8月の終わり頃よりダラダラ台風12号が居座り、長期間鬱陶しい天候を余儀なくされている日本列島である。
子どもの始業式頃にちょうど上陸するのかとやきもきしていたが、速度の遅い大型台風12号はやっと本日(9月3日)紀伊、四国地方に上陸し、各地に豪雨洪水波浪被害をもたらしている。
ところで、子どもの1学期の終業式頃にも台風が近づいていた。
7月20日が終業式の予定だったのだが、前日の午前中に学校より緊急連絡FAXが届き「明日東京都内に大雨・洪水・強風いずれかの警報が出されたら終業式は中止する」との内容だった。 ガッテンしていたところ、午後になって再度FAXで「高3のみは重要な連絡事項があるため、午前11時に登校するように」との変更のようだ。 やっぱり登校するようだよ、などと子どもと語り合っていたら、今度は夜になってまたもやFAXで「明日の終業式に関してはやはり明日午前5時段階で警報が出ているかどうかで判断するから、明日朝5時の連絡を待つように」とのことだ。
ちょっと、学校も何やってるのよ! 緊急連絡とは一発でバシッと決めなきゃ混乱を招くだけだよ、とイラつきつつ、終業式当日の朝5時過ぎにFAXの着信音で叩き起こされ、結局は「多摩地方に大雨警報が出ているから終業式は中止で全校生徒は一切登校しないように」との最終連絡だった。
何故に子どもの学校が今回これ程緊急連絡にもたつき何度も連絡内容を変更するに至ったかに関して、一保護者として思い当たる事があった。
本年度より、学校長が変わったのだ。
前年度までの校長は教育理念も明瞭ならば強気で質実剛健、まさに決断力の塊のような人物であった。(元報道関係者の方で以前世に名を売られていたため、皆さんもご存知かもしれないが。) たとえ保護者や生徒の一部より嫌われようがご自身の信念を直言するタイプの学校長であられた。 この原左都子も陰ながら尊敬申し上げていた。
本年度の校長は前年度までの教頭が後を引き継ぐ形となった。 この方も好感が持てる人物であられるのだが、前年度までの校長とは180度タイプが異なり温和で心優しい人物かと私は見ていた。 その側面は大いに評価できるものの、反面もしかしたら前年度までの校長程の意思決定力はないであろうと推測していたところ、案の定上記の緊急連絡網における失態が表面化したということである。
それでも7月の終業式時に大なる混乱をもたらしたことを学校の最高責任者として反省したのか、今回の大型台風20号に関しては、今朝メールにて受信した緊急連絡一本で学校の対応が決定したようだ。 本日朝届いた学校からの緊急メール内容とは「東京に警報が発令されているが各自の判断で危険を回避しつつ登校するように。もしも危険を回避するため欠席する場合も欠席扱いとはしない。」
台風・地震等の自然災害や放射能汚染時に如何なる手段で我が子を守るかの判断とは各家庭の自治に委ねられるべきであり、学校からの緊急連絡文言とはこれぞ正解と原左都子など昔から考えている。
ここで話題をガラリと変え、私自身が企業の上司として職場の一組織を統率していた頃の話に移ろう。
私自身、子どもの頃の学校に於ける学級の話し合いや、職場の部下としてミーティングが長引く事を好まない人種だった。 そんな私が民間企業において係長に任命され、多い時には十数名の部下を統率する立場になった。 やはりミーティングにおいて意思決定するべく事項の話し合いが長引く事を避けたい私は、一種独裁者的手法ではあろう事は承知の上で、職場長としての私案を熟考して提示する方策を採った。 多くの部下は私同様にミーティングが長引く事を好まない様子で、上司である私が提示した私案が多数決等により採用される事がほとんどであった。
ところがある時、部下の一女性より「あなたの独裁者的やり方が嫌いです!」と面と向かって攻撃された私である。 まだまだ20代後半の私は一瞬たじろいだものの、「そういう意見もあることは承知の上だ。 ただ民間企業組織とは第一に収益を上げる使命を担っており、学校などとの非営利組織とは異なりミーティングに多大な時間を費やす訳にはいかないとの事情もある。 上司の立場としては苦肉の策であるが、あなたのような反論があることは承知の上での私の行動だ。」云々、当時の私としては民間企業の職場長としての使命感をそのまま述べたように記憶している。
いや~~。それにしても私は上司として嫌われていたのであろうなあ。 私に面と向かって直言した女性のみならず、若くして退職した部下の中には上司の私を嫌った故の退職だったのかもしれないと、当時より薄々承知している罪作りな原左都子である……
ただ、それ位の覚悟や自分が置かれている立場の客観視が不能ならば、若くして民間企業の役職になど元々任命されなかったのではなかろうか?? な~~んてね!
話を強引に民主党新野田代表に持っていくが、この人物とは国政のトップの地位に君臨することの責任感をどの程度認識できているのであろう??
その責任感の程が感じられないのがこの野田氏の特徴であると、私は以前より捉えている。 だからこそ2本前の本エッセイ集の記事で「野田氏が民主党新代表でこの国は大丈夫なのか?」との記事を綴ったのだ。
原左都子が野田氏を一貫して“小粒”と捉える第一の理由は、この人には「嫌われる勇気」が一切感じ取れない事である。 それ故に、自ずと決断力も伴っていないと私は判断している。
野田氏はご自身を“どじょう”とメディアを通して表現しているようだ。 その表明の背景には東日本大震災を意識して“土着感”を売り物にしたいとの本人の意向があるのだろうが、私にはこの人物に一切の“土着感”を感じ取ることは出来ない。
そして野田氏は、自分が“どじょう”であるにもかかわらず“シティボーイ”として捉えられる傾向にある???(私に言わせるとどこが??)とも分析しているようだが、あのメタボ体型で決してそうは見えないであろう事を自身が自覚しているのは幸いだ。
結局、一般国民にとってあらゆる方面から観察してみても、何ら捉え処がないというのが野田氏の特徴なのであろう。
これに関しては、朝日新聞9月2日夕刊において面白おかしい論評がある。
詩人相田みつを氏美術館に 「どじょうがさ 金魚のまねすることねんだよなあ」 との作品が展示されているらしいのだが、この相田みつを氏美術館への入場者が激増しているとのことである。
野田さん、あなたはまさか民主党新代表に選出されて“金魚”にでもなった気分に浮かれている訳ではなかろうが、国民の感覚とはかけ離れた永田町のコップの中で展開されている大混乱に浮かれている暇など少しもないことを、真に認識できているのだろうか?
官僚依存派で国民の間では存在感がないあなたが財務大臣として短期間君臨してきた一番の手柄とは“復興増税”の喚起だったらしいが、これが今後も国民の間で賛否の議論を巻き起こす対象となる事を肝に命じて欲しいものだ。
本気で“泥臭いどじょう”として国民に嫌われることを恐れず、決断力を発揮して欲しいものであるぞ。 (それがあなたにできるとは到底思えず、失望のみの原左都子なのだが…)
子どもの始業式頃にちょうど上陸するのかとやきもきしていたが、速度の遅い大型台風12号はやっと本日(9月3日)紀伊、四国地方に上陸し、各地に豪雨洪水波浪被害をもたらしている。
ところで、子どもの1学期の終業式頃にも台風が近づいていた。
7月20日が終業式の予定だったのだが、前日の午前中に学校より緊急連絡FAXが届き「明日東京都内に大雨・洪水・強風いずれかの警報が出されたら終業式は中止する」との内容だった。 ガッテンしていたところ、午後になって再度FAXで「高3のみは重要な連絡事項があるため、午前11時に登校するように」との変更のようだ。 やっぱり登校するようだよ、などと子どもと語り合っていたら、今度は夜になってまたもやFAXで「明日の終業式に関してはやはり明日午前5時段階で警報が出ているかどうかで判断するから、明日朝5時の連絡を待つように」とのことだ。
ちょっと、学校も何やってるのよ! 緊急連絡とは一発でバシッと決めなきゃ混乱を招くだけだよ、とイラつきつつ、終業式当日の朝5時過ぎにFAXの着信音で叩き起こされ、結局は「多摩地方に大雨警報が出ているから終業式は中止で全校生徒は一切登校しないように」との最終連絡だった。
何故に子どもの学校が今回これ程緊急連絡にもたつき何度も連絡内容を変更するに至ったかに関して、一保護者として思い当たる事があった。
本年度より、学校長が変わったのだ。
前年度までの校長は教育理念も明瞭ならば強気で質実剛健、まさに決断力の塊のような人物であった。(元報道関係者の方で以前世に名を売られていたため、皆さんもご存知かもしれないが。) たとえ保護者や生徒の一部より嫌われようがご自身の信念を直言するタイプの学校長であられた。 この原左都子も陰ながら尊敬申し上げていた。
本年度の校長は前年度までの教頭が後を引き継ぐ形となった。 この方も好感が持てる人物であられるのだが、前年度までの校長とは180度タイプが異なり温和で心優しい人物かと私は見ていた。 その側面は大いに評価できるものの、反面もしかしたら前年度までの校長程の意思決定力はないであろうと推測していたところ、案の定上記の緊急連絡網における失態が表面化したということである。
それでも7月の終業式時に大なる混乱をもたらしたことを学校の最高責任者として反省したのか、今回の大型台風20号に関しては、今朝メールにて受信した緊急連絡一本で学校の対応が決定したようだ。 本日朝届いた学校からの緊急メール内容とは「東京に警報が発令されているが各自の判断で危険を回避しつつ登校するように。もしも危険を回避するため欠席する場合も欠席扱いとはしない。」
台風・地震等の自然災害や放射能汚染時に如何なる手段で我が子を守るかの判断とは各家庭の自治に委ねられるべきであり、学校からの緊急連絡文言とはこれぞ正解と原左都子など昔から考えている。
ここで話題をガラリと変え、私自身が企業の上司として職場の一組織を統率していた頃の話に移ろう。
私自身、子どもの頃の学校に於ける学級の話し合いや、職場の部下としてミーティングが長引く事を好まない人種だった。 そんな私が民間企業において係長に任命され、多い時には十数名の部下を統率する立場になった。 やはりミーティングにおいて意思決定するべく事項の話し合いが長引く事を避けたい私は、一種独裁者的手法ではあろう事は承知の上で、職場長としての私案を熟考して提示する方策を採った。 多くの部下は私同様にミーティングが長引く事を好まない様子で、上司である私が提示した私案が多数決等により採用される事がほとんどであった。
ところがある時、部下の一女性より「あなたの独裁者的やり方が嫌いです!」と面と向かって攻撃された私である。 まだまだ20代後半の私は一瞬たじろいだものの、「そういう意見もあることは承知の上だ。 ただ民間企業組織とは第一に収益を上げる使命を担っており、学校などとの非営利組織とは異なりミーティングに多大な時間を費やす訳にはいかないとの事情もある。 上司の立場としては苦肉の策であるが、あなたのような反論があることは承知の上での私の行動だ。」云々、当時の私としては民間企業の職場長としての使命感をそのまま述べたように記憶している。
いや~~。それにしても私は上司として嫌われていたのであろうなあ。 私に面と向かって直言した女性のみならず、若くして退職した部下の中には上司の私を嫌った故の退職だったのかもしれないと、当時より薄々承知している罪作りな原左都子である……
ただ、それ位の覚悟や自分が置かれている立場の客観視が不能ならば、若くして民間企業の役職になど元々任命されなかったのではなかろうか?? な~~んてね!
話を強引に民主党新野田代表に持っていくが、この人物とは国政のトップの地位に君臨することの責任感をどの程度認識できているのであろう??
その責任感の程が感じられないのがこの野田氏の特徴であると、私は以前より捉えている。 だからこそ2本前の本エッセイ集の記事で「野田氏が民主党新代表でこの国は大丈夫なのか?」との記事を綴ったのだ。
原左都子が野田氏を一貫して“小粒”と捉える第一の理由は、この人には「嫌われる勇気」が一切感じ取れない事である。 それ故に、自ずと決断力も伴っていないと私は判断している。
野田氏はご自身を“どじょう”とメディアを通して表現しているようだ。 その表明の背景には東日本大震災を意識して“土着感”を売り物にしたいとの本人の意向があるのだろうが、私にはこの人物に一切の“土着感”を感じ取ることは出来ない。
そして野田氏は、自分が“どじょう”であるにもかかわらず“シティボーイ”として捉えられる傾向にある???(私に言わせるとどこが??)とも分析しているようだが、あのメタボ体型で決してそうは見えないであろう事を自身が自覚しているのは幸いだ。
結局、一般国民にとってあらゆる方面から観察してみても、何ら捉え処がないというのが野田氏の特徴なのであろう。
これに関しては、朝日新聞9月2日夕刊において面白おかしい論評がある。
詩人相田みつを氏美術館に 「どじょうがさ 金魚のまねすることねんだよなあ」 との作品が展示されているらしいのだが、この相田みつを氏美術館への入場者が激増しているとのことである。
野田さん、あなたはまさか民主党新代表に選出されて“金魚”にでもなった気分に浮かれている訳ではなかろうが、国民の感覚とはかけ離れた永田町のコップの中で展開されている大混乱に浮かれている暇など少しもないことを、真に認識できているのだろうか?
官僚依存派で国民の間では存在感がないあなたが財務大臣として短期間君臨してきた一番の手柄とは“復興増税”の喚起だったらしいが、これが今後も国民の間で賛否の議論を巻き起こす対象となる事を肝に命じて欲しいものだ。
本気で“泥臭いどじょう”として国民に嫌われることを恐れず、決断力を発揮して欲しいものであるぞ。 (それがあなたにできるとは到底思えず、失望のみの原左都子なのだが…)