☆なぜ介護をする必要があるのか?
ここからは、支援のやり方に、相当な課題があるということについて、
お話ししていけたらと思います。
まず、前提として知っておいてほしいのが、
残念ながら、日本は娯楽、福祉偏重型介護の介護後進国だということです。
あれこれと、施策をほどこし、立派な建物や機器を揃えていますが、
現状、体制、人材の育成の面で十分には整っていません。
本人の社会的な自立を後回しにした、
一時的な家族の負担軽減のみを重視している短絡的な介護を提案され、
それに従ったためにどんどんと身体が弱っていった方。
「今度また誤嚥性肺炎になったら生命の危険だ」という医師の意見に従って、
胃ろうというお腹に小さな穴を開けて胃までチューブを通し、
そこから栄養を摂る方法にして、食べる楽しみを奪われた方。
もちろん、そのような処置をすれば、どうなるのかをきちんと理解したうえで、
本人や家族が希望してそのような処置をしたのなら、それはそれでいいと思います。
☆介護は何のためにするのか
しかし、どうなるかを知らずに、ケアマネジャーや医師が言ったとおりに実行して、
事の重大さに後から気づき「これで良かったのか」と悩み、
後悔しているケースも、少なからず見受けられるのです。
そもそも介護は、何のためにするのでしょうか?
介護保険制度の大本となる1997年に成立した「介護保険法」の第一章、
第一条にはこうあります。
「この法律は、加齢に伴って、生ずる心身の変化に起因する疾病等により要介護状態となり、
入浴、排泄、食事等の介護、機能訓練並びに看護及び療養上の管理その他の医療を要する者等について、
これらの者が尊厳を保持し、その有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるよう、
必要な保健医療サービス及び福祉サービスに係る給付を行うため、
国民の共同連帯の理念に基づき介護保険制度を設け、
その行う保険給付等に関して必要な事項を定め、
もって国民の保健医療の向上及び福祉の増進を図ることを目的とする。」
これを簡潔にいえば、高齢者の基本的人権を尊重し、
その人権を「護る」ために社会が「介入」することが、介護によって行われるべき支援である
といえるのではないでしょうか。
いうまでもなく、基本的人権は、生まれながらにして誰もが持っているべき権利であり、
社会生活を送るうえで重要なものです。
それが、高齢者だからといって、守られなくていいというわけではありません。
しかし現状の介護支援では、そこが抜け落ちているケースによく出会います。
☆トイレにすら行けないのに、ほうっておかれる人たち
在宅で介護をする場合、介護者が困りごとや、負担に感じやすいのが、
排泄の支援です。
また、介護される人も、自身の尊厳にかかわると考えがちなため、
できるだけ失敗しないつもりで頑張ります。
そうした事情から、時として、トイレの介助支援が、なおざりにされるケースがあります。
こんなことがありました。
東京都中野区にお住まいだった中川さん(80代女性・仮名)も、以前、そうした状況に置かれていたのです。
中川さんは、廃用症候群(生活不活発病)の状態になっていました。
廃用症候群とは、何らかの理由で、長期間安静を続けることにより、
身体機能の大幅な低下や、精神状態に悪影響をもたらす症状のことです。
具体的な症状としては、筋萎縮、拘縮(なんらかの原因で、関節が正常な範囲で動かせなくなってしまった状態)、
骨萎縮などの運動器障がい、誤嚥性肺炎、心機能低下、血栓塞栓症などの循環・呼吸器障がい、
うつ状態、せん妄、見当識障がいなどの自律神経・精神障がいが見られます。
☆立って歩くことができず、家の中は荒れ放題
中川さんは、ご主人を亡くされた精神的ショックから、何もやる気が起こらなくなり、
ほとんどの時間を自宅の布団の上で過ごしていたために、
廃用症候群になってしまったのです。
その中川さんが、私たちのデイサービスでリハビリを受けることになり、
スタッフが、車で自宅までお迎えにあがりました。
中川さんのお宅に到着して、ドアを開けると、
ご本人は、這はうようにして、玄関まで出てこられたのです。
拘縮のせいで足首が動かず、立って歩くことができなくなっていました。
そうした状態にもかかわらず、中川さんは一人暮らしを続けていたので、
家の中は荒れ放題でした。
お世辞にも、衛生的とはいえない環境です。
何しろ自由に動けないので、必要なものも、ゴミも、
身の回りに一緒くたに置かれています。
☆食品、調理器具、残飯、さまざまなゴミ……。
それらに混じって、使用済みの紙おむつがありました。
廃用症候群が進み、1人でトイレに行けなくなった中川さんは、
介護用の紙おむつを使用され、それを漏れないように重ねばきをして、
用を足していたのです。
症状の進み具合を見る限り、おそらく数カ月~数年もの間、
中川さんは、紙おむつを使い続けていたのでしょう。
この時点で、私たちの施設に通うことになったのですから、
中川さんが、必ずしも孤立無援だったわけではありません。
介護の支援を担当するケアマネジャーがいなければ、
デイサービスを利用することは、できないからです。
☆リハビリの結果、自分でトイレに行けるように
正直、中川さん宅をお伺いし、初めてお話をお聞きしたとき、
基本的人権が守られている状況には、到底見えませんでした。
もちろん、いろいろな要素があったのかもしれませんが、
適切な支援がなされていなかったのではないかという疑念は、
ぬぐいさることはできません。
事実、中川さんは、この後、リハビリを懸命に取り組んだ結果、
歩行器を使い立つことができるようになり、
紙おむつは外せませんでしたが、自分でトイレに行けるようになったのです。
これは決して特別な例ではなく、長年介護支援に携わっていると、
基本的人権を守るために支援をするという、
重要な点が抜け落ちているケースによく出会います。
もちろん、そうせざるをえないケースもあるとは思いますが、
トイレに行けなくなったから、おむつをする。
脚がふらついて転倒が、怖いから、動かさない。
そういったマニュアル化した短絡的な支援を提案する専門職が多いように見受けられます。
これはそのような場合に支援をするための人材、施設の体制や支援が
しっかりと揃っていないからです。
正しい情報の提供も十分ではありません。
これから徐々に改善していくのかもしれませんが、
同じ日本で、同じ介護保険で、差異が出ることを、
成熟期のこの国は、どう考えているのでしょうか。
今がこのような状況だからこそ、日本は介護後進国であるという認識を持って、
自分たちの幸せな老後を守るために、必要な情報、知識を身につけて予防していき、
後悔しない人生の選択をするようにしていただきたいのです。
☆支援をとことん利用する意識
では、もっと具体的に、間違った介護支援で、
不幸にならないためにはどうすればいいか、話していきます。
これは今、介護をしている人にとっても、
これから介護が必要な年齢に、ご自身や家族がなる方、両方に大切なことです。
それは次の3つです。
・支援をとことん利用する。
・情報を集め、他人に任せず、本人もしくは、家族が考えて選択して行動する。
・身体機能を維持させることを第一に考える。
1つひとつ説明していきます。
まず、「支援をとことん利用する」という意識を持ってください。
☆介護支援の難点
介護保険という保険制度を利用することで、
多くの人が、介護支援を受けられる制度があります。
これは、40歳になると、自動的に保険料を支払うようになるものです。
ですから、利用するのは、当然の権利といっていいでしょう。
また、粗大ゴミを自宅の前で回収してくれたり、
交通機関の利用料金が安くなったりと、
さまざまな自治体などのサービスもあります
(公開されていないものも多く、非常にわかりにくいのが難点ですが・・・)。
ただ、これらは、自分で申請しないと活用できません。
忘れずに申請をする必要があります。
☆親の面倒は、子どもが見なくてはならないという幻想
また、自分の親のことは、自分がよくわかっている、
自分の親のことなのだから、子どもが面倒を見なくてはならない、
自分のことをよくわかっている子どもたちに面倒を見てほしいと、
そのような支援を受けない人も、少なからずいます。
もちろん、家族のことをよくわかっているのは、家族なのかもしれませんが、
だからといって、そこに固執するのは、
本人や家族にとって、本当に幸せなことなのかというと、そうではないと私は考えます。
なぜなら、特に高齢者の身体機能の維持には、専門職の意見は欠かせません。
ほとんどの人が、初めての介護になる一方で、
いろいろな高齢者の身体を見てきた人の知見は、必ず役に立ちます。
また、介護する家族の人生も、同様に大切な人生です。
介護が負担になって、追い込まれるようなことがあってはいけません。
そうならないための介護保険制度です。
ぜひ、介護支援を利用することを当然のように第一の選択として、
家族も本人も考えてください。
☆足腰だけじゃない、嚥下機能の低下を改善する
歩行機能も大切ですが、噛んだり、飲み込んだり、ものを食べる機能も、非常に大切です。
これらの機能も、ほかと同じく年齢とともに、弱っていきますが、
弱ったことになかなか気づきにくいのが特徴です。
突然ですが、30秒間でツバを3回飲み込んでみてください。
もし、できなかったら、嚥下機能(物を飲み込む機能)が衰えている可能性が高いです。
なぜ大切なのか。
それは、人間の身体は、食べ物から栄養素をもらってできているからです。
噛んだり飲んだりする機能が落ちることで、
食べ物がうまく消化されず、栄養があまり吸収されなくなることもありますし、
食べるのがつらくなるために量が減り、
栄養が不十分になり健康を害している高齢者もたくさんいます。
☆85歳以上の女性は、約3割が低栄養傾向
厚生労働省が2019年に行った「国民健康・栄養調査」によると、
65歳以上の低栄養傾向(BMI20以下)の割合は、16.8%(男性12.9%、女性20.7%)。
さらに、85歳以上の女性は、約3割が低栄養傾向にあるとあります。
この飽食の日本において、飢餓状態の人が、これだけいるのです。
だからこそ、私どもの施設には、STという口腔機能のリハビリテーションの専門職がいて、
必要な方には、嚥下機能を低下させない、リハビリも行うようにしています。
高齢者が、食べたり飲んだりする機能が、弱まることを如実に表しているのが、
毎年、お正月のころの、もちをのどに詰まらせて救急搬送される事故のニュースです。
東京消防庁の発表によると、2021(令和3)年の元日夕方までに、
もちをのどに詰まらせて救急搬送された人は5人。
そのうちの1人が死亡し、ほかの4人も心肺停止などの重体です。
団子なども含む、もちによる窒息事故は、1月と12月に集中しています。
☆誤嚥を起こす原因
東京消防庁の調査では、2015年から2019年までの5年間に
東京都内で団子などを含むもちによる窒息事故で救急搬送された人は、
1月が最多で177人、12月が63人でそれに次ぎ、2月の41人、11月の33人と続きます。
実は、こうしたもちによる窒息事故の被害者の多くが、高齢者です。
東京消防庁のデータによれば、2015年から2019年までの5年間に
もちが原因の窒息事故で救急搬送された463人のうち、65歳以上の高齢者は412人。
なんと、全体の9割近くを占めています。
なぜ、高齢者は、それ以外の年齢層の人に比べて、これほどもちをのどに詰まらせやすいのでしょうか?
最大の原因は、飲食物を飲み込むための嚥下機能が、高齢になると低下するからです。
人間は、ものを飲み込む直前に息を止め、その直後に息を吐くことで、気道をふさいで、
食道に食べ物を通します。
この動作がスムーズに行われなくなると、食べ物が誤って気道に入る誤嚥を起こします。
☆年齢を重ねるにつれ嚥下機能が低下
健康な人でも、50代になると、飲み物や唾液が食道のほうに流れず、
思わずむせてしまったという経験がある人も少なくないでしょう。
そんなときには、誤嚥を起こしかけているのです。
人は年齢を重ねるにつれ、口やのどの周辺の筋肉、神経が衰えていきます。
その結果、嚥下機能が低下して、誤嚥を起こしやすくなるのです。
液体ならまだしも、もちのような粘り気の強い固体を誤嚥すれば、ただでは済みません。
こうして、本来ならおめでたいはずの新年早々に、
高齢者が、もちをのどに詰まらせて、救急搬送されるという悲劇が繰り返されるのです。
☆悲劇を繰り返さないためには、口腔ケアの充実が必要
身体の衰えは、脚、そして口からやってきます。
口の健康を維持することができれば、全身の健康の維持にもつながるのです。
これを防ぐためには、2つの種類の口腔ケアをしなければなりません。
1つは、口の中の細菌や汚れを取り除くケア。
もう1つは、嚥下機能をはじめとする、口の機能を維持・向上させるケアです。
口の中の細菌や汚れを取り除くことは、
特に誤嚥によって口の中の細菌が、気管から肺に侵入する誤嚥性肺炎のリスクを
避けるうえでも重要です。
この誤嚥性肺炎で、年間4万人の高齢者が命を落としているといわれています。
また、口の機能を維持・向上させることは、
「食べる」という観点から、誤嚥や低栄養を防ぐ働きがあります。
さらに、「話す」という観点では、コミュニケーションやモチベーションを保たせることで、
うつや認知症のリスクを低減させるのです。
☆口腔ケアの重要性は、あまりにも認知されておらず・・・。
ところが、これほど重要な役割を果たしている口に関して、
介護の現場での口腔ケアの実態は、はかばかしいものではありません。
4万数千あるデイサービスのうち、
口腔機能向上加算(噛めない、飲み込めないといった口腔機能が低下している人に、
改善を目指したサービスを提供した場合に算定する加算。
加算することで、介護保険から業者にその分のお金が支払われる)を得ているのは、わずかに6%台。
つまり、デイサービス全体のうち、6%の施設しか、口腔ケアを実施していないのです。
ましてや、本来ならば口腔のリハビリテーション専門職であるSTや
歯科衛生士が機能改善管理指導計画を作成したうえで、
サービスを提供し、定期的に記録・評価をするものですが、
実際には専門外の看護師が行っているケースが多いのです。
世間一般だけでなく、介護業界にさえ、口腔ケアの重要性は、あまりにも認知されていません。
それが広く認知され、デイサービスで正しい口腔ケアを受けるのが、当たり前の世の中がこない限り、
もちをのどに詰まらせる高齢者は、今後もあとをたたないでしょう。
介護保険でも、口腔ケアは受けられます。
介護支援の1つに、ぜひ忘れずに入れてほしいものです。
また、「パ」「タ」「カ」「ラ」の4文字を各5回ずつ、大きな声で連続ではっきりと発声したり、
早口言葉を言ったりすると、口周りの筋肉を鍛えられるので、
日々の生活の中で心がけてみてはいかがでしょうか。
☆食事によって身体機能を失う老人たち
口腔ケアの大切さを述べたうえで、もう1つ重要なのが、食事です。
先ほど「栄養が足りていない85歳以上の女性が約3割いる」と述べましたが、
明らかに栄養が足りない食事をしている方が、高齢者で多く見受けられます。
身体機能を司る筋肉は、運動をするだけでつくわけではありません。
きちんとした栄養があって、初めてつくものです。
以前、こんなことがありました。
リタポンテに通っていて、真面目にリハビリに打ち込んでいるのに、
どうしても身体機能が上がってこない方がいらっしゃいました。
何が原因なのだろうといろいろ考え、本人にもいろいろと生活の面で聞いたところ、
食事に問題があることがわかったのです。
☆一食ごとに栄養のあるものを食べることの重要性
おかし、特にポテトチップスが大好きで、食事と食事の合間に、ついついつまむ。
そうすると、おなかが減らないので、菓子パンなどで、簡単に食事を済ましていたのです。
特に、高齢になってくると、お腹が減りにくくなります。
若いときほど、量も食べられません。
だからこそ、一食ごとに、栄養のあるものを、しっかりと食べることが必要です。
特に、大切なのは肉類。
筋肉をつくるたんぱく質が、たっぷり含まれています。
もし、肉を食べるのが負担だというのであれば、
プロテインなどのたんぱく質補助食品を摂取するというのも1つの手です。
たんぱく質をとる。
それが、リハビリとともに、身体機能を弱らせないための1つのキーワードになります。・・ 》
注)記事の原文に、あえて改行を多くした。
今回、リハビリ専門デイサービス「リタポンテ」を運営する神戸利文さん、
そして上村理絵さんのお二人により、
《・・日本で幸せな老後を送るために知っておきたい“3つのポイント”・・》、
具体的な実例と共に、多々教示されたりした。
もとより誰しも齢を重ねれば、体力も衰え、殆どの御方はやがて介護に・・、
私は、家内が独り住まいの家内の母に関して、『要介護・3』になるまでの実態を、
私なりに多くを学んでいるので、今回の丁重な記事も多々実感させられながら、
学んだりした。
何よりも私たち夫婦は、心身元気なうちに、介護の多岐に及ぶことを学んでいけば、
いざ晩年期にやがて『要支援』から『要介護』まで、
少しは自身が困苦することが少なく対処でき、
戸惑うことが少ないと思われ、学んでいるの実態となっている。