私の楽しみの一つは、ころっけとの散歩。
いろんな犬やその飼い主さんとの触れ合いが楽しい。
元来、人嫌いな性分の私なのだが、犬は人を変えるようだ。
例えば、中野孝次。
独文学の権威であり、警世の著で知られる作家である。
柴犬ハラスとの交情を描いた「ハラスのいた日々」は、
ハラスの前に立つと、作家は無防備なほど、感情を露わにするのである。
これも犬の「力」なんだろうな。
そして私も楽しんでいる。例えば同じE・コッカーのサンデー。
ころっけとは正反対のシャイでノーブルな彼である。
少しずつ心を許してくれ始めたような気がして、それはそれで嬉しい。
いつも元気はつらつのコーギーだ。
ころっけとは気が合うようで、「族」のように走り回っている。
犬に興味のない人、あるいは犬嫌いな人にはまったく理解できない感情だろうが、
よその犬でも確実に情は移る。
可愛くなってくる。
「ハンドバッグ、買うちゃろうか」ってなもんである。
さて中野孝次に戻ると、
彼はハラスが13才で死んだ時、
その墓前で、「私たちの40代から50代にかけての13年間がここに葬られた」と呟いた。
ころっけ、私にとってどんな存在になっていくのだろうか。