原左都子エッセイ集

時事等の社会問題から何気ない日常の出来事まで幅広くテーマを取り上げ、自己のオピニオンを綴り公開します。

足が腐った男

2011年11月26日 | 時事論評
 昨夕、私は普段乗り慣れないJR路線の電車内で “足が腐った男” に遭遇した。

 他人のプライバシーにかかわる内容であるため、勝手ながらその男性ご当人が「原左都子エッセイ集」の読者でないことを願いつつ、今回の記事を公開する事にしよう。


 昨日所用があって出かけた先から帰宅するため、JR線に乗り込んだ。 夕刻のため電車内は相当混雑しているのだが、私が乗り込んだ車両のドア近辺のみはなぜか乗客数が少ない。

 その理由が直ぐに理解できた。
 浮浪者らしき不審男性が3人分の座席を占領して眠りこけていたのだ。 “眠りこけている”との表現通り、まさに正体なきがごとく爆睡中である。
 私はその人物に背を向ける形で車内に立った。 乗車直後は気付かなかったのだが、電車のドアが閉まり動き始めると背後から異様で強烈な悪臭が鼻をつんざいてくる。 何日も風呂に入っていない浮浪者特有の匂いとはまた異質の、今まであまり経験しない悪臭である。
 ターミナル駅で乗客が大量に入れ替わった後、私はその人物の斜め前方の座席に腰掛けた。 そこで分かったのは、この浮浪者がおそらく30代か40代位の比較的若い世代の男性であることだった。 この晩秋の時期に、薄手のシャツ一枚、短パンにゴムのサンダル履きのいで立ちで、その片方の素足に包帯が巻かれていたことにも気がついた。
 やはり電車が駅を発車してドアが閉まる毎に強烈な悪臭が車内に漂う。 それに耐え切れない乗客が次々と他車両へ移動して行く。 私も移動するべきとは思いつつ、後2駅で乗り換えだから耐え忍ぼうと我慢を続けた。

 そしてついに、私は強烈な悪臭の正体を発見するはめと相成った。

 なんと、浮浪者の足が“腐って”いたのだ!  (要するに“壊死”状態である。)

 下肢の包帯が巻かれている部分は見えないのだが、巻かれていない足先の指が腐って朽ち果て、第4指と第5指が溶けるように無くなっている惨状をサンダルの先から見てしまった…
 こうなったら、さすがの私ももう限界だ。 強烈な悪臭の原因が追求できてしまった私はもはやその匂いに耐えられない。 乗り換え駅手前辺りから吐きそうになり、マフラーで口を押さえつつ下車した。 空腹状態のため胃液のみが口まで上がってくるのを飲み込みながら、“死体が長期間放置され腐敗すると強烈な悪臭を放つと言うがおそらくこんな匂いなのだろう”、などとの想像が吐き気を増強する。
 夕食の食材など到底買う気にもなれず、家へ直行した。


 吐き気に耐えつつの帰路、我が頭には浮浪者青年が置かれてきた人生の程が渦巻く…。

 そもそもあの青年は何らの持ち物さえ所持していなかったが、一体どうやって電車に乗り込んだのだろう?  おそらく浮浪者である青年にとっては暖かい電車内はまたとはない睡眠場所であり、ああやっていつも電車の中で薄着状態で爆睡しているのであろうか?

 足の壊死症状と言えば私が一番に思いつくのが“糖尿病”であるが、あの青年は不摂生の日々を重ねる中大酒でも食らってあの若さで糖尿病が悪化したのであろうか?  足に包帯を巻いているということは、何処かの医療機関で医学的処置を受けているのだろうか?
 
 それにしても、青年の親はどうしたのか?
 この青年は一体どのような環境で育ってきたのか? 育った環境が悪いのではなく、本人の意思で現在その行動を取るに至っているのか?
 
 などとの思いが頭の中で堂々巡りするこの原左都子とて、今回何の手立ても取れずにただただ吐き気に耐えつつ帰宅している始末だ。
 せめて下車後、JRの係員に車内に不審浮浪者が寝ている事だけでも伝えておくべきだったと後で反省しきりである。
 ただ、私がそうしたところでどうなったのだろう? この青年にその後如何なる措置が施されたのであろう?  足の壊死には気付かないJR係員から、せいぜい“電車の中で寝るな!”と叩き出され、這いずりつつ何処かへ逃げたのかもしれない。 少し希望的推測をするならば、警察か役所へ連絡が入ったかもしれない。 そうであったとしても、その後どうなると言えるのか??
 おそらく如何なる機関の如何なる担当者であろうが、この種の人間とは迷惑この上ないことが想像できてしまうところが、現在の社会システムの辛い現状ではなかろうか…


 私は過去において後進国と言われた国に何度か旅立ったことがある。
 それらの国々に於いてほんの少しだけその地に生を営む人民の貧しさを垣間見て、マイナスの意味合いで感慨深い思いを痛感してきたつもりであった。

 そんな原左都子が昨日偶然経験するはめとなった我が国の大都会に於ける “足が腐った男” の光景と強烈な悪臭は、今現在の荒廃した世に生きる人間集団の片鱗として切実なインパクトを私に叩きつけたのである。 
 (この男性が昨夜の夢の中で登場し私に無理難題を押付けるべく迫ってきて、私は一晩うなされ続けたのであるが……)


 国や自治体等の役所においては、市民自らが役所に出向いて申請書を提出する“能力”を保有している(ある程度恵まれた)“弱者”に対しては、例えば「生活保護」対象とする等手厚く支援している有様である。 
 片や、上記のごとく電車内で“腐った足”を晒して眠りこけている人種が役所にその種の申請書を提出しているとは到底考えられない現状だ。
 
 私に言わせてもらうと、この種の“真正弱者”こそを国や自治体は最優先して救うべきではないのか??
 もしかして近いうちに命を失うかもしれない青年が、何故に電車内で“腐った足”を晒さねばならないのかの元を辿れば、それも国政の教育力の無さ故であると断定できよう。
 
 理由の如何によらず、少なくとも国民が困った時に役所に相談する程度の事は義務教育課程で教育できたはずである。
 国や自治体がそれを怠ってきた結果として、この青年は足を腐らせて電車の中で寝るしか生きる道が見出せないでいると原左都子は判断して、心を痛めるのだ……