望、他人への怒り、ないもののへの執着などとされている。

仏教に於いては、

①生まれてくる苦しみ
②年をとる苦しみ
③病気の苦しみ
④死の苦しみ
4大要素を『四苦(しく)』とし、

⑤欲しくても手には入らない苦しみ
⑥愛する人と別れる苦しみ
⑦いやなことをさせられる苦しみ
⑧その他の色々な苦しみ
『八苦(はっく)』があるとされている。

そして、この『四苦八苦』の四苦(4x9=36)と八苦(8x9=72)を加算すれば、108になる。

108回の来歴については、他にも諸説があるが、
一年の様々な思いをかきたてる除夜の鐘は、
旧年中に107まで撞(つ)き、
最後の1回を新年に撞くのが慣例である。

尚、『除夜の鐘』は、中国の宗(960年~1279年)の時代に始まった風習だと云われて折、
『除夜』とは、旧暦で一年の最後の夜のことである。

・・】
以上、無断であるが、引用させて頂きました。


私は11時過ぎに家を出て、独りで川辺の遊歩道を散策した。
陽射しの中、風もなく、のどかな情景であった。
私にとっての煩悩とは・・しばらく鴨の親子が水面をゆったりと泳いでいるのを見詰めながら考えた。

絣(かすり)の似合う女性で、昭和40年頃までの小説、随筆、映画など知る文学少女かしら、
と思ったりした。
この時代を知る人であったら、さしずめ若くても50代の女性となる。

こうした美女と語り合い、そして弐合徳利、ぐい呑みでお酒を呑みながら、料理を食べたりしたい。
そして別れ際、そおっと手を握り、握手をして去る・・。

こうしたのが私の見果てぬ夢かしら、と思っている。

私はこんな他愛のない、ひとときの夢をみていたが、
いつの間にか煙草を喫ったりしていた。

帰宅したら2時過ぎの昼下り、玄関庭の白梅が陽射しをさんさんと受けていた。
枝先は早くも莟(つぼみ)かしら、と夢幻のひとときを脳裏にかすめた。

・・】



そして昨年は、
【大晦日の昼下りの音楽は・・♪】
と題して、投稿していた。

【・・
家内と家内の母は、年末年始の買物に出かけているので、
先程から音楽を聴いている・・。

最初は、昨夜レコード大賞を受賞されたコブクロに敬意を示し、
『蕾(つぼみ)』を聴き、彼等のメジャー・デビューの前、
9年前から無名の3年間、路上で唄い続けた心情に熱く思いを寄せたりした。

そして、夢はみるものでなく、明日を信じて労苦の言動した日々を思う時、
胸が熱くなるのである。

この後は選曲は少し迷ったけれど、
モーツァルトも好いが、やはりベートーヴェンの『第九』だろうと、
と思いCD棚が取り出した・・。

今回はたまたま小澤征爾に寄るサイトウ・キネン・オーケストラであるが、
大晦日に相応(ふさわ)しいかしら、と微笑んでいる。

・・】



このように年金生活後の一年生から昨年の四年生までの大晦日に綴った1部であるが、
齢ばかり重ね、果たして私の心は深化してきたのだろうか、
と思ったりしたのである。
私は安楽に年金生活を過ごすのは、
何よりの堕落の一歩と思考しているひとりであるので、
深く反省したりしているのである。

そしてこの後は、
中国初唐の詩人である劉廷芝(りゅうていし)が遺されたひとつの詩に
思いを重ねたのである・・。

年年歳歳花相似 歳歳年年人不同        

毎年たんたんと美しい花を咲くが、
この花を観賞できる人は変っている・・

私はこのように解釈しながら、人生のはかなさを若き二十歳の時に、
この詩を学び初めて、40数年の歳月が流れている。

そして、果たして昨年、一昨年の今頃はと思い浮かべても、
せんなきことかしら、と微苦笑したりしている。



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