吉野如意輪寺にある第96代後醍醐天皇(1288~1339)の塔尾陵(奈良県吉野郡吉野町吉野山)の制札には、長慶天皇皇子世泰親王墓の名も書かれていました。
世泰親王(ヨヤス・セイタイシンノウ)は第98代長慶天皇(1343~1394)(在位1368~1383)の第1皇子で、母は三条教子と推定されているだけです。
塔尾陵への参道を上ってすぐの右側に、小さな階段とその奥に世泰親王の墓がありました。
この墓は父長慶天皇が治定される前の1879年(明治12年)には、もう治定されていますし、こんな何もわからない親王墓を、わざわざ後醍醐天皇陵の脇に治定してるのも不思議です。
この吉野に南朝方の行宮(アングウ)が置かれていた1373~1378年頃に親王が死んだからですかね。
返事
Toitennさん:私も死後550年後に認められて、
地球を救った英雄として立派な墓を作ってもらえるような、
そんな老人に今から成りたいですが???。