昨朝、目が覚めてハッとした。たしか、一昨日のブログに「罪と罰」の著者を「トルストイ」と記したのではとの思いが何故だか急に膨らみ、眠気が吹き飛んだ。床を抜け出し、すぐにブログを開くと案の定そう記していた。
こんなふうに冷や汗をかくことが日常しばしばある。そもそも私のようなものがブログを記すこと自体、冷や汗ものなのだが。
有紀さんが帰省して間もなく、くるみさんが絵理子さん・研二くん宅から帰ってきた。そのくるみさんがたまたま読んでいたのがその「トルストイ」の「人生論」だった。
ドストエフスキーとトルストイ、期せずして19世紀のロシア文学を代表する 2人の文豪の作品を有紀さんとくるみさんが読んでいたことが彼女らには失礼だが、私にとっては軽い驚きであり、また、ある種の感動であり、感慨へとつながり、そして、そのことが粗忽者を誤らせた。
くるみさんがトルストイの「人生論」を読むきっかけになったのは、高校時代の友人の薦めだった。
読み始めは難解に感じたが、読み進むうちに面白くなっていったという。
有紀さんと、くるみさん、2人が着実にそれぞれの人生を歩んでいる。