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模型作りや旅行記、日々の出来事など気ままに紹介しています。
(開設2015年1月1日)

初春の東紀州路を往く-熊野古道に沿ってー

2019年03月15日 22時30分00秒 | 旅行
仕事の忙しさから一時的ではあるものの解放され、今週は1週間の休みとなっています。そんな中、久し振りに妻と二人で日帰りドライブに行って来ました。当初は、国道311号線全線走破の車載動画を録画するのが目的で、一人で出掛けようと考えていたのですが、そのドライブに妻が便乗する事になり、結局、車載動画の撮影は次回に譲る事にして、妻の車で初春の東紀州のドライブを楽しんで来ました。(出掛けたのは13日です。)

311号線は過去に2度全線走破していますが、熊野から尾鷲に抜ける海岸沿いの道路状況は決して良いとは言えず、離合困難な個所も存在する所謂酷道区間が存在する国道でもあります。今回、往きは42号線をメインに走行し、帰りに酷道区間を走行して来ました。

往きのルートはこちらをご覧下さい。(地図を貼り付けようとしたのですが、別ルートが表示されてしまうため、リンクする形としました。クリックしてルートをご覧下さい。)

御坊湯浅道路・有田南ICから紀勢道・上富田ICでR42に降り、岩崎交差点からR311に入ります。(ここがR311の終点・起点となります。)和歌山県側のR311を熊野古道に沿って北上し、本宮交差点でR168に出ます。ここからはR168、169、311の三重複国道となりますが、表示はR168のみです。新宮方面に暫く走行して、宮井交差点を左折して熊野川を渡れば、R169,311の重複国道となります。日本で唯一の飛び地である和歌山県熊野川町を通過し、311号線単独区間に入ります。ここらは峠越えの国道となり、瀞大橋を越えれば三重県に入ります。この辺りからは快走路となり、一気に国道42号線合流の立石南交差点まで進みます。途中、道の駅「熊野・板屋九郎兵衛の里」で小休憩しました。

立石南交差点でR42と合流し、左折します。ここからはR42,311重複区間となります。右側に熊野灘を拝みながら鬼ヶ城を越え、大泊海岸交差点を右折すれば311号線単独区間となりますが、往きはその先の名前の無い交差点まで行き、ここを右折して熊野尾鷲道路(R42バイパス)を経由して尾鷲南IC入口で、42号線現道に出ます。尾鷲市街に入り、坂場交差点を左折しR425に入り、尾鷲北ICから紀勢道に乗り、紀伊長島ICで降りて、R422を経由してR42に出ます。東長島南交差点を左折すれば、最終目的地の道の駅「紀伊長島マンボウ」は直ぐそこです。

R311走破時はいつもここまで足を延ばして、マンボウを食す事にしています。画像は東を背にして撮影したもの(つまり進行方向とは逆方向)です。朝6時過ぎに出発して、途中何度かトイレ休憩などを挟みましたが、10時半過ぎに到着しました。出発時は曇っていましたが、天気は回復して、春の陽射しとなりました。

道の駅「紀伊長島マンボウ」は、その名の通りマンボウ料理で有名な道の駅で、店内のレストランでマンボウ料理を頂く事が出来ます。外でもマンボウの串焼き屋などの屋台がありますが、この時は閉店でした。(休日のみの営業のようです。)

ちょっと早い時間でしたが、マンボウフライ定食を頂く事にしました。前回訪れた時は、確か880円だったと思うのですが、100円値上がりして980円になっていました。妻は初めてのマンボウです。マンボウは、白味の魚で、見た目はタラに似ていますが、食感は結構弾力があり、鶏肉やイカの食感に似ています。臭味も癖もないので、お薦めの逸品だと思います。

道の駅の直ぐそばに観光案内所があるので、そこで近辺の観光スポットを紹介してもらい、その目的地に向かう事にしました。

最初に向かったのが「大昌寺」と言うお寺で、ここは「格子絵天井」が有名だそうです。鄙びた山と田畑に囲まれた場所にポツンそ存在しますが、この日はお寺の住人が留守で、勝手に入る訳にも行かず、外観だけ見て次の目的地に向かう事にしました。

次に向かったのは「海山郷土資料館(向栄館)」です。勿論、観光案内所で聞かないと知らない場所ですが、洋風の建物は国の登録有形文化財だと言う事です。

明治時代に建てられた洋風の建屋で、ここに明治時代の資料などが展示されています。館長さんは気さくな人物で、色々親切に説明して頂きました。

明治時代の生活の様子などが展示されていますし、昔の貨幣なども展示されており、古銭ファンにもお薦めかもしれません。

そして最後に向かったのが「高塚山展望台」です。こちらも観光案内所で聞いた所です。駐車場から展望台まで、500メートルほどの急坂を歩いて登る必要があり、老体には少々キツイです。車が充分通行出来るだけの道幅があるので、もう少し何とかして欲しいのが正直な気持ちです。登り切った所に展望台がありますが、訪問客は私たちだけでした。


展望台の全景です。周囲は綺麗に整備され、熊野灘から伊勢方面、それに大台ケ原、尾鷲方面などの展望を見る事が出来ます。夕方に行けば、綺麗な夕景が見られるかもしれません。以下、展望台からの風景です。

尾鷲方面

伊勢方面

相賀集落

大台ケ原方面

展望台からの景色を満喫し、帰途につく事にしました。帰り道、岐阜から来たと言う観光客と挨拶を交わし、R42に戻りました。帰りは、311号線を尾鷲から熊野まで走行し、42号線、紀勢道、阪和道、湯浅御坊道路を経て、自宅に戻りました。そのルートはこちらです。有田南ICを出たのが7時過ぎで、近くの焼肉店で夕食を取って、自宅に着いたのは9時過ぎでした。往復約520Kmを一人で運転した妻に改めて運転好きだと言うのを実感しました。お疲れ様でした。いつか311号線の車載動画を撮りに、私自身で出掛けたいと思っています。その時も、翻車魚ですね(笑)

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イタレリ1/35 ドイツ38(t)戦車製作記 その1

2019年03月12日 19時15分40秒 | イタレリ1/35ドイツ38(t)戦車製作記
仕事は日曜出勤で一先ず一区切りつき、今週は日曜日まで休養と洒落込む事にしました。実は、リフォームの一環として、エアコンの交換工事が今日施工されることになっていて、休養もそれに合わせた形になりました。エアコン2台の取り替え工事は、午後から夕方までかかりましたが、無事に完了しました。去年の地獄のような酷暑からは解放されそうで、今年の夏は快適に過ごせそうです。模型小屋にエアコンがないのが辛いですが…😓

九六艦戦が完成したので、早速次のキットの製作を開始する事にしました。

今回作るのはこちらのイタレリ1/35ドイツ38(t)戦車です。38(t)戦車のキットは1/35では結構色んなメーカーから発売されていますが、なぜか我がタミヤからは1/48キットしかなく、ここはタミヤの1/35キットが欲しいですね。

38(t)戦車は、第二次世界大戦前にチェコのČKD社が製造した戦車で、その後、チェコがドイツに併合された事で、ドイツ語でチェコを表すTschechischの頭文字のTを取って38(t)戦車と呼ばれるようになりました。決して38トンと言う意味ではありません(笑)38と言うのは、製造番号だと思います。



パーツはこれだけで、一見少なく感じますが、サスペンションアームの取り付けは、焼き止め方式となっており、世代的には古いキットと言わざるを得ません。無理に可動にする必要はないので、接着固定で製作します。こちらのキットは、95から96年頃に再販されたキットで、初版ではありません。履帯は樹脂製のベルト式で、成形がイマイチですし、柔軟性も劣りますが、このまま使用する事にします。フィギュアが一体付いています。

エアコンの取り付けが思った以上に遅くなり、結局今日は板バネのパーツの整形を行なっただけでタイムアップとなってしまいました。

平成の時代も残す所2ヶ月足らずですが、平成最後の製作キットにしたくない気持ちがあるので、仕事が暇な今の時期に完成させてしまいたいと思っています。4月からは再び忙しくなります。

本格始動の、その2に続く。

Italeri 1 : 35 German Tank Pz。Kpfw戦車38 ( T )プラスチックモデルキット# 212
クリエーター情報なし
イタレリ


童友社1/72 九六式艦上戦闘機二号二型 製作記 その5 完成報告

2019年03月11日 19時37分00秒 | 童友社1/72九六式艦戦二号二型製作記
大変長らくお待たせ致しました。3月に入って初めてのブログ更新となってしまい、面目ありません。理由は色々ありますが、予想以上に仕事が立て込んだと言うのが最大の理由です。もう3月も半ばで、桜の便りも聞こえて来ようかと言う季節になってしまいましたが、96艦戦がやっと完成しましたので、その報告です。デジカメが不調で、画像は全てスマホで撮影したものです。デジカメ、そろそろ新調ですかね?

デカール貼りが終わった状態で中断していましたが、先週の日曜日に半艶クリアを吹きました。使ったのはクレオスの青缶の方の半艶クリアです。クリアにしようか半艶にしようか少し迷いましたが、赤部分があまりピカピカするのもイヤだったので、半艶にしました。シルバーがどう変化するか気にはなりましたが、特に問題無く仕上がりました。

クリア乾燥後、翼端灯の塗装を行ないました。ここまでが先週分です。この状態で、ブログを更新しようかとも考えましたが、あまり進展してしないし、次の週まで待つことにしたのですが、それが裏目に出てしまう結果となってしまいました。土曜日は休みだったので、残りの作業を行ない、本体の方は完成しました。ただ、今回、フィギュアを乗せると決めていたので、そのフィギュアを日曜日に仕上げて全て完成となる予定だったのですが、突如日曜日が仕事となり、フィギュアの製作は今日になってしまいました。今日は、日曜出勤の代休でした。と言う訳で、やっと完成しました。以下、完成写真です。






こちらが先に発売されたキットで、第12海軍航空隊所属機としました。






上のキットが発売されてから約4ヶ月後に≪第12海軍航空隊所属機≫となって登場したキットです。中身はデカール以外、同一キットです。

ツーショットです。台は、先日人形供養に出して残った五月人形を飾ってあった物を再利用しました。

フィギュアを乗せては見たものの、やはりフィギュアが小さ過ぎたようです。シートベルトの自作とフィギュアの製作を比較すると、どっちが手間か分からない感じですが、手間を惜しんではいけないと言う事かもしれないですね。ピトー管は真鍮パイプの組み合わせで自作しました。排気管はどう考えても長すぎるので、約1mmカットし、開口しました。あとは計器パネルをでっち上げただけで、それ以外は何も手を加えていません。今回は、墨入れやウェザリングの類いは一切行なっていません。


キットはホビーボスが、塗装済み完成品として発売する予定だったもので、その元となったキットだと断言してもいいでしょう。パーツ割は画期的なものですが、それがせいでパネルラインのスジボリに間違いが多く、更に図面の読み違いもあちこちに見られます。(主翼の桁は周回していない!) 一番目立つのは、カウリング後部の絞り込みが不足していて、機首が太く見えてしまう点です。風防の前傾もやや立ち過ぎているように感じます。

色々不満のあるキットでもありますが、完成して見ると、まずは96艦戦以外には見えないし、あまり取り上げる機会に恵まれていないキットのようでもあるので、製作出来て良かったと思っています。手を入れて作り込むと言うモデラーさんにはあまりお薦め出来ないキットと言えるかもしれませんね。完成が予定より随分遅くなってしまいましたが、3ヶ月で3キットと考えると、良いペースと言えるかもしれません😓

それでは、例によって最後の纏めです。

童友社1/72 九六式二号艦上戦闘機二型&同≪第12海軍航空隊所属機≫
製作開始:2019年2月3日
完  成:2019年3月11日
キット購入日:2013年7月20日/同11月17日
購入価格:不明/1,417円(税込み)
参考資料:世界の傑作機No.27、丸メカ、FM社キット説明書、各Webサイト様
完成キット撮影カメラ:RAIJINスマホ

童友社1/72九六式二号艦上戦闘機二型&同≪第12海軍航空隊所属機≫製作記:完

童友社 1/72 九六式二号艦上戦闘機二型 第12海軍航空隊所属機 プラモデル
クリエーター情報なし
童友社(DOYUSHA)


3月12日追記:尾部(後端)に白を塗装するのを忘れていたので、本日塗装しました。その画像を貼っておきます。白く塗ったのが分かりますかね?