のりぞうのほほんのんびりバンザイ

あわてない、あわてない。ひとやすみ、ひとやすみ。

いつか読書する日/2005年日本

2011年08月10日 21時13分01秒 | 映画鑑賞
□いつか読書する日/2005年日本
□監督:緒方明
□脚本:青木研次
□出演
田中裕子、岸部一徳、仁科亜季子、渡辺美佐子、上田耕一
香川照之、杉本哲太、鈴木砂羽、馬渕英里何、山田辰夫

□ストーリ
幼い頃に父と死別し、青春時代には母も失った大場美奈子(田中裕子)は、
未婚のまま故郷の町で50歳を迎え、早朝は牛乳配達、昼間はスーパーの
レジ係をしている。彼女には古くからの親の知人(渡辺美佐子)がいるが、
夫(上田耕一)は認知症の初期にあった。
一方、彼女と交際していた同級生の高梨槐多(岸部一徳)は、役所の児童課に
勤務し、親の虐待を受けている児童の保護にあたっている。
彼には余命いくばくもない病床の妻の高梨容子(仁科亜季子)がおり、
昼はヘルパーが、夜は彼自身が献身的に介護をしている。
二人にはかつて青春時代に「運命のいたずら」で仲を引き裂かれた暗い過去が
あった。美奈子の母親(鈴木砂羽)と高梨の父親(杉本哲太)が不慮の事故死をとげ
不倫関係が世間の明るみとなったため、以降は互いの恋愛感情を封印したのだ。
相手を無視し、別々の人生を歩んで来たふたりだったが、美奈子はその想いを
密かにラジオへ投稿してしまう。
ある日、高梨の妻から呼ばれた美奈子は、彼女から「夫は今でもあなたを
慕っているので、私が死んだら夫と一緒になってほしい。」と告げられる。

□感想 ☆☆
地方都市に住むごく普通の女性を田中さんが丁寧に演じている序盤。
毎日、繰り返される似たような日常。狭い町の中、同じリズムで過ごす人々。
感情の起伏もなく、とりたてて面白いこともなく、ドラマティックな出来事もなく
淡々と過ぎて行く毎日。
しかし、ヒロインはその平凡な毎日の中に、並々ならぬ情熱を隠し持って生きている。
少しずつ明かされる彼女の想い。大切に、大切に抱え続けている35年前の恋。
同じ町の中、決して目を合わせず、声を掛け合うこともないふたり。
その不自然な遭遇が彼らの心を雄弁に物語る。
意識しすぎるぐらい意識しているからこそ、目を合わせることもできないふたり。

能動的に、自分に正直に生きて事故死したふたりの親の存在が
ふたりのその後の生き様をを徹底的に受動的にする。
自分に正直に生きることが誰かに迷惑をかけることもある。
そのことを若くして知ってしまったふたりは、能動的に生きることを恐れ、
自分の気持ちを抑え、求められるがままに必要とされる場所で生きることを選ぶ。
どこまでも受動的なふたりは、高梨の妻の遺言によって、ようやく真正面から向き合う。
視線があった瞬間、向き合った瞬間からほとばしる美奈子の情熱が
お互いに見ないふりをして過ごした35年という年月の重みを感じさせる。
それだけに、彼女のこれからのことを考えると胸が痛い。
35年かけてようやく伝えあえた想いと、至福のひととき。
一度手に入れてしまったからこそ、なくしたときの喪失感は大きいだろうし
再開時のあの情熱が彼女の本質と考えると、その激情は、彼女を負の方向にも
大きく揺さぶるのだろうと思う。
生涯でたったひとりの人との記憶は、彼女にとって喜びも痛みをも与える
もろ刃の刃なのだと思う。

田中裕子さんの静かな情熱が印象的な映画だった。
彼女には情念という言葉がとてもよく似合うと思う。
彼女の表現した内に秘めた情熱こそが、私にとっては「日本人の愛情表現」で
共感しやすいキャラクターだった。