夢逢人かりそめ草紙          

定年退職後、身過ぎ世過ぎの年金生活。
過ぎし年の心の宝物、或いは日常生活のあふれる思いを
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寝相に表れる深層心理 「胎児型」「ミイラ型」「兵隊型」など、78歳の私は学び・・。

2023-01-04 07:32:16 | 喜寿の頃からの思い

昨夜、ヤフー・ジャパンより配信された記事を見ている中で、
『 寝相に表れる深層心理
         「胎児型」「ミイラ型」「兵隊型」など、あなたのタイプは?
                            専門家が解説  』、
と題された見出しを見たりした。

私は東京の調布市に住む年金生活の78歳の身であるが、
私より5歳若い家内と共に、古ぼけた戸建てに住み、ささやかに過ごしている。

こうした中、
ここ一週間の私は、ベットの布団にもぐるのは、真夜中の11時半前後であり、
目覚めるのは朝の7時前後が多くなっている。

寒くなった昨今、堅牢な木枠のベットで、マットレスを敷き、
その上に敷布団を敷いた上に、電気毛布を敷き、薄い毛布のようなシーツを敷いている。

そして羽根布団を掛け、その上に厚手の毛布を掛けて、寝ている。

こうした中で、夕方に電気毛布の電源を入れ、
やがて夜の11時過ぎに布団にもぐると、薄い毛布のようなシーツと暖められた羽根布団に、
私の身体がサンドイッチされると、身も心もつつまれて、

天国のように感じながら、安眠している。



こうした中で、現役サラリーマン時代だった時と違い、悩みは激少している為か、
たとえ震度3ぐらいの地震でも、 目覚めることなく熟睡している。

そして目覚めた時、ぼんやりと昨日までの出来事を思い浮かべたり、
今日は・・と予定事項を思い浮かべたりしている。

このように7時間前後、私は睡眠しているが、

現役サラリーマン時代は、多くの諸兄と同様に、
睡眠を削り奮闘することが多かったので、年金生活の今、安楽に長く、寝付いている・・。

こうした中で、睡眠の姿勢は、布団にもぐった最初だけは、“仰向け”となっているが、
10分過ぎた頃、無意識に左に体を傾けた"よこむき"になって、寝付いてしまうが、
熟睡中は、心が感じるまま、自由に寝返ったりしている・・。

このような私であるが、今回、《・・寝相に表れる深層心理 ・・》って、
どのようなことですか、と思いながら、記事を読んでしまった。

 
 


この記事は、初めて知る【 よろず~ニュース 】が1月3日に配信され、
無断であるが、記事の殆どを転載させて頂く。

 
よろず~ニュース
私は随筆、ノンフィクション、近現代史、総合月刊雑誌などを読んだり、
或いは居間にある映画棚から、20世紀の私の愛してやまい名作を自宅で鑑賞したり、
ときには音楽棚から、聴きたい曲を取りだして聴いたりして、独りを愉しむ時を過ごしている。

このような平穏な年金生活で過ごしているが、
過ぎし年までは、物狂いのようになっていた時期もあったりした。

何かと単細胞の私は、熱中すれば周囲が見えなくなるタイプであり、
これまでの人生の軌跡を思い馳せると、拙(つたな)いなりに当っている面もあるよなぁ、
と苦笑したりしてきた。

年金生活18年生の今、ときおり過ぎし日々のことに愛惜し、思い馳せたりすることもある。


そしてこれまで歩んできた人生の中で、

ときには熱病のように無我夢中となったりする時があったりした。

大半は一時的な3ケ月前後で終わることが圧倒的に多いが、
少なくとも1年以上続き、やがて平熱になった時に振り返った時になど、
我ながら、そんな時代もあったねぇ、と微苦笑したりしてきた。



たとえば音楽の場合は、1971年(昭和46年)に、

偶然にシャンソンの作詞、作曲もされるバルバラの歌を聴き、
瞬時に魅了され、これをきっかけにシャンソンの世界に熱愛した・・。

そして銀座の片隅にあるシャンソン喫茶の『銀巴里』に、

少なくとも週2回ぐらい退社後に通いだして、
出演された多くのシャンソン歌手の唄声に心酔した。

こうした中で、金子由香里さんなどに夢中となったり、

この当時は、もとよりレコードが主流であったので、
往還時に『ヤマハ銀座店』に立ち寄ったりしてアルバムを買い求めて、2年たらずで100枚を超えて、
本場のフランス、そして日本の歌手を自室で擦り切れる程度に聴き惚れていた・・。



やがて1989年(昭和64年)に、
遅ればせながらシンガー・ソング・ライターの中島みゆきさんを偶然に聴いた。

『エレーン』の歌であり、この当時の私はあるレコード会社の情報畑で、
奮闘していた時代であった。

こうした中、消費税実施が翌年の4月から実施されるのでシステム改定、
そして昭和天皇がご逝去となり、『昭和』から『平成』の年号改定に苦闘していた時で、
心身ボロボロのような時に聴いたりした・・。。

その後、私は40代の半(なか)ばに、ギックリ腰が悪化して、
28日ばかり入院して、もとより業務から離脱し、社会から取り残されたように心情の時、
『永久欠番』で救われたりした。

この後、リストラ烈風の中、あえなく出向した中、『ヘッドライト・テールライト』が
心の支えとなってきた。

この間、カセット、CDはもとより、随筆、そして評論集まで購読したり、
私の人生の幾たびの苦境の時に、特にこの3曲から救われ、

今でも私の秘かな女神となっている。


私は幼少の頃から、根は単細胞の性格のためか、

ともかく惚れこんだら命がけの恋と同様である。

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