原左都子エッセイ集

時事等の社会問題から何気ない日常の出来事まで幅広くテーマを取り上げ、自己のオピニオンを綴り公開します。

松本さん、復興で大事なのは“ハート”と“知能”だよ。

2011年07月05日 | 時事論評
 本日(7月5日)辞任表明したからよかったようなものの、一昨日(3日)の松本復興担当大臣の被災地における暴言には腹が立つというよりも、被災地の岩手、宮城両県に私が身代わりに即刻謝罪に伺いたい程、一国民として恥ずかしい思いだった。
 

 松本龍復興担当相は5日、東日本大震災で被災した岩手、宮城県知事との会談で失言した責任をとり、菅直人首相に辞表を提出し受理された。
 同氏は大臣として任命された直後の今月3日に両知事と面会した際、 「知事は大臣より先に来て待ってろ!」 「(私は)九州の人間だから東北の何市がどこの県か知らない」 「知恵を出さないやつは助けない。突き放す時は突き放す」等々と暴言を吐き散らし、被災地住民の感情を逆なでする言動だとして野党より厳しい批判を受けていた。
 
 本日午前中に行われた辞任会見で、松本氏は首相と首相官邸で会談し、「言葉が足りなかったり荒かったりして被災者の心を痛めたことを本当にお詫びしたい」と自らの失言を陳謝したとのことである。

 この様子の一部を昼間テレビニュースで見聞した原左都子の印象を述べよう。

 松本氏は辞任を決めた理由について「個人的な都合」とだけ語り、結局その詳細を明らかにしなかった。 それに加え、辞任を決めたこの期に及んでまるで“ガキの暴走族”のごとくさらに暴言を吐いたのには呆れ果てたものだ。
 例えば 「いろいろ言いたい事がある」、 「与野党共に“嫌い”だが被災者には寄り添っていたい」 「今後は一兵卒として復興に努力したい」 「感謝したいのは我が妻子だ」……
 結局はこの人物、今回の暴言に対しまったく反省がないのか、あるいは人付き合いに恵まれない人生を送った“天然馬鹿”としか言いようがない。

 この記者会見の場で松本氏が言及するべきは 「いろいろ言いたい事がある」ではなく、「すべては私の至らぬところです。ごめんなさい。」 だったであろうに。
 そして“嫌い”発言については既に野党より十分突かれているのに、まだ懲りないのだろうか? 松本氏は“嫌い”という言葉がとことんお好きなようだが、もう既にいい年なのだから少しは大人としての知能を働かせ、この言葉を客観的に捉えてみてはどうなのか? 子どもじみた“嫌い”発言ではなく、その種の私見を表現する適切な言葉は他にいくらでもあるだろうに。
 「今後は一兵卒…」 この発言はおそらく小沢氏の模倣であろう。 民主党に政権を奪取させた原動力である張本人の黒幕小沢氏が発する分にはこの言葉にも輝きがもたらされようが、既に潰れかかった菅政権から一時だけ大臣に任命され自滅した輩が持ち出す表現ではなかっただろうに…。
 「感謝したいのは妻子…」 大臣としての暴言を叩かれての辞任会見の場で自身のプライベートを持ち出し、その身内に感謝するとは一体どうしたことか? 持ち出された妻子こそが迷惑というものだよ。 そうではなく、大臣の発言として、ここは「ご心労をお掛けした被災者の皆様にお詫びします」であるべきだろう。
 
 菅政権が野党をはじめ与党内菅反対勢力から退陣を要求されて尚、人材不足に難儀している様子は原左都子とて重々承知している。
 それにしても迅速な復興推進を掲げて政権維持を図らねばならない菅首相にとって、その要となる復興担当相の辞任は大きな打撃でもあろう。 
 政権が切羽詰ったこの後に及んで、現在その活躍が被災地は元より全国民の間から切望されている所轄大臣に、暴言を吐いて3日で辞める運命にあるごとくの偏りが激しい“低脳”人物を、何故菅氏は任命したのだろうか???
 その背景には、おそらく首相である菅さんが“扱い易い人物”を人選しているとの事情があるのかもしれない。


 今回の松本氏の“暴言事件”で元教育者でもある原左都子が思い浮かべるのは、学校現場における「熱血教師」である。 この時代錯誤とも言える「熱血教師」が私の教員時代に実在していたことに、民間企業経験が長い私は辟易とさせられたものである。
 今回の松本氏の暴言発言が、当時の単純馬鹿「熱血教師」と瓜二つなのだ。
 たとえば「先生より先に来ていろ!」と年端もいかない生徒にいきなり怒鳴る。 現在の学校現場において暴力は禁止されているものの、言葉の暴力は続き「知恵を出さない奴や頑張らない奴はくたばれ!」 「親や先生に感謝しろ!」… 
 この種の「熱血教師」の中には、もちろん真に子どもを育てたい意向の人物も存在した。 ただその理想があるのならば、子どもの個性が多様であることをもう少し自分自身の“経験や知能の幅”で捉えて言動を選択できないものかと、感受性が強い私は端で見ていて愕然とさせられたものだ。


 当然ながら、今回の松本復興担当相の不祥事に対し、被災地地元や野党より反発が湧き出ている。

 たとえば福島県知事の見解であるが、「国と地方は対等であるにもかかわらず、松本大臣の失言から“中央集権的”な思想を見て取れたことが許せない」 
 松本氏の暴言は単なる暴言ではなくその背景に何やら幼稚な“権威意識”を嗅ぎ取った原左都子も、この福島県知事のコメントにまったくもって同感である。

 身内であるはずの鳩山前首相が「菅政権の任命責任を問う」とホザいている事に関しては、もはや勝手に内紛してろよ!と言いたいだけだ。

 もちろんのこと、野党各党より痛烈な批判が飛び交っている現状だ。

 原左都子エッセイ集における前回の記事において少しは菅政権を擁護する意向の記事を綴ったものの、これ程の“体たらく”ぶりを見せ付けられた暁においては、もはや菅政権を擁護している場合ではない。

 (玄海原発の再稼働を誰が後ろで糸を引いたかに関して私は未知だが)福島原発事故の収拾がまったく目途がたたない今、他の地方の原発再稼働に容易になびくような、国民に対して“ハート”も“知能”もない菅政権を、もやは見限る時が来ているということであろう。                                
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