私は東京郊外の調布市に住む年金生活の69歳の身であるが、
昨夜、都立・神代植物公園の落葉樹の色あいは、どのように染められ始めているか、
と思い、明日の6日の午前中に訪ねてみよう、と固く決意したりした。
私の住む所は、世田谷区と狛江市に隣接した調布市の片隅の辺鄙な処で、
平年11月3日の『文化の日』の頃から、
あまたの落葉樹の葉は、朱色、紅色、黄色などに多彩に染めはじめ、
やがて11月23日の『勤労感謝の日』の頃になると、
周囲一帯までは朱色、紅色、黄色などに染めらた錦繍(きんしゅう)の情景となる。
やがて数多くの葉が舞い散る中で、公孫樹(イチョウ)の黄色い葉が彩(いろど)りを見せてくれる。
そして周囲に公孫樹(イチョウ)のあまたの葉が黄色い絨毯を重なるようになるのが、
12月の『師走(しわす)』の初旬となっている。
この神代植物公園は祝日の翌日は、お休みであったので、
清々しい休み明けの6日の午前中の開園時に行こうと思ったのである。
本日、自宅の近くの野川の遊歩道を45分ばかり歩けば、神代植物公園に到着するが、
何かと愚図の私は、開園時に待ちあわない状況となり、
やむなく途中から路線バスに乗車し、正門前に着いた。

そして開園時の9時半の5分前であったので安堵し、
そして入園すると、『神代花だより』(NO.219、平成25年11月)を頂いたりした。
このA4サイズたった一枚の解説書であるが、《今月の花 見ごろ予想》が記載され、
花にも知識のない私は、大いに教示されてきた。
そしてキク(菊花大会)が正門近くの特設展示場で開催中と学んだりした。

この後、近くにあるベンチに座りながら、
今回はどのコーナーから見て廻ろう、と思案しながら、この『神代花だより』の解説書を見たりした。
そして解説書の中に読んだりしていると、四君子(しくんし)という銘言、
恥ずかしながら知らなかったょ、赤面したりした・・。
《菊は、古くから栽培されている園芸植物です。
中国では、不老不死の薬とされ、重陽の節句(旧暦の9月9日)には、菊酒を飲む習慣がありました。
菊はその芳香と美しさ、高潔な気品を持つことから、
竹、梅、蘭(現在のランではなくフジバカマだといわれています)とともに『四君子(しくんし)』と呼ばれて、
貴ばれ、好んで絵画の題材に用いられてきました。
我が国には、平安時代の初期に伝わり、江戸時代に品種改良が進み、
様々な菊が作られるようになりました。・・》

☆この写真は、花の直経が8センチ以下の小菊を茎を曲げて、
たくさんの花が崖から垂れ下がるような形に仕立てたのを
懸崖(けんがい)作り、と解説されていた☆
私は齢ばかり重ね、生まれて初めて、四君子(しくんし)という銘言、
学んだ後、キク(菊花大会)が正門近くの特設展示場を鑑賞したりした。
そして特設展示場の中には、菊を盆栽にしたのを、初めて拝見したりした。

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昨夜、都立・神代植物公園の落葉樹の色あいは、どのように染められ始めているか、
と思い、明日の6日の午前中に訪ねてみよう、と固く決意したりした。
私の住む所は、世田谷区と狛江市に隣接した調布市の片隅の辺鄙な処で、
平年11月3日の『文化の日』の頃から、
あまたの落葉樹の葉は、朱色、紅色、黄色などに多彩に染めはじめ、
やがて11月23日の『勤労感謝の日』の頃になると、
周囲一帯までは朱色、紅色、黄色などに染めらた錦繍(きんしゅう)の情景となる。
やがて数多くの葉が舞い散る中で、公孫樹(イチョウ)の黄色い葉が彩(いろど)りを見せてくれる。
そして周囲に公孫樹(イチョウ)のあまたの葉が黄色い絨毯を重なるようになるのが、
12月の『師走(しわす)』の初旬となっている。
この神代植物公園は祝日の翌日は、お休みであったので、
清々しい休み明けの6日の午前中の開園時に行こうと思ったのである。
本日、自宅の近くの野川の遊歩道を45分ばかり歩けば、神代植物公園に到着するが、
何かと愚図の私は、開園時に待ちあわない状況となり、
やむなく途中から路線バスに乗車し、正門前に着いた。

そして開園時の9時半の5分前であったので安堵し、
そして入園すると、『神代花だより』(NO.219、平成25年11月)を頂いたりした。
このA4サイズたった一枚の解説書であるが、《今月の花 見ごろ予想》が記載され、
花にも知識のない私は、大いに教示されてきた。
そしてキク(菊花大会)が正門近くの特設展示場で開催中と学んだりした。

この後、近くにあるベンチに座りながら、
今回はどのコーナーから見て廻ろう、と思案しながら、この『神代花だより』の解説書を見たりした。
そして解説書の中に読んだりしていると、四君子(しくんし)という銘言、
恥ずかしながら知らなかったょ、赤面したりした・・。
《菊は、古くから栽培されている園芸植物です。
中国では、不老不死の薬とされ、重陽の節句(旧暦の9月9日)には、菊酒を飲む習慣がありました。
菊はその芳香と美しさ、高潔な気品を持つことから、
竹、梅、蘭(現在のランではなくフジバカマだといわれています)とともに『四君子(しくんし)』と呼ばれて、
貴ばれ、好んで絵画の題材に用いられてきました。
我が国には、平安時代の初期に伝わり、江戸時代に品種改良が進み、
様々な菊が作られるようになりました。・・》


☆この写真は、花の直経が8センチ以下の小菊を茎を曲げて、
たくさんの花が崖から垂れ下がるような形に仕立てたのを
懸崖(けんがい)作り、と解説されていた☆
私は齢ばかり重ね、生まれて初めて、四君子(しくんし)という銘言、
学んだ後、キク(菊花大会)が正門近くの特設展示場を鑑賞したりした。
そして特設展示場の中には、菊を盆栽にしたのを、初めて拝見したりした。

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